第53話 緊急招集②
ギルドへの到着報告を終えた俺たち。
中央本部から5分ほど歩き、今回もギルドから与えられたテントに荷物を入れる。
今回は規模も大きいキャンプだからか、4人でも十分寝られそうだ。
ミユキやティアの隣は色々な意味で寝られないので、俺は早々に荷物を置いて端の方を確保しておいた。
レオナと同じテントで寝るのは初めてだが、こいつは寝相とか大丈夫なのだろうか。
ミユキやティアとは違い、多少太ももが露わになったところで何とも思わないが。
「何見てんの? アタシの隣で寝たいのフガクー? いやー、仕方ないなー襲うなよー?」
腹の立つ勘違いをしているので無視しておいた。
懐から銀時計を出して時間を確認する。
現在は夕方の17時で、20時に討伐隊の責任者から作戦の説明があるとのことなので、それまでは自由だ。
移動中にミユキから聞いた話では、魔獣たちとの交戦時間の打ち合わせや、帝国軍本隊の作戦行動時間などの共有が行われるらしい。
重要な軍事機密は教えてもらえないのだろうが、折角人数がいても各自バラバラに戦っていたのでは数の利を活かせない。
そこで、アタックをかける時間や敵の状況などを共有してまとまって動くことになっている。
さて、時間までどうするか?
「フガク、ちょっとその辺見て回りたいから付き合ってくれる?」
ティアからのお誘いだ。
こういうときは大体ミユキとティアがセットなのだが、珍しいこともあるものだ。
「了解」
「ティアちゃん、私とレオナはどうしましょう? とりあえず火でも起こしましょうか?」
時刻は夕刻で、今日も昼は食べていないので夕食を摂る時間ではある。
食料は多めに持ち込んであるので、とりあえず料理から始めるようだ。
「悪いけど、お願いできる? ちょっと先に帝国軍テントに顔を出しに行ってくるから」
軍のテントは、ここから少しだけ離れた場所にあるらしい。
歩いて15分程度のようだが、わざわざ挨拶に行くとはどういうことだろうか。
「レオナって料理できるの?」
ミユキやティアがそれなりの調理スキルを持っていることは知っているが、レオナは初めて。
ただ手先が器用なスキルを持っていたから、切ったりするのは上手そうだが。
「失礼だなフガク。アタシは8歳から自炊してんだよ?」
「え、そうなんだ。ごめんごめん」
思ったよりヘビーな過去に、聞かなきゃよかったと思った。
まあ暗殺者として一人で生計を立てていたのだから、それくらいはできるだろう。
というわけで、俺たちは帝国軍のキャンプ地までやってきた。
ギルドのテントよりも幾分か上等そうだが年季の入ったテントが立ち並んでいる。
赤い帝国軍を象徴する色の幕が張られた、ひと際大きなテントの前に立ち止まり、ティアが声をかける。
「失礼します」
「入れ」
中からは男の声がした。
「む、おお小僧、じゃないフガク! 王子、フガクが来ましたぜ」
「なに、そうか」
中には椅子がいくつかと折り畳み式の机が一つ置かれており、そこにいたのは帝国騎士団長のビクトールだった。
顔中傷だらけの歴戦の勇士といった風貌で、今回の討伐隊の責任者を務めているらしい。
また、こちらに背を向けて椅子に腰かけていたのはウィリアムだった。
父であるヴァンディミオン大帝譲りの、鋭い目つきと金色の髪が特徴的だ。
「ビクトールさん、ウィル!」
「ご足労だったな、フガク!」
ウィルが立ち上がりこちらに歩いてきたので握手を交わす。
二人とも笑顔で出迎えてくれた。
「討伐隊の指揮をビクトールさんと王子がされていると伺いましたので」
ティアが二人に丁寧に挨拶している。
俺も二人と握手をしながら、10日ぶりの再会を喜んだ。
なるほど、ティアが俺を連れてきたのは友人となったウィルがいるからか。
「お前たちがいるということは、クリシュマルド殿も?」
ビクトールは期待に満ちた眼差しで問いかけてくる。
ウィルもピクリと反応した。
まだミユキに未練たっぷりといった感じなのだろうか。
「もちろんです。それで、状況はいかがですか?」
ティアは笑顔で頷き、状況確認を行なっている。
わざわざ自分で情報を取りに行くのだから、本当に抜け目がないと感心した。
「それは心強い……が、正直芳しくない。敵の増え方が異常なのだ」
魔獣が大量発生というクエストだ。
ある程度の大群は覚悟しているが、正規軍が手こずるレベルということか。
「どれくらいの数がいるんですか?」
「約1万だ」
俺の問いにウィルが答えた。
だが敵の数は、俺の想像よりも遥かに多かった。
「1万!? ずいぶん多いな」
あまりの数に俺は思わず顔をしかめた。
「1体1体は大したことないし、全てをこちらで相手にするわけではないがな」
「ただ相手は人間の軍隊ではない。魔獣たちの目的は不明。本隊と思しき群れが昼夜問わず移動したかと思えば沈黙するのを繰り返すが、このままでは帝都に近づくおそれがある」
人間の軍隊とは異なり、視認性や休息などの概念がないのだろうか。
魔獣だって生物なのだから、疲労はあると思うのだが。
だが目的もよくわかっていない以上、大帝のいる帝都に近づけるわけにはいかないだろう。
「とにかく討伐隊や軍を複数に分け、戦線を維持しながら親玉の個体を撃破するのが俺たちの目的だ」
ビクトールの言葉に、俺たちは頷く。
「団長緊急自体です!」
すると、テント内に帝国軍の騎士らしき男性が飛び込んできた。
額に朝を浮かべ、慌てて走ってきたことが伺えた。
「どうした。まさか……」
「はい! 敵の……魔獣の軍勢がこちらに近づいています!!」
ウィルはこちらをチラリと一瞥したあと、テントから急いで出て行った。
敵の動きに変化があったらしい
俺たちはクエスト開始早々に、敵の猛攻と直面しなければならない。
俺とティアは視線をかわし、急いで自分たちのテントに戻るのだった。
まるで俺たちが来るのを待っていたかのような敵の動き。
あるいは、案外その予想は当たっているのではないかと俺は思った。
―――
俺とティアは急いでテントに戻り、夕食の準備に取り掛かっていたミユキとレオナに事情を話した。
突然の魔獣たちの襲撃と方向転換。
まるで何かを待っていたかのような動きに不穏な気配を感じつつ、 急ぎ準備を整えてギルド側から提示された集合場所へと急ぐ。
「どうもタイミングが良すぎる気がする」
俺たちが早歩きで集合場所に向かっている時、ティアはポツリと呟いた。
「どういうこと?」
レオナがティアに問いかける。
「ミューズの出現ですよね? 私もちょっと出来過ぎている感じがします」
ミユキの言葉に、確かに俺にも思い当たる節があった。
エルル北東の森での話だ。
俺たちは当初長丁場を覚悟していた調査クエストで、まさかの初日にミューズ=ノエルと会敵している。
ノエルの被害は本来森の奥地で起きていたという前情報だったが、俺たちが彼女と遭遇したのは森の入り口からそう遠くないエリアだった。
その時はたまたまだとしか思わなかったが、次にミューズ=シェリアと出会った帝都の地下水道でも、特に労せず会敵したのだ。
ノエルはともかく、シェリアは街の地下とはいえ、人が密集するエリアにいた。
あんなに簡単に出会えるなら、もっと街の住人に被害が出ていてもおかしくなかったはずだ。
「なんか、ミューズが僕たちのところまで出てきてくれているみたいだね」
「そうね。偶然かもしれないけど、ちょっと気にはなるかも」
訝しむティアに、俺だけでなくミユキも考えこむような素振りを見せた。
何か、原因が思い当たるような気がするのだが、喉元まで出かかってるのにうまく言語化できない。
俺が唸っていると、レオナが口を開いた。
「ティアとミューズって同じ実験の被験者?ってやつなんでしょ。じゃあティアに引き寄せられてるんじゃないの?」
レオナの言葉に、俺たち3人は口を開け放ってポカンとなった。
「それだ! レオナお前頭いいね子供のくせに!」
「殴るよ」
レオナは俺の脇腹を殴りながら言った。
そういう台詞は殴るときには言わないもんだが、この際いい。
俺の感じていた不穏な気配は、レオナの言葉で少しわかりやすくなった。
「私を目指して……? そうか、ミューズには同族を認知できる能力がある……かも?」
「ミューズにはティアちゃんが範囲内に近づくと、認識できるのかも知れません。ティアちゃんは、ミューズが近づいたら何か感覚でわかったりしませんか?」
一つヒントが与えられると、考察は案外スムーズ気進んだ。
ティアはミユキの問いに、顎に手を当てるいつものポーズで答える。
「正直そんなにはない……と思う。でも、確かに少し胸がザワザワする感じは、シェリアのときにはあったかもしれない」
ティアがそう感じているなら、向こうも同様かもしれないと思った。
もちろん真偽は分からないが、可能性のひとつとしては考えておいてもいいだろう。
「ということは、この事態は私の所為でもあるってわけね」
ティアは自嘲気味にそう言った。
微笑が張り付いているので分からないが、その心境はいかほどだろうか。
もしそれが事実だったとして、俺だったらそれなりの罪悪感を感じていたかもしれない。
「ティアちゃん……」
「ああ、ちなみに心配は無用だよ。確証なんか無いし、他の要因だってあるかもしれない。なんなら私は、向こうからこっちに来てくれるなんてありがたいとさえ思ってるから」
強がりか、それとも本心か、あるいはすべてを呑み込む覚悟が既にキマっているのか。
心配そうに声をかけるミユキや、静かに見つめる俺に向けてティアは言った。
「ならいいよ。早く片付けよう」
「もちろんそのつもり」
俺の言葉にティアは力強く頷いた。
その手が少し震えていたことに、俺は気付かないフリをする。
クールな皮肉屋のくせに、誰より慎重で思慮深い彼女が、何も思わないわけがない。
ミューズの討伐は、ティアにとっては葬送の意味合いが大きいのかもしれないが、俺にとっては少し違う。
自分がどこまでこの世界で通用するのかを試す機会であり、ティアを守り彼女の願いを叶えるための最も重要なミッションだ。
ここで役に立てなければ、ティアのパーティにおいて俺の価値はないと思っている。
俺もまた不退転の覚悟で、来たるミューズとの決戦に向けた作戦会議の場へと辿りついた。
いよいよ、今回のクエストが始まる。
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