第23話 追う者と追われる者
エフレムは馬車の車輪跡を追ってリリアナ達を追跡する。
かれこれ3時間は経過し、辺りは間もなく夜になろうとする時間帯だ。
火事場の馬鹿力とでもいうのか、馬は本来の能力を超えてかなりの長距離を高速で走ったようだ。
そのため、思いのほかリリアナたちには辿りつかない。
デュランに彼らの匂いを覚えさせようにも、手がかりとなる遺留品のようなものも無く、実質車輪の跡を追うことくらいしか追跡の手段はないのも痛かった。
ただし、魔女たちを追うことに慣れているエフレムは、彼女らの心理状態を読み解き、荷物の量や周辺環境などを考慮してある程度の行先に当たりをつけることができる。
そのため、方向自体は間違っていないと直感的に思っていた。
しかし、今回の相手は少し特殊だった。
特に何の利も無くリリアナを手放さず、自分たちに対して攻撃を仕掛けてきたことを思い出す。
こういった手合いはたまに現れるが、正直面倒だとも思っていた。
自分の理解の範疇を超える行動に出ることがあるからだ。
そんなことを思いながらエフレムは、淡々と彼らの足跡を追ううちに、ある小さな湖に到着した。
小川が流れこんでいることから、ここで馬を休ませたのだろうと推測された。
「これは……」
エフレムはデュランの背中から降り、ポツリと声を漏らす。
なるほど彼らは馬車を捨てたらしい。
「わざわざ燃やすとは……思いのほか厄介な相手のようですよ、デュラン」
相棒の背を撫でて呟くと、彼はグルル……と喉を鳴らして応えた。
エフレムの目の前では、馬車が燃やされており既に原型を留めていなかった。
プスプスと燻る煙が周囲に漂っており、香辛料や馬の糞、これは魔獣か野生動物の死体まで燃やしたのか、鼻が曲がりそうな強烈な匂いが立ち込めている。
「そこまでしますか。面白い」
これではデュランの鼻は使い物にならない。
エフレムは袖口で自らの鼻を押さえながら、大地に視線を落とす。
彼らがこの場を離れてかなりの時間が経っている。
草花の生えた湖の周囲は踏み荒らされた跡も無く、そこら中を探しても彼らの足跡ひとつ見つからなかった。
「水魔法で足跡や匂いも消しましたか……」
「ガルルルル……」
「見事です。ひどい匂いですね。デュラン、捜索はここまでにしましょうか」
素直にリリアナを連れ去った者達の周到さを賞賛する。
追っ手を撒くことに慣れているのか、機転の利く人物なのか。
エフレムはデュランを労い、街道にある宿場まで向かうことにした。
捜索を焦る必要はないと考えた。
最悪の場合でも、帝都かエルルで待ち伏せすれば彼女たちは必ず現れる。
エフレムは暗がりに包まれた湖を見据え、デュランの背に飛び乗ると、やがて振り返ることなくその場を離れた。
―――
馬車に火をつけ、デュランの対策に水魔法で足跡や匂いを消しながら歩いた俺たちは、3時間ほど歩いたところにある湖畔の林に足を踏み入れた。
「あーもう無理ですー。もう歩けない」
少し休憩をすることになったが、リリアナが近くの倒れた木の幹に座って足首を押さえている。
確かに、俺も多少足に痛みを感じる。
少しでも遠くまで移動しようと、ほぼ走っているような速度で歩いてここまで来たツケが回ってきたようだ。
ティアは水を一口飲み、湖の水を馬にも飲ませながら辺りを見回している。
「とりあえず今日はここで夜を明かしましょう」
「追手は大丈夫かな?」
街道からはかなり離れたようで、明かりひとつ見えない。
しかし、こうしている瞬間にもエフレム達は俺達を探しているかもしれないのが気にかかる。
「警戒するに越したことはないけど、大丈夫だと思う。向こうも私たちを目視で見つけるのは難しいだろうし、結局帝都で待ち伏せするのが一番効率的だしね」
ティアやミユキもその場に腰掛けている。
追手に追われながら徒歩で目的地を目指すのは、思っている以上に足への負担が大きいようだ。
「火は起こさない方が良さそうですね」
鳥なのか魔獣なのか、林の中に鳴き声が木霊している。
辛うじて月明かりで互いの顔が見える程度の明るさの中、俺たちは次の目的地について思案している。
「ていうか、行き先は帝都以外のところじゃダメなんですかー? 」
リリアナも水を飲みながら疑問を口にする。
確かに、俺たちの行き先が帝都に行くかエルルに戻るかのどちらかだと思われているなら、その裏をかいて別の目的地に行くのがいいのではないだろうか。
「それも考えたけどね。でも今後の旅のことを思えば、帝都で決着をつけておきたい」
目的地の変更自体は追手を撒くには有効な策ではあるが、その後も追われ続けるリスクを負うことになる。
エフレムたちを明確に撃退することが必要な点は理解できた。
「まあ僕らはともかく、リリアナがこの先一人で追っ手をかわしていくとなると大変だしね」
「えー! 私をシェオルまで連れて行ってくれるんじゃないんですかー!?」
「冗談じゃないわ。大体、巡礼は一人でするから意味があるんでしょ。
旅の中で自分のスキルや魔法を見つめ直す旅だよ。できることとできないことを正しく把握して一人前になるのが目的なんだから、人に連れて行ってもらってどうするの」
「ティアさんうちのお母さんみたい。っていうか詳しくないですか?」
「……別に。聞いた話だよ」
ティアは腰のバッグから取り出した干し肉を齧りながらそう言った。
「フガクさんー、ティアさんになんとか言ってくださいよー」
リリアナは甘えた声を出しながら俺の右腕に抱きついてきた。
なんでわざわざ隣に来てまで抱きつくんだ。
「リリアナさんは……なんでそんなにフガクくんに抱きつくんですか?」
ミユキは困惑した表情を浮かべながら俺たちを見ている。
いや全くその通りだ。
いくらなんでも脈絡が無さすぎて怖いのだが。
ティアの冷ややかな視線が痛いし、ミユキから変な目で見られるのも辛い。
「えー? だってフガクさんかっこよくないですか? 何か色は変だけど髪の毛サラサラだし、顔も可愛い系で素敵だと思います。お姉さんも思いません?」
これはもしかして褒められてるのだろうか。
まあ確かに俺は可愛い。
自分で何言ってんだと思われるだろうが、これは転移者の役得を正しく享受できたと思う。
前世ではなんかぼんやりした顔だったし。
ただ、一方で髪の毛の狂ったカラーリングが全てを台無しにしているのだが。
「私は……というか、そもそも答えになってません」
ごもっとも。
相手の見た目が好みだから抱きつくのが許されるなら、俺もミユキに四六時中抱きついて許されるんだろうね?
実行したら多分首とか折られるよ。
「言ったじゃないですか。私王子様みたいな人と幸せになりたいって」
「王子様……?」
ミユキがまじまじと俺のことを見ている。
そこで首を傾げないでほしい、ショックだから。
「ふーん、じゃあフガクのこと好きってこと?」
ティアが大して興味なさげに思いっきり核心に触れる質問を投げかける。
そこはもう少し濁してほしいところだったが、気にはなるのでまあ聞こうじゃないか。
「そこまでは言いませんけどー、でもフガクさんならいいかなーって。少なくとも一緒にシェオルには行きたいなー」
いいって何がいいんだか。
大事なところだからはっきりしてほしいが、本人を前にしてする話でもないと思う。
「だってさフガク。どうする? 帝都着いたらそっち行く?」
「行かないってば」
ティアが適当なことを言っているので、俺はげんなりしながらすかさず返す。
女子が3人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。
追手から逃げている最中だというのに、恋バナに花を咲かせて盛り上がるのはどこの世界でも同じのようだ。
とはいえ、リリアナとの出会いの空気が最悪だったことを思えば、まともに世間話ができるようになったのはちょっとした進歩だ。
俺は仲睦まじいとは言えないまでも、軽口を飛ばし合う3人の様子を見て胸を撫でおろした。
「さて、それじゃ少し仮眠取ろうか。夜が明ける前には出るから、みんなちゃんと休んでおいてね」
俺たちも馬も、さすがに2日間一睡もせずに帝都まで歩くのは厳しい。
追手が来るかもしれない状況でとなると、神経をすり減らしてさらにハードルが上がる。
「フガクさーん、隣で一緒に寝てもいいですかー?」
外套をシーツ代わりにくるまり、木にもたれかかった俺のもとへ、リリアナがわざとらしく擦り寄ってきた。
「いいわけないでしょ。おやすみー」
疲れ切っている俺はリリアナを適当にあしらい、速やかに瞳を閉じて仮眠を取ることにした。
「ちぇー」
リリアナも同様に疲れているのだろう、それ以上は何も言わず休息に移ったようだった。
「2,3時間で起こすから、そのつもりでいてね」
ティアの声を遠くに聴きながら、俺の意識はすぐに遠のいていく。
異世界転移後初めての野宿だ。
前世で野宿などしたことないし、キャンプだって何回もあるわけじゃない。
寝られるか不安ではあったが、俺はすぐに深い眠りへと落ちていった。
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