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魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~  作者: 裏の飯屋
第二章 刺客襲来編

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第49話 シェリアの赤い石

 レオナがミューズ本体頭部の核を貫いたことで、敵の全身が崩壊していくのが見える。

 模倣体は本体が消えればただのゲル状の物体へと変わり、他のスライムと何ら変わりない終わりを迎えるようだ。


 やがてミューズ本体は、割れた核を残して反応が無くなったことを確認できた。

 俺はまだ分かっていないことがいくつかあるので、レオナとティアそれぞれに視線を移す。


「質問。結局、レオナは本体がいるかは分からないけど、とりあえず地下水道をしらみ潰しに調べてたってこと?」


 俺の質問に、レオナではなくティアが答える。


「保険をかけておいたの。地下水道は広いから、もしはぐれたら無理に合流せずに単独行動してって」


 確かに、身軽で潜入なんかもできる暗殺者のレオナは単独行動の方がその力を発揮できるのかもしれない。


「で、アタシが浄水場からこの操作室に侵入して、隠れてたスライムの本体を見つけて始末したってわけ」


 本体がいればほぼ不死身の分裂体達だったが、逆に本体を倒してしまえば脅威ではなかったということか。


「よく本体が他にいるって分かったね。レオナが偽物だってことも気づいていたの?」


  俺は感心したようにティアに言う。


「まあ一回はぐれたのに何も言わずに合流したってことは、十中八九偽物だとは思ってたよ。どこまでいっても予想でしかなかったけどね」


「ティアちゃんは、本体を含めてミューズが3体まで分裂できることも分かってたんですよね? どうしてですか?」


 確かに、もしかしたら4体かもしれないし、5体かもしれなかったわけだ。

 俺たちは分裂が3体までだったからこうして無事でいられるわけで、ティアは何故それを分かっていたのだろうか。


「"私のミューズがそう言った"っていうのが一番大きいかな。他の人だったら一回退くのも提案したかもしれない」


 ティアは先ほどミューズを倒すとき、「私だったらそうするから」と言っていた。

 自分の思考だったからこそ読みやすかったのは理解できるが、それでも賭けではある。


「私たちがレオナの偽物を除いて3人で来たのに、相手は2体で私たちを相手してたでしょ? だから3体以上出せないか、他の場所にいるのは間違いないなって思ったんだよ」


 ここまで聞いていて思うのは、実は一番賭けに出ていたのはティアだったのだなということだ。

 俺もミユキも目を丸くし、視線を合わせて笑い合った。

 レオナもやれやれと肩を回してストレッチをしている。

 彼女も走り回ってそれなりに消耗したのだろう。


 ここまでで何となく思うのは、ティアは異様に運が良い。

 予想はよく当たるし、レオナからの暗殺を退けた経緯なども聞いていると、本当に偶然なのかと疑いたくなるほどだ。

 ティアの周到さが良い結果を引き当てるのかもしれない。

 とはいえ理屈では語れないところも多いので、そういう星の下に生まれたのだと納得するしかないのだが。


「ねえフガク。疲れてるとこ悪いんだけど、ミューズの名前って分からないかな?」


 ティアが俺にそう言い、溶けたゲル状の身体の上に落ちている真っ赤なスライムの核、ミューズの頭部だった部分に視線を移す。


 核の横に見える「ー」が点滅していることから、ステータスに更新があったらしい。


―――――――――――――――

▼NAME▼

ミューズ/スライム=シェリア New!


▼SKILL▼

・メタモルフォーゼ A

・分裂 A

・液体移動 A

・硬質化 B+

・内包捕食 B

・ヒーリング SS

―――――――――――――――


「シェリアって書いてあるよ」


 相手が死ぬと全ての情報が解禁されたりするのだろうか?

 俺はティアにミューズの名前を伝えてやると、顎に手を当てるいつものポーズで考え始めた。


「シェリア……知らない名前ね」

 

 ノエルの時とは違い、過去に交流の無かった相手のようだ。

 シェリア=フランシスカ。

 一体どんな人物で、どんな人生を送ったのだろうか。

 すでに人の(かたち)を失った今となっては知る由もない。


「ティアちゃん、外に出て、弔いませんか? 核くらいしか持って行けるものはありませんが……」


 ミユキの提案にティアは頷く。

 すると、シェリアの亡骸の傍にレオナが片膝をつき、何かを拾い上げた。


「なんだろこれ?」


 彼女の指先には、ビー玉ほどの大きさの、透明感ある真っ赤な石がつままれていた。

 俺たちも顔を寄せて覗き込むと、確かにスライムの核とは質感の違う宝石のような石だった。


「確かに、核とは少し違いますね」

「レオナ、それ預かってもいい?」


 ティアもそれを覗き込み、一瞬考える素振りを見せたがやがてレオナに向かって手を差し出した。


「まあいいけど。売れるかな?」

「売らないよ。ミューズから出てきたものだし、何か意味がありそうだから持っておきたい」


 レオナから赤い石を受け取りながら、俺たちは元来た水路に戻って外に出た。

 部屋の前に大量発生したスライムも1匹残らず溶けていた。

 奴らはミューズの体の一部だったのだろう、本体が消滅したことで大量のスライムの駆除も同時に完了したようだ。



――――


 此度のクエストは大成功に終わり、俺たちは4人とも無事に帰還した。

 ギルドにクエストの完了報告を終え、アポロニアの屋敷に戻るとすでに夕方だ。

 まずはミューズ/シェリアの核を埋葬できる場所を探すことにした。

 アポロニアは不在だったので、ガストン氏に目ぼしい場所を訊くと、帝都には協同墓地があるらしいので、明日朝の予約を取ってもらった。


 その後は、汚れた身体を洗いたいという、ティアのいつもの"キレイ好き"が発動したため一旦各自の部屋に戻る。

 俺もさすがにスライムまみれに水浸しなので、シャワーくらいは浴びたかった。


 今日も全身傷だらけではあるが、ある程度ティアのヒーリングで治してもらっているので何日か休めば問題ないだろう。

 我ながら怪我にも慣れたもんだと苦笑いしつつ、部屋で風呂上りにパンツ一丁になって全身に傷薬を塗っているところだ。


 ちなみに、今回のクエスト報酬もそれなりに高額で、俺たちの路銀や懐はそれなりに潤った。

 報酬は半分を共通の旅の資金とし、残り半分をきっちり4等分に山分けだ。

 それでも前世での家賃3ヶ月程度の収入が入ったので、冒険者は実力さえあれば食うには困らない職業だと知ることができた。


 またミユキを誘って街に出てもいいかとも思ったが、ティアに追手が差し向けられるようになったので、なかなか二人で行動するのは難しいだろう。

 レオナとティアを二人きりにさせるのも、まだどことなく不安だし。


 俺はベッド脇に置いてあるミユキとお揃いの銀時計を見ながら、そんなことを考えていた。

 そんなとき。


 コンコンッ。

 部屋の扉を誰かが叩いた。


「邪魔するよー」


 ノックをしたくせに俺の返事を待たず、レオナが部屋にズカズカと入ってきた。


「邪魔するなら帰ってー」

「は? あれ、着替え中?」


 俺は前世で誰もが知る(たぶん)渾身のギャグで返すが、レオナに通じるはずもなく適当に流された。

 

「失礼しますフガクく……あ、す、すみません」

「ありゃ、フガクさんのラッキースケベでしたね」


 レオナがドアを開けっぱなしにしていた所為で、ミユキとティア、さらにリリアナまで連れだって入ってきた。

 ミユキは俺がパンツ一丁だったことに気付き、慌ててこちらに背を向けた。

 うーん、今日も可愛い反応だ。


 リリアナとティアも一応見ないようにはしてくれている。

 が、これ男女逆だったら普通にヤバいからね。


「レオナお前はちゃんとノックの返事を待ってから入れ」


 俺は慌てて着替えながら文句を言っておいた。

 特に悪びれる素振りもなく、レオナは俺のベッドサイドにある銀時計を手に取って眺めている。


「へえこれ可愛いね。ちょうだい」

「駄目に決まってるだろ。それより、みんなでどうしたの?」


 厚かましいレオナの軽口を流しながら、ティア達に何事かと問いかける。

 あまり意識したことは無かったが、こうして見ると女性ばかりのパーティだ。

 別に文句もないが、これだけ女子ばっかりだと若干肩身の狭さも感じるので、気の合う男性の仲間なんかもいるといいのにとは思った。


「明日の朝にはリリアナさんが旅立たれるので、みんなで壮行会でもどうかとティアちゃんが」


 俺が着替え終わるまで後ろを向いていたミユキが、ようやくこちらを向いて説明してくれた。

 女子会でもよかったろうに、俺も誘ってくれるとはありがたい。


「ティアさんありがとうございますー! しかも奢ってくれるなんて!」

「まあ最後くらいはね。実際リリアナに助けられたこともあるし。でもフガク、体調は大丈夫?」


 帝都の酒場にでも繰り出すということか。

 そういえば、この世界に来て酒場に行くのは初日の夜くらいだったことを思い出す。

 たまにはみんなで飲みに行くのもいいかもしれない。


「大丈夫だよ。ティアが治してくれたし」


 ただ、大怪我してるときは酒は飲まない方がいいって言うが。


「治ってないけどね。じゃあ行きましょう。レオナ、あなた帝都で活動してたんでしょ? どこかいい店知らない?」


 いやティア、レオナは16歳ですよ

 酒場に詳しかったらおかしいでしょうよ。

 と思っていると、俺のベッドの上でゴロゴロしていたレオナが、飛び上がって起き上がった。


「あー、いくつかあるよー。アタシも飲んでいいの?」


 いいわけねえだろ。

 というか、どう見ても中学生くらいのレオナに酒を出す店はかなりヤバいと思うから避けたいところだ。

 いや、そもそも暗殺者に今更飲酒がどうとか倫理や法を説いてもしょうがないのだが、そこはそれ。

 俺も大人として飲ませるわけにはいかない。


「さすがにやめといたら? 大人になるまで待ちなさい」


 ティアが真っ当に諭してはいるが、正直どうでもいいと言いたげだった。

 まあ飲酒の可否は法律によるものだから、この世界で適用されるのかは知らない。

 実際俺のいた前世でも、アフリカの一部の国では15歳からビールが買えたり、ヨーロッパの一部地域ではレオナくらいの年でもうワインを普通に飲んでいたりすることもあるらしいし。


「アタシはもうそんな子供じゃないよ」

「子供でしょ」


 しかしレオナはもう分別もある立派なアサシンだ。

 酒に飲まれるようなこともないだろう。

  そんなことを思っていると、ミユキが近寄ってくる。


「フガクくん、本当に大丈夫ですか? さっきチラッと見えてしまったのですが、身体中に裂傷が……」


 ミューズにかなり斬られたからな。

 俺の体は傷だらけで普通に歩くだけでも痛い。

 が、リリアナとも今夜でお別れだし、下手をするともう会うことも無いかもしれないので参加しておきたいところだった。


―――


 辺りが夕焼けに染まる時間帯、俺たちは帝都の中でも酒場が多いエリアに繰り出した。

 間も無く夜ということもあり、観光客や冒険者だけでなく仕事終わりの街の人も大勢歩いている。


 俺達はレオナの案内により、路地裏にある一軒の店に入った。

 また随分と奥まったところに入るなと思い、若干の警戒態勢をとっている。


 しかも入るなり、人相の悪い男の客達がこちらをチラリを見てきたものだから、大丈夫か?とかなり心配になった。


 顔中傷だらけのマスターらしき男も、ギロリとするどい目つきで俺たちを睨みつけてくる。


「らっしゃい」


 マスターは睨みつけたわけではなく目つきが悪いだけのようだ。


「ななな、なんですかこの店……!レオナちゃん、せっかくの帝都なんですから、もっとこうオシャレで華やかな……」


 リリアナが涙目でレオナにすがりつく。

 30席ほどの店内は薄暗く、女性客はおらず強面の男達やイカつい世紀末な風体の男達が飲んでいる。


「レオナ、大丈夫なんでしょうね?」

「平気平気ー」


 いかにもぼったくられそうな店に、ティアもさすがに苦い顔をしていた。

 まあミユキは特に気にしていないようだし、このメンバーなら何かトラブルが起きても問題はないとは思うが。

 すると、腰にエプロンを巻いた給仕の髭面マッチョがズカズカと近寄ってくる。


「ひぃっ……!」


 ドンっと、マッチョがメニューを俺たちの机に置いた。

 リリアナの肩がびくんっと跳ね、隣の席のティアの腕に抱きついた。


「飲み物は何にするね? それからレオナ、テメェガキが夜にこんなこと来るんじゃねえよ。ここは酒場だ」

「へっ?」


 店員のマッチョはレオナの知り合いのようだ。


「いいじゃん、ご飯食べに来ただけだし。つーかもうちょい愛想よくしたら? そんなんだから女の客が寄りつかないんだよ」

「う、うるせえ、ここは酒場だからいいんだよ」


 図星を突かれたのか、狼狽えているマッチョ。

 うん? 思ったのと印象が違うぞ。


「レオナ、知り合いのお店?」


 ティアが眉を潜めて尋ねる。


「そうそう! 子供の頃からちょくちょく来ててさー。あ、あのマスターはああ見えても昔お城でパティシエやってたんだよ、だからデザートがめっちゃ美味しい」


 今も子供だろとはもう誰も突っ込まなかった。

 ふと見ると、カウンターの強面マスターがポッと顔を赤らめている。

 シャイな人のようだ。


「嬢ちゃん達もいいのか? どうせこのガキに連れてこられたんだろ」


 給仕のおっちゃんが眉尻を下げてそう言った。

 こっちも悪い人じゃなさそうだ。


「いえ、せっかくなのでぜひ。えーと、何にしようか……」

「レオナはいつも何を食べてるんですか?」


 ティアのOKが出たので、俺たちもメニューを眺める。

 酒場とはいうが、あてになりそうなもの以外にもフードメニューは充実していた。

 タコスにパスタ類、オムライスなんかもあるぞ。


「えー、アタシここではオムライスしか食べないしなー。それが一番美味しいよ」

「ふざけんじゃねえぞガキ!」


 レオナの言葉に、別の席に座っていた強面の冒険者風の男が椅子をドン!と引いて立ち上がった。


「ヒャッハー! ここがどこだか分かってんのかァ?!」


 今度はその隣の席の世紀末モヒカン冒険者も立ち上がる。

 場違いな俺たちに因縁でもつけるつもりだろうか。


「この店はなぁ! パスタが絶品なんだよ! 特にペスカトーレがいい!」

「ヒャッハー! 飯はいいからガトーショコラを食いなぁ! 豆から挽いたコーヒーも絶品だぜぇ!」


 いいやタコスだ!スイーツならモンブランだ!やんややんや!

と、他の男達の怒号も飛び交い、マスターもキレた。


「やかましいぞテメェらぁ! ああっくそ、こんなんだから女性客が来ねえんだ……」


 なんだこの店。


「と、とりあえず適当に頼みましょうか」


 ミユキの苦笑いする声を聞きつつ、何品か頼んでみんなでシェアすることにした。

 滅多に来ない女性客ということで、何か色々サービスもしてくれた。

 まあ一見ガラは悪いがアットホームな店で、その後出てきた料理もどれも美味しい。

 しかも店主や客層の所為か客入りも多くなく、何だかんだと俺たちは"良い店"に入ることができたようだ。


 その後、今日はリリアナの壮行会ということもあり、俺たちはマスター手製の料理を楽しみつつ、彼女の話に耳を傾ける。


 「らからぁ! その時あらしは言ってやっらんれすよー! らったらあらしがシェオルに行ったら、あとは自由にさせてもらいますかられって!」


 2時間程度が経過したところ、そうとう溜まっていたのか、酒を飲んだリリアナが旅の経緯を話しつつ管を巻いている。

 なんでも、厳しい母と半ば喧嘩別れのような形で家を飛び出してきたらしい。

 シェオルへの巡礼を終えたら、あとは気ままな一人旅を計画しているとのこと。

 もう明日にはお別れだと言うのに、今ごろ彼女の身の上を聞くとは、順番が逆なのが妙におかしく感じられた。


「分かったから。その辺にしといたら? いいじゃない、シェオルまで行って巡礼を終えたら自由なんでしょ?」


 ティアも一応お酒を嗜んでおり、少し頬が赤らんでいた。

 ちなみに俺とミユキは飲んでいない。

 ミユキは元々飲めないし、俺も全身傷だらけなのでやめておいた。


「そうれすけど……レオナちゃんどう思いますかー!? あらし間違ってらいれすよね!」

「何つってるか分かんないっつの。リリアナよくそんなんでここまで旅できたよね」


 レオナは酒ではなく、飲むといい感じに酔った雰囲気を味わえる異世界水を飲んでいる。

 断じて酒ではない。


「なんらとー! 生意気だぞレオナちゃんー!」


 昨日までレオナにビビっていたくせに、今は絡みついている。

 リリアナに酒は飲ませてはいけないことがよく分かったところで、レオナが煩わしそうにこちらを見た。


「あーめんどくせー。ねーそろそろ帰ろうよー」

「えー、やらー。ティアさぁん、もうちょっと飲みまひょうよー」


 レオナに引き剥がされたリリアナは、今度はティアに絡みに行っている。

 彼女もほろ酔い気味で、白い肌が仄かに赤く染まって少し色っぽく見えた。

 そんなティアだが、ごそごそと懐に手を入れて何かを探しているようだ。


「しまった、部屋に時計置いてきちゃった。誰か今何時か分からない?」


 ティアがいつも懐に持っている懐中時計を、帰って着替えたときどうやら部屋に忘れてきたらしい。

 仕方ない、俺が見るかと時計を取り出す前に、ミユキが時刻を確認してくれた。


「20時過ぎですね。確かに、そろそろ帰りましょうか」


 ポケットから銀時計を取り出したミユキ。

 一緒にお揃いで買ったものを、普通に使ってくれているのは何となく嬉しい。


「えー」

「あれ、ミユキ。それフガクがさっき持ってたやつと同じの?」


 目ざとい奴め。

 レオナはさっき俺の部屋で銀時計をいじっていたから、ミユキの持っている時計が同じデザインだと気付いたらしかった。


「え、あ、そうですね。実は一昨日フガクくんと一緒に買いまして」


 ミユキはそう言って、少し恥ずかしそうに銀時計をレオナに見せてやっている。

 ああ、これはまたいじられるぞと思いつつ、俺は何となくティア達の方を見る。


 リリアナはもう完全に仕上がっているので眠そうな眼でフラフラしていた。

 ティアは。


「ふーん。お揃いなんだ」


 大して興味も無さそうにそう言っていた。

 まあ俺としても隠すようなことでもないので、それ以上は何も言わない。

 レオナもリリアナの相手で疲れているのか、リアクションも薄めだった。

 そしてすぐティアが席を立ったので、俺たちも帰り支度を始める。


「じゃ、行こっか」


 ティアにしっかり奢ってもらった俺たちは、酔っぱらっているリリアナも含めて全員でお礼を言って帰路につく。

 タクシー替わりの馬車は捕まらなかったので、全員で徒歩でアポロニアの屋敷に向かうことになった。


 酔いつぶれて寝てしまったリリアナは、ミユキがおんぶして帰っている。

 ここは俺がと言ったが、「フガクくんが一番怪我人ですから」とミユキが譲らなかったのでお言葉に甘えた。


 夜とはいえ20時半かそこらの浅い時間だ。

 人通りは多く、まだまだ酒場はこれからが稼ぎ時だろう。

 客引きやすれ違う通行人をかわしながら、俺たちはゆっくりと歩いていく。


 他愛も無い話をしながら、郊外にさしかかったとき、ティアがポツリと呟いた。


「ねえフガク」

「ん?」


 俺は隣を歩くティアから声をかけられた。

 なんだ改まってと彼女の方を見ると、こちらをじっと見つめていた。


「今からあなたの部屋に行ってもいい?」


 ティアの言葉を、俺は最初普通に聞き流した。

 じわじわと脳に侵食してくる。

 

「……え?」


 俺の呆けたような呟きが、静かな帝都の住宅街に虚しく響いた。

 ティアの表情はいつも通りの微笑で、彼女の言葉にレオナもミユキも口をポカンと開けている。

 帝都の夜はまだ終わらないようだった。




お読みいただき、ありがとうございます。

モチベーションにもつながりますので、もしよろしければぜひ評価や感想などいただけると幸いです。

評価は下の「☆☆☆☆☆」から行えますので、よろしくお願いたします。

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