第4話 私の目的は二つ
時刻は夕刻、太陽が沈みかけて空が赤らんでいる。
俺はティア、ミユキと共にエルルの街の飲食店街を訪れ、一軒のダイナーに入って席に着いた。
木製の丸テーブルを囲む木の椅子に座り、一息ついて店内を見渡す。
庶民的な店なのか、街の住民や冒険者風の客で満席だ。
天井や壁に取り付けられた幾つもの照明は、確かに電気とも炎とも違う青白い光で室内を明るく照らしている。
「フガクも好きなの頼んでいいよ」
ティアがそう言ってメニューを渡してくる。
ラインナップを見てみると、キノコのシチューや小エビのフリット、厚切りベーコンなどの生前見たことのあるものと、よく分からない料理の2パターンがあった。
まあ俺も前世で世界中の料理を食べ歩いたことがあるわけではないので、これがこの世界独自のメニューなのかは分からないわけだが。
などとどうでもいいことを考えながら、注文を取りに来た給仕のお姉さんに適当なメニューを伝える。
「さて、フガク。これからの話をしましょうか」
テーブルを挟んで向こう側に座るティアは、俺の目を真っ直ぐに見つめながら話し始めた。
ミユキは黙って聞いている。
「まず、私の目的は二つある。一つは大陸各地にいるミューズという特別な魔獣を討伐すること。もつ一つは……」
そこでティアは言葉に詰まった。
言うか言うまいか、迷っているような素振りだ。
「ある二人の人間を殺すことよ」
「殺す……? 誰を? なんで?」
俺の人生とは無縁の言葉に、思わず息を呑む。
確かに比較的平和な現代日本でも、殺人事件は時折起こる。
だが、人が人を殺す計画を立てるのを聞く日が来るとは思わなかった。
ましてやそれが、スキルに聖女とまで書いてある、目の前にいる美女が企てていることに現実感を抱けない。
「それはまだ言えない。フガク、悪いけど私はまだ完全にあなたを信用しているわけじゃない」
「分かった。ティア、君は悪い人なのか?」
ティアが俺を信用できないのは当然だ。
俺は彼女の信頼を得るようなことを、まだ何一つしていないのだから。
「それはあなたが判断すればいい。ただ、そうね。私は私の家族を殺した奴らに復讐するための旅をしてる」
俺の問いかけに、ティアは口元に薄い微笑を浮かべたまま答えた。
その赤い瞳の奥には、憎悪の色が滲んでいる。
「分かったよ。それで、もう一つのミューズっていうのは?」
「私が殺そうとしている人間が作った、人造の魔獣みたいなものよ。細かい居場所を把握してるわけじゃないから、各地のギルドで情報を集めてるの」
その後続いたティアの言葉によれば、ミューズは昼間戦いになったベヒーモスよりもさらに強い力を持っているとのこと。
強い魔獣の情報が集まりやすい各地のギルドを巡る旅をしているらしい。
「了解。それで、僕に選択肢を与えてくれたのは何で? 聖女っていうのは……」
「フガク、私の前で二度とその言葉を言わないで」
「え……?」
聖女という言葉に、ティアは口元に微笑を貼り付けたままそう言った。
「ソレは呪いなの。私の人生や、私の大好きな人たちを奪った忌むべき称号なの。だから、私はその言葉が何より嫌い」
表情は変わらぬ笑みを浮かべたままなのに、言葉の端々に堪え難いほどの怒りと憎しみが見え隠れしている。
一体彼女のこれまでに何があったと言うのだろうか。
「それからフガク、あなたを連れて行く理由は、あなたのスキルよ」
「名前とスキルが分かるんですよね? フガクくん、本来スキルを確認するには教会に行かないといけないんですよ」
ミユキがそう付け加える。
逆に言えば、教会に行けば見える程度の能力ということか。
それの何がティアのお眼鏡に適ったのだろう。
「あなたには、私の復讐の旅に付き合ってもらうね。私のスキルも見てしまったことだし、そのスキルは必ず役に立つから」
スキルが見えるというのは、そんなに重要なことなのかは分からないが、頼られて悪い気はしない。
「あとそれから、私の名前は基本的にティア=アルヘイムで通してる。本名では絶対呼ばないこと」
ルールが多いな。
だがティアの眼差しはいたって真剣だ。
当然偽名を名乗るのも理由があるはず。
「わかった。そう名乗るのは、君が殺そうとしている人間に関係があるの?」
「ノーコメント。答えたくないわ」
とりつく島もない。
が、彼女は先ほど自分を追ってきたのかと訊いてきたので、十中八九追手を気にしてのことだろう。
「そういえばフガクくん。自分のスキルは確認しましたか?」
「ああ、うん。あまり見えなかったけど、正直微妙だったな。精神力だけSSだったけど」
俺の言葉を聞いて、ティアがキョトンとした様子で目を丸くさせた。
「精神力SS?」
わざわざ訊き返してくるティア。
あまり繰り返さないでもらいたい。恥ずかしいから。
「え? あ、うん」
俺は適当に返事をする。
すると、ティアは俯き、身体をプルプルと震えさせ始めた。
「……ふ…ふふふ…!」
こらえきれないといった様子で、クスクスと声をあげ始めた。
ミユキもティアのの様子に、怪訝そうに顔を覗き込む。
「ティアちゃん?」
「ふふふ……あははははは!!」
そしてティアが吹き出して大笑いし始めたころ、ようやく注文した料理が運ばれてきた。
ーーー
「あー!笑った笑った」
食事を済ませて宿への帰り道。
ティアは楽しそうに言った。
「笑いすぎだよ。僕も何だこのスキルって思ったけど。魔法が強くなるとかそんなスキルじゃないの?」
「ごめんね。別に馬鹿にしたわけじゃないよ。
でもそんなスキル初めて聞いたし、それってスキルなの?って思ったらツボに入っちゃってさ。あと、期待してるとこ悪いけど、魔法のスキルが無いならその線は薄いかもね」
「そっかー」
いよいよ俺のスキルの用途が分からなくなった。
自分の精神が他の人間と比べて強いとかそんな感覚も無い。
これはハズレを引いたことを認めるしかないか。
「大丈夫ですよ、フガクくん。どういったスキルかは分かりませんが、SSはすごいです!
何かできることがありますよ」
そう言って励ましてくれるミユキ。
もっともだし、前向きで良い考え方だ。
そもそもわざわざスキル欄にあるくらいなのだから、何か意味はあるはず。
「そういえば、ミユキさんは冒険者とか? ティアが雇い主って言ってたけど」
「そんなところです。ティアちゃんと旅を続けて1年くらいですね」
魔獣相手にあれだけの大立回りをしていたのだ。
さぞ名のある冒険者なのだろう。
考えているうちに宿に到着し、ティアが俺の分の部屋も取ってくれた。
「じゃあ明日からよろしく。とりあえずさっきギルドで目ぼしいクエスト見繕っといたから、明日からまた何日か街を出るし、しっかり休んどいてね。でも寝坊しちゃダメだよ」
「わかった、ありがとね。おやすみー」
「おやすみなさい」
女性二人と同じ部屋というわけにはもちろんいかないが、俺のためにわざわざ二部屋目を用意してもらうのも何だか申し訳ない。
とは言えありがたいのも事実だ。
風呂に入って食事を取って安全地帯に来られたからか、疲労感が強烈に押し寄せてきた。
挨拶もそこそこに部屋に入ると、シングルサイズのベッドに小さな机が一つという簡素な作りだった。
清掃は行き届いており、寝床としては十分過ぎる。
「疲れたー……」
俺は体力の限界に達していることを感じながらベッドに身体を投げ出した。
明日から今日みたいな恐ろしい魔獣と、命のやり取りが始まるのだろうか。
ミユキとティアは女性2人でそんな旅を1年も続けているなんて、貧弱な現代人の俺には到底信じられない。
とにかく休もう。
結局俺がベヒーモスを殴り飛ばした理由は分からないままだが、そのうち分かるだろう。
あれ、そういえば俺をこの世界に飛ばした女神が、最後に俺に何か言ってたような気がする。
私の期待に応えろとかなんとか。
俺に何を期待しているというのか。
気になることはまだまだあるが、もう考えるのも限界だ。
明日も無事にこうして眠れることを祈りながら、俺は深い眠りへと落ちていった。
<TIPS>
呼んでいただきありがとうございます。
もしよろしければ励みになりますので、評価やブックマーク等いただければ幸いです。