第22話 復讐は正しく
エフレムはリリアナたちの馬車が土煙の向こう側に猛スピードで逃げ去っていくのを見送り、歯噛みした。
愛槍である金色の槍『ブリューナク』を地面に突き立て、土煙を睨みつける。
「やってくれました……!」
爆音で興奮状態になってしまったデュランをなだめながらエフレムは目を凝らすが、馬車はもうどこかへと姿を消している。
このまま馬鹿正直に街道を進むとは考えにくく、おそらくは道を逸れて荒野のどこかに身を潜めながら目的地へ向かうのだろう。
「エフレム様、いかがいたしますか?」
揃いの黒い甲冑をまとい、軍馬に跨った部下の騎士たちがエフレムの元へ集い、次の指示を待つ。
エフレムは小さく息を吐いて平静を装った。
「……まあよいでしょう。目的地は分かっているのです。貴方たちは部隊を二つに分け、一つはエルルへ、もう一方は帝都へと向かいなさい。私はもう少し追走します」
エルルの街以降、帝都までのエリアに街や村は無い。
せいぜい街道沿いの宿場がある程度なので、彼らの馬車に詰め込める水や食料を鑑みれば、街道を外れて行ける先は帝都かエルルの2択といえる。
「お一人では危険では?」
「馬と一緒ではデュランの速度を活かせませんし、怯えるでしょう。私はもとより単独行動の方が向いています」
赤いたてがみの巨大な獅子、マンティコアのデュランは、エフレムが幼少のころより共に育った相棒であり、使い魔だ。
馬とは異なり休憩が無くても1日数百キロを駆けることも容易く、その膂力は普通の獅子を軽く凌駕する。
また嗅覚にも優れており、敵の足跡を追うことにも力を発揮できる。
とはいえ、現在は火薬の臭いでうまく鼻が利かないため、車輪の跡を目視で追うことにはなるだろう。
「了解いたしました。それでは、失礼いたします」
「ええ、お気をつけて」
5名の部下たちは二手に分かれ、それぞれの目的地に向けて軍馬を走らせた。
エフレムとデュランの人獣一体の機動力と破壊力は、ロングフェロー王国軍の騎馬隊一個大隊と単騎で渡り合える。
その力を十全に発揮するには、部隊で行動するよりも単独の方が向いているのだ。
エフレムは部下たちが駆けていった帝都に続く街道を見据えながら、小さくため息をついた。
「まったく……これではまたお姉様に叱られるではないですか」
焦燥と後悔、そのどちらともつかぬ感情が、彼女の表情を陰らせていた。
エフレムには血のつながらない姉がいる。
とても美しく、とても恐ろしい姉だった。
遠い故郷の地にいる姉の姿を思いながら、エフレムはデュランの背を撫でて自らも街道を駆けだした。
―――
エフレム達から逃走した俺たちは、暴れ狂って走る馬の勢いに任せ、かなり距離を稼ぐことができた。
ある程度走ったところで馬にも息切れが見られ、ちょうど水場があったので休憩とする。
エフレム達が追ってくる可能性もあるため、ほんの数分の間に今後の方針を決めなければならない。
「馬車を捨てよう」
ティアが言った。
それなりの金額を払って借りた馬車だったのに、初日の昼過ぎにはもう捨て去る羽目になるとは。
「荷物はどうする?」
俺たちはトランクを一人一つ着替えや生活用品入れとして所持しており、他にも水・食料や帝都での宿生活を見越した生活用品類も別途馬車に積み込んでいる。
これらを放棄するとなればそれなりの損失となるだろう。
当然命には代えられないので惜しくはないが。
「各自携行食を少しと水袋を持って。トランクは馬に詰もう。もったいないけど、それ以外の道具は捨てるしかないね」
曰く、帝都までの道のりの3分の1程度は踏破できたようだ。
ここから歩いても、あと2日もあれば遠回りで十分帝都にたどり着くらしい。
「大丈夫でしょうか? 徒歩では追い付かれるのでは」
ティア、ミユキ、俺の3人は輪になってパーティ会議を始める。
リリアナはそれを傍らで見つめていた。
「かもしれない。だけど馬車でもあの魔獣の脚じゃ遅かれ早かれだよ。ここで私たちの足跡を消して時間を稼いだほうがよっぽどいい」
「帝都に待ち伏せの可能性はないの?」
「他に行き先が無いから、かなり高いと思う。でもそこは対策する」
帝都の待ち伏せ対策って何だろうか。
待ち伏せしてそうなところとは別の入り口から入るとか?
まあ帝都というくらいだから、出入りする人も多いだろう。
街に入る人混みに紛れれば不可能ではなさそうだが。
「足跡はどう消しますか? 彼女は魔獣に乗っていました。匂いを辿って追われる可能性もあります」
「魔女がいるでしょ魔女が」
そこでようやく、ティアがリリアナの方を見てあごで指し示す。
固唾をのんで見守っているリリアナの顔には、少しばかり疲労の色が見られた。
今後の自分の行く末に不安を感じているのかもしれない。
「え……?」
「あなた、水魔法使えるんだよね?」
「つ、使えますけど。ランクは低いです……」
言われ、リリアナは頷く。
「あの、私ティアさんたちに着いていってもいいんですか……?」
おずおずとリリアナが切り出した。
ここで放り出されたらどうしようと気が気でないのだろう。
「私たちをこれだけ巻き込んでおいて、一人逃げる気?」
お得意の皮肉交じりではあるが、それは確かな肯定だった。
瞬間、リリアナの眦に涙が溢れる。
「……ティアさん……ふぇ……うぇえええ……!」
堰を切ったように泣き出すリリアナ。
杖を放り出し、何故か俺に抱き着いてシクシクし始めたのだ。
ティアもミユキも目を丸くしている。
「なんで泣くのよ……」
「な、なんで僕……」
「だって怖くってぇ……」
それはこの状況が? それともティアが?
とは俺も怖くて聞けない。
鼻をすすりあげながら今度はマジ泣きをしているリリアナには悪いが、とりあえず離れてほしい。
俺は彼女を抱きしめないように、両手を上に挙げてティアたちに助けを求める視線を送った。
「良かったねフガク。可愛い女の子に抱き着いてもらえて。よしよししてあげたら?」
「……」
視線が冷たいティアと、無言で無表情のミユキからのプレッシャーが恐ろしい。
「ティアちゃん、いいんですね?」
ミユキはティアに問う。
もう引き返すには遅すぎるが、リリアナと帝都までの旅路を共にする覚悟を問うている。
ここから襲ってくるエフレム達との戦いが、自分たちの戦いになってしまってもいいのかと。
リリアナを放り出せば、自分たちは特に問題なく帝都までの旅を続けられるだろう。
ミユキはその判断をティアに委ねているのだ。
俺もティアの判断に従うと決めていた。
この旅路はティアの道であり、あくまで彼女の判断が行動指針だ。
「ミユキさん、フガク、私は復讐を終えたとき、晴れやかな気分で終わりたい」
ティアは俺とミユキを見ながらおもむろに話し始め、リリアナの杖を拾い上げる。
「私の旅を振り返ったとき、自分をめちゃくちゃにして、誰かを犠牲にして、それじゃあ私の気分は晴れないんだよね」
ティアは、拾った杖をリリアナに突き出す。
その行動に俺は自分の中に高揚があることを感じた。
彼女の口元に浮かぶ笑みには、これまでとは違い裏表のないティアの素直な感情が込められているように見えた。
「だから私は毎日お風呂に入りたいし、快適なベッドで眠りながら旅をしたい。
ミユキさんやフガクと美味しいものも食べるし、たまには楽しく遊ぶ。
そしてリリアナ、あなたを引き渡してあなたが不幸になったら、私が気持ち良く旅を終えられないでしょう? 私は旅の最後に、誰の泣き顔も思い出したくないの」
ティアの出した答えは、俺やミユキが望むものでもあった。
ミユキもティアの行動を優しい笑みで見届けている。
リリアナは返す言葉をひりだすこともできないまま、涙と鼻水まみれのまま杖を受け取った。
「ティア……さぁん……!」
「私の復讐は正しく行われなければならない。助けてあげるから、もう少し付き合いなさい」
力強いティアの言葉に、リリアナは唇を噛みながらゆっくりと頷いた。
復讐が正しいことなのか、それがティアにとって本当に救いとなるのか、俺に判断はできない。
だが俺は、その中でもティアは誇り高く生きる道を模索しようとしているように思えた。
彼女には、彼女なりの譲れない信念と矜持がある。
だから彼女が選ぶ道なら、俺は信じてついていける——そう思った。
ここからが正念場だ。
俺とミユキは視線を合わせて笑い合い、エフレムから逃げ切るための準備を始めることにした。
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