第20話 巡礼の魔女
とりあえず俺たちは馬車に乗り込み、ミユキが御者台に座る。
ティアはリリアナの正面に座り、俺はリリアナの隣で彼女について確認していくことにした。
「リリアナ、あなたの旅の目的は?」
「巡礼でーす。実家があるアレクサンドラからここまで2ヶ月かかって来ましたー」
「行き先は?」
「シェオルでーす」
「誰かに追われたりは?」
「んー……どうだったかなー」
「はぐらかさないでくれるかな? 隠すなら今すぐ馬車から放り出すよ」
ティアは口元にいつもの笑みを浮かべつつ、リリアナを詰めている。
空気が重たいから俺もミユキの隣に座ろうかしら。
また手取り足取り馬の御し方教えてくれないかしら。
まあティアの視線が怖いからこの場から去れないわけだが。
「……はいはい来てますってば。フレジェトンタの人たちが」
「やっぱりね。最後に会ったのは?」
「昨日。しつこかったんで逃げましたー」
「相手は?」
「名前は知らないけどー、なんか金髪の可愛いお姉さんだったかなー」
「ああもう最っ悪! メハシェファーじゃない」
ティアは額を手で押さえながらため息を吐いた。
「ティア、どういうこと?」
何か非常事態な気はするが、例によって全く話についていけない俺。
「フガクくん。魔女というのは、魔界シェオルにいた魔王の血を引く人々のことです。魔王が崩御して400年、もう御伽話ですけどね」
ティアよりも先に、ミユキが解説してくれる。
魔王や魔界など、かなりファンタジックな言葉が飛び出てきたので驚いたが、そもそも俺が最初に会ったのは女神だった。
魔王くらいいても不思議ではないか。
「ちょっとお姉さん、冗談じゃないんですけどー。そんな御伽話のせいで、私たちは未だに色んな人たちから狙われて生活しなくちゃいけないんですからね」
「そうですね。すみません……」
ミユキは謝罪して、話を続ける。
「魔界シェオルは、現在では小さな街がいくつかあるだけで人は少ないようです。ただ魔女の方々はそのルーツから、成人後にシェオルまで巡礼の旅に出るという文化があります」
なるほど、リリアナはその旅の途中というわけだ。
「どうしてシェオルには人がいないの?」
「私も行ったことはないので、あくまで一般的に言われている話ですが、理由は3つです。
1つは魔獣が大量に生息していること。
2つ目は作物の育ちにくい不毛の大地であること。
そして3つ目は行きにくいこと」
「遠いってこと?」
「はい。シェオルへはウィルブロード北部の雪に閉ざされた『霊峰ウェルギリウス』の山上にある、巨大な門を通らなければ行けません」
その立地で理解できた。
物資の運搬が困難な上に、シェオル内部で作物を育てるのも難しいとなれば、そう簡単には移住できないだろうし、行くメリットも薄い。
ただ到達までのハードルが高いからこそ、魔女とやらが成人後にシェオルまで赴く意義はありそうだ。
その後続いたミユキの話では、今は大陸内の各国が開拓使を送り込んで小さな街を作るところまでは進んでいるとのことだった。
「リリアナが追われてるっていうのは?」
シェオルのことは分かったが、問題はリリアナの追手についてだ。
今度はティアが口を開いた。
「魔女は魔王の血を引くことから、過激な一部の層からは迫害対象なのよ。魔女狩りなんて呼ばれててね。まあ魔女狩り自体は絶滅危惧種みたいなもんだからまだいいんだけど」
うんうんとリリアナも頷いている。
確かに、前世でも一部の差別主義者や思想の違いがその気はなくても差別に繋がることもあるから、似たようなものなのだろうか。
「問題は、魔女を集めてシェオルに回帰しようとする団体の方ね。回帰派と呼ばれる彼らは、フレジェトンタという魔女の自治区に本拠地があって、各地の魔女を勧誘して回ってるの。私も正直関わりたくない」
「そうなんですよね。あの人たちしつこくってー」
つまり、リリアナが現在追われているのは、回帰派にということだ。
しかし、自治領まであるなら魔女狩りと比べて手荒なことはされなさそうなイメージだが。
「まあそうなんだけど、魔女の中の超過激派みたいな連中だから、揉めるとややこしいんだよ」
カルト教団みたいなものだろうか?
色んな利権も絡み合ってそうだ。
どこの世界にも似たような団体はいるのだなと、俺はまだ人ごとのように聞いていた。
ティアは話を続ける。
「そして彼女を追ってきているのが、その代表でもある魔女メハシェファーの娘、エフレム=メハシェファー」
その口ぶりからすると、かなり厄介な人物のようだ。
要はヤバい団体のヤバいトップの娘が直々に追ってきているということだろう。
「危険人物なの?」
「どうでしょう。フレジェトンタはロングフェロー王国内にある自治領ですから、魔女狩りほど無茶はしないと思いますが……」
「お姉さん何にも分かってないんですねー。あの人たちは、目的を果たすためなら何でもしますよ。
私だって子供のころから、何度街を引っ越したかわかりません」
「そうですか……失礼しました」
どうにもミユキに当たりのきついリリアナ。
俺はその様子をハラハラ見ながら、顎に手を当てて思案しているティアの言葉を待つ。
「ミユキさん、とりあえずこのまま街道を進んでくれる?」
「よろしいですか? 追手がかかるのでは」
「隠す。でも彼女のために旅程も変更したくない」
「どうもすみませーん」
悪びれないリリアナの態度にイラついたのか、ティアは勢いよく身を乗り出して指先をリリアナの額に当てた。
さすがのリリアナも、驚いて後ずさり、口元を引きつらせている
「ふざけないで」
ティアは、スッと身を乗り出すと、リリアナの額に指を添えた。
その指先には、怒りの熱も、哀れみの温もりもない。
ただ冷たく、凛とした意志だけが宿っていた。
空気が一瞬、張り詰める。
「なんで私があなたのために大事な旅程を乱されなければいけないの?
次に私を不快にするような態度をとったら、あなたをメハシェファーに引き渡すわよ。
別に私には関係ないし」
ティアの赤い瞳が射貫くようにリリアナを見据えている。
有無を言わさない威圧感。
これが聖女のカリスマなのか。
リリアナの額に当てられたその指先から、殺人光線でも出そうな勢いだ。
「ご……めんなさい」
素直に謝るリリアナ。
ティアの口元にはいつもの笑みが張り付いているのがなおさら怖い。
「謝るくらいなら最初からやらないことね。
とにかく、明日には帝都に着くわ。食料や水も分けないから、自分のことは自分で何とかしてね。その鞄の中に多少は入ってるんでしょ?」
「はい……」
リリアナが助けを求めるような視線をこちらに向けるが、俺もそこは無視した。
正直、先ほどまでのミユキへの態度はどうかと思っていたので、胸がすく思いだったからだ。
まあ、さすがに2日間馬車内の空気が最悪になるのも避けたいので、多少の緩衝材代わりにはなろうと思っているが。
「ティアちゃん、お話し中すみません。多分あれです」
「早速来たね」
御者台のミユキが、視線で指し示す街道の先。
ゴツゴツとした岩が立ち並び、道が狭いエリアに入った矢先のことだった。
そこには、ひときわ目立つ黒い鎧を装着した5名ほどの騎士たちが、馬に跨って集まっている。
俺たちは波乱の予感を感じながら、ゆっくりとそちらに向かって馬車を進めていった。
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