第41話 いつか幸せになるために
――フェルヴァルムの正体は『魔王』なのではないか。
俺の思いつきで放った言葉は、ティアとミユキの中では思いのほか腑に落ちたらしい。
ただ、俺も考えれば考えるほどそうとしか思えなくなってくる。
ティアも少し焦ったように俺を見て話し始めた。
「確かに……どうして考えなかったんだろう。『勇者』を殺す理由があるのは、まず『魔王』だよね。ただ、ミユキさんは『勇者』本人ではないと思うんだけど……」
「ですが、『魔王』が自らや同族を殺した『勇者』に恨みを持っているなら、私を『勇者』と同一視して復讐しようとするのは理解できますね……」
二人からも辻褄を合わせるように言葉が次々と飛び出してくる。
おいおい、本当にその線で合ってるのかもしれないぞ。
「フェルヴァルムがミユキさんを殺そうとしているのも、もしかすると『魔王』に乗っ取られているとか……?」
続いて俺は思いついた言葉を吐いてみる。
さすがに荒唐無稽過ぎるかと思ったが、ティアとミユキはハッとなっている。
まじか。
「彼女の中に二つの人格があるとしたら……そうですね、あの言動は理解はできます」
「もちろん確証の無い話だけど、ミユキさんが勇者なら相手は魔王と思ったほうがいいのかもね」
二人のやりとりを聞いていて、俺は胸の中に引っかかる部分があった。
実際フェルヴァルムが魔王か、あるいは魔王に関連する何かだとして、彼女は俺になんと言った?
―――あなたはいつかミユキを殺す……
―――私は『勇者を殺す者』よ。あなたと同じね
―――あなたもまた『勇者を殺す者』。彼女の力を継承したのなら、きっとそうなります
俺は自分の口を手で押さえた。
もしフェルヴァルムの言うことが本当だとしたら。
俺が、魔王の血を引く魔女であるエフレムの返り血や、フェルヴァルムの血液で記憶がフラッシュバックしたのも説明できる。
あれはもしかしすると魔王の記憶だったのではないか?
俺が魔王の記憶や人格を受け継いでいるとしたら……。
「……僕は……ミユキさんを殺すのか?」
俺は自分で言った言葉に吐きそうになりながら、ミユキを真っすぐに見つめた。
ミユキもフェルヴァルムの言葉を思い出したようで、目を見開いて両手で自らの口元を覆った。
「ミユキさん……ち、違う! 今のは……!」
「……」
ミユキは俺から目を逸らした。
俯き、フェルヴァルムの言った言葉を反芻しているようだ。
「ま、待ってくれミユキさん! 俺は君を殺そうなんて一度も思ったことはない!」
もしも"フェルヴァルムが魔王"という仮説が事実で、彼女が言ったことが真実なら、俺も魔王の"何か"だということになる。
俺はミユキの両肩を掴み、懇願するように彼女に訴えかけた。
ミユキの肩は震えていた。
彼女はブツブツと、フェルヴァルムの言葉を恐怖をこらえながら思い返しているようだった。
だが真実、俺は彼女に危害を加えようと思ったことなど一度もない。
どうすれば信じてもらえるのか、俺は頭の中が真っ白になっていくのを感じた。
「フガク落ち着いて。ミユキさんも」
ティアは俺たちの間に割って入る。
「ミユキさん! 信じてくれ! 俺は……!」
ティアに押さえつけられ、距離を離されながらミユキに向けて手を伸ばす。
やめてくれ。俺は君の敵じゃない。
そう訴えかけたいのに、そこには何の根拠もないことが分かっている。
もちろん、それはフェルヴァルムの言ったことが事実であればだ。
だが、過去に恐怖を刻まれきっているミユキには、抗いがたい感情があるのだろう。
彼女は俯いたまま、俺の方を見なかった。
俺の両目からは涙が零れていた。
彼女に嫌われたくない、怖がられたくないと思ったのだ。
ティアも俺を不安げに見つめている。
すると、次の瞬間ミユキが口を開いた。
「――"あなたが私の待ち望んだ相手なら、この血塗られた運命を終わらせられる"」
ミユキの呟きに、俺はハッとなった。
ミユキはいつの間にか、俺を真っすぐに見つめている。
「ミユキさん?」
ティアが訝し気に首を傾げている。
「フェルは、最後にフガクくんにそう言いました。彼女はもしかして、完全な『魔王』ではないのかもしれません」
確かに、俺たちと話している中でも、フェルヴァルムの雰囲気はコロコロと変わっていた気がする。
子供やミユキを慈しむような表情を見せたかと思えば、俺やミユキ、駆け付けた兵士を斬りつけるなどの暴力性も見せていた。
もしあれが、別の人物の意識が行っていたとしたら。
あるいは、完全に分かれていなくても、フェルヴァルムの中にわずかの意識が残っているとしたら。
「フガクくん。私は……あなたを信じます」
ミユキの赤い瞳には、一切の恐れや怯えは感じられず、ただ俺への信頼を向けてくれた。
俺の目からは涙が止まらなかった。
ミユキは、その今日に至るまでの壮絶な生い立ちの中で、どれだけの恐怖を刻まれてきたのだろう。
どんな敵にも怯むことなく戦いを挑む彼女が、あれだけ怯えるフェルヴァルムと同じものになる可能性がある俺に、どうしてそんな目を向けられるのだ。
あの時、フェルヴァルムは俺にこうも言った。
―――フガク、近いうちに、もう一度私はあなたの前に現れます。その時は、必ずもっと強くなっていて。
俺が強くなることが、"血塗られた運命"を終わらせるカギになる……?
そしてフェルヴァルムは、ミユキを殺さない方法を模索している……?
"血塗られた運命"が何を指すのかは不明だが、もしかすると、あれは『魔王』ではなくシスター・フェルヴァルムとしての言葉だったのではないだろうか。
いや、今はそう信じるほかなかった。
俺には今のところミユキを害する衝動のようなものはないが、かつてシスターだったころのフェルヴァルムのように、いつそうなるかは分からない。
だが、彼女が言うように、俺が強くなって何かをすれば、ミユキを殺さずに済むのかもしれない。
今更ながら、俺はもっとフェルヴァルムと話しをしておくべきだったと思った。
「ミユキさん……ありがとう。どうやら僕は……強くならなくちゃいけないみたいだ」
俺はミユキに近づき、両手で彼女の手を取って自らの額に突き付けた。
ミユキは頬を赤らめ驚く素振りを見せたが、やがて薄く微笑むと、俺の頭を自らの胸に抱きよせた。
「私はあなたを信じています。あなたを疑い恐れて生きるよりも、信じて、あなたに殺される方を選びたいです……」
ミユキは少し悲しげに言った。
だが、それはとても高潔で、危うい生き方だと思った。
俺は、彼女の胸から顔をあげて彼女を見つめる。
「ミユキさん、約束してほしい。もし僕が君を殺しそうになったら、君が僕を……―――」
「あ……」
ティアの呟きが頭の後ろから聞こえてきたが、俺の耳にはもう届かない。
唇に柔らかな感触。
俺の言葉を遮り、ミユキは俺に捧げるように口づけを落とした。
俺は眼を閉じるのも忘れ、0cmの距離で彼女のまつ毛の長さに見とれた。
彼女の背中を抱きしめ、俺も目を閉じる。
フェルヴァルムに続く本日の二度目のキスは、俺の涙の味がした。
「んっ……ごほんごほんっ!」
ティアからわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
俺とミユキはゆっくりと唇を離し、互いに笑い合う。
「これで一蓮托生です……フガクくん。私ももうそろそろ、幸せな人生を生きたい」
はにかんだように、どこか寂しさも覗かせながらミユキはそう言った。
それはミユキの覚悟と受け取る。
今日フェルヴァルムに出会い、俺とミユキの運命は重なったのだ。
そして今日フェルヴァルムと出会ったことは確かに絶望ではあったが、あるいは希望でもあるのかもしれないと思った。
フェルヴァルムとの決着をつけることが、俺とミユキが共に生き残るための唯一の方法なのだから。
俺たちはもう互いに命を、命運を預け合う関係となった。
そして来たる日のために必ず強くならなければならない。
"強さ"が何を指すのかは、果たして分からないままだが。
「――僕が君を、必ず幸せにしてみせる」
午前中に訓練場で、勢いに任せて言った言葉をもう一度告げる。
今度は伊達や酔狂なんかじゃない。
強くならねばならない。
ただその言葉だけを胸に刻んで、俺はミユキと手を握り合って互いを見つめ続けた。
まだ分からないことは数多くある。
フェルヴァルムの"待ち望んだ相手"とは何を意味するのか。
そもそも勇者本人ではないミユキを何故殺そうとするのか。
それ以前に、ミユキが勇者のスキルを持って生まれたことはただの偶然なのか。
俺は、勇者と魔王の御伽話をもっと知る必要があると感じた。
「あー……ごめん。盛り上がってるところ悪いんだけど……解決したってことでいいの?」
言われ、慌てて手を放してティアの方を見る。
ティアは俺たちから少し目線を逸らし、恥ずかしそうにしていた。
ポリポリと頬をかきながら、努めて平坦な調子で言葉を続ける。
「まあその……この状況ですごく聞きづらくはあるんだけど、二人は私と旅を続けてくれるって思ってもいい? それとも二人でどこかに……」
ティアはおずおずと俺たち二人に交互に視線を移す。
俺とミユキはチラリと視線をかわしあい、互いにフッと笑った。
「もちろん旅を続けるよ」
「これからもよろしくお願いします」
どうせ行く当てもないし、フェルヴァルムがいつどこで来るかも分からない。
ティアと旅を続ける中で、ミューズとの戦いが俺を強くさせてくれるかもしれないし、魔王や勇者について知れる機会があるかもしれない。
また、俺とミユキの行くべき道が重なったところで、ティアへの恩義が消えるわけでもないのだ。
ティアを見ると、彼女も少し安堵した様子で微笑んでくれた。
「今のチューは見なかったことにしてあげるわ。これからイチャイチャするときは……二人きりのときにしてね」
ティアはプイッと顔を背けてそう言った。
「ちちち違います! 今のキスはですね……そう! 儀式のようなものです!」
「そ、そうだよ! イチャイチャなんかしないよ……!」
「そう? それならいいけど………」
ティアはそっぽを向きながらチラチラとこちらを見てくる。
何だか誤解されているようだが、今のはそういうキスじゃない。
"そういう"が何を指すのか聞かれるとうまく言えないが、今のはミユキの言うように儀式めいたものだ。
ミユキなりの、俺と運命を共にしてもよいという覚悟の証だ。
まあ俺は非常に嬉しかったわけだが、浮かれている場合でもない。
ミユキとのこれから先の関係性は、またフェルヴァルムの件が解決してからじっくり考えたいと思った。
「私も二人のことは頼りにしてるし、できるだけ旅に最後まで付き合ってもらいたいと思ってる」
ティアは突如そんなことを言い始めた。
嬉しいことを言ってくれているが、急激な方向転換に俺とミユキは戸惑いを隠せない。
「ええ、もちろん」
「どうしたのティア?」
「二人に合わせるわけじゃないけど……一度ウィルブロードに戻ろうと思うの。さすがに心配かけてるし……。戻ったら、少し暇をあげるから二人はシェオルに行くといいわ」
ティアの提案に、俺とミユキはまたも顔を見合わせる。
ウィルブロード皇国といえば、ゴルドールの北西にある国で、ティアが旅を始めた国でもある。
そしてシェオルはウィルブロードの北部の山に入口があると言っていた。
「もちろんミューズの件は放っておけないから、とりあえずゴルドールからロングフェロー経由で帰るつもりだけどね。まだ長旅だし、すぐにってわけにはいかない」
「もちろん構いませんが、何故シェオルに?」
「シェオルは『勇者』と『魔王』の決戦の地だからだよ。魔王の城もそこにある。何か手掛かりになるものがあるかもしれないわ」
俺は唸った。
ティアは俺たちが迷ったとき本当に頼りになる。
現状ノーヒントである以上、まずは魔王や勇者と関わりの深い魔界シェオルを目指すのは確かに有効な策かもしれない。
「ティア……僕たちのために」
「別にあなたたちのためじゃない。かと言って、二人が苦しむ姿が見たいわけじゃないし、さっさと事態を解決して私の手助けをしてほしいだけだよ」
なかなかのツンデレを発揮しているが、ありがたいことに変わりない。
俺とミユキはティアの提案に同時に頷いた。
「ねーその旅さー。アタシも同行させてくんない?」
急に、少女の声が響いた。
ベッドの方を見ると、赤髪の暗殺者レオナが起き上がって胡坐をかき、俺たちを見ている。
俺はすぐに腰の銀鈴に手をかけ、ミユキも臨戦態勢になる。
「アタシね……めちゃめちゃ役に立つよー?」
そしてレオナは口元に余裕の笑みを称え、足を縛っていたはずの鎖をいつの間にか解き放ってブラリと俺たちに見せつけてきた。
俺たちはまたしても、内側にトラブルを抱え込んでしまったのかもしれなかった。
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