第34話 帝威四十周年慶典①
大帝との謁見や訓練も無事終わり、俺とミユキは二人で城を出て街へ向かうことになった。
俺達はアポロニアやウィルに挨拶を済ませ、城の出口へと向かう。
一先ずは模擬戦で焼け焦げでしまったミユキの服の買い替えだ。
アポロニアからは弁償を申し出られたが、ミユキは「どうせ買い替えようと思っていたから」と言って丁重に断っていた。
馬車はティア達が後から乗るので、徒歩で街まで降りる。
来た時に懸念した通り、外に出るまでに多少迷いそうになったが、30分ほどで中心街には到着できた。
多くの観光客、冒険者で溢れており、何処からか鼓笛の音も聞こえてくる。
活気溢れる商店では、記念のお土産やら日用品までさまざまなものが売られており、目移りしてしまいそうだ。
ちょうど昼時ということもあり、食べ歩きをしている人や、列ができている飲食店も見受けられた。
「大帝陛下の即位40年のお祭りで、『帝威四十周年慶典』と呼ぶらしいですね。
各国の王や重鎮もお祝いに来られるとか」
ミユキが街のあちこちに設置してあるパンフレットのような冊子を手に解説してくれる。
俺たちは二人で並んで歩き、とりあえず立ち並ぶ商店を物色しているところだった。
「でもお祭り自体はあと数日で終わるみたいだよ。ほら、もう店仕舞いしてるところもあるし」
約1ヶ月続く祭の、残り1週間という時期に俺たちは帝都を訪れたようだ。
既に引き上げた店もあるのか、出店のあだ名はちらほら不自然な空間があった。
「とりあえず服屋に行こうか。それか防具屋かな」
「防具屋にしましょうか。帝都ならたくさんあると思います」
俺達は人混みの中を歩き、メインストリートから2本ほど路地に入ったところにある冒険者向けの商業区画に入った。
観光客が訪れる区画ではないようで、人出は多いものの混雑というほどではなかった。
通りには高級そうな見た目の武器屋から、大衆的な印象の道具屋まで数多く店が並んでおり20店舗以上はある。
「ミユキさんはいつも服というか、装備はどういうところで買ってるの?」
「必要に応じてという感じですが、消耗品なのであまり高い店には入りませんね」
言われたものの、どれが高い店でどれが安いのかは正直あまり分からない。
聞けば、ミユキやティアに限らず、冒険者が着用する衣服は、一見平服に見えても通気性や耐刃性能、耐衝撃性能などを備えたものが多いという。
確かに、俺がティアに買ってもらった衣服類も、動きやすいうえに地面を転がり回った程度では綻びひとつ出ない。
さすがに魔獣の爪や牙が直撃すると破れるが、それが嫌なら鎧でも着るしかないとのことだ。
「ミユキさんの剣は? 何かすごそうだけど」
「あれは、普通のお店で買ったものです。重くてなかなか壊れなそうなものを選んだだけなので……」
ミユキの大剣は鉄板を何枚も重ね合わせたような分厚さで、無骨を通り越して本当に鉄塊そのものだ。
俺も一度持たせてもらったが、重すぎて持ち上げるのが精一杯だった。
多分大人一人分くらいの重さは余裕である。
彼女には『怪力SS』というスキルがあるため軽々と振り回しているが、多分本来は全身筋肉のような戦士系冒険者が使うような武器なのだろう。
やられた相手は、もはや"斬る"というより"叩き潰す"と言った方がしっくりくる有様になるので、切れ味を気にしなくていいのは利点かもしれない。
「フガクくん、こちらのお店に入ってもいいですか?」
店構えを確認しながらしばらく通りを歩いていると、ミユキは一軒の店の前で立ち止まって指差した。
女性冒険者向けのショップのようで、スタイリッシュなデザインの鎧や、可愛い装飾のローブなどがショーウィンドウ越しに見えた。
「もちろん。良さそうな店だね」
言いつつ中に入ると、数名の女性冒険者が店内で商品を選んでいた。
3名ほどいる店員も全て女性で、普通のレディースのアパレルショップに入ったような感覚だ。
「少し選んでもいいですか? お待たせしてしまうので、どこか他のお店を見てこられますか?」
「ううん、ここでいいよ。新鮮で面白いし、気にせずゆっくり選んで」
気を遣ってくれたミユキの提案は断る。
それじゃせっかく一緒に帝都を見て回るといった意味がなくなってしまう。
「すみません、すぐ終わりますので」
「本当にゆっくりでいいからね」
「ありがとうございます」
ティアはこういう時妥協しないのだろうが、ミユキは気にせずと言っても気にしそうだ。
まあ俺は俺で店内を見て回るとしよう。
よく見ると、レディースの防具だけでなくメンズの商品も少しだが置かれていた。
小物類は男女兼用なようで、俺にも使えそうなものがいくつかある。
なになに?火魔法への耐性が上がる指輪、毒が効きにくくなるペンダント、力が少し上がる腕輪。
なるほど、ゲームなどで言うところの特殊効果持ちの装飾品の類だが、どういう仕組みなんだろうか。
俺は何となく腕輪を手に取ってみると、ズッシリと手に重さを感じた。
剣を振る速度が落ちそうだし、微妙だな。
「よかったら合わせてみてくださいねー!」
すかさず、営業スマイル全開の店員が愛想良く声をかけてきた。
こういうところは前世でもこっちでも変わらないのだなと、少し懐かしく思えた。
俺も愛想笑いを返しながら商品を棚に戻し、チラリとミユキの方を見る。
彼女は3点ほど商品を持っており、試着室の中に入ろうとするところだった。
今着ているのは破れていることだし、そのまま着て帰るのだろう。
バッチリ目があったので、ジェスチャーでどうぞと伝える。
ペコリと頭を下げてミユキは入っていく。
せっかくだからと、俺は試着室の前で待ってみる。
どんな感じの装いかと楽しみにしていたが、ミユキが新たに着て出てきたのも黒いノースリーブのニットだった。
同じようなものを買うタイプか。
と、いつもとまるでイメージの違う服を着ているところも見てみたかったが、まあ仕方ない。
「それにするの?」
「はい、動きやすいので……あの、どうですか?
」
恥じらいつつ、ミユキは俺に似合うかどうかを訊いてきた。
お許しが出たので、俺はこの際だからとじっくりとミユキを上から下まで眺めてみる。
ノースリーブからチラリと見える腋や二の腕が大変セクシーだ。
若干お胸のサイドの方も見えているので、見ていいのかとこっちが罪悪感を覚えるエロ……失礼煽情的な装いと言えるだろう。
その一方で、白いロングスカートと同色のオフショルダージャケットでちゃんと露出を押さえており、トータルではバランスが取れている。
かなりスタイルの良い彼女だが、身長の高さも相まってスラリとした印象が強いため、全体的には上品なイメージでまとまっていた。
「よく似合うよ。服はちょくちょく買い替えるの?」
チラリと見えた値札では、300ゼレル。
日本円換算で6,000円〜9,000円ほどなので、防具と思えば手頃だ。
「そうですね。どうしても耐久性はそこまで高くないので」
ミユキがノースリーブを好んで着用するのは、巨大な剣を振り回しやすいからなのだろうかと何となく思った。
あとは布面積が少ない方が洗うのが楽だからというのもあるだろう。
ならこの白いロングスカートはどうなのだという感じだが、素材感からかなり丈夫そうなので、こちらは恐らく防御の観点からなのだろうか。
単純に好みというだけかもしれないが。
ちなみに、旅の道中着ていた服は、街で洗濯魔法によるクリーニング店に出すことが多いらしい。
エルルの時もそうしていたことを思い出す。
即日仕上げで冒険者にも使い勝手が良く、どこも繁盛しているようだ。
「フガクくんはアクセサリーなどは大丈夫ですか?」
「僕はいいかな。必要になってから考えるよ」
俺が先ほど小物類を物色していたのを見ていたからか、そう提案してくれる。
が、効果の程も分からないし、今回はやめておく。
この手の装備の必要性については、ティアに聞くと丁寧に皮肉交じりで教えくれそうだ。
その後ミユキは着ているものも含め3点のお買い上げとなり、会計を待って店から出る。
なお、レジの機械はさすがに無いが、何やら大きめの電卓のようなもので計算を行っていたので面食らった。
「フガクくんは何か欲しいものは無いんですか?」
ミユキが歩きながら俺にそう尋ねて、必要なものを思い浮かべる。
ぶっちゃけ一番はPC、スマホ、タブレットのいずれかだ。
色々とものを調べたい瞬間があったためだが、本体だけあったところで当然ネットには繋がらないので置物にしかならない。
また、日用品の類はティアが一通り揃えてくれたので、今のところ不便を感じてもいない。
あれ? 案外思いつかないぞ。
「うーん、そもそも何があるのかもあんまり分からなくて……」
「なるほど、それは不便ですね……何か記憶が戻る糸口があればいいのですが……」
異世界転移のことは伏せて記憶喪失ということにしているので、ミユキが心配してくれているのに少し罪悪感がある。
タイミングを見計らって本当のことを話した方がいいのだろうけど、そもそも話したところで別に状況は変わらないんだよな。
先ほどの計算機や先日公衆浴場で見たドライヤーもそうだが、転移者である俺にはこの世界に何があって何が無いのかが分からない。
一応、光石がエネルギー源の一つとなっていたり、魔法が日常的に使用されたりしていることが、文明体系に影響を与えているのではないかと予想できる。
こういうとき、前世の知識を使ってこの世界に無い物を創造できれば無双できるのだろうが。
「あ、でも時計は欲しいかも」
エルルで寝坊や遅刻をしてティアから怒られたことを思い出した。
ここで時計を買ってティアに見せれば、反省の意を示せるのではないかという浅い考えが思い浮かんだ。
「いいですね。では時計屋さんか宝飾品のお店に行きましょうか」
今朝時間を確認するためにティアが懐中時計を使っていたので、時計が存在することは間違いない。
というわけで、俺とミユキは次に時計屋に向かうことにした。
今回から新章が始まります。引き続きよろしくお願いいたします。
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