第21話 ティアの選択
俺たちが馬車を進めている街道には、黒い鎧を着た5人の集団が待ち伏せをしていた。
リリアナを追っている連中の可能性が高いため、彼女の存在を隠し通さなければならない。
御者台に座るミユキは、不審に思われぬようゆっくりと平坦なペースで馬車を走らせる。
すると、集団の一人、プラチナ色に輝く髪を風になびかせ、西洋人形のような顔立ちの美女がこちらを見ている。
何より驚いたのは、彼女が搭乗している馬だった。
いや、馬ではない。
黒曜石のような2本の角を生やした、巨大なライオンだった。
ダークパープルの体毛に赤いたてがみを生やしたその魔獣にまたがり、金色の長大な槍を携えた女性は、無表情で俺たちの馬車に近づいてくる。
ティアが慌ててリリアナを隅に寄せ、毛布をかぶせた。
「ごきげんよう、旅の方々。この近辺で人を探しています。ブラウンと橙色の髪をした若い女性ですが、見かけていませんか? 黄色い宝玉のついた杖を所持しています」
白いドレスに黒い鎧を身に着けたその女は、決して横柄な物言いではないが、こちらを探るような眼で見ている。
ライムグリーンに輝く瞳は、俺たちがリリアナを匿っているのではないかとはなから疑っているのが見て取れた。
「えーと……特に見ておりませんが、あなたがたは?」
「失礼いたしました。私はロングフェロー王国軍所属のエフレム=メハシェファーと申します。我々の探し人が貴方がたの詰み荷に忍び込んでいる可能性があるため、安全のため確認をさせていただけないでしょうか」
俺はエフレムと名乗った女に気づかれぬよう、スキルを確認する。
―――――――――――――――
▼NAME▼
エフレム=メハシェファー
▼AGE▼
26
▼SKILL▼
・槍術 B+
・風魔法 B
・土魔法 B
・騎馬 A
・魔女 A
―――――――――――――――
なるほど、確かに彼女が噂のエフレムだ。
ミユキと同い年だがまるで少女のような顔立ちで、年齢と見た目が一致していない。
もっといかにも危険思想を持っていそうな人物かと思ったが、鎧を着ていなければ貴族のお嬢様のように見える。
ティアやミユキもそうだし、昼間の冒険者連中然り、人は見た目では測れない。
彼女が騎乗するライオンが、グルル……と低い唸り声をあげていることに気づく。
ついでにそちらも確認しておこう。
―――――――――――――――
▼NAME▼
マンティコア=デュラン
▼SKILL▼
・強靭な肉体 A
・ブルホーン B+
・使い魔 A
―――――――――――――――
「ガァアアアアアア!!!!」
「うわ!」
俺の動きに野生の勘でもはたらいたのか、デュランと名付けられたマンティコアが俺に向けて吠えた。
俺は思わずのけぞる。
「どうしましたデュラン。失礼。それで、いかがでしょうか?」
「申し訳ありません。私たちはギルドからの依頼で積み荷を預かっています。守秘義務がありまして、事情はどうあれお見せすることはできません」
ミユキは丁寧な態度を維持しつつも、しっかりと断っている。
たが、エフレムはそこで引き下がらなかった。
「……しかし、危険な人物です。我々の仲間は彼女に魔法による攻撃を受け、火傷を負いました」
何やってくれてんだよ!
俺は視線を向けず心の中でリリアナにツッコミを入れる。
「警備隊へ引き渡す必要があり、貴方がたにも危険が及ぶ可能性があります。時間は取りませんし、ギルドの荷物にも触れません。どうか、ご理解いただけないでしょうか」
彼女はとにかく俺たちの身の安全の部分を強調している。
あくまでも穏便にことを済まそうとはしているのだろう。
存外話はできる相手だが、簡単に退いてもくれないのが困りものだ。
すると、ミユキの後ろからティアが顔を覗かせる。
「お断りよ。ロングフェローの軍が、ゴルドールの街道で冒険者の荷物を漁る権利なんてないでしょう。
急いでるの、道を開けてくださる? あなたたちの所為で引き渡しの期限に間に合わなかったらどうしてくれるのかしら」
人数が少ないとはいえ、他国の軍が公道で好き勝手はできまい。
ティアは強気な態度でエフレムを荷台から見下ろしている。
もちろん感情の読めない微笑も添えて。
エフレムはティアを真っすぐに見据え、やがて瞳を閉じてフゥと小さく息を吐いた。
「……道理ですね。お手間を取らせて申し訳ございませんでした。どうぞお通りください」
マンティコアのデュランは後退し、俺たちの馬車に道を譲る。
彼は喉を鳴らしながらこちらをじっと睨んでいた。
「ですが……先ほど街道で見かけた4人組の冒険者からこんな話を聞きました」
ガラガラと車輪が音を立てて石畳を通る中、よく通る少女のような声でエフレムが呟く。
その言葉に、俺は不穏な気配を感じた。
「リリアナ=デイビスは、白と黒の変わった髪色の青年と共に去っていったと」
それ俺です。
まさかこのふざけた髪がこんな風に作用するとは思ってもみなかった。
確かに、異世界に来てからもこんな髪色の奴なんて一人も見ていない。
そして、エフレムの視線は真っ直ぐに俺を捉えていた。
「ミユキさん出して!!」
「はい……!」
ティアの叫び声に、ミユキが手綱を振るって馬を走らせる。
馬車を引きずるようにして、馬が全速力で駆け抜ける。
「素直に積み荷を見せればよかったものを……! 彼女を匿いたい理由でもあるのですか?」
しかし、一頭立ての馬車が出せる最高速などたかがしれている。
軍馬とマンティコアの強靭な脚力に勝てるはずもなく、すぐに並走されてしまった。
エフレムを先頭に、5騎の兵士たちも後を追ってきた。
「無いわよそんなもん……!」
ティアはもう隠す必要もないとばかりに、毛布をはがしてリリアナを責めるように見据えた。
その時のリリアナは、本当に引き渡されるのではないかという怯えた視線をティアに向ける。
「では引き渡しなさい! 命を取ろうという話ではありません!」
金色の槍の穂先を向けるエフレムの言葉を受け、ティアは歯噛みしながらリリアナをチラリと見た。
「彼女はどうなる!」
迷いを見せるティアを見て、俺はたまらず幌から顔を出してエフレムに問いかけた。
「フガクさん……?」
リリアナが、驚いたように俺を見ている。
そんな目をしないで欲しい。
ただ確認しているだけだ。
「ご安心を。再三言いますが、殺したりはしません。我々への攻撃については多少罰を受けてもらいますが、その後は我らと共に魔界への回帰に尽力してもらいましょう」
「い、嫌よそんなの! 私はシェオルへ行くの! そうしたら、私も自由に生きられるんだから……!」
リリアナの、これまで見せなかった本音の部分を見た気がする。
彼女のシェオルへの旅路の理由。
それは、心からの悲痛な叫びのように聞こえた。
「笑えますね……! 魔女の血から逃げられるとでも……!?」
そう言って嗤ったエフレムの表情に、狂気が見え隠れする。
美しく整った顔に似つかわしくない、狂った人形のような嗤いだった。
その顔に、俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
「うるさいのよどいつもこいつも魔女魔女って! お母さん達だっていっつもそう!
私は普通に生きたいの! 魔女なんてどうだっていい!
私は王子様みたいな恋人と結婚して、幸せに暮らしたいの!!」
リリアナは普通の生き方を望んでいる。
俺には彼女のこれまでの人生など分かるはずもないが、魔女だということで色々と苦労を強いられてきたのだろう。
巡礼の旅に出たのだって、おそらく親や同族から何かを言われてきたのだと予想できる。
彼女は巡礼の旅を終えて周囲を納得させ、あとは好きに生きたいと願っているのではないだろうか。
リリアナの叫びを聞き、ティアがポツリと問いかけた。
「リリアナ、あなた魔法は? 何ができる?」
「え……?」
聞かれた意味が分からず、リリアナは呆けた声を出す。
俺はすかさず、ティアにスキルの内容を伝えてやることにした。
「ティア、火魔法Bと水魔法Cだよ」
「はぁっ!? なんで私のスキルを……!」
リリアナが驚くのをよそに、ティアは馬車に積み込んでいた箱から、紙に丸く包まれた火薬を取り出した。
街道ではたまに落石などで道が塞がっていることがあるようで、昨日爆破用の火薬を少し購入していたのを思い出す。
チラリとリリアナを見ると、彼女の目がなにかを言いたげに揺れていた。
「リリアナ! 火! 思いっきりぶっ放しなさい!!」
ティアは、並走するエフレム達に向け、火薬入りの箱を馬車から放り投げた。
それを見たリリアナは驚きを隠せないまま銀色の杖を手に取り、火薬の箱へと向ける。
杖の先に取り付けられた黄色い宝玉が輝き、やがて魔女の力を外部へと出力する。
「ファイヤーボール……!!」
「くっ……! 退避……!」
閃光のような火球が、火薬の詰まった箱に向けて放たれる。
誰もが分かり切ったこの後に待つ現象を想像し、エフレムとその共の騎士たちは慌てて馬を引いて足を止める。
辺り一面をオレンジに照らす大爆発は、大地の粉塵を舞い上げてエフレムたちの視界を覆い隠す。
そして、爆発音に驚いた馬車の馬は狂騒状態に陥る。
それは敵の軍馬も同様だ。
俺たちの馬は馬車を引きずりながら一目散に逃げるようにして、街道をひたすらに駆け抜けていった。
「ミユキさん! 街道を外れて! 追手を撒く……!」
「了解です! みなさんしっかり捕まっててくださいね……!」
ミユキはその怪力で暴れ馬を御しながら、石畳の街道を逸れて荒地へと馬車を走らせる。
俺は荷台の後部から背後を見るが、今だ巻き上げられた粉塵で向こう側は見えず、火薬が辺りに火をつけてエフレム達は追ってこられずにいるようだった。
だが、まだ本来の旅程の4分の1程度しか来ていない位置だ。
俺たちはここから先、帝都まで追手を撒きながら辿りつけるのだろうか。
ふと後ろを見れば、リリアナがその場にへたりこみ、自分を見捨てる選択をしなかったティアを真っすぐに見つめていたのだった。
<TIPS>
読んでいただき、ありがとうございます。
モチベーションにもつながりますので、もしよろしければぜひ評価や感想などいただけると幸いです。
評価は下の「☆☆☆☆☆」から行えますので、よろしくお願いたします。




