第167話 魔王と勇者と聖女の前奏曲<プレリュード> ②
俺たちはその後アリシアと別れた。
というか、共同墓地に置き去りにされた。
アリシアは今後もイオとやらの行方を追うと言って、従者のガスパールとヒューゴーを引き連れて夜の闇の中へと消えていく。
多くの情報を残してこそくれたが、良い感じに意味深な雰囲気を出してそのままフェードアウトしていったのである。
ティアの話では、無理やり連れてこられたようなのでちゃんと屋敷まで送って欲しいところだ。
とりあえず、アリシアの闇魔法で眠らされてしまった御者も放置するわけには行かないので、彼の代わりにミユキが御者台に座る。
俺は向かい合わせの席の一方に御者の男を寝かせ、ティアと隣同士に座って帰路につくことにした。
「レオナはどうしたの?」
俺はティアの精霊を追い、『神罰の雷』の高速移動も使いつつ超速で来たが、帰りは馬車で20分ほどはかかるだろう。
その間は情報整理の時間とする。
「アストラルの調査だって。カスティロのところで帳簿におかしいところを見つけたから、反王室派の派閥で有力そうなところをもう少し探ってくるってさ」
「仕事熱心で助かるわ。フガク……メハシェファーのことだけど」
ティアは一瞬目を伏せて、やがて真剣な声色で切り出した。
何を言わんとしているかは分かる。
俺たちのこれからの旅の目的地と、リスクの話だ。
「私たちはさっきメハシェファーに会った。たまたま夜会を訪れていてね……正直、危険な女だって思ったよ」
ティアがこれほどまでに言うとは珍しいことだ。
精神に干渉するスキルを持っていると言っていたので、確かにやみくもに近づくのはヤバそうな気がする。
「フガクくん……ティアちゃんはメハシェファーさんと会って、会話も交わしていない時点から少し様子がおかしくなりました。ティアちゃんだけではありません、会場全体がどこか夢見心地のような、そんな気配に包まれていました」
「ミユキさんは大丈夫だったの?」
「え? ええ……私は、何故か大丈夫でした」
そのあたりも謎だ。
勇者の何らかのスキルが影響しているのかもしれない。
「ティア、旅のリーダーは君だから、無理にとは言わない。でも、できればフレジェトンタでそのメハシェファーって人に会ってみたい」
俺は、正直な気持ちを告白した。
フェルヴァルムとの邂逅からそれなりの時間が経過している。
彼女がどれくらい待ってくれるのかは知らないが、俺は現状ミユキを救える確証はまだ持てない状態だ。
確かに以前よりは強くなっているとは思うが、フェルヴァルムに通用するかも分からない。
しかも、今回魔王の呪いという新しい仮説も現れている。
ある程度リスクを取りながらでも、ミユキを救う手がかりを少しでも得たいのだ。
そのためには、魔王の記憶を知る必要があると考えた。
メハシェファーに会うことでそれが知れるなら、危険でも会うべきだろう。
ただ、これはあくまでも俺の都合だ。
ティアの復讐とは少し逸れるので、判断は彼女に仰ぐ必要があった。
「……分かってる。私もフガクとミユキさんを失いたくない。メハシェファーに関しても、さっき会ったときは敵意のようなものを感じなかったし……」
「この世で最も勇者を恨んでると仰ってましたね。魔王のスキルを一部継承しているフガクくんなら、むしろ協力していただけるかもしれません」
それはどうだろうと思った。
勇者を憎む理由にもよるだろう。
たとえば、「魔王は本当は私が殺すはずだったのに勇者に先を越された!」みたいなパターンだ。
勇者を恨んでるからといって、必ずしも魔王の味方とは限らないのだから。
ここは考えても仕方ないが、警戒しつつ行くしかない。
「ありがとう、ティア。ミユキさんも」
「いえ、フガクくんも、私のためにありがとうございます……」
「実際私も、さっきのアリシアの話じゃ完全に無関係ってわけでもなさそうだしね。フレジェトンタはウィルブロードへの旅路の途中だし、寄ってみようか」
ティアも決心を固めたようにそう言ってくれた。
こうして俺たちは、今回のジェラルド王からの依頼を終えたら、フレジェトンタに向かうことが決まった。
魔王と勇者と聖女、三者はおそらく深い因縁で結ばれている。
アリシアも3人が手を組んで何を企んでるのかみたいなことを言っていたし、俺たちは400年前に起こった”何か”を、もっと知っておくべきなのかもしれない。
「そういえば……その、聞いてもいいのか分からないのですが……」
「イオのこと?」
言い淀むミユキに、ティアが先回りして問いかけた。
そう、俺も気になっている。
ガウディスともう一人のティアの復讐相手、イオ=アンテノーラだ。
こちらもミューズと密接に関わっていそうな言い草だった。
「……はい、伺っても大丈夫でしょうか」
「いいよ。と言っても、そんなに語れることが無いんだよね。イオは4年前、ウィルブロードの聖庁を仲間と共に襲撃。私の義姉ミクローシュ=アルヘイムを殺し、私の義母であるカリン=アルヘイムの死体を持ち去った女ということくらい」
ティアは幼い頃、人工の聖女を創る実験の成功作となる存在だ。
自分の身体を弄り、同じ施設で暮らしていた少女たちをミューズに変えたガウデイスを殺すことを一つ目の目的としている。
二つ目の目的は、義姉を殺し、義母の死体を持ち去ったイオを殺すこということのようだ。
「イオはフランシスカの研究所にはいなかったし、ガウディスと違ってミューズを創ったわけではない。ただ、聖女の力を何かに利用しようとしていることだけは分かる」
「どうして?」
ミューズと聖女はどちらも天使の力を持つものだが、似て非なるものだ。
簡単にいえば、聖女は成功作でミューズは失敗作といったところか。
ガウディスにとってはどちらも価値があるもののようだが、イオにとっては聖女だけが重要ということ。
「義母は……カリン様は本物の”聖女”だからよ」
「本物の……聖女?」
ミユキと俺の呟きが重なる。
俺は初めてのクエストで、ティアが聖女について教えてくれたときのことが頭をよぎった。
――私の力は聖女の紛い物。本物の足元にも及ばないわ。
まるで本物を知っているような言い方だなと思っていた。
つまり、比喩でも何でもなく、本当にティアの傍には”本物の聖女”がいたらしい。
「本物ということは、強い力をお持ちだったということですか?」
「多分ね。強力な精霊を呼び出したり、ヒーリングで大けがして死にかけた人を治したりしたところも見たことがある」
要はティアのスキルの完全上位互換ということだ。
「聖庁のトップを”巫女”と呼ぶのだけれど、ウィルブロード建国以来約1000年、巫女となったのは5人だけなの。巫女になるには”本物の聖女”である必要があり、聖女が現れず空位となる場合は、”巫女代理”が政治手続き上のトップとして据えられる」
「その巫女のうちの一人が、カリン=アルヘイムさん、つまりティアちゃんのお義母様だと……?」
「そう。そしてアウラ=アンテノーラも400年前の巫女だった」
何か、少しずつ話が繋がってきている気がした。
ただ、カリンがウィルブロードの巫女だから、イオによって死体を持ち去られた。
ここはまだ繋がっていない。
「ティアのお義母さんが聖女だと、どうしてイオって奴が襲ってくる理由になるの?」
「本物の聖女にしか扱えない権能がいくつかあるの。ガウディスが『災厄の三姉妹』を創っても再現できていないもの。聖女の最終奥義とも呼べるもの……」
ティアの言葉から、感情が消えた。
思い出しただけで、きっと腹の中が煮えくり返りそうになるのだろう。
それを隠すために、彼女は表情と心に仮面を被る。
貼り付けたような笑顔の仮面を。
「その奥義っていうのは?」
「―――『リザレクション』、つまり”死者の蘇生”よ」
なるほど、俺はようやく腑に落ちた。
癒しの力を持つ聖女。その中でもとりわけ強大で、自然の理に背くもの。
おおいなる神の慈悲を顕現するかのような大技。
それが”死者蘇生”だ。
「……分かりました、ティアちゃん。イオはお義母様の権能を利用しようとしているんですね。そして、それを実現可能にするのが」
ミユキもまた、俺と同じ答えに至っていた。
イオ=アンテノーラは、リザレクションを使って誰かを生き返らせようとしている。
それがティアの推測するイオの目的であり、カリンの死体を持ち去った理由だった。
「そう。私をこんな身体にしたガウディス以外にあり得ない。つまり、イオはガウディスと一緒にいる可能性が高いってこと」
ティアがここまでイオのことを話さなかったことも何となく理解できた。
ガウディスほど目的もその存在も明らかになっておらず、情報が少ないこともあるが、ガウディスを追ううちに自然と姿が見えてくるためだ。
「イオが生き返らせそうようとしているのは誰なの?」
「分からない。そもそも本当にリザレクションが目的なのかも。ただはっきりしてることは、イオは確実に私の義母を狙って聖庁を襲撃したってこと」
ティアの二人の復讐相手。
アンドレアル=ガウディスとイオ=アンテノーラ。
聖女の力に囚われた二人の人物が、俺達の旅路の最終目標であり、ティアが殺すべき復讐の相手だということが改めて理解できた。
そして、聖女には魔王と勇者もまた因縁がある。
かつてアリシアの仲間だったという聖女アウラ=アンテノーラ。
彼女は勇者の仲間であり、魔王との対話を行っていた。
その因縁が何かというのはまだ俺には分からないが、俺の中にある記憶を辿れば、きっと欠けたピースも埋まるのだろう。
このアリシアとの出会いは、俺とミユキだけでなく、ティアの運命もまた重ねていくものなのかもしれないと思った。
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