第28話 ヴァンディミオン大帝①
翌日、俺たちは助けてもらったお礼や、ことの経緯を大帝へ奏上すべく登城することになった。
アポロニア邸で用意してもらった朝食を済ませ、部屋で最後の準備を整えているところだ。
服装は冒険者の恰好のままで問題ないとのことで、身だしなみを洗面台の巨大な鏡の前でチェックする。
俺がティアに買ってもらった着替え類は、冒険者といってもかなりキレイ目でカジュアル過ぎないコーディネートだった。
思えば、こう言った事態を想定のうえ、ある程度のフォーマル感を意識して用意してくれたのかもしれない。
考え過ぎの可能性もあるが、あれだけ準備に余念のないティアであれば、十分あり得る話だと思った。
「準備できた? 失礼の無いようにしてね。今日は冗談では済まされないよ」
部屋を出ると、ブラウスの上からいつもの水色の外套を羽織ったティア、きちんとジャケットを着用しているミユキ、ドレス姿のリリアナが集まってくる。
女子一同メイクもしており、気合が入っているのが伺えた。
帝国の国家元首との謁見ともなれば、ちょっとしたミスやマナー違反で断罪されかねない。
呑気に考えていた俺だが、いつもより3割増しくらいで綺麗になっている3名を見て、気が引き締まる。
ちなみに、リリアナは愛用の黄色い宝玉が着いた杖を持っているが、ミユキは物騒過ぎる大剣は持っていない。
「ねーねーどうですかフガクさん? 今日の私可愛いですかー?」
リリアナが擦り寄ってくるが、今日は抱きついてこない。
上目遣いは確かに可愛いが、彼女の人となりを知っているので正直ドキドキはしなかった。
「うん。世界一可愛いよ」
本当に可愛いとは思うものの、あまり真剣に言ったりドギマギしたりすると調子に乗りそうなので適当に褒めておく。
リリアナは唇を尖らせた。
「めちゃくちゃ適当言ってますね。まあいいですけど、お城にはこの国の王子様もいますかねー」
昨日の晩餐会で、割とガチの射程圏内に王子がいることに気づいたリリアナは、本気で獲りに行こうとしているのかもしれないと思った。
前は俺で妥協しようとしていたのがもろ分かりなのが悲しいところだが、別に分かっていたことなので特に凹んだりもしない。
その打算的な変わり身には、もはや笑うしかない。
ふと視線をミユキに向けると、少しソワソワして落ち着かない様子だった。
「どうしたのミユキさん?」
「いえその……久しぶりにメイクをしたので、変じゃないかなと……」
言ってることはリリアナと同じである。
が、言う本人の性格が違うとどうしてこうも違って聞こえるのか。
「世界一、可愛いよ」
「え……」
リリアナとは違い調子に乗らなさそうなので、マジのトーンでミユキを真っすぐに見つめて褒める。
これは心からの賛辞だ。
ただでさえ美人なのに、それ以上綺麗になってどうするのだと問いたい。
俺のあからさまな贔屓にミユキは驚いた顔をしていたが、彼女の頬がわずかに朱を帯び、目を伏せながらもこちらをちらりと見上げて嬉しそうに笑ってくれた。
そんな顔をされたら、こちらまで照れてしまう。俺は咳払いをして目を逸らした。
今日も良い日になりそうだ。
「なんか私のときと違うんですけどー」
「じゃれ合いは済んだ? 行くよー」
引率の先生ことティアが、俺たちの茶番劇を一頻り見守ったあと先導する。
あえて最後までやらせておくのが、どうにも子ども扱いされているような気がした。
アポロニアは既に仕事に出ているようで、ロマンスグレーのジェントルマン家令、ガストン氏が見送ってくれる。
「それでは皆様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
今日も無駄の無い完璧な動作で、俺たちに頭を下げるガストン氏。
この人が使用人だとこちらも思わずピシッと背筋が正される。
彼は城までの馬車を用意してくれていた。
今回乗り込むのは荷馬車のキャラバンではなく、王侯貴族などが乗る「コーチ」と呼ばれるタイプだった。
扉付きで密閉でき、対面座席で4人程度がゆったりと座れる大きさだ。
アポロニアの使用人には御者もいるようで、城の行き帰りを送ってくれるとのこと。
「この辺すごいお屋敷ばかりですねー」
ガタゴトと馬車に揺られながら、窓の外を見てリリアナは感嘆の声を上げた。
アポロニアの屋敷がある区域は、明らかに貴族階級など地位の高い人々が生活するエリアだ。
城もすぐ近くに見えており、簡単に登城できる地区となっている。
「確かに。でもアポロニアさんの屋敷が一番大きいね」
「そりゃそうでしょ。彼女は帝国騎士団の副団長よ。しかも平民から騎士になり、戦果を挙げてあの若さで今の地位を築いた生粋の叩き上げだもの」
それはさぞ凄まじい額の褒賞なんかももらっているのだろう。
屋敷も賜ったと言っていたし、褒美として大帝から与えられたのかもしれない。
「大帝というのはどんな人なの?」
「えーとですね……確かもともと一兵卒から成り上がった人物だった記憶が……」
俺は困ったときの知恵袋、ミユキに質問してみる。
だが、これに関してはティアの方が詳しいようで、代わりに答え始めた。
「ゴルドール大帝のアーサー=ヴァンディミオンは、40年前の戦乱期に頭角を現した人物だよ。
当時の腐敗した政権を打倒し、仲間たちと共に国を興した伝説の英雄王。
とにかく戦争が好きで、40年の間に領土を南北に広げて大陸の版図を大きく書き換えた、他国にとっては恐るべき侵略王でもあるね」
なんかすごそうな人だ。
何ならアポロニア以上の叩き上げじゃないか。
要はクーデターを成功させ、その後40年も大帝の座にいるわけだろう。
ただの成り上がり者なわけがない。
まあ40年も前の出来事なら、今は年を取ってそれなりに丸くなっているのではないかとも思うが。
ティアを手紙一つで助けてくれるような人だし、人格者なのだろう……と期待したい。
「ティアとは顔見知りなんだよね?」
「まあ一応ね。ただ、ちょっと気難しい性格だから、失礼の無いようにして。いつも甲冑を着ていて、常在戦場を体現したような人だよ」
全然丸くなってなさそうだ。
俺は急に城に行くのが怖くなってきたが、残念ながらすでに城門をくぐってしまったらしい。
兵士と御者台に座る御者が何かのやり取りをしており、すぐに奥へと馬車を進めていった。
城に辿りつき、馬車を停めておくための前庭で俺たちは地に降り立つ。
ティアが懐から取り出した懐中時計で時間を確認しているが、まだ少し余裕があるらしい。
眼前にそびえ立つ大帝の居城は全体的に黒っぽい色で、まさに戦闘城塞という印象だ。
高い所で7階建てくらいのビルに相当する高さだろうか、とにかく、俺が前世も含めてこれまで見てきた建物で一番威圧感がある。
また、屋外からは帝都の街並みを見下ろせるようになっており、途中には深い堀などもあって外敵からの侵入を困難にさせている。
幾重にも入り組んだ通路を俺たちは登ってきたようで、歩きで行くとなると大変そうだなと思った。
などと考えいよいよ城内に足を踏み入れようかというところで、アポロニアがお出迎えをしてくれた。
赤い意匠の甲冑姿は、この城がよく似合う出立ちだ。
「ようこそ、ヴァンディミオン城へ。圧倒されただろう」
アポロニアはミユキに声をかけた。
この二人は同じ孤児院で育ったようだが、昨日はその話は出なかった。
ミユキは特に変わった様子もなく頷いている。
「ええ、ソレスさんはいつもこちらでお仕事を?」
「まあ任務によるが、基本はそうだ。やることが山積みでな、帰れないことも多い」
騎士団のお偉いさんともなれば、仕事量も責任も重いのだろう。
だが疲れ切っているという印象はなく、誇りを持って職務に就いているのが見てとれた。
「そうだミユキ、陛下との謁見が終わったあとで訓練場に寄ってくれないか? 君を部下に紹介したい」
「え? わ、私ですか?」
「ああ、4年前のハルナックとの戦闘時、君と同じ戦場にいた者が大勢いる」
「そ、そうなんですか。それはお恥ずかしいところを……」
ミユキが『人喰い』と呼ばれるに至った戦争のことだ。
確かにドレンも、ミユキのことを英雄視する者がいると言っていた。
味方陣営の兵士たちであれば、自分たちに勝利を運んだミユキに尊敬や感謝の念を向ける者がいるのは普通のことだろう。
「ああ、君は正規軍ではないから、その後会うこともできなかったと皆嘆いていた。プリンセス扱いされるから覚悟しておくことだな」
「それは……恐縮というか、遠慮したいですね」
困ったように笑うミユキ。
それは俺としてもちょっと待ってほしい事態だ。
なんと言うか、子供の焼きもちのようなものだが、ミユキが取られてしまうような気がして面白くない。
別にミユキは俺のものでも何でもないのだが、仲の良い友達が、他の友達と仲良さそうに喋ってたら複雑な気分になったことはないだろうか。
本気で嫌と思ってるわけではないが、微妙にモヤモヤする感じのあれだ。
「プリンセスですってよ、いいんですかフガクさん」
ニマニマとにやけ顔で小突いてくるリリアナ。
俺は心の中を見透かされたような気がして、そ知らぬ顔をして答えた。
「何が?」
「ふーん、とぼけるんだ」
バレバレだった。
とはいえ咎めるようなことでもない。
俺は気づかないフリをしてミユキとアポロニアの会話に耳を傾ける。
「さて、では行こうか。今は君たちの前の者が謁見を行っている。じき終わるから、前室で待つといい」
アポロニアに先導され、俺たちは階段を2階分ほど登る。
天井の高い巨大なホールのような、赤いカーペットが敷かれた待合スペースに到着した。
室内には座って待てるよう椅子が並べられており、部屋の正面には高さ3mはあろうかという巨大な扉がある。
おそらくあの向こうが謁見の間なのだろう。
扉の左右には兵士が立っており、部屋の壁際にも等間隔で数名が控えている。
兵士以外にも謁見待ちなのか、商人や貴族らしき人々の姿がちらほら見られた。
「この愚か者がァッッ!!!!!!」
その時、謁見の間へ続く扉の向こうから、怒号のような声が響いた。
室内にいた謁見待ちの人々は飛び上がって驚いてる。
兵士たちはどこ吹く風といった感じなので、恐らく今のが大帝の声なのだろう。
腹の底から響くような声量で、重厚な扉がビリビリと震えんばかりの迫力だった。
「よくあることだ。確か地方の貴族だったと思うが、くだらない上奏で不興を買ったのだろう」
アポロニアは苦笑いしながら言ったが、俺はもうあの扉の向こうに行きたくなくなりつつある。
今ので不機嫌になって入るなりブチギレられるとかないよな?
その後中でどのような話が行われたのかは分からないが、数分後中から出てきた貴族風の男はゲッソリしていた。
俺とリリアナはビビり散らかしてしまい、互いに目を合わせて本当に行くの?と確認し合っている。
「君たちの番だ。まあそう緊張することはない。大帝は寛大なお方だ。多少の粗相は気にされない」
じゃあさっきの怒号を受けた貴族は何をしたのだろう?
謁見の間でバーベキューでも始めたのか?
骨と皮だけになりそうな勢いで怒られていたが。
「さあ行こう。平気平気。お礼言うだけだし、基本的に私が喋るから、みんなは訊かれたことだけ答えたらいいよ」
軽い調子で扉に近づいていくティアと、ミユキもそれに続く。
本当に頼もしいな。
学生時代の就活で社長の最終面接に臨む時でもこんなに緊張しなかったぞ。
リリアナが俺の背中をグイグイ押してくるのをうざったく思いながら、二人の後に続いた。
いよいよ大帝との謁見が始まると、俺は気を引き締めて扉をくぐった。
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