第44話 いざダンジョンへ②
「王よ……いかがされましたか?」
ハッとなって気が付くと、俺はどこかの部屋の中にいた。
アポロニアの屋敷の食堂のような、巨大なテーブルに豪奢な椅子が均等に並んでいる。
俺はその最も奥の席に座っていた。
俺の顔を覗き込み、心配そうに見守っているのは、頭から角を生やした大男だ。
亜人というやつだろうか? 赤い肌をしており、下顎からは牙も生えている。
「ああ……すまない。少しボーっとしていた……」
俺の声でないが、俺が喋っている。
女性の声で、両手を見ると禍々しい赤く鋭い爪がある。
俺は彼女の声を知っている。
「王よ、皆揃いました」
ふと見まわすと、10席ほどの椅子には、向かって右側にオークやリザードマンといった亜人が、左側には人間の姿がある。
やはりこれは、魔王の記憶で間違いなさそうだ。
そして俺の正面、そこは青白い髪を二つに結った女性がいた。
瞳の色は赤く、冒険者風の服装だ。
その女性を見据えながら、俺は各席に座る人々に向けて声をかける。
「よくぞ参られた。"人魔会談"の席に着いてもらえたこと、私も嬉しく思う」
話しているのは俺だ。
威圧感を放ちつつも、理知的な声だ。
先日見た、恨みと憎悪に満ちた叫び声ではない。
「こちらこそ。お会いできて光栄です。魔王様」
彼女は俺に向かって魔王と言った。
やはり間違いない。
俺は魔王の眼を通してこの光景を見ている。
「貴殿のはたらきかけあってこその会談だ―――聖女アウラよ」
その言葉にアウラと呼ばれた女性は薄く微笑む。
快活そうな印象でありながら、聖女然とした清楚な佇まいも見える、不思議な女性だった。
「もったいないお言葉です。この会談が、その後の人間と魔族のより良い未来につながることを望みます」
アウラの言葉に、この体の持ち主、すなわち魔王も微笑みかけている。
「―――ああ、私もそれを望んでいる」
しかし、そこで俺の視界は暗転した。
「―――ッ!」
そこで目が覚めてしまう。
駄目だ、あまりにも情報が断片的過ぎるし、時系列も分からない。
聖女が出てきたが、もう少し長く見る方法はないものかと思った。
俺はベッドの上で倒れており、全身の服が汗でビッショリになっている。
「あ、フガクくん。大丈夫ですか? 少しうなされていたようですが……」
ふと見ると、ベッド脇で、洗面器にタオルを浸しているミユキの姿があった。
身体を起こすと窓の外は暗く、既に夜になっているようだ。
どうやら、リリアナの血に触れた後気を失ってしまったらしい。
ミユキたちは既に屋敷に戻っているようだが、今部屋にいるのは俺と彼女だけだ。
「いや……また魔王の夢を見てたみたい」
「え、どんな内容でしたか?」
「どこかで会議をしようとしていた。部屋には亜人と人間が向かい合っていて、僕の正面には聖女アウラと呼ばれる人がいた……」
「アウラ……」
ティアにも話そうと思ったが、正直情報量は少ない。
ミユキも聞き覚えはないようで、首を傾げている。
「聖女アウラ=アンテノーラ。400年前の勇者パーティの一人だよ」
すると、扉からティアがレオナを伴って入ってきた。
勇者の仲間?
なのに何故魔王と同じテーブルについていたのだろうか。
「聖女アウラの死をきっかけに、魔族と人間は全面戦争になるんだよ。最終的には勇者が勝つわけだけど」
「みんな帰ってたんだ」
「お邪魔するよーフガク。本当にお邪魔だったかなー?」
「もう何も言いませんよ」
ニヤニヤとからかおうとするレオナに、プイっとそっぽを向くミユキ。
この調子では、昼間散々俺とのキスの件をいじられてたんだろうなと思った。
「ティア、なんで聖女アウラは亡くなるの?」
「殺されるのよ。魔族にね」
「和平を訴えていた聖女に魔族は一方的に牙を剥き、勇者が魔王討伐を決意するっていうお話しですね」
それで同族を殺された魔王が怒り、勇者を恨ん
だというところか。
一応この前見た残像には繋がるが、魔王は和平を望んでいる口ぶりだった。
とにかくこの程度の内容を小出しに見ても埒が開かない。
もう少し情報が必要だと思った。
「それでフガク、体調はどうなの?」
「まだちょっと熱っぽいかな。朝よりはだいぶマシだから、明日には治ると思う」
「油断は禁物。できれば明後日からはダンジョンに潜りたいから、明日もしっかり1日休んで」
ティアは俺のベッド横の椅子に腰掛けてそう言った。
「ダンジョン? そんなのがあるんだ」
そういえば、意外とまだ洞窟とかに潜ったりしてないなと思った。
ファンタジー世界には付き物なのに。
「ギルドでこんな依頼を見つけてね」
ティアがギルドから持ってきたらしい依頼書を渡してくる。
「何々? "地下水道でのスライム退治"か」
異世界だといかにもよくありそうな内容だ。
これがミューズに繋がるのか?と疑問に思いつつ、俺は続きを読む。
概要はこうだ。
帝都外れの地下水道にスライムが増殖中。
作業員や討伐に向かった冒険者も行方不明となっており、調査の依頼だ。
危険度はエルルのときと同じくAランク。
戻ってきた作業員の話によれば、地下水道の奥で顔のない人間の姿を見たとの報告有りとのこと。
「顔の無い人間か……ミューズっぽいな」
俺はエルルの森で見たノエルの顔を思い出した。
人間のような鼻と真っ赤な唇はあったが、髪の毛に隠れた目元には眼が無かった。
スライムの増殖にミューズが関わっている可能性が高いと感じる。
「でしょ? 地下水道は狭いし、他の冒険者と合う前に片づけたいから、早く治してね」
ノエルのときとは異なり、一先ず帝都だけで募集されているクエストのようだ。
ギルドは帝都に複数あるため、他の冒険者とまたかち合うかもしれない。
狭い場所だと魔獣と戦闘になったときやりにくいため、ティアとしてはできれば避けたいようだった。
「スライムかぁ。アタシ苦手なんだよね。ヌメヌメしててキモいし」
俺のベッドの上で胡坐をかいて座りながらレオナが言った。
どうでもいいがもう少し恥じらいを持てないものだろうか。
こちらから見るとパンツが丸見えなのだが、レオナだと思うと別に嬉しくない。
「スライムってどんな魔獣なの?」
一応見ないようにしてやりながら訊いてみる。
スライムといえば俺の中にも色々とイメージはある。
前世ではゲームから漫画までさまざまな創作物に登場する知名度の高いモンスターだ。
大体は最弱クラスの生物だが、半液体状で色々とできることは多く、中には強い存在として描かれることもあった。
この世界にもスライムがいるようだが、果たしてどんな魔獣なのか。
「ジメッとした場所に生息する魔獣で、人に害を与えることは稀です。大体は草や小さな虫などを食べ、湿気の多い場所では今回のように大量発生することがあります。体はゼリー状で、身体の中にある赤い核を破壊されると形状が保てなくなって死亡しますね」
概ね俺の知っているスライムのイメージと一緒だ。
ミユキの話では、雨季に家の床下でスライムが繁殖していたなんてことも割とあるらしい。
ゴミなんかも食べてくれるので、なんならそのまま放っておく家もあるくらいだとか。
「その割に危険度はAランクなんだね」
「まあ大量発生すると駆除が面倒だし、実際行方不明者が出てるからね。スライム以外の魔獣がいることも考えられるし」
確かに、スライムを使役する王みたいなのがいてもおかしくない。
人に害を与えない魔物ではあるが、物量で押されると駆除の手間もかかりそうだ。
「レオナは地下水道は入ったことないの?」
「標的が逃げ込んだことがあるから、入ったことあるよ。暗くて水路しかないし、わざわざ行くようなとこじゃないけどね」
レオナは俺の方に足を向け、ついに寝転び出した。
頼むからもう少し恥じらい以下略。
「とりあえずそういうわけだから。フガクの様子見とそれを伝えに来ただけ」
ティアは椅子から立ち上がり、レオナの太ももをペチンと叩いた。
レオナはそのまま足を上げ、跳ね上がるように後転してベッドを降りる。
本当に身軽な奴だと思っていると、ティアとレオナの二人はもう出ていくらしく、部屋の入口に向かっていた。
「ミユキさんは? もう少しここにいる?」
「ええ、ひどく汗をかかれていたようなので、身体を拭いたほうがいいかと思いまして」
「え? あ、ああ大丈夫だよミユキさん。もう動けるようにはなったし」
ミユキがタオルを水に浸していたのはそのためだったようだ。
さすがに彼女の前で服を脱ぐのは照れ臭い。
「そうですか? では、こちらに置いておきますから、またあとで片づけにきますね」
アポロニア家の使用人の人に頼めばいいものを、わざわざマメなことだ。
ミユキに礼を言うと、彼女は微笑み扉からティアたちと連れ立って出て行った。
ミユキが俺のために用意してくれたのだ、俺はすぐ服を脱いで身体を拭くことにする。
包帯でグルグル巻きの部分は、明日医師の往診があるようなのでそのままにしておく。
ふと、部屋のクローゼットに着いている姿見の前に立ってみる。
相変わらず可愛い顔に細身で筋肉質な男の体がくっついていて違和感がある。
この世界に来てからというもの傷跡もずいぶん増えたものだ。
細かな擦り傷の多い身体を見ていると、ふと俺の顔の横にある「ー」が光っているのが見えた。
昨日ミユキに起こったのと同じ現象なので、俺は慌ててステータスを開いた。
―――――――――――――
▼NAME▼
フガク
▼AGE▼
25
▼SKILL▼
・精神力 SS
・剣術 C+
・魔王の瞳 B New!
・対生物攻撃適正 B New!
・■■■■肉体 C
・転生体
―――――――――――――
なんと二つのスキルが開放されている。
『魔王の瞳 B』と『対生物攻撃適正 B』の2つだ。
ミユキが勇者のスキルを持っているように、やはり俺は魔王の名を冠するスキルを宿している。
急に名前が見えるようになったのは、おそらく魔王の権能を持っていると判明したからだろう。
俺がベヒーモスをはじめ数多くの魔物に対して大きなダメージを与えられていたのは、『対生物攻撃適正』のおかげなのだろう。
俺は生物に対して有利に戦えるということか。
これは割と汎用性も高く、使い勝手のよいスキルなのではないか。
一方で、『魔王の瞳』とは何だろうか。
これはあくまで予想だが、スキルを見られる能力は『魔王の瞳』によるものなのかもしれない。
俺の赤い眼が他の人と違う力を持っている部分など、それくらいにしか思いつかないからだ。
だがこうして見ると、スキルのレベルを上げる余地は無いのかと考える。
またティアやミユキにでも訊いてみよう。
俺はステータス画面を閉じてタオルで身体を拭く作業に戻ることにした。
いつまでも寝込んでいるわけにはいかない。
明日には体調が回復していることを願い、俺は枕元に置いてあった食事を貪ってすぐさまベッドに入った。
俺には時間が無いのだ。
今ある手札でどこまで戦えるのか、明日からのクエストではスキルを使いこなすことも意識しておく必要がある。
来たるフェルヴァルムとの再会を想いながら、俺は深い眠りに落ちて行った。
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