第193話 揺籃アイデンティティ②
俺はミユキと共に、応接室の隣に控えていたシエラに声をかけ、屋敷の3階にあるメハシェファーの部屋を訪れた。
ティアとレオナは一緒には来ていない。
ミユキは何故か平気だったそうだが、ティアとレオナは先日の夜会のように、メハシェファーの精神干渉の影響を受ける可能性があるからだ。
部屋を出るときミユキは少し不安そうな顔をしたが、俺も選んだ以上はちゃんと笑顔を向けてからここに来た。
シエラがメハシェファーの部屋の巨大な扉を開き、俺たちを中へと促すと扉を閉めた。
今、部屋の中には俺とミユキ、メハシェファーの三人だけだ。
「あら貴女は……」
部屋に入るなり、メハシェファーがミユキに視線を移す。
ミユキはぺこりと頭を下げてとりあえず挨拶をしていた。
敵か味方か分からない人物だが、とりあえず世話になる以上は礼を尽くすということらしい。
「先日は……どうも」
「来てくれて嬉しいわ。ミユキさん、でしたかしら」
「はい」
メハシェファーもミユキのことを覚えているらしい。
ただ、それだけ言葉を交わしてすぐ彼女は俺の方に視線を移す。
「お待ち申し上げておりました。覚悟はお決まりのご様子」
大きな部屋だった。
怪しげな道具や多くの書類が積み重なった机、壁一面に設置された分厚い本の入った本棚など、いかにも魔女の部屋といった印象だ。
部屋の端の透けた布で区切られた一角には、キングサイズよりもさらに大きなベッドが置かれており、ピッチリとベッドメイクされて使われた形跡が無い。
室内はメハシェファーから香る甘い匂いで満ちており、息を吸い込むだけで眩暈がしそうだった。
一応女性の寝室なので、入る瞬間少し気を遣ったが、中に入ればもうここは何か別の生き物の腹の中のように思えてくる。
「メハシェファーさん。あなたなら、僕の記憶を取り戻せるんですね」
「私は貴方様の一振りの杖。どうかいつものように、”メル”とお呼びください」
恭しく頭を下げ、口元に微笑を滲ませるメハシェファー。
その目はまるで笑っていない。
ただ俺の心を見透かすように不吉な視線を俺に向けている。
また、隣でミユキは複雑そうな顔をした。
まあ自分の男に急に馴れ馴れしく接してくる女が現れたら、ちょっと嫌かもしれない。
俺も逆の立場だったらめっちゃ嫌だ。
「いいや、”メハシェファーさん”。僕は魔王になるためにここに来たわけじゃない。血塗られた運命を終わらせるために来たんだ」
俺の言葉にも、メハシェファーの笑みは消えない。
彼女の心の内がまるで読めなかった。
彼女は俺に何を望んでいるのだろう。
俺が魔王としての記憶を取り戻し、魔王本人としてこの世に君臨することか。
あるいは、魔王の目的である”勇者を殺すこと”なのか。
それとも、彼女自身の別の思惑があるのか……。
「運命とは流星のようなもの……燃え尽きるまでその瞬きが消えることはございません」
「それは僕が魔王になるということ? それとも、勇者を殺すということですか?」
彼女は、運命は変えられないと言うのか。
俺はそんなもの信じない。
敵ではあるが、俺はフェルヴァルムの”俺ならば血塗られた運命を終わらせられる”という言葉に今も縋っている。
必ず、終わらせる。
その願いこそが、今の俺を突き動かす原動力だ。
「ただ貴方様の御心のままに……」
駄目だ、話にならない。
メハシェファーは一体魔王の何だと言うのだろうか。
仲間、崇拝者、あるいは腹心。
何でもいい、俺は選択した以上、覚悟は決めたのだ。
「では……こちらに」
「お待ちください」
俺はメハシェファーに促されるままに、ベッドの方へと歩いていく。
そんな俺達を、ミユキが呼び止めた。
「何か?」
メハシェファーは、さほどミユキに関心が無さそうに尋ねた。
「フガクくんに何かあれば……私はあなたを許しません。そのおつもりで、お願いします」
ミユキは真剣な表情で、メハシェファーにそう告げた。
彼女がここに来たのは、俺を見届けるためでもあり、守るためでもある。
その言葉に、メハシェファーは愉快そうに笑みを浮かべた。
「勇者が、魔王様をお救いすると? ウフフ、それが"あの時"であればまた違った運命もあったでしょうに」
口を真横に引き裂いて笑う、不気味な笑顔だった。
ミユキの頬を汗が流れるのを見ながら、俺はメハシェファーのベッドに腰掛ける。
こんな格好のままで綺麗なベッドに乗っていいのだろうかと、俺は余計な心配をした。
「どうぞ身体を横に、楽になさってくださいませ」
俺は整えられたベッドの上に、靴だけ脱いでそのまま横になる。
彼女が敵だったら、こんな無防備な体制を見せるのは恐ろしいが、彼女の眼差しも声色も不思議と優しさを感じた。
ミユキもいるし、いきなり殺されるということはあるまい。
しかも、見上げたそこにいる魔女の顔は、慈愛に満ちて俺に危害を加えるようには見えなかった。
それもまた、彼女の底知れなさを感じて不安なのだが。
「……メハシェファーさん」
「メルとは呼んでくださらないのね……何でしょう」
「……あなたは僕に何を望んでいる」
俺はこれから身体を預けようというときに、浮かんだ疑問を投げつけておいた。
正しい回答が返ってくるとは、思っていない。
ただ、彼女の本音が少しでも垣間見えればと思っただけだ。
「……その答えは……――」
黒く塗られた目元が細められ、ピンク色の唇が柔らかく動く。
艶やかな仕草で小首を傾げ、彼女は俺の額に黒いレースのグローブで覆われた指先をそっと翳した。
「――貴方様がお戻りになられたときに、お話ししましょう」
「フガクくんっ!!」
そして俺は、驚くミユキの声と共に目の前が真っ白になった。
最後に見たメハシェファーの顔は、どこか寂し気で、何かを懐かしむような女性の表情に見えた。
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