第26話 帝都への凱旋①
「あれ、エフレムが退くみたいだね」
俺はミユキと共に帝都の城壁の側でティア達と対峙していたエフレムが、デュランを反転させて退却していくのを確認する。
事の一部始終しか目の当たりにしていないが、城壁の上には数十名のゴルドール正規軍らしき兵士達が展開し、一人の女騎士の命によりエフレムを攻撃していた。
「彼女は……」
ミユキは馬の足を止め、城壁を仰いで呟いた。
視線の先には、オレンジの髪に銀色の甲冑を纏った、美しい女性の騎士の姿がある。
陽光を浴びて立つ銀甲の騎士。彼女の視線は戦場を射抜くかのように澄んでいた
年齢はミユキよりやや上に見えるが、知り合いだろうか?
元々傭兵としてゴルドールの戦争とやらに参加していた彼女なら、正規軍の中に知り合いがいてもおかしくはないが。
「ミユキさんの知り合い?」
「ええ、まあ……」
ミユキは少し言い淀み、手綱を握る指に力を込めた。
何か思い出したくないことでもあるのだろうか。
「とりあえずティア達のところに行かない?」
「……え? あ、ああそうですね。すみません!」
呆けたように止まっていたミユキが、慌てて馬を歩かせる。
そういえばこの馬はエフレムの仲間の騎士が乗っていたものだが、そのままもらってしまっていいのだろうか。
「ティア、リリアナ、大丈夫だった?」
「それこっちのセリフなんですけどー。フガクさんボロボロですよ? 大丈夫ですか?」
二人の側まで近づくと、開口一番リリアナが俺のなりを見て顔をしかめた。
デュランに吹き飛ばされたり、エフレムの槍で貫かれたりと満身創痍の状態だ。
俺以外の皆は特に怪我などしていない様子。
「あばらにヒビ入ってそうだけど、まあ大丈夫かな」
歩くたびに鈍い痛みが主張する。
息を吸うたびに胸がきしみ、内臓の奥で何かがひしゃげてる気がした。
とはいえ、むしろよくこの程度で済んだなと思った。
「それ大丈夫じゃないと思いますけどね……」
「ご苦労様、フガク、ミユキさん。おかげで上手くいったよ」
「昨日鳩で飛ばしてた手紙はこれ? 対策ってやつ」
昨夜、ティアは湖畔で精霊召喚を行っていた。
呼び出した鳩に手紙のようなものを持たせていたので、この状況はその成果ということだろうか。
「そう。まさかあの人まで出てくるとは意外だったけど」
ティアは、城壁の上にいる女騎士アポロニアを仰ぎ見た。
「ティアちゃんもお知り合いだったんですね」
「ううん初対面。なんせ有名人だし」
ティアが言いかけたとき、アポロニアはこちらに気付きフッと笑みを浮かべる。
すぐによく通る澄んだ声でこちらに声をかけてきた。
「無事で何よりだ! あちらから街へ入るといい。私もそちらへ向かう!」
アポロニアは、俺たちのいるところから数百メートルほど歩いたところに見える、帝都への入り口を指さす。
旅人や商人の馬車などが出入りしており、聳え立つ門の両サイドには門番らしき兵士達が立っているのが見えた。
「はーい! ありがとうございまーす!」
ティアは城壁の上に向けて声を張り上げてお礼を言った。
俺とミユキも、それからリリアナもペコリと会釈する。
アポロニアには片手を軽く上げて反応を示し、部下を引き連れて引き上げていった。
この瞬間、俺たちの帝都への旅路がようやく終わったのだった。
ーーー
俺たちは帝都に入ってすぐの北門広場でアポロニアが来るのを待っていた。
門をくぐって俺の目に飛び込んできた帝都の街並みは、先日のエルルよりも遥かに巨大で活気に溢れる光景だった。
馬車数台が横並びにすれ違ってもまだ余裕があるメインストリートには、さまざまな店が立ち並び、冒険者だけでなく観光客などの姿も多数見られる。
商業区の奥には民家の立ち並ぶ居住区があるようだが、少し坂になっており街の入り口からでも立派な屋敷が何棟も見えた。
その奥、おそらく街の中心部には、大帝と呼ばれているこの国の王が住まう巨大な城も仰ぎ見ることができる。
「フガクくん、エルルよりもかなり広いので、迷子にならないようにしてくださいね」
挙動不振な俺に、ミユキが苦笑いしながらそう言った。
「これはなるかも。大きいね、帝都」
「ですね。私もかなり久しぶりですが、いつ来ても圧倒されます」
エルルも大きく活気のある街だったが、ここはさらに何倍も上だ。
俺は絵に描いたようなファンタジー世界の城塞都市に、人知れずテンションを上げていた。
「この国の首都だし、大陸でも屈指の巨大都市だからね。宿を取ったら見て回ってきていいよ」
「やったー! フガクさんデートしてあげましょうかー?」
すかさずリリアナが俺の右腕に抱きついてくる。
「問題児、あなた空気を読みなさい」
ティアがリリアナの首根っこを掴んで俺から引き剥がしてくれる。
「っていうか、リリアナは帝都までだろ」
なんで俺たちと一緒に帝都観光する気でいるんだか。
「そうですけどー。どうせ何日かは帝都にいるんだからいいじゃないですか。一人だと暇なんですよー。
それに帝都なんてそうそう来られないんだから見ないと損ですよー!」
リリアナが頬を膨らませながら言った。
巡礼はどうした巡礼は。
とはいえ、一理ある。俺もティアからの許しが出たことだし、後で街を見て回ることにしよう。
「よかったですね、フガクくん」
などと言うミユキの声のトーンがやや冷淡なのは俺の気のせいだろうか。
リリアナには申し訳ないが、あとでミユキを誘ってみよう。
ただ、結局帝都に着くまでの3日間、ちょこちょこ仮眠を取っただけなので、今はとにかく眠いし疲労も限界だ。
やはり今日は寝て、諸々は明日からにしよう。
ミユキは割と平気そうだが、ティアもリリアナもかなり疲れているように見えた。
「すまない、待たせた。ソレス=アポロニアだ、よろしく頼む」
すると、街に入って10分ほど経ったころ、アポロニアがようやく姿を現した。
いかにも清廉潔白そうな人物といった印象で、民衆からの人気も高いのか、遠巻きに通行人達の視線を感じる。
「ティア=アルヘイムです。お噂はかねがね。此度の救援、感謝いたします」
ティアは差し出されたアポロニアの右手を握って握手を交わす。
「何、部下達の丁度いい訓練になった。しかし、アルヘイム……そうか君がウィルブロード聖庁の」
二人の会話を聞いている俺たち。
ティアとアポロニアは顔見知りというわけではないが、無関係というわけでもなさそうだ。
「ええ、今はただの冒険者ですが」
「事情は陛下よりある程度聞いている。だが次からは私に直接依頼をしてくれ。
陛下が自分で行くと仰るのをお諌めするのが大変だからね」
「まあ。以後気を付けます」
アポロニアが小粋なジョークを飛ばし、ティアが口元に手を添えて淑女のように微笑んでいる。
社交界の一幕を見ているようだ。
ティアは普段は気さくに話をしてくれるが、こういった一面もあるのかと驚いた。大人だ。
しかしこうして見ると、アポロニアは男装をしても様になりそうだと思った。
男装の麗人という言葉がよく似合う。
「それから、陛下への謁見は明日の午前10時だ。遅れないように登城してもらいたい」
「ええ、重ね重ねありがとうございます。明日、大帝陛下にも直接御礼を申し上げます」
「君達も大事無いか? 長旅で疲れただろう、特に少年、ケガしてるな。 後で医者を寄越そう」
「あ、だ、大丈夫です、ありがとうございます!」
俺はミユキやリリアナを代表してお礼を言う。
にしても少年扱いとは新鮮だ。
「ティア、君たちの宿は決まっているのか?」
「いえ、これから探そうかと」
ティアが答える。
確かに、これから宿探しをすると思うと気が滅入るな。
エルルよりもかなり人も多いし、良い宿が見つかるといいのだが。
「それはタイミングが悪いな。いや、良いのか? 今陛下の即位40周年の祭が開催されていてね、しばらくは観光客などで宿もいっぱいだぞ」
「げっ……今晩も野宿なんて嫌ですよー!」
「あーしまった……忘れてたわ……」
「仕方ありませんよ。皆で探しましょう」
なるほど、それでこの人ごみか。
となると、宿探しにも苦労するかもしれないと思った。
ティアはやってしまったという顔をしているが、もちろん俺やミユキは気にしていない。
リリアナもぶー垂れているが、別にティアに文句を言っているわけではなく、宿探しが難航しそうなことにげんなりしているだけのようだ。
「君達さえ良ければ、私の屋敷に来るか? 陛下の客人だ、ぜひもてなしたい」
すると、アポロニアから嬉しい申し出があった。
彼女は地位も高そうなので、きっとすごい屋敷なのだろうと期待が膨らむ。
「しかし……そこまでご厄介になるわけには」
社交辞令的に一度は断るのが大人ってものさ。
と、俺はティアの対応に心の中でうんうんと頷いた。
本気で断っているわけではないことを願いながら、アポロニアの返答を待つ。
「気を使わなくていい。自慢ではないが、大きな屋敷を賜っているのに女の独り身でね。
部屋が馬鹿みたいに余っている。使用人くらいしか家族もいないんだ」
この世界の結婚適齢期は知らないが、地位が高い人物ならそれなりに縁談もありそうだし、周囲からも勧められそうな気がする。
アポロニアは美人だが実直な女騎士という感じだし、騎士道に身を捧げたとかそんなところだろう。
「それに、私は君の義姉と騎士学校時代の同期だよ。私のことも義姉のように思ってくれていい」
「そ、そうなんですか?」
ティアに義姉がいるとは初耳だ。
ただ、俺がティアの生い立ちで知っているのは、ミューズの一件で聞いた部分だけだ。
ティアにしろミユキにしろ、彼女たちのこれまでの出自については実質何も知らないに等しい。
「ああ。おっと、失礼。立ち話もなんだ、まずは屋敷に行こう。おい、馬車持ってきてくれ」
「はっ!」
アポロニアはチラリと俺たちの方を一瞥し、近くに控えていた部下らしき騎士に馬車の手配を命じた。
暇そうにしていたので気を遣わせてしまったようだ。
部下が駆け足で馬車を取りに行っているのを見送っていると、アポロニアはミユキに視線を移してマジマジと見ていた。
「ん? 君は……ミユキじゃないか? おお懐かしいな!」
先ほど帝都の外でミユキに訊いたように、やはり顔見知りだったようだ。
アポロニアは嬉しそうに笑い、ミユキの肩にそっと手を添えた。
「……お久しぶりです。ソレスさんもお元気そうで」
ミユキもおずおずと、困惑したような表情で微笑み返した。
嫌がっている感じはしないが、少し戸惑っている。
まあ、自分の幼少期をしっている知り合いとは、大人になるとあまり会いたくないものだ。
ミユキが10歳までおねしょしてたとか、そんな感じの恥ずかしくも微笑ましいエピソードがあるに違いない。
「君こそ、随分育ったな。昔は私の方が大きかったのにな」
それはどこの部分を言っているんですかね?
いや、もちろん身長なんだが。
どうにも俺はミユキのある一点に視線が行ってしまう。
アポロニアと比べても、ミユキの胸部はかなりご立派なので。
「ミユキさん、お知り合い?」
「ええ、同じ修道院で育ちました」
ミユキはどうやら孤児だったようだ。
ティアも同様に孤児のようだし、やはり前世の現代日本とは子供たちが置かれる環境も異なるらしい。
だが、修道院というのはミユキのイメージに合うなとは思った。
「私も彼女も孤児でね。ああそうだミユキ、先日シスターに遭ったよ」
「…………え?」
アポロニアの一言に、ミユキの表情が硬直した。
ティアやリリアナは特に何も言わないが、俺は違和感を感じた。
ミユキの顔色が、少し悪くなったように思えたからだ。
「君にまた会えるのではないかと楽しみにしていた。しばらくは帝都に滞在して祭を楽しむと言っていたが、まだいるだろうか」
「そ……うですか……」
「ミユキさん、大丈夫?」
俺は、俯きながら消え入りそうな声のミユキの様子を訝しみ、彼女の顔を覗き込んだ。
心なしか、瞳に怯えの色があるような気がする。
その様子に、ティアも異変に気付いた。
「ミユキさん顔色悪いよ? 少し座る?」
「む、本当だな。ちょうど馬車が来た。とにかく乗ってくれ」
「すみません……少し気分が悪くなってしまって」
よく見ると、ミユキの指先が小刻みに震えていた。
吐き気もあるのか、ミユキは口元を手で押さえている。
アポロニアがミユキの背中に手を添え、部下の兵士が横付けしてくれた馬車に乗せた。
先ほどまで平気そうだったのに、急にどうしたのだろうか。
俺も彼女と同じ馬車に乗り込もうと足をかけたとき、ティアが思い出したように声を挙げた。
「あ、いけない! 馬車屋に馬を返すのと馬車を壊したこと説明に行かないと」
「燃やしちゃいましたもんねー。まあ補償入ってたら大丈夫じゃないですかー」
そう、俺たちは旅の途中で馬車を燃やし、今は荷物を運んでくれた馬だけだ。
ちなみにエフレムの部下から奪った馬もまだ一緒にいる。
「こちらで対応しよう。君たちはひとまず屋敷へ。私も一緒に行く」
ようやくひと段落つけそうだ。
俺たちはエフレムが用意してくれた馬車に乗り込み、彼女の屋敷へと向かうことになった。
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