第45話 地下水道の怪異①
翌々日、朝から俺たち4人は帝都の外周部にある地下水道からの出入口に来ていた。
聞けば、下水道に流された水は光石によるろ過設備を通って地下水道を通り、そのまま川へと流れていくのだそうだ。
そのため、俺たちがこれから入ることになる地下水道から流れる水は、嫌な臭いがほとんど無い。
飲料用ではないが生活用水として十分使用に足る水質とのことだった。
「フガクくん、体調はいかがですか?」
「ああ、うん。もう大丈夫だよ。まあ昨日の筋肉痛は残ってるけど」
俺はティアのヒーリングの効果が薄い肋骨の骨折と、削ぎ落された腕の皮膚以外はほぼ傷も完治し、万全の状態だ。
ただし、昨日新たにこさえた傷や筋肉痛はある。
昨日すっかり熱の下がった俺は、じっとしていられずミユキに戦闘訓練を願い出た。
はじめは驚かれたが、ミユキは特に断ることもなく了承。
アポロニアの屋敷の広い庭を借りて半日ほど模擬戦を行ったのだ。
分かっていたことだが、結果は惨敗。
俺の実力ではまだミユキの足元にも及ばないらしい。
さらに、おもしろそうだからとレオナもそれに付き合ってくれた。
こいつはこいつでヤバかった。
とにかくすばしっこく身のこなしが軽やかで、俺は木剣をなかなか当てることができなかった。
さすがに本物のナイフは使わなかったが、アポロニアの屋敷でもう使われていない古いナイフやフォークで俺の相手をしていたのだ。
同い年くらいの孫娘がいるらしいガストン氏を巧みに誘惑し、倉庫から借りてきたとのこと。
主に投擲武器として使用しており、レオナは俺の腕や足に的確にシルバーの食器をぶつけていく。
良い素材を使った食器だけあり、フォークなんかは普通に俺の肌を突き刺した。
とはいえ、さすがに真正面からやり合えば俺の方が強かった。
対生物攻撃適正はレオナにも効いているらしく、一撃当てるだけでも彼女が蹲るほどのダメージを与えられた。
その後晩餐の際には反省会が行われることになった。
とにかく俺に足りないのは戦闘経験とのことだ。
動きが単調で、見切るのが簡単過ぎてザコ過ぎるザァコとレオナにボロクソに言われた。
勝敗では俺が勝ち越したと思うのだが。
身体能力自体はミユキに肉薄できる瞬間もあると太鼓判を押されたので、俺はかろうじて自信喪失せずにいられた。
つまるところ俺は、確かに『魔王』の力の一部を継承しているにも関わらず、それを全く使いこなせていないということが分かった。
フェルヴァルムの言うことにも一理あったのだ。
なお、昨日はしっかり休むようにと言われていたにも関わらず、生傷だらけの模擬戦を行った俺に無言で威圧感のある笑顔を向けていたティアがとても怖かった。
「一朝一夕で強くなれたら誰も苦労はないんじゃない? 毎日アタシがいじめてあげるから楽しみにしててねー」
「レオナ、やり過ぎはダメですよ」
レオナが小悪魔どころか悪魔的な笑顔を俺に向けてくる。
ミユキがたしなめているが、どこまで聞いてくれるやら。
何やかんや毎日付き合ってくれるということらしいので、それはありがたく受け取っておこう。
「さて、みんな準備はいい? とりあえず中入ってみようか。そのまま会敵するかもだから、気を引き締めてね」
「うぇーい」
「はい、とりあえず私が先行しますね」
今日はようやくクエストだ。
ティアの号令で、俺たちも装備を最終確認して地下水道の入口へ足を踏み入れる。
今日は狭い場所での戦いになる可能性があるため、ミユキも大剣ではなく街で適当に見繕ったらしい一般的なサイズ感の剣を帯びている。
地下水道はその名の通り帝都の地下に張り巡らされた巨大な通路だ。
水の流れる水路の横には、作業員が内部に入るための幅の狭い石作りの通路が設置されている。
天井までは約2.5m、水路も含めた通路幅は5mほどだろうか。
横並びには歩けないので、ミユキ、ティア、レオナ、俺の順番で入っていく。
縦一列でダンジョンに挑むのはどことなくRPG感があり、俺は人知れずワクワクしていたのは内緒だ。
人工の水路だけあって、一応照明も設置されているが、あくまで簡易的なもので中は薄暗かった。
風の通り道になっているのか、背中を押されるように中に吹き抜けていく。
水路には流れの速い川くらいの速さで水が流れており、しぶきが跳ねている。
水路は深く、落ちたら即溺れるとまではいかないまでも、危険そうではあった。
「滑らないように気をつけてください」
先行するミユキが後ろに向かって告げる。
今のところ靴底が滑る感じはしないが、通路は基本水で濡れているのでコケなども生えている。
足を踏み外して水路に落ちないよう気を付けよう。
ちなみに、ミユキとティアは光石を使用したライトを持っている。
一昨日俺が寝込んでいる間に色々と準備をしてきてくれたらしい。
ちなみに俺も持っているが、万が一のエネルギー切れに備えて使うのは2つずつということにした。
地下水道の地図もギルド経由で入手しており、数時間もあれば十分隅々まで見て回れるとして水や食料の類は最低限だ。
その一方で、薄暗い中でも安全に動けるよう照明や松明などは多めに持ち込んでいる。
「ミユキー、その先スライムいるから気をつけてねー」
俺の前を歩くレオナがミユキに声をかけている。
「あ、本当ですね。でも普通のスライムが1匹です」
ミユキもそう返事をしているが、正直俺には全く見えない。
「二人ともよく見えるわね」
ティアも驚いていた。
ミユキは『勇者の瞳』の能力だろうか?
とにかく視野が広がりよく見えるとのことだった。
「暗いところで目が利く方なんだ。よっと」
レオナは腰から投げナイフを取り出し、ミユキの2mほど先に向かって一閃。
スライムの核らしき部分に直撃し、あえなく動かなくなる。
「お見事」
ティアは軽い調子でレオナに告げ。
「うげ最悪。手についた」
レオナも特に反応せず投げたナイフを回収している。
さすがに使い捨てというわけではないらしい。
スライムの遺骸、といってもほぼ水が手に付着したようで、すぐ後ろにいた俺の服の裾で拭った。
「やめろよきったないな!」
俺は付けられたスライム片をどうすることもできないまま歩を進める。
殺されたスライムはちょっと可哀そうな気もするが、大量発生の駆除も兼ねているので仕方あるまい。
前の3人は普通にドロリと溶けたスライムの破片を踏んでいったが、俺は通る際に体を水路の中に靴で落としておいた。
水にお還り。
青く透明で、プルプルとした質感だった。
夏は涼しげでいいかもしれない。
「別れ道ですね。どうしましょうか」
しばらく歩くと、通路が二手に分かれていた。
帝都にいくつかろ過設備があるので、各所から水が流れてくる構造になっている。
「二手に分かれましょう。この先で合流できそうだし」
ティアからの提案の通り、図面を見ると他の通路からまた合流はできそうだった。
「どう分かれる?」
「私とミユキさん、フガクとレオナでいきましょう。この先の通路で合流ね」
「ティアー、そこは空気を読んで若い二人を一緒にしてあげなよー」
ニヤニヤとメスガキスマイルで余計な気を利かせようとしているレオナを無視して、ティアとミユキはさっさと奥へ進んでいった。
「ちぇっ。せっかく二人きりにしてあげようと思ったのに」
「余計なお世話だよ。大体、僕とミユキさんはそういう関係じゃない。お前だって分かってるだろ?」
俺はライトを点け、レオナと共に歩いていく。
ここら辺にはスライムもいないようだ。
「分かってんよ? だからくっつけてあげようとしてんじゃん」
「なんで?」
「ただの暇つぶしー。あんたたち仲良くて普通につまんないんだもん。フガクがミユキとくっついたら、次はフガクとティアをくっつけて修羅場を作ろうかと」
タチ悪いなこいつ。
ツインテールちぎったろうかと思いつつ、辺りを警戒する。
「そういや、お前は何で暗殺者なんかやってたんだ?」
レオナはまだ16歳だ。
魔獣がはびこる危険な異世界とはいえ、アサシンが仕事の16歳などそうそういないだろう。
俺は何となく気になってレオナに訊いてみた。
「別に。子供の頃から『トロイメライ』で育てられただけ。似たような子はいくらでもいる」
暗殺ギルドが子供の育成とは世も末だ。
まあそのおかげでレオナは無事すくすく育って、立派なアサシンになったのだろうけど。
「つーか、フガクこそ異世界に来る前は何やってたのー?」
もう少し掘り下げたかったが、話を逸らされた。
もしかするとあまり聞かれたくないのかもしれない。
「僕は作家だったよ。まあ大して売れてなかったけど」
「ふーん、どんな話書いてたの?」
あれ、興味ないだろうと思ったが意外に食いついてきた。
ラノベって言われてもわからないだろうし、このくらいの年の女子に説明するのも何かちょっと恥ずかしいんだよな。
ほら、隣の席のクラスメイトってこと以外に共通点も無いギャルに「何読んでんの?」って何となく訊かれて、ラノベの表紙見せたら何か変な空気になったことあるだろ。
ない?そっかー。
「まあ、僕たちの今の旅みたいな話を想像して書いてたよ」
とりあえず俺は適当にお茶を濁した。
「面白そうだね。こっちでも書いて読ませてよ」
「無茶言うな……待ってレオナ、誰か来る」
通路の曲がり角から、コツコツと何者かが歩く音がする。
ライトを消し、俺は腰の銀鈴、レオナはナイフに手をかけ相手がこちらに来るのを待つ。
そして。
「誰だ!」
曲がり角から相手が姿を現すと同時に、ライトで顔を照らしてやる。
そこにいたのは、ミユキとティアだった。
「ま、まぶしいですフガクくん!」
「ミ、ミユキさん!」
「なんだ、ティア達だったか」
レオナと喋っていた所為だろうか、俺たちが合流地点に遅れたのでこちらまで歩いてきてくれたのかもしれない。
俺たちは警戒態勢を解き、再び彼女たちが来た方向に戻ろうとする。
すると。
「きゃっ……!」
「ちょ! 何してんだよ二人とも!」
ミユキが足を滑らせてしまう。
俺は慌てて彼女抱き留めようとするが、同じく足を滑らせ彼女の全体重を受け止めたことで水路に転落してしまった。
慌ててレオナが手を伸ばして助けようとしてくれるが、一歩間に合わなかった。
バシャァアン!と、盛大に水しぶきをあげながら俺たちは流されていく。
「ミ、ミユキさん……大丈夫!?」
「は、はい……!」
かなりのスピードで流されてしまい、何とか通路のヘリに捕まって水から出られた。
先に上がり、ミユキに手を伸ばして引き上げてやる。
「ふう、やっぱり滑りやすいから気を付けないとね」
「す、すみません……!」
ミユキが深々と頭を下げる。
いや、こればっかりは誰が転んでもおかしくないので謝ることもないのだが。
すると、水に濡れた所為かミユキの服がピッチリと身体に張り付いてその魅惑的なボディラインを露わにしている。
今日はシャツを着ているため胸の谷間もくっきりと見えてしまっていた。
ミユキにしては無防備だなと思いつつ、俺は羽織っている自分の外套をミユキに差し出した。
「こ、これ着といていいよミユキさん。濡れて寒いでしょ」
視線を向けるとどうしても見てしまいそうになるので、明後日の方向を見る俺の情けないこと。
いや勘弁してほしい。
ただでさえミユキの肉体の視覚的攻撃力は凄まじいのだから、男のSAGAとしてどうしても目線がいってしまうのだ。
ミユキは外套を受け取らず、何と俺の腰に手を回して抱き着いてきた。
すっかり身体が冷えているのか、ぬくもりが感じられなかった。
これはまずいのではないか。
「フガクくん……寒いです。私の身体……温めてくださいますか……?」
切なそうな声でそう言う。
胸やら腰やらを俺に押し付けてくるのが艶めかしい。
ミユキらしからぬ大胆な行動に、一体どうしてしまったのだろうかと困惑する俺。
「え……ミ、ミユキさん……? どうしたの?」
「私の身体……フガクくんに見てほしいんです……」
するとミユキは、自らのシャツのボタンを上から一つひとつ外し始めた。
彼女の豊満な胸が、少しずつ露わになっていく。
そして、ミユキは俺の耳元に口を寄せ、甘えた声で言った。
「ねえ……来て……。わたしのことだキシメテ」
「お前誰だ?」
俺は腰から銀鈴を抜き、彼女の身体に向けて薙ぎ払った。
バシャンッ!と、まるで液体のように服ごと解け、水路の中へと流れていった。
何だったんだ今のは。
「フガク! 平気!?」
すると、すぐに通路の奥からレオナが駆け足でやってきた。
「お前は本物か?」
「は?」
俺はレオナに事情を説明し、効果があるのかわからないが一応頬っぺたをつねっておいた。
俺も思いっきりつねり返されたが、そこは甘んじて受け入れる。
俺たちは一応互いに偽物でないことを確認し合っておいた。
「よく見抜いたね、ミユキが偽物だって。まああのミユキがそんなエロいことしないか」
「うん、あの偽物下着まで再現してなかったからね。ミユキさんがノーブラで出歩くわけないだろ。あと偽物に体温を感じなかったし何の匂いもなかったんだ。ミユキさんはもっとあったかいし良い匂いがする。
それから、偽物は最初からライトも持ってなかった。ミユキさんがそんなうっかり落とすわけがない。いや、たまにうっかりするんだけど、もっと可愛いうっかりっていうか」
「キモいからそれミユキには言わない方がいいよ」
何故かレオナには引かれたが、俺のミユキを見抜く目は確かなようだ。
どうせ偽物だしもうちょっと触っとけばよかったと若干後悔しているのは秘密だが。
「レオナこそ、ティアが偽物だってわかったの?」
「ああ、うん。何か要領を得ないことばっか言ってたから首切ったら溶けたよ」
こいつ何となくで容赦なく切ったのか。
まあ人のこと言えないし結果オーライだから何も言わないが。
「でもまずいよねーこれ」
レオナの言葉に、俺は首肯する。
通路の向こうの闇が、急に恐ろしいもののように見えてきた。
「ああ、僕たちの前に偽物が現れたってことは、向こうにも現れてるかもしれないってことだ」
あれがスライムの仕業なのか、あるいはこの先にいる可能性があるミューズの仕業なのか、まだ現時点ではわからない。
地下水道は俺たちを静かに呑み込み蠢いているように思えた。
お読みいただき、ありがとうございます。
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