第30話 She will marry me①
突然”王子”と呼ばれた金髪イケメンが、ミユキに求婚したことに場が騒然となった。
ミユキも突然の事態に、何を言われているのかよく分かっていない様子だ。
「えっと……結婚とは、私に仰ってますか?」
「そうだ。俺は4年前、ザムグ砦で貴殿の姿を見て衝撃を受けた。返り血にまみれてなお損なわれない美しさと、鮮烈なまでの強さに胸を打たれたのだ!」
大仰な物言いで過去のミユキを語る王子とやら。
俺は何となく胸の奥がモヤモヤするのを感じつつ耳を傾けていた。
「あの……ありがとうございます。ですが私は……」
「もう一度言う。このウィリアム=ヴァンディミオンの妻となれ!」
ヴァンディミオン大帝が”愚息”がどうとか言っていたのを、今思い出した。
なるほど、彼が大帝の息子で間違いないらしい。
「王子、ミユキは訓練を見に来てくれただけです。おやめください」
「うるさいぞアポロニア。私はクリシュマルド殿と話をしている!
だがそうか! 貴殿の名はミユキというのだな。私のことはウィルと呼ぶがいい」
王子はミユキの手を取り、真っすぐに見つめる。
なまじイケメンなので、これで落ちる女性もいるのではないだろうか。
しかし、ミユキは戸惑っている様子だった。
目が泳ぎ、チラリとこちらを見る。
視線がバッチリ合ってしまった俺は、ふっと笑って一歩前に歩み出て王子の腕を掴んだ。
「ちょっと待ってください!」
「フガクくん……!」
ミユキがホッとしたように笑みをこぼした。
そんな顔をされたものだから、俺は思わず言ってしまう。
「ミユキさんとは僕が結婚するッッ!!!!」
「けっ……!!!!」
ミユキの顔は耳の先まで真っ赤に染まった。
何なら半泣き状態だ。
なぜそんなことを言ってしまったのか、自分でも分からない。
分からないが、言ってしまったのだから仕方ない。
「ブフォッ!!」
騎士団長のビクトールが吹き出して笑い、他の兵士たちの間からもざわめきが漏れた。
彼の横ではアポロニアが額を押さえている。
「フガク、何故事態をややこしくするのだ……」
「いやいやいいぞいいぞ坊主! 面白ぇ!」
「煽らないでいただきたい……! フガク、収拾つくのだろうな……」
外野の声を聞き流しながら、俺は王子の手をミユキから離させ、彼を真っすぐに見据える。
視線を逸らすのは負けだと思った。
「ほう、小僧。私の求婚を邪魔だてするか。」
「僕は、ミユキさんと、 結! 婚! するッ!」
とんでもないことを言っているのは分かっている。
が、とりあえずこのウィリアムとかいう王子にミユキを渡すのは何か嫌だ。
もちろん本当に結婚するわけではない。
だが俺は不退転の覚悟を見せるため、あえて断言して臨む。
「フフフガクくん……あなたは何を……!」
「大丈夫、ミユキさん。僕が君を必ず幸せにしてみせる」
ミユキの手を取り、笑顔を向ける俺。
このくらいはやらないと、向こうも諦めてくれないだろう。
「ずっと何言ってるんですか!」
ずっと何言ってるんだろうね。
テンションが上がって言わなくていいことまで言っている気がする。
ただ、王子だか何だか知らないが、ミユキに望まぬ結婚をさせるわけにはいかない。
俺は多少話を盛ってでも、王子に諦めさせることを決断した。
「よかろう。決闘しかあるまい」
王子も真剣な眼差しで俺を見据えている。
目つきは父親譲りで迫力があるが、俺も引くつもりはない。
「よくありません!」
「いいですよ。ミユキさんは勝った方のものということで」
「勝手に進めないでください……!」
ミユキが何か言っているが、俺の耳にはあまり入っていなかった。
「何故だ小僧……何故私の邪魔をする! 貴様に私の想いが分かるのか!
あの戦場を一人で蹂躙する戦乙女の勇姿を見てから、私の心を捉えて離さない!」
王子の熱い想いが伝わってくる。
ミユキも恥ずかしそうにしているのが、癪に触った。
「分かるよ……確かにミユキさんは可愛い」
「かわっ……!」
顔を茹でられたエビのような色にさせて飛び上がるミユキが視界の端をチラつくが、今は無視する。
「剣を振っている時はかっこいいのに、普段は優しくて、でも意外とよく食べるし、案外寝相も悪いし、背が高いのを気にして若干猫背気味に歩いてる! そこも可愛い!」
「ティアちゃん助けて……!」
我ながら、出会って一週間かそこらでよくスラスラ出てくるものだとは思った。
ただ、ミユキとティアの良いところならいくらでも出せる。
褒めているはずなのにミユキは今涙目になっているが、ここは心を鬼にする。
彼女を助けるためだと自分に言い聞かせた。
「貴様俺の知らぬ話を……! アポロニア! 場を設けよ! 決闘である!」
「……はい。もうお好きに」
というわけで決闘になった。
俺と王子は訓練場の真ん中で向かい合い、周囲を兵士たちが取り囲んでいる。
「ソレスさん。私もう帰っていいですか……」
「気持ちは分かるが、駄目だろうさすがに。一応フガクは君のためにやっているようだし……」
「普通に断れたんですけどね……」
遠い目をしているミユキとアポロニアの会話が聞こえてくる。
心配してくれているようだから、安心させておこう。
「大丈夫だよ。必ず勝つから」
「ああ……はい。なんでそんなにやる気なんですか……」
「おい貴様、名は何という」
甲冑を外し、騎士服になった王子が問いかけてきた。
俺は鎧を着けていないので、そこはフェアに行こうというわけだ。
案外公明正大な人物なのかもしれない。
「フガクです」
「フガクよ、さすがに殺すのは忍びない。ゆえに俺は木剣を使うが、貴様は好きにするがいい」
王子は木剣を肩に担ぎながら、俺の腰に下がった銀鈴を指さした。
「フガク、さすがに真剣はやめてくれ。後々面倒だ」
アポロニアが木剣を持ってきてそう言った。
ごもっともだし、俺も別に何の罪もない王子に殺傷力の高い刃物は向けたくない。
俺が木剣を受け取ろうとすると、ミユキが俺をじっと見つめてそれを片手で制した。
「フガクくん。武器は使わない方がいいです」
「え……?」
意外な言葉だった。
いくらなんでもリーチが違い過ぎるから、できれば木剣くらいは使いたいのだが。
だが、ミユキの瞳は、冗談の類で言っているわけではないことを物語っている。
「多分あの方が死にます」
「何……!」
ミユキの言葉に、王子が激高する。
無理もない、同条件では自分は死ぬと言われたのだから、プライドは傷つくだろう。
その言葉に、騎士団長のビクトールも面白そうに顎に短く生やした髭を撫でながら問いかけてきた。
「ほう、クリシュマルド殿、その坊主はそんなに強いのか。言っておくが、王子も決して弱くはないぞ。何度も戦場に出ておられる。
貴殿同様に、ザムグ戦域でも敵将を討ち取るなどの戦果を挙げられ、俺やアポロニアを除けば騎士団の筆頭騎士だ」
「はい。フガクくんは強いです……自分で思っているよりずっと」
迷いなく頷き、俺を見つめるミユキ。
そんな風に思われていたとは知らなかった。
実際、この世界に来て人間相手に戦ったのはエフレムくらいだ。
しかも慣れない騎馬戦のうえ、相手がティアやリリアナを追っていたのでまともに剣を交えたのはほんの一瞬だった。
白兵戦で人間相手にどこまでやれるかは、正直自分でもわからない。
「わかったよ、ミユキさん。じゃあ銀鈴持ってて」
「はい……あの、フガクくん」
俺のベルトにぶら下がった銀鈴を鞘ごと外し、ミユキに預ける。
それを受け取りながら、彼女は俺の耳元に口を寄せた。
急な行動に、思わずドキッと心臓が跳ね上がる。
「あれだけ言ったんですから……ちゃんと勝ってくださいね」
そう言って俺から離れ、頬を赤らめて微笑んだ。
耳たぶをくすぐるミユキの囁きは、いつまでも俺の脳内に響いている。
彼女の吐息が触れた耳が熱く、俺はそっと触れて踵を返した。
俺は単純な男だ。
ミユキのそんな言葉と吐息一つで、どんな相手とでも戦える気がしているのだから。
「では両者向かい合って!」
「ふん、後悔するなよ」
一人の兵士が審判として間に立ち、木剣を持った王子と向かい合う。
この人達いつまで半裸なんだろうと思いつつ、俺は適当に構えた。
何せ格闘技経験などないので、見よう見まねだ。
ええと、左足が前だっけ?
「はじめっ!!!」
兵士の声によって戦いの火ぶたが切って落とされる。
その合図と共に、木剣を構えた王子が俺めがけて勢いよく突進してきた。
「ふん……!」
おや?
王子の動きは、思いのほか緩慢に見えた。
剣を薙ぎ、俺の横腹を叩こうとする瞬間、俺は身を屈めて王子の懐に潜りこむ。
そういや俺肋骨折れてるんだったな。
当たったら痛そうだ。
「フガクくん、そうです」
ミユキの静かな声が聞こえる。
俺は横薙ぎに振られる剣を身を屈めて交わし、振り上げた拳を王子の顎に叩きつける。
「がっ……!」
王子は俺の拳の一撃を受け、バランスを崩しフラフラと後ずさる。
どうしたことだろうか。
王子の懐に入って拳をブチ込む一連の動作が、やけにスローモーションで見えた。
どうにか身体が倒れるのをこらえた王子は再度木剣を構えて飛び掛かってくる。
遅いな。
俺は、昨日見たエフレムの槍捌きや、これまで目の当たりにしてきたミユキの人間離れした速度を見慣れているおかげか、王子の動きが手に取るように分かる。
確かにミユキの言う通り、変に武器を持っていたら危険だったかもしれない。
銀鈴なんか抜いていたら、もう既に殺している。
だが徒手ならば問題はない。
決闘と言ったからには、相手を地面に沈めるか、沈められるかだ。
俺は腰をひねり、王子の側頭部に蹴りを叩き込んだ。
先日から、自分の体が嘘みたいに軽く動く。
クルクルと回りながら、王子が吹っ飛んでいくのが見えた。
王子を蹴り飛ばしたところで、俺はもしかしてちょっと強いのではないかと思い始めた。
生前こんな動きなどしたことないが、これも何らかのスキルでも働いているのだろう。
普通に考えて、あれだけ啖呵を切って決闘を申し出てきたのだから、王子がただのモヤシっ子なわけがない。
でなければただのアホだ。
先ほど騎士団長も、王子の実績を語っていた。
だが実際には目の前で王子は鼻から血を垂れ流し、かろうじて木剣を持っている状態となっている。
これはもう、王子が弱いのではなく俺が強いとしか考えられないが、果たして。
「貴様ァ……! やるではないか……!」
王子は鼻血を拭いながら、素直に賞賛の言葉を述べた。
俺この人嫌いじゃないなと思えてきてしまった。
そもそも俺も本気でやっているし、一撃で意識を刈り取る気でやっている。
この人は決して弱くはない。
「いや王子様も……タフですね」
意外とミユキに対して本気なのかもしれない。
もしかして俺は余計なことをしているのか?と一瞬頭をチラついたが、吐いた唾は飲めないのだ。
ミユキにも「私のために勝ってね、チュッチュッ!」ってされたことだし、俺もここは負けられないところだ。
チュッはされてない? いいんだよ、あの距離はもうチューだ。
たださすがに王子の鼻血の量がえげつなく、見ているこっちが心配になる。
止めてくれよとチラリと審判を見るが、彼は首を振る。
ならば、仕方ない。
俺は王子のスキルを確認してみる。
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▼NAME▼
ウィリアム=ヴァンディミオン
▼AGE▼
27
▼SKILL▼
・英雄のカリスマ D
・剣術 A
・格闘 B
・騎馬 A
・戦術 C
・内政 C
――――――――――――――――
なるほど、剣技には自信があるというわけだ。
スキル群もいかにも戦闘向きで、確かに弱い騎士ではないのだろう。
しかし―――
「王子様、悪いけど。ミユキさんは渡せないんだ」
俺は地を蹴り駆け出す。
俺がミユキをどう思っているかなど、正直俺にもよく分からない。
だが、一つだけはっきりしていることがある。
俺はまだミユキと旅を続けたいのだ。
これは彼女の意思すら無視した、完全な俺のエゴだ。
彼女やティアとこの世界で、まだ見たことの無い景色を見たいのだ。
ティアの目的とは少し異なるかもしれないが、俺にとっては異世界に来てからの旅は、前世の人生観が吹き飛ぶような鮮烈な経験だった。
仲間と共に旅をすることに、俺はもうハマってしまっている。
彼女らと共に旅を続けるためなら、王子様の一人や二人殴り飛ばしてみせる。
こんな独善的なワガママは、あの二人には言えやしないが、俺は俺なりにこの世界を楽しんでいるのさ。
向かってくる剣の切っ先をかわし、俺はその勢いのまま王子の顔面をもう一度殴りつけた。
木剣を落としてそのまま吹き飛び、王子はついに地面に倒れ伏した。
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