第29話 ヴァンディミオン大帝②
俺たちの順番がきて、ヴァンディミオン大帝との謁見の時間となった。
両脇の兵士が扉を開けてくれたので、俺たちは謁見の間へと足を踏み入れる。
深い赤色の絨毯が、数十m先の玉座まで続いている。
玉座は十段ほど高いところにあり、俺たちは自然とそこに座る大帝を見上げる形になる。
俺はティアに続き、玉座の下まで歩み出る。
チラリと頭上を仰げば、高い天井のステンドグラスから入り込む太陽の光に照らされ、荘厳な気配を漂わせる壮年の男性が玉座に見える。
40年も大帝をやっているならそれなりの年齢のはずだが、50代、いや40代と言われてもおかしくない容貌。
身体は横の兵士と比べてもかなり大きく、筋骨隆々とした戦士の肉体だ。
頭には赤い宝石がついた王冠を戴き、傍らには巨大な剣が立てかけられていた。
鋭く細められたダークブルーの瞳は冷徹な威圧感を放ち、赤い豪奢なマントを備えた鈍色の甲冑がギラつきを放っている。
一目で分かる。
彼が、このゴルドール帝国の国家元首である『アーサー=ヴァンディミオン』大帝。
玉座の肘掛けに乗せた右腕で頬杖を付き、俺たちに値踏みするどころではない射殺すような視線を向けている。
ティアは玉座を仰ぐ階段の下まで歩み出ると、片膝をついて礼を示し、俺たちもそれに倣った。
「ヴァンディミオンである。何用か」
重々しく、威厳のある太い声だった。
先ほど怒声を飛ばしていたとは思えぬほど、冷静でズッシリとした声色をしている。
「ご機嫌麗しゅう、ヴァンディミオン大帝陛下。私は冒険者のティア=アルヘイムでございます。
この度は陛下へ御礼を申し奉りたく、罷り越しました。
先日は私の不躾な救援要請にも関わらず」
「くどい。仲間の前だからと格好でも付けておるのか?」
ティアの挨拶を遮り、ヴァンディミオンはゆっくりと、だが重々しく言葉を投げかけた。
一瞬にして空気が張り詰める。
「……失礼いたしました」
これはヤバいのではないか?
俺はチラリとティアの方を見ると、彼女は何を思ったか、片膝立ちで首を垂れる姿勢を止め、おもむろに立ち上がった。
「ティアちゃん……?」
「ちょっ、ティアさん何して……!!」
急に立ち上がったので、大帝の背後に控えていた男性騎士二人が腰の剣に手をかけた。
しかし、大帝は片手をあげて騎士たちを制する。
そしてティアは、口元に微笑み浮かべて告げた。
「ありがとうございました、ヴァンディミオン様!
おかげで助かりましたよ。フレジェトンタの魔女に追い回されて困ってたんですよね」
気さくにそう言ってペコリと頭を下げる。
おいおい、先ほどまでの淑女然とした口上はどうした。
後ろの騎士たちも戸惑っている様子だ。
「ふん、始めからそう言えばよいものを。
小娘がくだらん口上など覚えおって、儂はそんなもの聞き飽きておるわ」
口角を軽く上げるヴァンディミオン大帝。
かろうじて笑っているように見えるが、目つきが鋭いので若干不安だ。
「私だってもう成人してるんですから、そのくらいします。それに、面倒な話を聞くのも大帝のお仕事でしょう?」
「抜かしおる。毎日5分もあれば終わるような話を回りくどく聞かされる儂の身にもなれと言うのだ」
俺もミユキもリリアナも、まだ状況に着いていけずポカンと口を開け放っている。
大帝と気さくに軽口を投げ合っているが、何を見せられているのだろうか。
顔見知りとは言っていたが、こんな口を聞いても許される間柄なのか?
さながら祖父と孫、いや叔父と姪っ子のようなやり取りだ。
「お察しいたします。でもお元気そうで、何よりです」
「ふん、貴様も息災か?」
「ええ、見ての通り」
「あのアルヘイムの若造は? 儂は彼奴のニヤケ面は好かんがな」
「国で私の旅を支えてくれています。もう長く会えていませんが」
「おい後ろの者達、いつまでそうしておる。面を見せよ」
ティアと大帝の言葉の応酬をただ聞いていた俺たちだったが、許しが出たので恐る恐る顔を上げてゆっくりと立ち上がる。
「みんなもお礼を言って。ヴァンディミオン様がアポロニアさんを救援に出してくださったの」
「あ、ありがとうございます……!」
俺たちが口々に礼を述べると、大帝は重々しく頷いた。
「む、貴様は『人喰い』であるな。その武名、儂の元にも届いておる。貴様、我が騎士としてその武勇を奮う気はないか?」
大帝はミユキを見据えてあろうことか騎士団への勧誘を始めた。
戦争好きというのは本当なのだろう。
戦力として抱える気でいるらしい。
「い、いえそんな。私など……! 勿体ないお言葉です!」
ミユキは慌てて顔の前で手を左右に振っている。
確かにこんな所でミユキが就職先を決めてお別れというのは寂しいから、俺としても勘弁してもらいたいところだ。
「あらヴァンディミオン様。ミユキさんは私の大切な護衛です、勝手に取らないでいただけますか?」
「ふん、冗談よ。だがこの後兵達の訓練を見てもらいたい。儂が許す故、腑抜けた者、特に我が愚息の尻を蹴り回してやってくれ」
「し、承知いたしました……」
この後アポロニアからも訓練場に誘われているし、同じ目的だろう。
「そちらの娘。貴様が魔女か」
続いてリリアナに視線が移った。
「は、はいー! リリアナ=デイビスと申しましゅっ! た、大帝陛下におかれましては……!」
「それはもうよい。フレジェトンタの魔女共は我が国から退去したと先ほど報告があった。安心するがいい」
「ひゃ、ひゃい! あああありがとうございましゅっ!!」
緊張して噛み倒しているリリアナ。
こうして見ると可愛い所もあるじゃないかと微笑ましく見られた。
「あ、そうそうヴァンディミオン様。彼女をロングフェローを通らずに、ウィルブロード経由でシェオルに行けるようにしたいんですけど、お力を貸してもらえませんか?」
「人使いの粗い奴よ。よかろう、アポロニアに申せ。万端整えるであろう」
小さくため息を吐きつつも、嫌そうではない大帝。
親戚の子に頼られると悪い気はしないもんな。
俺も前世では甥っ子たちに小遣いくらいはやったもんだ。
「感謝いたします」
「え、ど、どういうことですかティアさん!?」
「後で話すわ。多少の責任を持ってあげるってこと」
ティアが、今後リリアナが安全な旅路を送れるようにしようとしているのは何となく分かった。ゴルドールを出て、再びエフレム達に追い回されたんじゃ巡礼どころじゃないもんな。
「して小童。貴様は……」
次は俺の番のようだ。
大帝から言葉をかけてもらうのは、実は大変光栄なことなんじゃないだろうか。
ゴクリと唾を飲み込み、大帝の鋭く青い瞳を真っ直ぐに見据える。
「ん、まあ、貴様はもう少し食った方がよいぞ。その細さでは長旅に耐えられまい。帝都滞在中はアポロニアに食わせてもらえ」
特に何も無かったようだ。
確かに女子に間違えられるくらいだから、線は細いかもしれない。
その割には頑丈な身体だとは思うが。
俺は素直に元気よく「はい!」と返事をしておいた。
「しかし貴様、『銀鈴』を託されたか」
「え……」
ニヤリと笑った大帝の言葉に、俺は腰元の銀鈴に触れる。
俺が剣に触れると、大帝の後ろに控える騎士が警戒して剣の柄に手を添えた。
気になるが、もちろん襲いかかる気はないので無視しておく。
「その剣は決して安くはないぞ。心して持つがいい」
「は、はい……」
そりゃ国宝級ですから、という意味で言っているわけではないのは分かる。
何となく使わせてもらっているが、銀鈴とはそもそも何なのだろう。
俺はチラリとティアを一瞥するが、彼女の顔には相変わらず感情の読めない微笑が張り付いているだけだった。
「アルヘイムの娘よ、貴様はこれからどうする」
謁見終了の気配を出しつつ、ヴァンディミオンはティアを見据えた。
「仇敵を討つべく旅を続けます。何年かかろうと必ず討ち果たします。
だからまた困ったことがあったら助けてくださいね、ヴァンディミオン様」
ティアは一切の迷いなくそう答え、最後に少女のような笑みを浮かべた。
「ふははははは!!!! こやつめ。であれば、次は儂にも剣を振らせることだ!」
ヴァンディミオンの哄笑と共に謁見は終了した。
俺たちは特に怒られることもなく無事に退出できた。
俺は息を吐いて安堵する。
隣ではリリアナも似たような状況だ。
ものすごい緊張感だった。
アポロニアが部屋を出たところで迎えてくれている。
「終わったか。陛下の高笑いが聞こえるとは珍しい。和やかな謁見となったようだな」
和やかだっただろうか?
不穏なムードでは無かったが、もしこれが飲み会だったらあの席にはいたくない程度にはピリピリしていたと思う。
「アポロニアさん、リリアナのことで陛下に許可をいただいたことがあるんです。少し話をできないですか?」
「ああ、出てくる直前に書記官から書面で受け取った。ミユキを訓練場に案内してからでも構わないか?」
謁見内容は当然記録されるが、もうアポロニアに伝わっているらしい。
部屋を出て何分も経っていないのにどうなっているのだろう。
「もちろんです。感謝いたします」
「おい、彼女達を貴賓室へ案内してくれ」
アポロニアは手近にいた兵士に、ティアとリリアナの案内を手配する。
「承知いたしました!」
兵士がキレのある動作で敬礼し、俺たちの元へと近づいてきた。
「フガクはどうする? 私たちと来てもいいし、ミユキさんと行ってもいいよ」
訊かれ、どうするか一瞬迷った。
ゲームとかだったらここで選択肢が出るんだろうな。
ティアと行く◀︎
ミユキと行く
みたいな感じで。
まあリリアナの件で俺ができることは無さそうだし、ミユキと行くことにする。
「じゃあ私もフガクさんとー……」
「リリアナはこっちに決まってるでしょ」
「ちぇー」
いそいそと俺たちの方に入ろうとしてきたリリアナだが、ティアに腕を引っ捕まえられて連行される。
二人は兵士に連れられて貴賓室に案内されていった。
「では二人は私に着いてきてくれ」
ティア達を見送り、俺とミユキはアポロニアに着いて再び城内を歩く。
訓練場で部下に紹介すると言っていたが、それだけで終わるのだろうか。
「私どうなるんでしょう……」
プリンセス扱いとか言われていたのを気にしているのか、少し不安げなミユキ。
「何かあったら一緒に逃げよう」
「ふふ、そうですね」
俺の言葉に笑顔を返してくれたが、先ほど大帝からも尻を蹴り回せとか言われていたし、嫌な予感はしている。
ただ俺としては、ミユキが正規軍とどれほど渡り合えるのかも見たくないと言えば嘘になる。
俺にとっても兵士たちの訓練は勉強になる良い機会だし興味があるのでありがたい。
ほどなくして、おそらく城の裏庭にあたるのだろうか、広い運動場のようなところに辿りついた。
「ここが訓練場だ。現在は白兵戦の訓練を行っている」
そこでは、200人以上の兵士たちが訓練を行っていた。
模擬刀を手にしている者、徒手で組み手を行っている者など様々だ。
ガギンッという金属同士がぶつかる音や、男達の野太い声が木霊している。
甲冑はつけておらず上半身裸の男達は、身体に擦り傷を負っている者も多く、皆一様に砂まみれだった。
「訓練ッ止めぃッッ!!!」
アポロニアは、足を軽く開いて後ろで腕を組み、その見た目からは想像もつかないほどよく通る声で号令をかける。
すると、今まで実戦さながらの取っ組み合いをしていた男達も一斉に動きを止め、アポロニアに注目する。
「気をつけッッ!!」
ザッという砂を靴底が擦る音を立てながら、男達はその場で気をつけの体制をする。
軽く肩で息をしている者もいるが、体勢は微動だにしない。
「休め!」
男達は足を少し開き、腕を後ろに回して休めの姿勢になった。
一糸乱れぬ揃った動きはまさに正規の軍人といった感じで見ていて爽快だ。
「貴様らの中に、4年前のゴルドール-ハルナックの国境戦、”ザムグ戦域”に従軍した者はおるか!!」
アポロニアの声は、数百m向こうにいる後ろの兵士たちにも確実に届いている。
俺の鼓膜がビリビリと震えるような声で、兵士たちに呼びかけた。
「はっ! 弩弓隊のアイザックであります! 自分はザムグ砦にて第一軍弓兵隊に従軍しておりました!」
一人の兵士がそう叫ぶと、他の兵士達も順番に叫び始める。
15人ほどそう告げたところでアポロニアが片腕を上げて制すると、再び場は静寂に包まれた。
「結構。他にも多くの者がザムグの砦に赴き、生き残り、あるいは友を見送ったことだろう。
だが喜ぶがいい! 貴様らに勝利をもたらした女神が今ここにいる!」
アポロニアは片腕をミユキを紹介するように横に突き出し、大仰に叫んだ。
「おお、あれが……?」
「まさか……」
「”人喰い”卿か……?」
「いやしかし……」
面白いように騒めく兵士たち。
女神とまで言われたミユキは、恥ずかしそうに俯いている。
確かにこの紹介のされ方は恥ずかしい。
俺の耳まで熱くなってきたほどだ。
「どうしたお前ら! かの人喰い卿クリシュマルド殿が、ぬるいお前らを激励に来てくださったぞ!」
すると、これまた半裸の男が一人、アポロニアの横に立った。
ダークブラウンの髪を短く刈り上げ、顔も身体も傷だらけのその男は、はち切れんばかりの筋肉の鎧を纏っている。
「良かったなお前ら! 喉元食いちぎられたハルナック兵の気持ちを味わえるぜ!!
お遊戯みたいな訓練しやがったらテメェらのキンタマも食いちぎられられるぞッッ!!」
ガチムチ男の檄に、オオォー!!!という男達の歓声が上がる。
マッチョ達が体から湯気を立ち上らせ、ムワァッという熱気がこちらまで押し寄せてきて暑苦しかった。
とはいえ俺もこういう男子校っぽいノリはどちらかと言えば好きだが。
「食いちぎってませんし食いちぎりません……」
ミユキは耳まで赤くして唇を噛んでいる。
まあ彼女にはこのノリは合わないだろうなとは思った。
ただこの様子を見ると、思った以上にゴルドール国内に彼女を英雄視する人は多いのかもしれない。
「すまないミユキ。あれは騎士団長のビクトール殿だ。まあその……少しガサおおざっぱな方でな」
「はあ……そうですか」
今ガサツと言いかけたな。
うんざりしている様子のミユキから騎士団長かへと視線を移す。
歴戦の勇士という風貌で、確かに兵士たちの中でもひと際大柄で強そうだ。
「クリシュマルドだと! それは本当か!」
すると、俺たちの背後、城内へと続く通路の方から誰かががガチャガチャと音を立てながら走ってきた。
今度は誰だ。
振り返ると、甲冑を身に着けた鋭い目つきの金髪の青年がそこにいた。
赤いマントを羽織り、ブルーの瞳がミユキを見据えている。
この顔つき、誰かに似ている。
「貴殿がクリシュマルドか」
他のマッチョ達に比べるといささかスラリとしたイケメンだが、身長はミユキと同じくらいで大きい。
訊かれたミユキは、戸惑いつつも首肯した。
「ええ……そう呼ばれておりますが」
「では私と婚姻を結べ! これは命令だ!」
「「……は?」」
突然鎧姿のイケメンが求婚したので、俺もミユキも思わず呆けた声を出してしまう。
「王子。お戯れはお止めください」
それを制するアポロニア。
今何と言った?
「王子……? え……?」
俺はもう一度王子と呼ばれた青年の顔を見る。
誰かに似ていると思ったが、先ほどまで謁見をしていたヴァンディミオン大帝に目元がそっくりだった。
「ええーーーーーーーーー!!!???」
200人の男たちが見守る中、訓練場に俺の叫び声が高らかに響き渡った。
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