第27話 帝都への凱旋②
帝都の北門から馬車を走らせること約30分。
大帝のお膝元と呼ぶに相応しい、城から目と鼻の先にアポロニアの屋敷はあった。
彼女の屋敷は、俺の想像の数十倍すごかった。
門から屋敷の入り口までの道は馬車で移動できるほど広く、ようやく見えてきた建物は4階建てだ。
コの字型の屋敷の前庭には噴水や高そうな彫像が並べられ、玄関先では10人以上の使用人が到着するなり恭しく頭をさげた。
「お帰りなさいませ。ソレス様」
執事なのか、一番ベテランそうな老紳士が頭を下げる。
アポロニアは片手を上げて答え、彼に指示を出し始めた。
「出迎えご苦労。すでに連絡した通りだ、客人にしばらく滞在できる部屋を。1名は怪我人、1名は体調が悪い。医者も手配してくれ」
「既に整っております。まずはお部屋にご案内いたしましょう」
まるで高級ホテルのような対応だ。
いや、ホテルでもここまでは無いだろう。
俺たちが来ることが決まったのなんて、つい30分ほど前なのに、全て整っているらしい。
普段から誰が来てもいいように、準備してあるんだろうけど、大変そうだ。
「ティア、すまないが私は陛下にご報告に戻らねばならない。夜には戻れるから、滞在中何かあればこのガストンに言うといい」
「当家の家令を拝命しておりますガストンと申します。ご用命がございましたら、お気軽にお申し付けくださいませ」
ガストンと呼ばれた老紳士は、俺たちに向き直ると一礼する。
俺たちもペコリと返礼を返した。
「ティアと申します。彼らはフガク、ミユキ、リリアナです。急に押しかけて申し訳ありません。お世話になります」
「どうぞお嬢様方、こちらへ」
すぐに別のメイドが屋敷の中へ俺たちを案内する。
お嬢様“方”の中になぜか俺も含まれているような気がしたが、まあ気にするまい。
使用人達は役割分担がきっちりあるようで、俺たちの荷物を馬車から運び出していく係と、屋敷内に案内する係など見事に連携が取れていた。
キビキビと無駄なく動く様子は、アポロニアの生真面目さが使用人達にも反映されているのかもしれない。
「フガク様はこちらのお部屋をお使いください。 すぐにお医者様をお呼びいたしますので、お寛ぎになられてお待ちくださいませ」
屋敷内をしばらく歩き、俺たちはそれぞれの客間に案内された。
一体何部屋あるのかはわからないが、長い廊下にはドアがいくつも並んでおり、俺たちは横並びに個室を与えられたようだ。
「あ、ありがとうございます……!」
愛想よく丁寧に案内してくれるメイドさんにお礼を伝える。
ニコリと笑みを返し、一礼して出て行った。
昨日まで野宿していたとは思えない環境の変化だ。
15畳程度の室内には大きめのベッドに、豪奢な椅子とテーブルも置かれている。
何やら高そうな絵が壁には飾られているし、大きな洗面台を備え付けたシャワー室とトイレに繋がる扉もあった。
高級ホテルのスイートルームのような室内に、落ち着かない気分のまま俺は手近の椅子に座る。
すると、すぐに部屋の扉がノックされ、壮年の医者がやってきた。
そのまま部屋で診察をしてもらうと、肋骨に少しヒビが入っているとのことだった。
他はかすり傷程度なのであまり問題はなさそうだ。
ちなみに、何故怪我をしたのか聞かれたので、マンティコアに殴られたと言うと「よく生きてたね」と苦い顔をされ、肩の傷については数日前に魔獣に撃たれたと言ったら呆れられた。
俺は体にコルセットを巻かれ、安静を言い渡された。
また包帯が増えたなと思いつつ、痛み止めなども処方してもらい、ようやく俺の治療は終了だ。
医者はそのまま隣のミユキの部屋に向かって行った。
急に体調を崩していたようだったので、大丈夫だろうか。
ガランとなった広い客間の中で、靴も脱いで足を放り出して寛ぐ俺。
「シスターって誰だろう」
俺は椅子に深く腰掛けて天井を見上げながら、ポツリと呟く。
ミユキの様子がおかしくなる前の、アポロニアとの会話を思い出す。
アポロニアが「シスターに遭った」と言ったときから、ミユキの顔色が悪くなった気がしたのだ。
何か会いたくない相手だったりするのかもしれない。
ミユキに直接訊いてみるべきか迷ったが、とりあえず今はやめておこう。
俺はそんなことを考えながら、次第に瞼が重くなるのを感じた。
ああ、もう限界だ。少し休もう。
やがて俺は、椅子に腰掛けたまま眠りに落ちていった。
―――
「失礼いたします。フガク様、晩餐の用意が整いました」
ドアをノックする音と、扉の向こうから聞こえてきたメイドの声に、爆睡していた俺はズルリと椅子から滑り落ちた。
窓の外はすっかり暗くなっており、どうやら寝てしまったらしい。
「は、はーい! 今行きます!」
ベッドで寝ればよかったと思いつつ、口元の涎を拭って俺は扉の向こうに声をかける。
高級な椅子に中途半端な姿勢で寝落ちしたせいか、腰に鈍い痛みが走る。
俺は慌てて洗面台で顔だけ洗い、ボサボサ頭の着の身着のままで部屋から出た。
迎えに来てくれた若いメイドさんは俺を見て特に何も言わなかったが、この屋敷の客に相応しい装いではないとは自分でも分かっている。
俺はいたたまれない気持ちになりながら、長い廊下を歩いて食堂にたどり着いた。
「おはよう、フガク。素晴らしい寝ぐせで大変オシャレなことね。私も真似しようかな」
俺を見つけるなり、ティアが盛大に嫌味を飛ばしてくる。
TPOをわきまえろよと暗に、いやほぼ直接的に言っているのだ。
室内にはすでにティア、ミユキ、リリアナの3名が揃っており、普段着ではあるがやや綺麗な恰好をしている。
また、アポロニアもすでに帰宅し甲冑を外していた。
騎士の平服で長いテーブルの一番奥、いわゆるお誕生日席にピシッとした綺麗な姿勢で座っている。
俺のボロボロの恰好ではさすがにまずかったか。
「す、すぐ着替えてきます……!」
「ふふ、大丈夫だ少年。そのままでいいよ。私も行軍後や訓練後は似たようなものだ。私は貴族の出ではないし、堅苦しくない方が好みだ。気にせず座ってくれ」
アポロニアが笑いながら促してくれたので、俺はそのまま食堂に足を踏み入れる。
ちなみに、少年という年でもないのだが、特に訂正する気はない。
年上女騎士のお姉さんに「少年」と呼ばれるのは、姉みを感じて気分が良いからだ。
「あ、ありがとうございます……」
男性の従者らしき人が椅子を引いてくれたので、俺はミユキの隣に用意されている席に腰かけた。
向かいにはリリアナ、斜め前にはティアが座っている。
「あ、ミユキさん。体調大丈夫なの?」
隣に座るミユキの顔色は、いつも通りになっていた。
ツヤツヤの血色の良い肌に戻っており、今日も美人が際立っているなと思いつつ声をかける。
「ええ、少し寝かせてもらって、もう良くなりました。ご心配おかけしてすみません」
「治ったならいいよ。無理しないでね」
微笑みながらミユキは首肯する。
「フガクくんこそ、怪我はどうですか?」
「ああ、うん。肋骨にヒビだって。すぐ治ると思うよ」
「それは痛そうですね。でも確かに肋骨ならすぐですね」
「いや絶対すぐ治りませんてそれ……」
俺とミユキのいい加減な会話に、向かいに座るリリアナが苦い顔をして言った。
その様子にティアやアポロニアもクスクスと笑っている。
「アポロニア卿、改めて御礼を申し上げます。助けていただいたばかりか、このような素敵なお屋敷にまでご招待いただき、感謝の念に堪えません」
場の雰囲気が和んだところ、改めてアポロニアにお礼を伝えるティア。
まさか部屋まで用意してくれるとは思っていなかったので、いくらお礼を言っても言い足りないくらいだ。
正直、この屋敷なら馬小屋とかでも十分綺麗で豪勢な気がする。
「ふ、礼はもう十分受け取ったし、『卿』もやめてくれ。私としても、君たちの旅の話には興味があるからここに泊まってくれるのは僥倖だ。陛下との繋がりについても訊いておきたいしな」
ティアに向けてウインクしている。
この人女子高とかだったら凄まじくモテるんだろうなと、どうでもいいことを思った俺。
グラスに食前酒が注がれるのを見つつ、ティアとアポロニアの会話に耳を傾ける。
ティアと大帝の繋がり、それは俺も気になるところだ。
「陛下とは10年ほど前、私がウィルブロードの聖庁にいたころから何度もお会いしています」
ティアの旅のスポンサーというか、後ろ盾はウィルブロードという国の王室だと言っていた。
俺の中ではティアのその言葉で、ゴルドールの大帝との繋がりや、帝都に着いたときのアポロニアとの会話の内容はある程度腑に落ちた。
とはいえ10年前といえばティアはまだ14歳だ。恐らく王室関係者と共にこの帝都を訪れたのだろう。
「陛下もそのように仰っていた。貴国の王子殿下ともご一緒だったとか」
「王子様!?」
俺が反応するより先に、リリアナが椅子からひっくり返りそうな勢いで声を上げた。
ティアもアポロニアも驚いている。
ああ、君は王子様と幸せになりたいとか言ってたね。
「ティアさん王子様とお知り合いなんですかー!? し、紹介してください! ま、まさかティアさんと婚約してるなんてことないですよね!?」
「ないよ。紹介はしないけど」
「そんなぁ」と言いながら、項垂れるリリアナ。
すぐに諦めて配膳されたスープに口をつけていた。
俺も材料はさっぱり分からないがやたらと美味い緑色のスープを飲みながら、チラリとミユキを見る。
彼女も王子様とかに興味あるのだろうか?
話を聞き流しつつ優雅な所作で料理に舌鼓を打っているので、内心は読み取れない。
「どうかしましたか? あ、口元に何かついてますか?」
ミユキは俺の視線に敏感で、チラリと見ると大体気づかれる。
慌ててナフキンで口元を抑える様子は可愛いが、その勘の良さはたまに恐ろしい。
迂闊にエロい目で見れないな。
「10年前はまだ私も騎士学校の学生だ。先ほども言ったが、君の義姉とは同期でね。色々と助けてもらったよ」
「義姉さんは……どんな人でしたか?」
そう言ったティアの目は、少し懐かしそうで、どこか寂しげに細められた。
「いつも冷静で優しく、みんなから慕われていたよ。そう、先ほどのエフレムの姉、エリエゼルも同期だ。二人はいつもトップ争いをしていたが、仲は良かったな」
そう言えばエフレムを退ける際、アポロニアは最後に「姉とか王様とかに言いつけるぞ」みたいなことを言って脅していた。
それがエリエゼルか。
「はい。エリエゼル様は、義姉の墓に毎年花を手向けてくださいます」
話の流れで何となく気づいていたが、ティアの義姉は亡くなっているらしい。
俺は、ティアの復讐にはその義姉も関連しているのではないかと思った。
根ほり葉ほり聞くような話でもないので、それ以上は聞かなかった。
アポロニアも、ティアにとってはセンシティブな話題だと察したようで、それ以上は掘り下げない。
その後は、他愛も無い話が続いた。
主に俺たちがエルルを出てから、帝都にたどり着くまでの経緯を説明する時間だ。
聞けば、アポロニアも大帝から命令を受けて帝都周辺の警備を行っていただけで、詳細な経緯までは聞かされていなかったらしい。
それであれだけの兵を城壁に並べて大仰な啖呵を切っていたのだから、いかに大帝からの勅命が重要かというのが伺えた。
俺はその後何品か出されたコース料理をありがたく平らげ、帝都初日の夜は更けていく。
明日からは、帝都を拠点に冒険者としての活動が始まるのだ。
エルルを出てから、俺の世界が大きく広がったことを感じる。
知らない国や人物の名前は当分覚えられそうもないが、異世界で俺たちの旅路は着実に進んでいることを実感した日となった。
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