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魔王、いいから力を寄越せ!~転生した俺が美人勇者と復讐聖女を救うまで~  作者: 裏の飯屋
第一章 ゴルドール帝国編

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第25話 金槍の魔女


「ミユキさん! フガクを拾って着いてきて!!」


 リリアナを乗せた馬を走らせながら、ティアが振り返ってミユキに向かって叫んだ。


「逃がしませんよ……!」


 エフレムはリリアナとティアを追おうとする。

 俺はすかさずデュランの顔に蹴りを入れ、さらにエフレムに向けて銀鈴を振るった。

 だが、金の槍にて剣戟が受け止められ、デュランの前足による直撃を脇腹に食らってしまった。

 

「ぐ……がぁっ……!」


 ヒグマのパンチを食らったようなものだ。

 俺はベキベキと骨にヒビが入るような音を聞きながら、大地に叩きつけらえて数mは吹き飛ぶ。


「フガクくん! 手を……!」


 ミユキは馬上で大剣を振るい、2名の騎士を叩き潰した後に馬でこちらに走ってくる。

 盛大に馬からぶっ飛ばされていたが、あの騎士たちは死んでるのではないか? などと余計なことを考えてしまう。

 俺は体に走る激痛をこらえつつミユキに向けて手を伸ばした。

 ミユキが俺を地面から馬上へ引き上げてくれたので、痛む身体を無理やり動かして彼女の後ろに座る。

 

 だが、またこれで終わりではない。

 風を切りながら疾走する馬の背から前方を見る。

 目前にはデュランを駆り、ティアとリリアナを追うエフレムの背中が見えた。

 そして、エフレムはこちらに視線を向け、槍を突きつけてくる。


「アースグレイブ……!」


 鎧を着て槍を持っているので失念していたが、エフレムは魔女だ。

 彼女の槍には杖としての意味もあるのだろうか。

 エフレムの詠唱とともに、目の前の地面が1mほど隆起して俺たちの行く手を防ぐ。


 馬は障害物を勝手に避けてはくれるが、限度がある。

 スピードを出しているときはある程度手綱で御してやらないと転倒は免れない。


「フガクくん! 私につかまってください!」


 言われ、俺はミユキの体に手を回す。

 柔らかな感触と彼女の体温を感じながら、エフレムの背からは目を離さない。


「しつこいですね。それにあなた方からは何か妙な気配がします……ウインドセイバー!」


 俺たちが肉薄しそうになると、再び槍を薙ぐエフレム。

 今度は風の刃が俺たちを襲い、俺たちが乗る軍馬の皮膚が切り裂かれた。

 バランスを崩し、倒れそうになる馬。

 その瞬間、俺は馬の背の上に靴の裏を乗せて立ち上がる。


「ミユキさんお願い!」

「はい……!」


 ミユキは手綱を勢いよく引き、無理やり馬を後ろ脚で立たせた。

 そのまま俺も立ち上がり、馬の背、首、頭と駆けのぼり宙を舞う。


「ティアのところには……行かせない!!」


 俺は銀鈴を振りかぶってエフレムに斬りかかった。

 まさかあの状態から飛び掛かってくるとは思っていなかったのだろう。

 虚をつかれたエフレムは、振り返るなり金槍を俺に向けて突き付ける。


 俺は腕を槍の穂先が掠めて肉を抉り取られるのを感じながら、銀鈴の刃をエフレムに振り下ろした。


「ぐっ……!!」


 刃の先がエフレムの腕を切り裂き、彼女は槍を落としてしまう。

 彼女の返り血が、俺の頬に飛び散った。

 やがて俺は地面に叩きつけられるが、銀鈴を振るってデュランの足先を切りつけてやった。


「ガルルルァァアァァ!!!!!!!!」


 怒り狂ったデュランが、丸太のような前足の爪で俺に襲い掛かる。

 あの爪で切り裂かれれればさすがに絶命は免れない。

 俺は間に合うか分からないが、それを避けるべく身体をねじったそのとき。


「させません!」


 馬から飛び降りたミユキが、デュランの爪を大剣の腹で受け止めた。

 ミユキの足が地面にめり込むのが、すぐ顔の横に見える。


「落ち着きなさいデュラン! リリアナを追うのが先です!」


 デュランを御し、槍を拾って再びティアたちを追おうとするエフレム。

 俺はすぐに身体を起こして立ち上がろうとしたそのときだった。


「待……!」


 ―――ドクンッ……!


 頬についたエフレムの返り血が――その熱が、心臓の奥の何かを叩いた気がした。

 俺の頭の中を強制的に見知らぬ景色が駆け抜けていく。


 なんだ、これは―――?


 それはほんの一瞬。

 だが確かに俺の脳を駆け巡っていく。

 バチバチと瞳の奥に投影される、何かの残像。


 赤い空と灰色の大地に、積み上がった亜人と魔獣の死骸が血の河を形成している。


 2本の剣を携えた黒髪の女と対峙するのは、毛先が赤く白い長髪の女。


 禍々しい赤い爪には、長大な深紅の槍を持っている。

 

 俺は彼女を知っている。

 彼女は、俺をこの世界に誘った、あの女神■■―――。


「……クくん! フガクくん!!」


 ハッとなって、俺は我に返った。


「大丈夫ですか!?」


 心配そうに俺を見つめるミユキは、先ほど飛び降りた馬に再び騎乗してこちらに手を伸ばしていた。


「え……あ、うん。ごめん行こう!」


 今のは何だったのか。

 だが考えている暇はない。

 俺はミユキと共に再び馬にまたがり、遠ざかってしまったエフレムの背中を再び追うことにした。


―――


 エフレムは、先ほど対峙した白と黒の髪の青年に対して、得体の知れないプレッシャーを感じていた。

 単純な力で言えば、黒髪の女の方が上だろう。

 だがもっと根源的な、身体が拒絶を示すような感覚があった。


 槍を振るう腕が鈍り、彼からの一撃に恐れを抱いている。

 一体自分の中の何があの男に重圧を感じているのか、エフレムには不思議でならなかった。


 ただ今はそれどころではないと、思考を止める。

 目前を走る馬の背には、金髪の女とリリアナが乗っている。

 鞍も鐙も無い馬にまたがり走る姿は見事だが、それではデュランの足には及ばない。


 「待ちなさい! 逃げ場などありません!」


 このまま帝都に逃げ込むつもりだろうか。

 もう目と鼻の先には、高い城壁に囲まれた帝都が見えていた。

 しかし門まではまだいささか距離がある。


 エフレムは、街に逃げられるのは厄介だと思っていた。

 デュランを街中に連れ込めばパニックになるだろうし、帝国軍も出てくるだろう。

 自分たちはここゴルドール帝国の隣国、ロングフェロー王国の軍属だ。

 街へ入れば、場合によっては面倒が増える。


「ティアさん……! もうすぐそこまで来ちゃってますよー!」


 リリアナはティアと呼ばれた金髪の女にしがみついて叫んでいるが、助けを求めても無駄なはずだ。

 街の中からは何事かと注目する市民たちも見えるが、あの程度は問題ない。

 速やかにリリアナを回収してこの場を去ればよいと考えていた。

 しかし、目前を走るティアがこちらをチラリを振り返ったとき、エフレムは眉を潜めた。

 リリアナ達が向かう方向は壁で、行き止まりだったのだ。

 

「……大丈夫よ。もう終わったから」


 ティアの声がエフレムに届くと同時に、壁の上に人影が立った。

 城壁の上、陽光を背にして立つ一人の女騎士。

 その銀鎧は太陽を映し、まるで神の遣いのように輝いていた。

 エフレムは、瞳を大きく見開いた。


「弓! 構えい!」


よく通る女の声だった。

エフレムが城壁を仰ぎ見ると、一人の鎧を纏った女騎士が立っており、その背後にはクロスボウを構えた無数のゴルドール軍弓兵隊が照準をこちらに向けている。


「何故……こんなに早くゴルドール軍が……!」


 エフレムは自らが置かれた状況をまだ理解できずにいた。

 だが一つ分かることがある。

 あの無数の弩の矢は全て自分に向けられているということだ。


「撃てい!」


 女騎士の声と同時に、エフレムはデュランの手綱を引いて急停止させる。

 弓兵達も一射目は威嚇のつもりだったのか、いずれの矢も足元に突き刺さっている。


「何故あなたがそこにいるのですか……アポロニア卿……!」


 その女騎士を、エフレムは知っていた。

 紅い意匠を施した銀色に輝く鎧が、太陽に煌めいている。

 深い橙色の髪を三つ編みに結いあげ、釣り上がったブラウンの瞳は真っ直ぐに、そして冷たくエフレムを見下ろしている。


 彼女の名は『ソレス=アポロニア』。


 ゴルドール国内ばかりでなく、大陸全土に名を知られる騎士だ。

 数年前のゴルドールとハルナックの戦争において、ハルナック側に大打撃を与えた英雄。

 そして炎の魔法を操るその姿から『太陽の騎士』と呼ばれる女傑であった。


 ゴルドール帝国騎士団副団長を務める、国内屈指の騎士もある彼女。

 魔女とはいえ、田舎の小娘一人を守るために軍を動かして良いわけがない大物だった。


「これは意なことを。ロングフェロー王国ガレオン公爵領辺境警備隊長エフレム=メハシェファー殿。

 それとも『金槍の魔女』と呼んだ方がよいか?

 私は帝国騎士だ。帝都にいて何がおかしい。

 我が大帝陛下の座す帝都の軒先で、貴殿の斯様な狼藉、許されるものか!」


 鋭い射抜くような視線。

 弓兵達は未だこちらに照準を合わせている。


 エフレムは焦った。

 リリアナは地面に突き刺さった大量の矢の向こう、わずか10m向こうにいるのだ。

 いるのに、何もできない。

 エフレムは歯噛みする。


 確かに他国の軍人が戦闘体制で首都に現れれば、軍が出てくるのは当然だ。

 だがまるで待ち構えていたかのように城壁に展開しているこの状況は、さすがに不自然が過ぎる。


 この状況がリリアナの仕業でないことは分かっている。

 リリアナを馬の背に乗せた、あの金髪の女が何かをしたのだと思った。


「帝都の周囲で騒ぎを起こしたことは詫びましょう! ですが、あなたが何故出てくるのです!

 彼女達とあなたに何の関係が……」


 ブォン!

 と、アポロニアは腰から剣を抜いて振るう。

 先ほどまで矢が突き刺さっていた草原に紅い火柱が立った。


 パチパチと草を焦がし、矢は全て炭と化す。

 熱気がエフレムの頬をジリジリと焼いた。


 驚くデュランを宥め、数歩下がるも、アポロニアの冷酷な視線は揺らがない。


「問答無用である。我が大帝陛下の命とあれば是非も無い。

 今すぐこの帝都から、否、この国から去るがいい!」


「大帝……!? し、しかし……!」


 エフレムは驚嘆の表情を浮かべる。

 ゴルドールの大帝が、国家元首が、勅命としてリリアナを、いやティアを守ったと言っている。

 彼女は何者なのだと、目の前で状況を見守っている二人を見据える。

 背後からは先ほどの黒髪の女達が迫っている気配も感じる。

 退くか進むか、エフレムは決断を迫られた。


「ほう、我が言葉が聞こえぬと見える。貴殿の姉君と話を付けたほうがよいか? 

 もしくは陛下直々にジェラルド王へ申し立てを行うか?」

「……!」


 エフレムはさらに嫌なことを思い出した。

 アポロニアは、敬愛する姉と同じ師の元で学んだ友だった。

 姉を慕い、そして畏れてもいるエフレムにとって、その言葉は痛烈だった。

 エフレムは血が滲むほど唇を噛んだ。


「エリエゼルに伝えよ! 妹の躾がなっとらんとな!」


 駄目押しのようにアポロニアが高らかに叫ぶ。

 その一言で、エフレムは折れた。


「くっ……! 覚えていなさい!」


 苦渋を飲まされたエフレムは顔中に悔しさを滲ませながら、デュランを反転させて一目散に帝都に背を向けて去る。

 最後に一瞥したティアの口元には、感情の読み取れない不気味な笑みが張り付いていた。

 彼女にすべてを狂わされた、得体の知れない女が真っ直ぐにこちらを見つめている姿にエフレムは背筋を冷やしたのだった。


<TIPS>

挿絵(By みてみん)

お読みいただき、ありがとうございます。

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