第3話 転生したら美少女だった件
「私と来るか、あそこの死体と一緒に大地に還るか。さあ、どっちにする?」
俺はもちろん前者を選んだ。
なぜそんな選択肢になったのかは分からないが、とりあえず俺はティア=フランシスカ、ミユキ=クリシュマルドの両名と共に街へと向かった
太陽の位置から察するに、時刻は昼過ぎといったところだろうか。
ベヒーモスの群れを討伐した荒野から、小一時間歩いたところにある「エルル」という名前の小都市は、行き交う人々で賑わっている。
人々の服装を見てみると、オシャレなスーツを着こなした紳士もいれば、古いヨーロッパ風の服装の人もいる。
かと思えば、鎧とマントに剣を携えた、オーソドックスな冒険者スタイルの者たちの姿も数多く見られた。
ちなみにティア達の例があるのであまり心配していなかったが、他の人々もちゃんと人間の姿だ。
ただし、異世界にはつきものの亜人は歩いていない。
存在しないのか、あるいは別のコミュニティがあるのか。
街並みを見渡してみれば、レンガ造りの町々はいかにも中世ファンタジー世界といった様相で、自分は本当に異世界にやってきたのだなと改めて自覚させられた。
しかも驚いたことに、ところどころに街灯が立っている。
思ったより文明レベルが高いのだろうか。
昼間なので明かりはついていないが、火を着けて辺りを照らすタイプではなさそうだ。電柱や電線などは見当たらない。
ガス灯だろうか。
かつて俺がいた世界で常設の公共照明が誕生したのは16世紀ごろだが、当時は確かランタンなんかをぶら下げるもので、ガス灯が普及したのはもう少し後になってからだったと記憶している。
街並みのイメージに比べて、この街頭の近代的なデザインはややチグハグな気がする。
しかし、そもそもこんな異世界に俺がいた現代の常識を当てはめるのも野暮というか、意味が無いとも思う。
俺の知らないエネルギー源があるかもしれないし、あんな獣がそこらをうろついている世界観だ。
独自の文明体系や、人類自体が俺の知るものとは別ものに進化している可能性だってある。
細かいことは後から聞けばいいかと、キョロキョロと周囲を見渡しながら歩く俺をよそに、ティアやミユキは特に迷う様子もなくひとつの建物へと入っていった。
木造のかなり大きな建物で、2階もあるらしく階段があった。
「ティアさん、ここは?」
雰囲気を見れば何となくは分かるが、おそらく冒険者ギルドだろう。
クエストでも掲示されているのか、大きな木製の掲示板には質の低そうな紙が所狭しと貼り付けられている。
周りにはそれっぽい格好をした冒険者達で賑わっているし、向こうに見えるカウンターでは受付嬢が忙しそうに事務作業をしていた。
「見ての通りの冒険者ギルドよ。それからティアでいいわ。フガクって私と同い年くらいでしょ」
同い年? アラサー男子の俺と同い年には到底思えないが。
そういえば先ほどスキルと一緒にティアの年齢を見たが、24歳だった。
しかも、よく考えれば俺はまだ自分の顔すら見ていない。
ということは、俺は20代半ばの男性に転生したということか。
鏡はさすがにあるだろうから、あとで見せてもらおう。
「じゃあティア。君たちは冒険者なのか? 僕はこれから何をすればいいの?」
恐る恐る訪ねてみる。
何せさっきは何の脈絡もなく地面に引き倒されて死ぬ寸前までいったのだ。
俺の一挙一投足が地雷原を駆け抜けるような危ういものに感じられる。
「その話は後にしよう。私も訊きたいことが山ほどあるし。とりあえず……その格好何とかしないとね」
ティアは俺の頭からつま先まで見下ろして、肩をすくめた。
まあ確かに俺の視界の範囲で見えるのはボロキレのようなシャツとズボンで、お世辞にもオシャレとは言えないが。
もしかしてめっちゃ臭いとか?
「ちなみに、ここでは先ほど採取したベヒーモスの牙や角を、討伐の証としてギルドに提出するんです。ついでに換金もできるので」
俺が自分の袖口をスンスン嗅いでいると、横から朗らかにミユキが説明してくれた。
既に俺の中ではティアは怖い同級生、ミユキは優しい癒し系お姉さんというイメージになっている。
本当に強くて恐ろしいのはこっちの癒し系の方なのだが。
「そういうこと。二人はここで待ってて、すぐ終わるから」
空いている受付カウンターに向かって行ったティアを見つつ、何となく室内のベンチにミユキと並んで腰掛ける。
「あの……先ほどはすみません。痛かったですよね……?」
微妙に気まずい沈黙を先に破ったのはミユキだった。
おずおずと上目遣いに見てくる仕草が可愛い。
「いえいえ、大丈夫です。ミユキさんみたいな綺麗な人に乗ってもらえるなんてむしろご褒美です」
我ながらすごくキモいことを言っている自覚はある。
「もう……! あ、どうぞ私のこともミユキと呼んでくださいね」
年上の綺麗なお姉さんが照れてぷりぷりしているのも可愛い。
ああ、癒される。
年上かは知らんけど。
「いや、ミユキさんはミユキさんって感じかな。それより、僕のことはフガクくんと呼んでください。本当に切実にお願いします」
これは譲れない。
俺には年上のお姉さんはさん付けで呼び、くん付けで呼ばれたいというポリシーがある。
例えまた手足を2.3本折られかけてもそこはまからない。
かく言う俺が前世でラノベ作家をしていたころ、ヒロインはみんな年上のお姉さんで……という話はまたの機会にしよう。
ともかく、俺が心の中で土下座までしてミユキに懇願した甲斐があったようで。
「は、はあ。ではそうしますね、フガクくん」
不思議そうな顔をするミユキだが、ここで少しも嫌そうな顔をしないところが、彼女の素晴らしいところだ。
「それで、僕はこれからどうしたらいいんだろう。このまま売られるなんてことないよね?」
綺麗なお姉さんを愛でるのはこれくらいにして、目下一番不安なところを聞いてみる。
ティアがカウンターで受付嬢に、こちらを指差しながら何かを説明しているのが気になったのもある。
「大丈夫だと思いますよ。……多分」
若干不安になるが、どうせ行くあても無いし拾った命だ。
もう少し成り行きに任せてみようという気にはなっていた。
「お待たせー。何話してたの?」
そうこうしているうちに、軽い調子で、指先で細いチェーンのついたパスケースのようなものをクルクル回しながらティアが戻ってきた。
「何でもありませんよ。ティアちゃん、それは?」
「ああこれ? はいフガク。冒険者登録証ね。それ無くすと街に出入りできなくなるから気をつけてね」
そう言って、ぽいっと投げてよこしたチェーン付きのカードには、フガクという俺の名前とEという冒険者ランクが記載されていた。
「そんな大事なものクルクルしないでくれるかな」
などと言ったものの、実は結構嬉しかったりする。
何せ、この世界にきて俺という人間の証明書が手に入ったからだ。
それは、俺がこの世界の住人になった証に他ならない。
ニヤニヤしながら登録証を懐にしまっておく。
「冗談だよ。私たちとパーティ登録したから、各地のギルドで一緒にクエストに出られるよ」
「ふぅん」
「じゃ、次行こっか。とりあえずその小汚い格好を何とかしよう」
散々な言い様だが、何となく思った。
ティアって実はもの凄くマメで気が利く女性なのではないだろうか。
先ほど遺体の身元確認を丁寧に行っていたことや、俺の頬の小さな切り傷を治してくれたことを思い出す。
俺の冒険者登録証もそうだが、そもそも絶対に必要なことではないはずだ。
それを自ら買って出て、何でもないことのようにやっている彼女を少しばかり尊敬した。
ミユキを伴い颯爽とギルドから出ていくティアの後を、俺も軽やかな足取りで追うのだった。
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ティア達と共に次に訪れたのは、エルルの街の中心部で、若者からベテラン風の冒険者まで多くの人が行き交っている。
石畳で覆われた道の両脇にはパンや野菜、肉などを売っている食料品店以外にも、武器屋、防具屋など俺のいた世界には無い店が立ち並んでいた。
そしてティアたちと入ったのは一軒の防具屋だった。
防具屋というより、オシャレなブティックと言った方が正しいかもしれない。
クラシックなスーツなども取り扱う店で、ガラス製のショーウインドーにはスーツにドレス、その隣にはスタイリッシュなレザーア-マーなんかも並んでいる。
不思議な光景だ。
「はいこれね」
ティアは店に入るなり、さっさと服を選んで買い物を済ませ、俺の両腕にドサリと紙袋ごと乗せた。
え、なにこれ?
言う間すら与えてもらえず、続いて向かった先は公衆浴場だった。
「じゃ、汚れ落としてそれに着替えてきて。私たちもお風呂入ってくるから」
「ごゆっくり。すみません、私たち少し長いので……」
まあ確かに、多少拭ったが俺の全身は血やら土やら砂ぼこりやらで泥だらけだった。
それは俺に限ったことではなく、ティアやミユキの顔にも汚れが見られるし、血の痕も取りきれていない。
現代日本で見かければギョッとする集団だが、この街ではそう珍しい風体ではなかった。
3人で公衆浴場に入り、男湯と女湯に分かれる。
待ってほしい、中世ヨーロッパでは混浴が当たり前だったのだ。
似たような世界観なのに男女別の公衆浴場なんておかしくないか?
などと頭の中で文句を言っても仕方あるまい。
まあ分かってたけど。
俺はすごすごとティアの勢いに押されるまま、黙って男湯に入っていった。
しかし、壁一枚挟んだ向こうであの二人が裸になっていると思うと何となくソワソワする。
あまり意識しないようにしていたが、二人ともスタイルはかなり良く見えた。
長身でスラリとしたミユキも出るところはしっかり出ていたし、ティアは俺と同じくらいの身長だが、華奢なのにブラウスの胸元を突き上げる双丘は見事なものだ。
無事安全地帯に避難できたものだから、つい余計なことを考えてしまう。
命の恩人たちをいやらしい目では見るまいと、冷たい水でもかぶるつもりで俺は脱衣所に入った。
そして俺は、壁にかけられた大きな鏡の前で、ようやく自分の姿を確認することになる。
「これが……僕……?」
鏡を見て、思わず少女漫画の地味な女子主人公が初めてメイクをしたときみたいな独り言を呟いてしまった。
ちなみに俺の一人称は生前から「僕」だったのだが、正解だったかもしれない。
声だけでなく見た目もまた、元の自分からは想像できないものだった。
「美少女だ……」
このナルシスト!と俺を罵ってくれていい。
だが、掛け値無しの美少女がそこにいた。
いや、男であることは間違いないのだが、顔がなかなかに可愛かった。
見ようによっては美青年なのか? とにかく生前より明らかにかっこ可愛くなっているので助かるし捗る。
しかし問題もある。
背中まで伸びた長く柔らかい髪は、カラーが右半分白色で左半分黒色という、さすがに異世界の街中でも見かけなかったエキセントリックな頭をしていた。
目立つどころではないし、なんでこんな頭で転生させたんだと、顔も覚えていない女神■■に悪態をつく。
と、そこで女神の顔が頭の中で一瞬フラッシュバックする。
俺をこの世界に送り込んだ女神も、白い髪の色をしていた気がする。
こんな特徴的な髪色で関係ないわけがない。
この右半分の白髪は、俺が女神の祝福だか呪いだかを受けた証なのではないだろうか。
そんなことを思いながら、俺は自分の顔の横にも「-」があることに気付いた。
そういえば、俺は自分のステータスもまだ見ていなかった。
おそるおそる、自分のステータス画面をスワイプして開く。
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▼NAME▼
フガク
▼AGE▼
25
▼SKILL▼
・精神力 SS
・剣術 C+
・■■の瞳 B
・対■■■■適正 B
・■■■■肉体 C
・転生体
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自分のステータスですら見えないところがあるとはどういうことだ。
っていうか「精神力 SS」って何だよ。
え、俺って精神力SSだったの?
まあ割と前向きな方だとは思うが、そんなにメンタル強かったのだろうか。
俺ってこれから精神力だけでこの修羅の異世界を生き抜かなければならないのか。まじか。
あるいは、魔力がめっちゃ強いとかそういう方向性か?
あと剣術C+ってのも微妙だ。
剣持ってないし。
ほかのスキルもBとかCとかが並んでて良いのか悪いのか分からない。
先ほどベヒーモスをぶっ飛ばしたのはどのスキルだ?
怪しいのは「対■■■■適正」か「■■■■肉体」のどっちかだが、果たして。
かぶりつきで鏡を覗き込んでいた俺の後ろから、周囲のおっさんや冒険者の怪訝そうな視線を感じ、ようやく冷静になった。
とりあえず風呂に入ろう。
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石造りの大浴場で身体を洗った俺は、脱衣所でティアに用意してもらった黒いシャツとズボンに着替えた。
伸縮性に富んだ服で、頑丈さの観点でいえば心もとない印象だが動きやすさは抜群だ。
だが防具屋で買ったものなので、もしかすると防御面も意外と丈夫なのかもしれない。
着替えのときにまたチラリと鏡を見てみると、可愛い顔にやや筋肉質な身体のミスマッチがちょっと気持ち悪かった。
しっかり男の身体だったのがちょっぴり残念だが、まあ贅沢は言わない。
仕上げにダークネイビーのマントのようなジャケットを羽織って浴場の外に出る。こうして見ると、立派な冒険者というか、どこかの騎士のようではないだろうか。
我ながら似合うじゃないかと自画自賛。
ティアが選んでくれた服なので、もしかして彼女の男の趣味なのかも。
そんなことを思いながら、しばらく待っていると、風呂上りの上気したほかほか顔でティアとミユキの二人が出てくる。
実に良い光景だ。
「ごめん、待った?」
「お待たせしました」
「ううん、全然。それよりさ、あのドライヤー何? 何で動いてるの?」
そ知らぬ顔でそう言う。
実は一つ、脱衣所でカルチャーショックを受けていた俺。
家電製品はさすがに無いだろうなと思っていたところ、まさかの洗面台にドライヤーを発見したのだ。
だが、電源コードは無く、代わりに根本付近に電池のように蒼白く輝く石が取り付けられていた。
そいつが動力源だというのは何となく分かったが、正体が気になる。
「ああ、光石? あなた本当に何も覚えてないんだね」
ティアの説明によれば、光石とは莫大なエネルギーを蓄えた石で、そいつが電源替わりになってさまざまなアイテムを動かすらしい。
エネルギーを取り出すのに技術がいるようだが、一般にもかなり普及しているらしく、先ほど見た街灯も光石で辺りを照らすとのこと。
少しこの世界のことが分かったところで、ティアたちと再び街中を歩き始める。
「じゃ、次はご飯でも行く? 行き倒れてたみたいだけど、お腹減ってないの?」
「言われてみれば減ってるかも。でも、僕お金ないよ? というかこの服もありがたいけど……」
正直結構高そうな服だとは、袖を通す前から思っていた。
このケープなんかは随所で銀色の刺繍が施されており手が込んでいる。素材も分厚い布で、そうそう破れなさそうな厚さと縫製だ。
浴場の料金も払ってもらったし、どう返金するのかビクビクしていたのだ。
「いいよ別に。路銀は私持ちだし。ね、ミユキさん」
「あ、はい。実は私もティアちゃんには何から何までお世話になってましてですね……」
ミユキも苦笑いをしている。
もしかしなくても、ティアはどこぞの王族か貴族だったりするのだろうか。
羽織っている水色のケープは高そうだし、白いブラウスも絹のような艶やかさだった。
「雇い主は私だし、気にしなくていいよ。その分働いてもらうしね」
なるほどそうきたか。
俺の返済地獄はこれから始まるらしい。
果たして何をさせられるのか、さすがにそろそろ教えてほしいところだ。
「ティア、そろそろ僕がこれから何をすればいいのか教えてもらいたいんだけど……」
「そうね、じゃあ、食事しながら話しましょうか」
少し声のトーンを落としたティア。
ゴクリと唾を飲み込みながら、俺はティアに連れられるまま、空腹を訴えだした腹をなだめすかすことにしたのだった。
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