第42話 レオナの交渉
レオナが目覚め、ベッドの上で胡坐をかいて座っている。
どうやったのか、縛り付けていたはずの鎖をいとも簡単に足から解放して俺たちに見せつけてきた。
「こんなのでアタシを縛れるわけないじゃん。全裸にまで剥いたのにご苦労さんだね。あ、お兄ちゃんも見た? 勃った? むしろ犯った?」
「やるか馬鹿!」
ミユキとティアのワガママボディと日々過ごす俺が、お前のようなちびっ子に欲情などするか。
10年早いわちびっ子め。
ちなみに、ひん剥いたのはあくまで身体検査のときだけで、今のレオナは服を着ている。
ガストン氏に提供してもらった、使用人に支給されるシャツとスカートだ。
ただ胡坐をかいている所為でパンツが今にも見えそうだが、ティアやミユキと違って大して色気は無い。
「っていうか、どうやって抜け出したんだ?」
俺は素直な疑問を口にする。
マジックショーで奇跡の大脱出劇を見た観客の気持ちだった。
「じゃーん。こういうのを体の中に持ってるんでーす。一応調べてたみたいだけど、さすがに喉の奥は見えないもんねー。ただあんなとこまで調べるのはどうかと思うよ? 一応アタシも花も恥じらう乙女だしさー」
レオナは5cm程度の針金のような細い金属を見せてきた。
これで鎖の鍵を外したらしい。
身体検査の際に、体の中で隠し場所になりそうなところもティアやミユキがチェックしている。
レオナもそこはプロなようで、対策済みだったというわけだ。
「なるほど。次は首まで切開して見ないといけないわけね」
ティアは呆れつつ恐ろしいことを言っている。
それはもう死ぬから身体検査自体がいらないのでは。
「で、ここから逃げ切れると思う? 少なくともミユキさんからはまず逃げられないと思うよ」
「だから逃げないってば。アタシ仕事しくじったからさー、ギルドに戻れないんだよねー」
レオナは伸びをしながら軽い調子で言った。
あまり切羽詰まったようには見えないが、暗殺者が暗殺に失敗すれば組織から切られるのはまああり得ない話ではない。
「レオナ、あなたは何者?」
ティアはいつもの笑顔の仮面を貼り付け、冷たい眼でレオナに詰問する。
「あれ、アタシ名前言ったっけ? まいいや。アタシは暗殺ギルド『トロイメライ』の超天才美少女アサシンで有名なレオナ=メビウスちゃん。よろしくね、セレスティア=フランシスカお姉ちゃん」
ウインクしながら小悪魔的な微笑を浮かべるメスガキ暗殺者。
有名な暗殺者ってなんだよ。
ティアは本名を呼ばれ、レオナを見据えたまま冷たい声でミユキに声をかける。
「ミユキさん」
「はい」
「むぐっ……!」
ミユキは無防備なレオナの首を掴み、ベッドに押さえつける。
さらにティアは枕をレオナの顔面に押し付けて足で踏みつけた。
呼吸ができず、レオナはジタバタと暴れる。
「二度と言わないからよく聞いて。私の名前はティア=アルヘイム。次に私の本名を呼んだらそのうるさくて可愛いお口を開けないよう舌を切り落とす。分かった?」
「むー!むー!」
俺が彼女を初めて『聖女』と呼んだ時よりも酷い目にあっている。
レオナは肯定の証か、限界を訴えてるのか、すごい勢いでベッドをタップした
「ぶはっ!……うっそでしょ。何お姉ちゃんのパワー。ゴリラじゃん」
「ゴリっ……!」
ティアとミユキから解放され、苦しそうに呼吸を整えながらも軽口は崩さないレオナ。
言われたミユキは、ショックを受けたように涙目になっていた。
この世界にもゴリラはいるんだなと俺はどうでもいい感想を抱いた。
「で、その暗殺者ギルドってのは何? なんで私の命を狙ったの?」
「暗殺者ギルドは名前のままだよ。表向きは普通のギルドを装ってるけど、裏では非合法な暗殺、諜報、潜入なんかの仕事を請け負ってるの。まあ業界では割と有名な話だけどね。
ああ、さっきも言ったけどティアお姉ちゃんが狙われてる理由とか依頼人も知らないよ。
あんた達がギルドでクエスト受けるときだって、誰が依頼してるかなんて知らないでしょ?」
ごもっとも。
妙に納得しながら、俺たちはレオナの話を聞く。
「失敗した暗殺者がギルドに戻ったら、良くて放逐されてトカゲの尻尾切り。アタシは憲兵にとっ捕まって尋問が待ってる。悪ければ口封じで他の奴に殺されるかな」
「あなたが調子のいいこと言って私の旅に同行し、寝首を搔こうとしない保証は?」
ティアの言うことももっともだ。
レオナの仕事が失敗したことをギルド側に知られていなければ、このまま俺たちを殺してギルドに戻れるのではないだろうか。
「ないね。でもさ、正直最初の一撃を外した時点でアタシ的には結構ヤバいんだよね。
実際あんた達が大騒ぎして街では目撃者も大勢いるわけじゃん。
これでお姉ちゃんを殺して帰ったって、アタシは切られる可能性が高い」
確かに、暗殺ギルドなんて表向きに知られるわけにはいかないだろう。
ギルド側からしてみれば、レオナを切り捨てるのが自然な流れと言える。
この少女は本当に16歳なのか?と思った。
自らの置かれた状況と命を天秤にかけ、ティアに交渉を持ちかけている。
俺が16歳の頃なんて、クラスの好きな女子とか毎週発売される漫画雑誌の内容くらいしか考えてなかったぞ。
「信用できない」
俺も同じく。
普通に考えれば、ここはアポロニアにでも引き渡してあとは適当に処理してもらうのが良い気がする。
ミユキをチラリと見ると、意外にも少し考え混んでいるような素振りだった。
「アタシが、お姉ちゃんの暗殺依頼の出どころを知っていると言っても?」
「なんですって?」
ティアの表情が変わった。
どういうことだ? こいつは先ほど依頼主は知らないと言ったはずだ。
ティアも同じように思っているのか、訝しげな表情を浮かべていた。
「本来はギルドの規約に背く行為だけどね。アタシも命乞いの手段としてこういう情報は持っておくようにしてるんだ」
「お前はさっき依頼主は知らないと言ったぞ」
俺はティアに変わってレオナにそう言った。
レオナは俺の言葉に、ニヤリと笑う。
「何ザコのお兄ちゃん。強いお姉ちゃんの前だからイキってるの? 確かに言ったよ」
ムカつくなこのメスガキ。
ちんちくりんのくせに。
俺は要領を得ないレオナの回答に苛立ちながら質問を続ける。
「アタシは依頼人は知らないけど、その依頼がどこから来たものかは知ってる」
「交渉はしない。知ってることは全部答えなさい。爪でも全部剥がせば喋りたくなるかしら?」
ティアはマジのトーンでそう言っている。
彼女はおそらく本気でやるだろう。
だがレオナは、ティアを見つめながら余裕の態度を崩さない。
「あはははは! アタシら暗殺者がターゲットにとっ捕まった時の訓練をしてないとでも思ってんの? 別にアタシ今すぐ死ねるよ? そしたら残念、お姉ちゃんはせっかく欲しい情報を提供してくれるっていう相手を無駄に死なせた間抜けだね。
じゃあねバァカ。バイバーイ」
「待ちなさい」
どんな方法かは分からないが、レオナはおそらく今自らの命を絶とうとしていた。
ティアにもそれが伝わったようで、思わず声に出して止めてしまう。
ティアの行動に、レオナはいやらしい笑みを浮かべた。
「大丈夫。言ったでしょ、アタシ、めっちゃ役に立つよー? それに、何かさっきのお兄ちゃんたちの話聞いてたら面白そうだったし」
「……わかったわ。同行を認める。だから……」
俺は驚愕した。
あのティアが、8つも年下の少女との交渉で折れたのだ。
隣ではミユキも口を開けて驚いているようだった。
それだけティアにとって価値のある情報を持っているということか。
「『バルタザル国立研究所』」
「っ……!」
ティアが折れたのを聞いて、レオナは小悪魔スマイルを浮かべたまま一言そう呟いた。
「依頼の出どころはそこだったよ。もちろん偽装されてる可能性もあるけどね。しかもこれ喋った時点でアタシはギルドを裏切ったも同然だし、もう戻れない」
の割りには何とも思ってなさそうなのがかえって恐ろしいと思った。
ティアは彼女の言葉を聞いているのかいないのか、俯き考え始めた。
「バルタザル……」
そういえば、先日のエルル近くの森で出会った冒険者、ミランダはバルタザルから来たと言っていたな。
まさか彼女が?
いや、さすがに短絡的過ぎるかと思った。
「さ、話したんだからアタシも同行ってことでいいよね? さっきそこのザコお兄ちゃんとゴリラお姉ちゃんがベロチューしてたのも見てたし、話も聞いて大体事情は把握してるから安心して。
あ、二人って旅の途中はどこでエッチしてるの? やっぱ外?」
「ベロは入れてません! エッ……もしてません! あとゴリラはやめてください!」
「ティア、やっぱ一旦首を刎ねとこう。今すぐ」
まあ欲しい情報は得たことだし、このままこのメスガキをアポロニアに引き渡し、何なら始末しても誰も文句は言わなそうではある。
「二人とも落ち着きなさい。分かったわ。ただし、おかしな行動をしたらすぐにあなたを殺す。それでいいね?」
ティアならそう言うとは思った。
彼女は成果には対価を支払うし、約束を守る人だ。
自分の言動には責任を持つ、誇り高いところがティアの美徳でもある。
これも、復讐の旅を終えたとき、「晴れやかな気分で終わるため」というやつなのだろう。
「いいよー、お好きなように。やったー、アタシ旅行行ったことないんだよねー! どんな服着てこーかなー」
こいつ遊びに行くつもりなんじゃないだろうな。
ただ俺も『精神力SS』持ちとして、前向きさには定評がある男だと自負している。
考えようによっては、確かにレオナは役に立ちそうだと思った。
手先は器用で、暗殺諜報に関わるスキルを持っている。
ティアだけでなく、色々と情報が足りない俺たちにとっても、こいつは有効活用すべきだろう。
それにこいつの身軽さは脅威で、ミユキとはまた違った質の強さだ。
二人と日々実戦訓練などを行えば、俺も今より強くなれるかもしれない。
「じゃあ改めてよろしくね。この超天才美少女アサシンのレオナちゃんに殺して欲しいやつがいたら、いつでも言って。お兄ちゃん、お姉ちゃん」
可愛い少女の口からはとても出てきそうにない物騒な自己紹介で、赤髪の暗殺者レオナ=メビウスは俺たちの仲間に加わることになった。
油断ならない相手ではあるが、確かに使えるやつかもしれない。
俺たちは、ひとまず握手をして仲間になることを確認し合うのだった。
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