第168話 暗躍の茶会①
翌日午前中、俺たちは王宮に登城して現状の報告とカスティロ邸で見つけた帳簿の内容報告などを行っていた。
現在は城の会議室で、ヴァルター、ゼクス、シュルトの3名と向かい合って座っている。
ちなみにレオナだけアストラルの行方を追っているため不参加なので、俺、ティア、ミユキ、サリーが参加していた。
「なるほど、カスティロ邸に女中のフリをして忍び込むとは考えたな」
ゼクスが感心したように言った。
こっそり侵入したわけではないのでグレーだとは思うが、情報を取得したこと自体は違法だと指摘されるのではないのだろうかと少し身構えていた。
特にシュルトあたりから。
が、俺たちを咎める様子は無いようだ。
俺がチラチラシュルトを見ていたからか、彼は眼鏡に手を触れつつ口を開いた。
「内部犯の可能性がある以上、こういった事態はある程度飲み込む必要があります。無論、それが金品の奪取など明らかに不必要な目的だった場合は話は別ですがね」
まあ情報取得のために誰かを傷つけたりはしてないからな。
俺の尊厳が女装のためにちょっぴり傷ついたくらいで。
シュルトもこの程度の清濁を併せ吞むくらいの度量はあるらしかった。
「とはいえ、我々正規の騎士団が行えば問題になる。冒険者の君たちに頼んだのは正解だったね」
ヴァルターは穏やかな口調でそう言った。
「昨日の夜会では、"カスティロ侯爵が以前何らかの取引について声を荒げていた場面を見た"という声もありました」
ティアが補足する。
「やはりカスティロが怪しいということか」
「それは早計だよゼクス。最初から疑ってかかっていては結果も歪んで見えてしまう。まずは帳簿を元に調査してからだ」
ヴァルターの言葉通り、あくまでおかしな数値の記載された帳簿を見つけただけで、確証を得たわけではない。
今度は俺達ではなく王国側に動いてもらう番だ。
「では帳簿の情報を元に各所をあたってみるとする。しかしこれが事実だとすると、我々もそれなりの覚悟を決めねばならないが……」
そう言ってゼクスは苦い顔をする。
大きな手がかりを見つけたはいいが、事実が発覚してしまうと王室側としても一部貴族との対立が明確になり、手を打たなければならなくなる。
相手を裁く立場にいるが、相手によっては王室としてもそれなりのダメージを追うことになるだろう。
俺達はその調査の結果を待つより他ない。
「この国にいる以上、いつでも覚悟はできているさ。報告は以上かい?」
「はい、以上です」
ティアの言葉を最後に、報告会については終了となった。
そのまま帰ってもよかったのだが、何となく世間話の空気になる俺達。
これまでの旅の話をヴァルターやゼクスから聞かれるなど、昨日までの夜会のような雰囲気となっていた。
こうした交流と言う名の情報交換は、貴族社会では政治的にも重要な意味を持つのだろう。
「では、ヴァルターさんとゼクスさんは幼馴染だったんですね」
「ああ、陛下もね。私たちもノルドヴァルトに通っていたんだよ」
「当時は今より貴族の社交場としての印象も強かったがね」
ヴァルターたちの昔話を聞きつつ茶をすする俺たち。
ジェラルド、ヴァルター、ゼクスの3名は幼馴染らしく、ノルドヴァルトでも共に過ごした仲らしい。
その三人が王とそれを支える要職となるには、色々と波瀾万丈もあったらしい。
俺たちとしてもなかなかに興味深い話を聞かせてもらった。
「ところで、君たちは他にも調査のためにどこかの夜会に忍び込むのかい?」
カップに口をつけ、ヴァルターが俺達に問いかける。
「忍び込むというと語弊があるかもしれませんが、エンデイミオン伯爵のお茶会に招待いただいています」
昨日の夜会でロレンツから誘われたとティアが言っていた。
初対面のときから俺たちの冒険譚を聞きたいとか言っていたし、単純に冒険者が好きなのだろうか。
人のよさそうな伯爵だったので、特に問題は起こらなさそうだが。
ただ王宮での晩餐会にいたダリオとかいう男は、やや俺たちを小ばかにした態度が目立ったので、ぶつからないことを祈ろう。
「エンディミオン伯爵か。彼の病院は王都では一番大きいからね。忙しいだろうに、お茶会とは珍しい」
「そういえば、彼はカスティロとも懇意だったな」
ヴァルターとゼクスが口々にそう言った。
やはりロレンツとも二人は顔見知りのようだ。
まあそうでなければ王様の側近などやってはいられないのだろうけど。
「そういえばシュルトさん、ドレスを借りっぱなしで申し訳ありませんと奥様にお伝えください」
ミユキが思い出したように、シュルトに向かって告げる。
俺たちが連日来ているドレスやらスーツやらは、シュルトの奥さんであるディアナの店から借りているものだ。
王都に滞在中は必要だろうからと、カフカ邸にそのまま何着ずつか運び込んでくれているのだ。
おかげで俺たちは綺麗な格好をさせてもらっているので、何かお礼でもしなければとみんなで話していたところだった。
「ディアナに伝えはしますが、気にする必要はありません。衣装代は経費で落ちますし、君たちにみすぼらしい格好で城をうろうろされる方が迷惑ですからね」
相変わらず辛辣だが、まあ気にするなと言っているのだからそうするとしよう。
俺たちは苦笑いしつつ、改めてディアナへの感謝を申し伝えた。
「カフカ伯爵も、お屋敷への滞在許可ありがとうございます。素晴らしいお屋敷ですね」
「祖父の代から続く屋敷だ、ところどころ古臭いだろうが、気に入ってもらえたなら何よりだ」
あとは奥様が急に婚約話をぶっこんでこなければ、なお最高だったんですけどね。
と俺が心の中で思っていると、ゼクスは急に俺の方を見た。
考えていたことがバレた気になって、ドキリと肩が跳ねる。
「そういえば、サリーはどうかね?」
え、ここでその話するの?
俺は一瞬サリーと目配せをした。
ミユキも微妙な表情になっている。
「パ……お父様急に何を!」
今パパと言いかけたのだろうか。
案外サリーはお父さん子なのかもしれない。
「? 何がだ。お前の仕事ぶりを確認するのは父としてではなく、どちらかと言えば上官としてだが」
「え? あ……ああ、そういうことでしたか……」
焦った。
まさかマティルダと夫婦揃ってグイグイ来るのかと思った。
ヴァルターも何かを察しているようで、クスリと笑っている。
「サリーさんには夜会に案内していただいたり、助かってます。まだ剣を奮っていただく機会はありませんが、無いに越したことはありませんしね」
ティアが代表してそう答えた。
それから、俺たちはしばらく談笑したのち帰路につくことになる。
一先ずゼクスに託した調査の結果次第というところだろう。
そして俺たちは、間もなく今回の魔獣の軍事行動に関する事件の関係者を知ることになるのだった。
―――
レオナは木に上り、ある貴族の屋敷の門が見える位置で待機していた。
理由は、アストラルがこの家に入っていったという目撃情報を得たからだ。
レオナがカスティロ邸で見つけた帳簿には、多くの物の動きが記載されており、その中の誰かがアストラルと取引を行っている可能性があった。
アストラルが積極的に動いているという前提のもと、各貴族の予定などの裏取りをして候補を絞り込んだ。
やがて幾人かの候補に対し、順番に周辺の衛兵や住民からの聞き込みの末、彼女がこの屋敷に入っていったという情報を得たのだった。
(こういうときアタシの美少女っぷりが役に立つんだよねー)
やはり情報収集は足で行うに限るとレオナは思った。
レオナは黙っていれば屈託のない笑顔と可愛らしい顔立ちで、誰もが警戒心を解いてしまうような容姿をしている。
過去に暗殺をしていたときもそうだ。
基本的には同様の手法で、相手をどこまでも追いかけて行ったのだ。
時にはターゲットの護衛と仲良くなって居場所の情報を得たことすらあった。
(さてと……お、来た来た)
レオナが門を見ていると、アストラルが乗った馬車が門の中から出てくるのを見つけた。
レオナは木を伝ってその後を追っていく。
馬車の中に見えるアストラルは、煙草を吸っているように、モクモクと白い煙で中が覆われていく。
自分の煙で煙くないのか?と思いつつ、レオナは後をつける。
(バァカ……♡ ねぐらまでバッチリだよ)
やがてアストラルはある高級宿の前で馬車を停めさせると、地面に降り立った。
ピンクの毛先の髪や、露出の多い服装は否が応でも目立ち、それによってレオナに後をつけられているのだから世話が無い。
荷物を受け取りに出てきたスタッフにトランクを突きつけ、ズカズカと中に入っていく。
煙草も咥えっぱなしのその態度なのだから、ホテルマンも大変だなとレオナは思った。
どうやらここが、アストラルが滞在しているホテルのようだ。
先日の晩餐会で、ベルダイン侯爵から紹介されたホテルのうちの一つだった。
「まさかあのオッサンも取引相手じゃあるまいな?」と思いつつ、レオナはホテルの入り口前に辿り着く。
「いらっしゃいませ。お嬢さん、お父さんかお母さんとはぐれちゃったかな?」
すぐにホテルマンらしき男が、レオナの元にやってくる。
レオナはトレードマークのツインテールを解き、”ちょっと良いところのお嬢様”を演じて満面の笑顔を浮かべた。
「ううん! 中にお父様とお母さまがいるの! お仕事がんばってね!」
どの部屋に泊まっているかは分からないが、少なくともこの中にはいる。
あとは宿泊記録でも何でも覗き見るか、ホテル内をしらみつぶしに探せばどうとでもなるだろう。
ついにアストラルの足取りを掴んだ。
レオナは一旦ティアに報告に戻ろうと、踵を返してカフカ邸に戻るのだった。
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