第54話 群狼の谷へ①
集合場所には、既に多くの冒険者が集まっていた。
帝国軍キャンプの一角にある広場には、まだ夕刻前の時間にもかかわらず焚火がいくつも灯され、騒がしくも殺伐とした空気に包まれている。
その中には、見覚えのある後姿があった。
「おや、あんたたちもこっちかい。着いて早々、お互い災難だね」
ミラが気軽な調子でこちらを見て片手を挙げた。
その脇にはマルク、ドロッセル、そして仏頂面を通り越して機械並みに感情を感じられないリュウドウがこちらを一瞥した。
「こんにちは、リュウドウさん」
俺はあえて気さくに声をかけてみた。
だが向こうからの反応は返ってこない。
それを見かねたのか、ミラが苦笑しながら間に入ってくる。
「フガク、気を悪くしないでおくれよ。こいつは人と喋るのが苦手なだけさね。ほら、フガクあんた年はいくつだい?」
人見知りにしては度を越している感じもするが、性格は人それぞれだ。
なんとなく警戒心は拭えなかったが、あえて軽口に乗っておく。
「25です。ミラさんは……あ、女性に年を訊くのは失礼ですね、すみません」
わざとらしい会話に身振り手振りを交えつつ『魔王の瞳』を発動させる。
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▼NAME▼
ミランダ=ガラドリエル
▼AGE▼
30
▼SKILL▼
・剣術 B
・格闘 B
・水魔法 B+
・バルタザルアーツ B+
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――――――――――――――
▼NAME▼
リュウドウ=アークライト
▼AGE▼
25
▼SKILL▼
・剣術 A
・格闘 A
・バルタザルアーツ A
・■■の瞳 B +
・■■の肉体 B +
・■■■■ S
――――――――――――――
リュウドウは以前見たときと変わりがなく、ミランダは魔法剣士タイプといった具合だ。
魔法は使えるが、魔女ではないらしい。
「あたしを女扱いとは嬉しいねえ。30のおばちゃんだよ」
「30はおばさんじゃないですよ絶対」
断じて違う。
何なら前世の俺より年下だ。
そのミラをおばさん扱いするということは、必然的に俺がおじ……いや、今はよそう。
「フガクはリュウドウと同い年だ。”さん”はいらないんじゃないかい? なあリュウドウ?」
「どうでもいい勝手にしろ」
くだらないとばかりに俺から視線を外したリュウドウ。
俺も正直どうでもいいが、このリュウドウという男はどうにも気になる。
スキルの一部が秘匿されているあたりや、妙に観察眼が鋭いあたりに、危険な匂いを感じるのだ。
「ミラさんたちも帝都で討伐隊募集の依頼を?」
作戦会議がまだ始まらないので、ミユキも雑談に乗ってくる。
「我々はイルクウからだ。別件で滞在していたが、こちらの大きな案件を見つけてな。稼げる気配を感じて参じた」
ミラの代わりにドロッセルが答える。
「変な髪のおっちゃん。あんたは魔法使いなの?」
レオナも暇なのか乗ってきた。
おっちゃん扱いされたドロッセルは特に気にする素振りもない。
まったく人のことは言えないが、黒髪にオレンジのメッシュはなかなかに前衛的だ。
長い杖を携え、魔術師風のローブを着ているので、これで前衛職だったらひっくり返るが。
「ああ。なのでやや後方から支援をさせてもらうことになる。逃げているわけではないので尻を蹴とばしたりはしないでもらえると助かるな、少女よ」
冗談めかしてそう言うドロッセル。
見た目よりもユーモアのある男なのかもしれない。
「聞いといてよかったよ。腰抜けのケツにはナイフをぶん投げたくなるからねー」
冗談めかして言うレオナだが目は笑ってない。
背後から狙ってくるなよという牽制の意味もあるのかもしれない。
俺は鼻をかくフリをして、ドロッセルの顔の横にある「―」をスワイプしてステータスを開いた。
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▼NAME▼
ドロッセル=カーツ
▼AGE▼
33
▼SKILL▼
・火魔法 A
・風魔法 B+
・土魔法 B+
・バルタザルアーツ C+
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前世の俺とほぼ同じ年。
16歳のレオナからすれば十分おっさんかと、全く関係ないところで凹みつつも、ドロッセルはやはり魔法使いタイプだと確認できた。
よく知らないが、3属性使えるというのは結構すごいんじゃないだろうか。
といいつつリリアナも2属性使えたので、そう考えると大したことないようにも思えてくる。
「お前らは冒険者長いのか? っつかいいよなフガクぅ。美女2人と旅なんて羨ましすぎるぜ。俺なんか男4人だぞ?」
「おいアタシは。一番美少女だろうが」
「マルク、寝ぼけてんなら頭カチ割って起こしてやろうかい?」
「じょ、冗談だよ冗談。こえーっつの。つか、嬢ちゃんもすげー手早ぇなおい」
レオナとミラから刃を向けられ、苦笑しているマルクという男がラストだ。
この中ではミラと並んで気さくで、俺としても話しやすい相手だ。
「確かに旅は楽しいですよ。ね、ミユキさん」
「はい。私たちもこうした大きい案件はたまにしか受けませんし、普段はのんびりしたものです」
ミユキが適当なブラフを混ぜながら、表向きはパーティ同士の他愛も無い交流を演じている。
俺も同意して頷くフリをしながら、最後のステータス画面を開いた。
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▼NAME▼
マルク=キリアン
▼AGE▼
27
▼SKILL▼
・剣術 B
・格闘 B
・斥候 B+
・器用な指先 B+
・バルタザルアーツ B
――――――――――――――
レオナと似た、斥候や盗賊系のスキルを持っているようだ。
全員が持っている『バルタザルアーツ』というスキルは何だろうか。
訊くわけにもいかないので、戦闘中などに使っているところを見られればいいのだが。
にしても、前衛のリュウドウ、中衛のミラ、後衛のドロッセル、そして支援のマルクと、かなりバランスの取れたパーティだ。
やや攻撃に偏重している俺たちよりも、冒険者としては完成度が高そうに感じられた。
その分弱点が少なく、逆に油断できないとも感じる。
彼らは敵の可能性があり、実力次第ではあるが今後ぶつかったときに苦戦を強いられるかもしれないからだ。
「注目! これより作戦の概要を伝える!」
雑談と牽制のさ中、広場の前方にひときわ大きな声が響いた。
そちらを見ると、ビクトールが台の上に立って声を張り上げている。
周囲の冒険者や、前方に整列している帝国軍人の騎士たちが一斉に注目する。
ビクトールの傍らにはウィルの姿もあり、おそらくこの作戦での副官を任じられているのだろう。
もう少し話す機会も作れればと思ったが、そうもいかなさそうだ。
「ゴルドール帝国軍騎士団長のビクトールだ! よろしく頼む! これより、『神域の谷』に現れた魔獣群、およびその親玉と思しき個体『ビースト』の討伐作戦を開始する」
「『ビースト』……」
ミューズとは呼ばないのかと、何気なく俺は呟いた。
ふと見ると、ティアがこちらにピタリと身体を寄せてきて、俺の耳元に口を近づけてきた。
ティアの仄かな体温が感じられてドキリとする。
「ごめん言うの忘れてた……」
ティアはひそかに眉を寄せ、小さく溜息を吐くように俺に近寄ってきた。
「……ミューズの名前は私たちしか知らないの。あまりに声に出さないようにして」
さらりと金糸の髪が俺の頬を撫で、ティアの吐息が俺の耳をくすぐる。
心臓に悪い行動だ。
俺は身体が硬直するのを感じながら、コクコクと機械のように頷いた。
「あれ……でも……」
俺は思い出した。
あのエルル北東の森で、リュウドウから言われた言葉を。
――ミューズを殺したのはお前か?
ゾクリと、俺の背筋に悪寒が走る。
視線を感じてそちらを見ると、リュウドウがこちらを感情の無い赤い瞳で見据えていた。
俺が視線に気付くと、彼はすぐに前方に向き直る。
そして、俺の中で、ある一つの確信が生まれた。
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