第33話 クリシュマルドをまだ知らない②
ミユキとアポロニアは訓練場の真ん中で向かい合っている。
俺はウィルや他の兵士と共に二人の模擬戦の開始を待っていた。
今のうちに、アポロニアのスキルを見てみよう。
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▼NAME▼
ソレス=アポロニア
▼AGE▼
30
▼SKILL▼
・剣術 A+
・弓術 B+
・槍術 B
・格闘 B
・剣帝流 A
・火魔法 B+
・騎馬 B+
・戦術 B
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すごい、錚々たるスキル群。
数多くの武具を扱えるだけでなく、魔法や戦術にも秀でている、まさに魔法戦士といったラインナップだ。
「それでははじめ!!」
ほどなくビクトールが開始の合図を高らかに告げる。
しかし、二人は動かず向き合い、言葉を交わし始めた。
「ミユキ、まさか君とこうして剣を持って向かい合う日が来るとは、あの頃は思いもしなかったよ。試合を受けてくれて感謝する」
「いえ。あの、本気でいらしてください……今の私は、少し高揚しています。手を抜かれれば、怪我をさせてしまうかもしれません」
ミユキは少し浮足だっているように見える。
アポロニアもミユキも、いずれも模擬刀を携えているが、ミユキはいつもの大剣でなくて大丈夫だろうか。
まあ、あんなもの物騒過ぎて城には持ち込めず、アポロニアの屋敷に置いてきたのだが。
「ほう、何か良いことでもあったか」
「はい。何せこの後、大切な約束がありますので……!」
先に動いたのはミユキだった。
ズンッ! という、まるで恐竜が地面をスタンプしたかのような振動が周囲に伝わった。
ミユキは一足飛びにアポロニアへ飛び掛かると、彼女の肩目掛けて模擬刀を振り下ろした。
「ぬっ……! 重いな……!」
アポロニアは身を屈めて両手剣を持ち、ミユキの剣の一撃を受け止めるが、剣が弾かれ隙が生まれてしまう。
その空隙を、ミユキが見逃すはずがない。
「さあ、いきますよ……!」
ミユキはさらに一歩前へ飛びでて、アポロニアの膝に片足を乗せ、そのまま飛び上がって彼女の側頭部へ膝蹴りを叩きこむ。
「シャイニングウィザード……ミユキさん、それ死ぬよ」
異世界に来てプロレス技を見ることになるとは思わず、俺は思わず突っ込む。
アポロニアの目の前には火花が散っていることだろう。
彼女はたまらず倒れそうになるが、すぐに踏ん張ると剣を振り上げる。
すると、ミユキの足元から雷のような音を立てて火柱が上がった。
「フレイムウォール……!」
ミユキはのけ反りかわすが、髪の毛先を少し焦がす。
あれは、エフレムを威嚇する際にも使った技だ。
ほぼタイムラグ無しに剣の振り上げと同時に火柱で相手を焼く、火魔法と剣技の組み合わせ技のようだ。
それも模擬戦で使うレベルの技ではない気がする。
「あれも当たったら死ぬんじゃないかな……」
「アポロニアは父上、いや陛下も認める帝国の歴史上稀にみる天才だ。いかにクリシュマルド殿とはいえ、一方的な試合にはならぬな」
体制を崩されたミユキを追撃するのはアポロニア。
次は彼女のターンのようだ。
すぐさま肉薄し、剣を横なぎに払うと、その切っ先をなぞるようにして炎が噴き出る。
「プロミネンス……!!」
炎の発現により、ミユキはかわす間合いを測り損ねた。
直撃を受け、服が焦がされ破れてしまい、繊細な白い脇腹が露わになる。
「ああいけない……!あとで着替えないと……」
だがミユキの口ぶりにはまだ幾分余裕が見える。
しかし、アポロニアは追撃の手を止めない。
さらに一歩間合いを詰め、袈裟懸けにミユキを斬りつけた。
「終わりだ……イグニス……!」
アポロニアが斬りつける瞬間、ミユキの前後左右頭上に8つの火球が出現し、同時に彼女を襲う。
リリアナが先日使用したファイヤーボールを、複数出現させて同時に相手を飲み込む技だ。
こんなもの、人間に避けられるわけがない。
「さすがにアポロニアが上か……」
ウィルは淡々とそう言った。
それだけで、アポロニアが帝国内でどれほどの実力者と見られているかが分かる。
「ミユキさん……!」
思わず前のめりに叫んでしまう俺。
ミユキが負けるところは、まだ見たくないと思った。
そのとき―――
「―――しっ!」
なんとミユキは剣を上空に放り投げて捨てた。
さらに彼女はそのまま倒れ込むように身を屈め、アポロニアの足元に手をつく。
そして、そのまま彼女の剣の隙間を縫うようにかわし、片手で逆立ちの状態となったのだ。
当然そのまま終わるわけがない。
ミユキはアポロニアが剣を握る右手の付け根から肩口にかけ、その細く長い足を絡ませて全体重を乗せていく。
「ぐっ……!」
その瞬間、ミユキを八方から襲い掛かってた火球の先に対象はおらず、ぶつかり合って爆散する。
さらに関節に無理な方向へと力をかけられたアポロニアは剣を取り落としてしまい、ミユキはどんな体幹をしているのか、そのまま上体を起こしてアポロニアを地面にねじ伏せた。
うつ伏せになったアポロニアの肩を極めたまま、彼女が取り落とした剣を拾ってその首筋に押し当てる。
これが真剣であれば、そのまま刃を引いて首筋からは鮮やかな血液の噴水が上がることだろう。
さらに数瞬の後、ミユキは先ほど放り捨てた剣が落ちてきたところをキャッチして、アポロニアの背中に切っ先を押し当て、2度目の死をプレゼントしようとしていた。
俺は、眼前で何が起きたのかをまるで理解できなかった。
わずか3秒の間の出来事だ。
周囲もそれは同じなようで、審判のビクトールを含め騎士たちも口をあけ放ってその光景を眺めることしかできない。
「最後のはひやりとしました。避け方が思いつかなかったらまずかったかもしれません」
ミユキは笑顔を浮かべ、アポロニアに賞賛の言葉を贈る。
「最後だけか。ふっ……私の負けだ」
自嘲気味にアポロニアが笑みを返したその瞬間、勝負は決した。
「それまで! 勝者、ミユキ=クリシュマルド!」
「「―――ォォォォオオオオオオ!!!!」」
遅れて、周囲の騎士たちからも歓声が上がる。
「彼女の絶技の一端を見たな。まるで勝てる気がしない……」
ウィルが驚嘆の声を浮かべているが、どこか嬉しそうにも聞こえる。
俺にもその気持ちはわかった。
正直、アポロニアもとんでもない化け物だとは思う。
特に最後の全方位からの火球と剣のコンビネーションは、俺だったら絶対かわせない。
だが、ミユキの力はそれを遥かに超えている。
ギリギリの間合いを交わし、相手の死角をつくような戦い方だった。
恐らくアポロニアが剣を落とすところは確証が無かったのだろう。
放り投げた剣が本命だったが、アポロニアの剣が落ちていたので先にそちらを使って首を狩った。
紙一重の状況であっても、二手三手と選択肢を用意して敵を殺りにいく。
何より恐ろしいのは、ミユキは普段あのタイプの一般的な剣を使用していないことだ。
慣れない武器を使って、アポロニアを翻弄したばかりか2度も殺したのだ。
「ありがとうございました。私も良い経験になりました」
ミユキはアポロニアに手を差し伸べ、彼女を立ち上がらせる。
アポロニアも、ふっと笑って頷いた。
「見事だ。君はあの時よりも強くなっているな。間違いなく、英雄と呼ばれるに相応しい力だ」
俺も含め、周囲の騎士たちから拍手を送られつつ爽やかに握手を交わしている。
素直に良い戦いを見たと思った。
チケット代を払ってもいいくらいだ。
「ではな、フガク。俺はアポロニアを労ってくる」
ウィルも晴れやかな面持ちで俺にそう告げ、拳を突き出した。
俺はそれに合わせて拳を合わせて挨拶を返す。
なかなか恥ずかしいなこれ。
「フガクくん、どうでしたか? 勝ちました!」
ほどなくして、ミユキは嬉しそうに笑顔で戻ってきた。
「すごかったよ。僕で関節の練習してたんじゃないかって思ったくらい」
「フガクくんいじわるです」
先ほどの訓練で関節を極められたところがズキズキ痛む気がした。
俺の若干の皮肉も込められた賞賛の言葉に、ミユキは俺の肋骨をポコポコと軽く小突く。
「冗談だよ。本当に強いねミユキさん」
俺が手放しで褒めると、ミユキは照れくさそうに笑った。
「フガクくん、この後なんですが、お洋服を買いに行ってもいいですか? 着替えが一着駄目になってしまったので」
ミユキは試合後にジャケットを羽織ったので今は直接見えてはいないが、ノースリーブのニットの脇腹部分が焼かれて破れてしまっている。
チラリと彼女の白い柔肌が見えているのが悩ましい。
ちなみに、こちらの服も一見ただのニットだが、防具屋で購入したものらしく、衝撃に強い繊維で作られているらしい。
それを軽々と貫通するとは、アポロニアの魔法の威力が伺える。
「もちろん。帝都だし、色々ありそうだもんね」
俺は彼女の露わになった肌を極力見ないようにしながら、この後の約束をより具体的なものにしたのだった。
すると。
「何私のこと放ってミユキお姉さんとデートしようとしてるんですかフガクさんー? ひどくないですかー?」
「うわ出た! いつの間に……」
リリアナが俺の背後から飛び出てくる。
後ろを見るとティアも一緒だ。
「出た、とは失礼ですね。ミユキお姉さんが戦ってたので、あっちの方でティアさんと見てました」
腰に手を当て、プリプリと怒っている。
よくもまあそんなあざとい怒り方ができるものだと、俺は逆に感心させられた。
「ちょっとフガク。アポロニアさんから聞いたよ。何やってんのもう」
続いて、ティアからは普通に怒られた。
はて、王子をぶん殴ったことだろうか。
ミユキにプロポーズしたことだろうか。
「どっちもだよ」
ティアはため息をついて呆れ顔だ。
「正直面白そうだから見たかったけど、ミユキさんと喧嘩とかしてないでしょうね?」
そう言われると先ほどまでのは喧嘩なのかも知れない。
もちろん俺が悪い。
あの穏やかなミユキを怒らせてしまったのは大きな失態だ。
今は機嫌を直してくれているが。
「あ、いえティアちゃん別に喧嘩はしてませんよ」
「そうですよねー、今もこそこそデートの約束してましたもんねー?」
リリアナがニヤニヤと俺を小突いてくる。
やめろそこ折れてるんだから。
「ティア、アポロニアさんとの話は終わったの?」
「ええ、リリアナの巡礼ルートの話ね。
彼女には帝都まで来たとこ悪いけど、もう一回北上してウィルブロードからシェオルに向かわせる」
エフレムはロングフェローの軍属だから、ロングフェロー国内を通らずにシェオルに行けるように旅程を手配したらしい。
国境を越える手続きなどをアポロニアと詰めたようだ。
「じゃあリリアナはもう出発するの?」
「昨日帝都に来たばかりなのにそんなわけないでしょ! もう少しゆっくりさせてくださいよ」
「出発は4日後だよ。ウィルブロード側にも連絡しなくちゃいけないし」
ちゃんと世話を焼いてあげるのがティアらしいと言えばらしい。
これでリリアナは少なくともエフレムとその仲間から狙われる可能性はかなり減らせるようだ。
「ちなみにリリアナ、4日後の出発まであなたは自由だけど、私たちはギルドのクエストを確認したいし、場合によっては帝都を出るかもしれない。ずっと一緒には行動できないから気をつけてね」
「分かってますよー! ティアさん達の危険な旅に同行する気はありませんし」
俺たちはこれから、帝都を拠点にミューズの情報を探ることになる。
リリアナはさすがにそこまでは着いてこないようだ。
「で、フガクさん。王子様はどこなんですか?」
「ええ?」
相変わらずブレないなと思った。
これでも2ヶ月間一人旅をしてきただけのことはある。
「またまた惚けないでくださいよー。ミユキお姉さんを巡って、王子様と殴り合いしたんでしょ?」
若干語弊があるが、まあ大体合ってる。
「ああ、ウィルならあっちにいるよ」
訓練場の端でアポロニアを労っているウィルを指差して教えてやった。
「ウィルって……まさかお友達になったとか言わないですよね? 殴り合って仲良くなるなんて子供じゃないんですから」
すみませんね子供で。
でもそれを言うならウィルも同様だ。
「そうだよ。せっかくだから声かけてきたら? 僕の仲間だって言ってさ」
若干腹が立ってきたのでとりあえずご退場願おう。
ウィルには悪いが、人柱として捧げさせてもらう。
「ありがとうございまーす! ちょっくら失礼しまーす!」
リリアナは一目散にそちらに駆けて行った。
本気でウィルを狙いに行く気だろうか。
いや、そもそも王子なんだから婚約者くらいいるんじゃないのか?
なんなら、年齢的にもう結婚していてもおかしくないと思うのだが。
ミユキに求婚していたが、実際のところどうするつもりだったのだろう。
まあ俺もしばらく帝都にいるのなら、また会う機会があれば聞いてみよう。
「さて、話の続きだけど。とりあえず二人は帝都を見てきてもいいよ」
「え、でもティアはどうするの?」
「私はリリアナの旅の準備を手伝う。昨日彼女のトランクを見せてもらったけど、信じられない。
着替えと食糧がちょっとだけ。よく2ヶ月も無事に旅できたなってこっちが心配になったよ」
ティアは額に手を当て、小さくため息をついた。
かなり執拗に準備をするタイプだから、余計気になるのだろう。
「私たちだけ、いいんでしょうか?」
「たまにはいいよ……せっかくのデートだし?」
ティアは俺たちにニヤニヤとした視線を向けた。
「もう! ティアちゃんまで……!」
今日はミユキの色々な表情を見られる良い日となった。
大帝との謁見から騎士団の訓練への参加は、なんだかんだと俺にとっても良い経験だった。
ミユキの凄まじい力の一端を覗けたことも収穫だ。
そして、俺がミユキの結婚を阻止したかった理由は、ウィルとの会話の中で一つの答えがあったような気がする。
俺もウィルと同じ穴の貉だ。
俺は、ミユキの強さに魅せられ、憧れてしまっているのかもしれない。
今目の前で少女のように笑う彼女のことを、もっと知ってみたいとそう思うようになっていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
第一章『ゴルドール帝国編』はこちらで終了となります。
次回より舞台は変わらず、物語の転機となる『刺客襲来編』が始まります。
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