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魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~  作者: 裏の飯屋
第二章 刺客襲来編

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第39話 紅の暗殺者②

 俺は本日3戦目だ。

 そろそろいい加減にして欲しいと思った。

 ウィルとの勝負には大勝、フェルヴァルムには大敗。

 さて、今俺の身体の下で拘束しているこの少女はどうなることか。


 昼間ミユキに散々関節を極める訓練をされたおかげで、少女を完全に身動きが取れないようにすることができた。

 あとはこのまま締め上げれば一応は落とせるんじゃなかろうか。

 

 赤い髪の少女は華奢で、さすがにスキルもある俺に締め上げられればどうすることもできない。

 ただはっきり言って俺は今全身に激痛が走っている。

 肋骨は折れているし、フェルヴァルムに頬や腕の肉を削ぎ落とされているのだ。

 暴れられるだけで拘束を解きそうになるが、そうも行かない。

 少女もようやく大人しくなってきた。


 と思ったその時。


「イヤァアアアアアアアア!!!!!! 誰かぁあああああ!!! 助けてぇえええ!!!!! アタシが美少女だから乱暴されるぅぅぅうううう!!!!」


 少女が大声で叫んだ。

 よく通る甲高い声の所為で、1ブロック向こうにいる通行人たちの視線がこちらに向いてしまった。


「い、いや違っ……!」

「こらー! 何をしているかー!!」


 俺は慌てて弁明しようとするも、たまたま巡回中だったらしい警備兵がこちらに走ってくる。

 確かに向こうから見ると俺が幼気な少女を組み敷いて乱暴しようとしているように見えるかもしれない。


 俺は咄嗟に力を緩めてしまい、その一瞬のスキをついて少女は俺の下からスルリと抜けだした。


「くそっ……! 待て!!」


 少女は恐ろしく身軽だった。

 兵士たちの間をぴょいっと飛び越え、壁を蹴って上階へと侵入、なんと建物のベランダを伝って大通りの方へと駆け抜けていく。


「ちっ……!」


 俺は兵士を撒くために違う方向へ走る他なく、少女を見失いそうになる。

 幸い少女は建物の上を走っており、赤髪の目立つ容姿も相まって見つけるのは簡単だった。

 

 だが人が多く、突き飛ばすわけにもいかない俺は思うように彼女を追いかけられない。

 かろうじて着いていくのが精一杯だ。

 ひょいひょいと建物と建物の間を飛び越え、ミニスカートからタイツ越しにパンツを丸見えにさせつつパルクールをやってのける少女の背中が少しずつ遠ざかる。

 

 このままでは追いつけない。

 そう思ったとき、少女の視線がこちらにチラリと向いた。

 次の瞬間。


「うわっ!」


 少女は、腰から抜いた手投げナイフを素早く投げ放ち、俺の足元に突き刺した。

 なんという精度。

 あと一歩踏み込んでいれば足に刺さっていた。

 俺はナイフによって一歩分足止めされてしまい、その瞬間に少女を見失ってしまった。


「くそっ……!」


 歯噛みする俺だが、待てよと思った。

 そもそも俺も彼女のように動けるんじゃないだろうか。

 正直、俺もミユキに太鼓判を押されるほど身軽な身体だ。

 ここから追いつくためなら、試してみる価値はある。


 少女が逃げていった方角の建物に向けて俺は駆け出す。

 壁に向かって走り出した俺を、周囲の通行人はぎょっとした目で見ていたが、構っていられない。


 俺は壁から壁へ三角跳びの要領で飛び移り、建物の屋上へとたどり着く。

 そもそも生前の俺の身体能力は大体自覚しているので、こんなことをしようとする発想自体が無かった。

 フェルヴァルムにも言われた。


―――権能を全然使いこなせていないわ。


 前提として、頭の切り替えが必要だと思った。

 いくら優れたスキルや身体能力があったって、それを扱うのが前世の常識に縛られた俺の頭では宝の持ち腐れでしかない。

 俺はもう以前の、生前の冴えない中肉中背運動神経普通のアラサー男ではない。

 

 今日何度も名乗ったじゃないか。


「俺は……フガクだ!」


 自分に言い聞かせるように叫ぶ俺。

 俺は異世界転移者だ。

 女神から権能を授けられ、もう何度も死線をくぐった立派な冒険者だ。


 俺は屋根の上を疾走する。

 明らかに前世の俺よりも走る速度が速い、身体は異様に軽く、空を飛んでいるかのような気分だ。

 

「見つけた……!」


 俺の視線の先には、先ほどの少女の背中が見えた。

 人のことは言えないが、あのカラーリングはなかなか目立つので見つけるのには大して困らない。

 だが良いことばかりではない。

 少女の向かう先には既にティアが見える。

 しかも下手をすると、ティアはまだ気づいていない。


「待てぇっ……!!」

「あん……? へえ、やるじゃん」


 少女を少しでも足止めし、あわよくばティアにも気づかせようと俺は大声で叫ぶ。

 少女は再び俺に視線をやり、腰からナイフを2本投げた。

 俺のフェルヴァルムに削がれた頬を1本が掠め、叫びだしたくなるような痛みが走る。

 彼我の距離は30mほど、俺の方が建物の上階にいる。


 当然手を伸ばして届く距離ではなく、少女はティアの頭上に迫っている。

 常識を捨てろ。

 もうここから彼女に届くはずだ。

 俺はティアの双剣になるのだと息巻いていたじゃないか。


 足に力を籠め、俺は建物の上から少女に向かって真っすぐに飛び掛かった。

 落下速度を身体に乗せ、前世の俺なら、いや人間なら絶対にできない真似をしてみせる。


 砲弾のような速度を得た俺は、少女の襟首を掴んだ。


「やっ……!」

「って……ねえよ!!」


 少女は俺に襟首を掴まれ身体のバランスを崩すところ、なんと腰の革ケースからナタのようなナイフを取り出して自らの服の襟首を切り裂いた。

 達人のような早業だった。


 俺は少女の服の切れっ端を掴まされ、バランスを崩して倒れてしまう。


「ザァコ……! 終わりだよお姉ちゃん!」


 メスガキもとい少女はそのままナイフを振りかぶり、ティアへと肉薄した。

 俺は大地に地をつき、体中の筋肉が切れるような音を聞きながら少女へ飛び掛かる。

 気づけば銀輪を抜いていた。

 少女を殺すことになるかもしれないが、ギリギリ間に合うか。

 ティアがようやくこちらに気付いたそのとき。


「ティアさーん!! 危ない!!」


 なんと、路地から飛び出てきたリリアナが、飛び掛かっていく少女の頭上から思い切り杖を振り下ろした。

 

「なっ……!」

 

 赤髪の少女は信じられないという顔をして、それが恐らく彼女の見た最後の光景だったろう。

 リリアナの杖は素材は分からないが金属製で、備え付けられた大きな黄色い宝玉は砲丸投げの砲丸くらいの大きさだ。

 華奢なリリアナでも持てる杖ではあるが、多分10kgは確実にあるだろう。


 それを後頭部目掛けて思い切り振り下ろされ、あまつさえ叩かれた本人に加速までついていたとしたらどうなるだろうか。

 想像みて欲しい。

 走ってくる相手に、金属バットでフルスイングしたらどうなるかを。


 答えは、一瞬にして失神だ。


 杖がクリーンヒットしめ石畳に叩きつけられた少女は、ピクピクと痙攣して白目を剥き泡まで吹いている。


「リリアナー!!」


 俺は思わず叫んでいた。

 ティアも何が起こったのかいまいち分かっておらず、俺とリリアナと少女を順番に見ている。


「ぎゃー! わ、私やっちゃいましたか!? 人殺しちゃいましたか!?

 どどどどどうしよティアさんが危ないと思ってつい……!」


 その場にへたり込み、気絶している少女を見ながら泣きそうな顔になっているリリアナ。

 彼女の頭頂部にはまん丸の青白い鳩がどこ吹く風という顔をして座っている。

 あれはティアの精霊だ。

 リリアナは彼の後を追ってきたのだろう。

 大騒ぎしている彼女に、ティアは抱き着いた。


「大丈夫よ! ありがとうリリアナ! あとでチューしてあげる!」

「へ……!?」


 二人の様子に、俺もほっと胸を撫でおろした。

 今回ばかりは、リリアナがいてくれて本当によかったと思った。


「ティアちゃん! フガクくん……!」


 すぐに、青白い鳩を追いかけてミユキが現れた。

 間一髪だ。

 どうやら俺たちはこの赤い髪の少女暗殺者から、ティアを守り切ることができたようだ。

 そしてティアは、ミユキに少女をアポロニアの屋敷まで運ぶよう指示した。



―――



 アポロニアの屋敷に遺体、もとい気絶した少女を運んで帰ると、沈着冷静を絵に描いたような家令のガストン氏でもさすがにぎょっとした顔をした。

 大帝や主人の客人とはいえ、幼気な少女を拉致してきたとなれば対応を考えねばなるまい。

 俺たちは懇切丁寧にガストン氏に事情を説明し、一先ず空いた客間ではなく使用人部屋に少女を運び込ませてもらった。


 城にいるアポロニアにもすぐに連絡を入れてくれるらしい。

 下級使用人部屋には窓が無く、脱出するにはドアから出るしかない。

 普通の部屋なので、ドアの鍵は内外両方から操作できてしまうが、この屋敷に牢獄などはないので致し方ないだろう。


 運び込んだ少女は一先ずミユキが裸にひん剥き、ナイフやら暗器やらの凶器類を全て没収した。

 ナイフが体中から30本以上出てきたのには驚いたが、それ以外には変わった武器はない。

 ティアの指示によりとても言えないようなところまで調べられていたので、一先ず無力化はできたと思う。

 ちなみに、もちろん身体検査中は俺は外に出ていた。


 少女と追いかけっこ中は使う暇も無かったが、ようやく俺はスキルを使って彼女のステータスを覗き見る。


――――――――――――――

▼NAME▼

レオナ=メビウス


▼AGE▼

16


▼SKILL▼

・暗殺 A

・投擲 A

・短剣術 B+

・格闘 B+

・器用な指先 B+

・身軽な肉体 B+

――――――――――――――


 物騒だが結構強そうなスキルな気がする。

 しかしこの真っ赤なナリで暗殺者とは。

 「お前のようなアサシンがいるか」と言ってやりたいところが、いるところにはいるようだった。


「レオナ=メビウス。暗殺に使えそうなスキルばかりだね」

「……知らない名前だし、やっぱり誰かに依頼された暗殺者って線で間違いないね」


 俺の鑑定結果を聞き、ティアは顎に手を当てて考え始めた。


 なお、現在リリアナは部屋から出され、一人部屋に戻されている。

 これから起こることは見ない方がいいとティアに脅されたからだ。

 ちなみに、ティアは宣言通り帰ってくるなりリリアナのほっぺにしっかりチューしていた。


 勢いで言ってしまったティアもされる側のリリアナも恥ずかしがっていたが、俺としては美女二人のイチャイチャは金を払ってでも見たい光景だったのでありがたく合掌しておいた。


「で、その前にフガクとミユキさんはどうしたの? 傷だらけだけど。訓練のときは無かったよね?」


 レオナの足をベッドに鎖で縛りつけ、俺たちは部屋の中に椅子を並べて座った。

 ティアがガストン氏に「少し部屋が血とかで汚れるかも」と言っていたのを聞いていた俺は、一体レオナはこれからどんな目に遭うのだろうとチラチラ見つつ、ティアの質問に答える。


「そのことなんですが、私からお二人にお話ししておかなければならないことがあります」


 ミユキは真剣な面持ちでそう切り出した。

 恐らくフェルヴァルムの件と、『勇者』という言葉についてだろう。


「あ、僕も二人に……実はある」


 俺もそれに倣って右手を挙げ、ティアに宣言する。

 ティアは驚いたような顔をしたが、俺とミユキの顔を交互に見て、やがてふぅと息を吐いた。


「分かった。一人ずつ聞くけど、とりあえず交代で治療を済ませてきて」

「分かりました」


 ミユキは素直に首肯する。


「特にフガク、あなたその調子で怪我してたらいつか死ぬよ」


 ティアは全身ズタボロの俺を見て呆れたように言った。

 俺もそう思う。

 かなり血を流したせいか頭もフラフラするし、痛みも限界を超えてもう手足が痺れてきている。


「ご、ごめん……」


 とりあえず謝っておいたが、何に対する謝罪なのかはよく分からない。

 俺とて好きでこうなっているわけではないし、ティアも責めているわけではないのだが、何か不甲斐ない気持ちで一杯だったのだ。


「いいから。ガストンさんがお医者様を呼んでくれるって言ってたし、連れてきてもらいましょう」


 ほどなくして、俺たちが溜まっている下級使用人部屋に医者がやってきた。

 昨日俺の肋骨を診てくれたおじさんの医師だ。

 俺の姿を見るなり、ため息をついて首を横に振られた。

 まあ、昨日の今日でこんな状態になっている奴を見ればそうなるだろうなとは思った。


 ミユキはフェルヴァルムに腕を薄く切られた程度で出血量の割に怪我は大したことが無かったようだ。

 俺は全身を包帯でグルグル巻きにされたが、消毒なども行ってくれており、一旦は大事ないとのことだった。


 治療を終えた俺たちは、レオナが眠るベッドの横で再び話を再開する。

 ティアは足を組み、俺たち二人に探るような視線を向けている。


「で? どっちから行くの?」


 俺はミユキと一瞬視線を交わし、手を挙げる。


「僕から行くよ」


 俺の声は少し震えていた。

 思えば最初から、本当のことを言っておけばよかったのかもしれない。

 嘘をついていたと知られたら、俺はもう彼女たちの信頼を失いパーティメンバーとして認めてもらえなくなってしまうかもしれない。

 

 不安が俺の脳裏を掠めていくが、ティアもミユキも真剣な表情で俺の方を向き、話を聞く体勢を取ってくれている。

 そんな二人を見ていると、俺も覚悟を決めようと思った。

 この二人なら大丈夫だと、素直に思えたからだ。


「僕は、異世界から来た"転移者"なんだ」


 ずっと言いたくても言えなかった言葉を、俺は声を震わせながらようやく口にした。


<TIPS>

挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。

モチベーションにもつながりますので、もしよろしければぜひ評価や感想などいただけると幸いです。

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