第147話 侯爵と伯爵②
カスティロ侯爵とひと悶着あった俺たち。
今はとりなしてくれたエンディミオン伯爵ことロレンツと、広間の端にいる。
あれだけ群がっていた貴族たちも、侯爵という格に気圧されたのか、あるいは助け舟を出した伯爵に配慮してなのか、誰も近寄ってこない。
とはいえ、無数の視線がこちらに注がれているのは肌で感じる。
さながら檻の中の珍しい猛獣扱いでもされている気分だ。
「しかし驚いたな。ノルドヴァルトの生徒失踪事件を解決し、強大な魔獣を倒したのが討ち果たしたのが、若い女性の冒険者パーティだったとは」
柔和な笑みで語るロレンツ。だが盛大な勘違いをしている。
そう、俺を女だと思っているのだ。
「あの、言いにくいんですが……」
「うん? なんだい?」
「僕、男です」
「えっ……!? あ、ああ! そ、そうなのか! これは失礼した!」
驚きのあまり、ロレンツが肩を揺らした。
まあ、この会場には帯剣したスーツ姿の女性護衛が何人もいるし、誤解しても無理はない。
ティアとミユキは笑いを堪えて肩を震わせている。
いっそ女装してごまかした方が楽なのかも……?
「けれど君のような可愛い子なら、私は歓迎だけどね。ああ、男性にこんな言い方は失礼だったかな。どうだい、この後一緒に踊るかい?」
ゾワゾワと背筋に悪寒が走る。
冗談で言っているのか分からないのが怖いところだ。
「あはは……遠慮しときます」
「冗談だよ。それより、君がSランク冒険者のクリシュマルドさんか」
「あ、はい!」
突如話題を振られたミユキは、レオナが持ってきた皿からサンドイッチをつまんでいた手を止めて慌てて背筋を伸ばす。
「はは、食べながらで結構。実は私も昔冒険者の真似事をしていたことがあってね。よければ後日、ぜひ我が屋敷でお茶会をどうだろう。君たちの冒険譚を、直に伺いたい」
「えーっと……」
ミユキがチラリと視線をティアに送る。
俺たちを助けたのも懐柔するためだったのか?と一瞬疑うが、ティアは少し考える仕草を見せた。
「おじさん、アタシらにそれ言うために助けたの?」
ティアも少し言いにくそうだったので、レオナが代わりに言った。
こういうとき子供のフリするのが、こいつのずる賢いところだなと感心する。
「レオナ、おじさんはやめなさい」
たしなめるティア。だがロレンツは笑って肩をすくめる。
「いやいや、君から見れば十分おじさんだろう。確かに、このタイミングで言うことではなかったね。ただ誤解しないでほしい、これは純粋な興味だ。お嬢さんたちの華麗なる冒険の軌跡を、ぜひ直に聞かせてもらいたいというね」
どこまでも穏やかで紳士的な人物だ。
よく見ると、周囲のご婦人方が俺たちに嫉妬と羨望の混じった視線を向けてきていることに気づく。
おーい、俺は男ですよー。
「伯爵、コルベット男爵がお見えです」
声をかけてきたのは長い金髪を緩く巻いた大柄な男。
若草色のスーツに黒マント、いかにも騎士然とした立ち姿だ。
彼も先ほどのライアンに負けず、大柄な体格をしていて、一目で護衛だと分かった。
「そうか、今行こう」
「伯爵、こいつらは?」
横柄な自信家といった態度で、男は俺たちをねめつける。
端正な顔立ちは、こちらを小ばかにするように歪められていた。
「口を慎めダリオ。彼女らがクリシュマルド一行だよ」
「これは失敬。しかしお嬢さん方、こちらにおわす伯爵はエンディミオン総合病院の院長であり、社交界で数多の高貴なご婦人を虜にしている御方だ。その借り物みたいなみすぼらしいドレスで尻を振っても、相手にされまいよ」
ニヤニヤと嘲笑するダリオという男。
またこの手合いかと、ティアがため息をついている。
が、即座に俺はブチ切れた。
「は? お前の目は節穴か? どう見たってめちゃくちゃ可愛いだろうが」
「フガク……どこに怒ってるのよ」
「フガクくん、いいですよそこまで」
「フガクー、”めちゃくちゃ可愛い”にアタシも入ってんのー?」
「当たりまえだろ!」
「へ、へえ……」
ここで『神罰の雷』をぶっ放しても構わないと思えるくらいに頭に血が上っている。
俺がみすぼらしいのは事実としても、ミユキもティアも、まあついでにレオナも、そこらにいる貴族の女性たちと比べたって全然恥ずかしくないくらい綺麗だ。
俺が何を言われるのは構わないが、仲間を貶されることだけは絶対に許せなかった
彼女らを馬鹿にするなら、俺は全力でこいつに制裁を与えなければならない。
「勇ましいお嬢さんだな。護衛として頑張ってらっしゃる。が、こんなところで剣を抜くのはやめたまえ。暴力はよくないぞ?」
「関係あるかよ」
「おーこわ、チワワが吼えても可愛いだけだぞ?」
そう言って、ダリオが腹の立つ笑顔のまま両手を上げる。
完全におちょくってやがる。
しかし、ロレンツがダリオの前に手をかざす。
「やめろダリオ。私の顔に泥を塗る気か?」
ロレンツの目が鋭く細められる。
柔和だった表情が一転、殺気じみた気配を感じさせた。
ダリオは彼の目をジッと見据え、やがてフッと笑った。
「……申し訳ないねお嬢さん方。まあ、人には格というものがある、同じレベルの人間同士で番を探しなさい」
「ダリオ! もういい行くぞ。すまない君たち、先ほどの件考えておいてくれ」
ロレンツはダリオの背中を押し立てるように去って行った。
「あいつはいつかボコる」
その背中を見送りながら呟く俺に、3人はクスクスと笑い声をあげた。
「なに?」
笑われるようなことをしただろうかと、俺も若干苛立ちを露わにしてティアに問いかける。
「ふふふ……ごめんね、フガクが変な理由で怒ってるからつい」
「フガクがアタシのことそんなに可愛いなんて思ってるって知らなかったよ。いいよ、この格好でデートしてあげても」
「フガクくん、私たちのために怒ってくださったんですね、ありがとうございます」
3人ともそう言って俺に笑いかける。
俺の怒りは未だ治まっていないが、むしろ3人はかなり楽しそうにしているので良しとするかという気分にはなってきた。
にしても、貴族社会にも色んな奴がいるんだなと、俺はため息をつく。
さっさとこんな場とはおさらばして、また4人での旅に戻りたいと思いが増してきた。
その後は再び来賓たちとの歓談が続く。
学院に子を通わせているという家から感謝を受けたり、ティアが「冒険者に必要な支援はお風呂です!」と熱弁してマダムを苦笑させたり。場の空気は幾分柔らいでいた。
俺も現在、一人の老紳士と話しているところだ。
「ほう、では君はあのアルカンフェル=ガレオンのお弟子さんなんじゃね」
「弟子というか……でも学院ではお世話になりました」
「あの兄弟は悪かったからのー。立派になったもんじゃ」
昔のアルカンフェルを知る老紳士から思い出話を聞きつつ、周囲に目を配ることも忘れない。
ミユキとレオナも、貴族の女性から声をかけられて何やら談笑しているようで、特に問題は無さそうだ。
そんなとき。
「貴様ァッ! よくもこの場に顔を出せたな! 恥を知れぇ!」
再びカスティロ侯爵の雷鳴のような怒声が広間を揺るがした。
今度は何だあのおっさんと思いつつ、そちらを見る。
そこでは、一人の青年貴族がカスティロに叱られているところだった。
彼が睨みつけているのは、背の高い痩せぎすの青年貴族。
藤色のスーツにウェーブがかった栗色の髪。
困ったような笑みを浮かべながらも、その目は妙に鋭く、周囲を探る鷹のようだった。
他の貴族らからも一瞬ざわめきが起こった。
「あらやだ……レイヴンスカヤ辺境伯じゃない……」
ティアと話していたマダムが、苦い顔をした。
カスティロの方ではなく、あの痩せた貴族の方にだ。
「あの方は?」
ティアが尋ねると、マダムは顔を少し寄せて声をひそめる。
「アレクシス=レイヴンスカヤ辺境伯。公爵令嬢エリエゼル様の婚約を破棄した方よ」
ヒソヒソ話は俺の耳にも届いた。
まったく噂話がお好きなことだと、俺は呆れつつアレクシス辺境伯に視線を移す。
彼はカスティロをなだめつつも、会場内に目を走らせているようで、俺とバッチリ目が合ってしまう。
慌てて視線を逸らし、俺は胸の奥に生まれる不穏なざわめきを必死に押し込めた。
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