第146話 侯爵と伯爵①
「貴様ら、調子に乗るなよ」
突如貴族の男性から怒られた俺たち。
険しい眼差しで俺たちを射抜くと、吐き捨てるように言った。
辺りも騒然となる。
俺たちは互いの顔を見合わせて戸惑っていると、その男性はツカツカと俺の前まで歩み寄ってきた。
「冒険者風情が、我らが王に取り入ろうという魂胆が見え見えだ! フン、ノルドヴァルトの事件などヴァルター殿に任せておけば自然と解決したろうに、大方手柄を横取りしたか、譲り受けたというところではないのか?」
憶測でよくそこまでまくしたてられるなと感心しつつ、俺はどう場を乗り切ろうかと思案する。
眼鏡の奥の瞳は怒りに燃え、額には青筋が浮かんでいる。
理由は知らないが、激高している彼をなだめるのは、そう簡単ではなさそうだ。
「ええと……あなたは?」
というか、何故俺のところに来たのだろう。
本来なら一応リーダー扱いのミユキに行くのが筋だと思うが、あんな怒りの塊をミユキの前に立たせるのも御免だ。
「フン、儂を知らんとは。所詮下賤な冒険者よ」
「何分冒険者なうえこの国に来て日が浅いもので、申し訳ありません。後学のためにも、ぜひご教示いただきたいのですが……」
かなりへり下って、“あんた誰?”を丁寧に聞く。
ティアたちも、少し距離を取って様子をうかがっている。
「このカスティロ侯爵に名乗らせるとは、無礼な奴よ。おいライアン! ライアン来い!」
声を張り上げると、数歩後ろに控えていた褐色肌の大男が前に出た。
坊主頭に鋼のような筋肉、アルカンフェルに劣らぬ迫力。
だがその眼にはわずかな戸惑いが浮かんでいた。
「は、ここに……」
「こやつらをここから摘まみ出せ。陛下の寛大さに付け入り、食い物にせんとするハイエナ共だ」
「……しかし、彼らは陛下が招いた賓客だと……」
「フン、どうせ上手いこと言って潜りこんだに決まっておるわ」
侯爵といえば、貴族の位で言えば公爵の次に当たる。
格上の相手だからなのか、周囲の貴族たちも遠巻きに見ているばかりで助け舟を出してはくれなかった。
ライアンという男は、主人の命とあっては致し方なしと、俺の目の前まで歩いてきて見下ろす。
大人と子供くらいの身長差があるが、さてどうするか。
相手も乱暴な人物というわけでもなさそうだし、荒事にはならなそうな気がするが。
「申し訳ない、我が主は冒険者が嫌いでな……。少し外に出てもらえるだろうか」
おずおずとライアンという男がそう告げる。
「いや、僕らはジェラルド陛下に招待されてここにいます。あなた方が誰であろうと、ここを出る必要は無いですよね」
とりあえず正論をぶつけてみる。
またジェラルドが颯爽と現れて追い払ってくれないかなと思っていたが、既に奥へと引っ込んでしまっており、フロア内にはいないようだった。
「何ぃっ!? 貴様いけしゃあしゃあとよくも! 王の名を軽々と口に出すな若造が! ライアン!」
「……すまない」
ライアンという男が、俺の腕を掴もうと手を伸ばす。
彼も苦労していそうだなと半ば同情的になった俺は、とりあえず一旦出てもいいかと思っていた。
そのときだった。
「まあまあ、折角の楽しい夜会ではありませんか、カスティロ侯爵」
涼やかな風のような、優しい声色が辺りに響いた。
会場内のピリリとした空気を撫でるように、一人の青年が俺たちの傍に立つ。
会場内にいる幾人かのご婦人方からは、「きゃっ」という黄色い声が上がるのが聞こえてきた。
「む……貴殿は」
「ご無沙汰しております、カスティロ侯爵。ロレンツでございます」
丁寧に整えられた艶やかな黒髪、灰色のスーツをさらりと着こなす姿。
その華やかな王子様のような出で立ちは、周囲のご婦人たちだけでなく男性貴族の一部も微妙に肩を引く。
嫉妬と敬意が入り混じった視線が、ロレンツと名乗った男に集まっていた。
年齢は30代後半といったところか。表情はやや気弱そうだが、柔和な笑みが浮かんでいる。
ロレンツは激高するカスティロ侯爵を宥めるようにゆったりと流れるような口調で声をかける。
「王の忠臣たる侯爵の懸念は私ももっともだと考えます。しかし、我らが王はその慧眼と智謀で大陸に名を轟かせる賢王。そんな王が、冒険者如きの甘言に惑わされるでしょうか」
「エンディミオン伯爵、貴殿は何が言いたいのだ? こやつらを庇いだてするとでも?」
ギロリと、ロレンツを睨みつけるカスティロ。
両手を顔の前に出し、ロレンツは変わらず柔和な表情を崩さない。
「滅相も無い。ただ、王が招いた賓客を無碍にするのも得策ではないと申し上げているのです。彼らも少しばかり夜会を楽しめば、満足して次なる冒険へと旅立つことでしょう。ここは侯爵の寛大なお心で参加を認めて差し上げてはいかがでしょう」
周囲の空気が少し変わったことに気づく。
侯爵よりも立場は下なのだろうが、周囲の貴族たちの視線は明らかにロレンツを支持するものだった。
分の悪さを感じたのか、カスティロは押し黙る。
「……フン、ではせいぜい貴殿が見張っていることだな伯爵。陛下の身に何かあれば貴殿とて許さんぞ」
「肝に銘じておきます。さあ君達、こちらへ。少し端へ行こう」
最後には鼻息荒く、踵を返してカスティロ侯爵は去って行った。
にこやかに頭を下げたロレンツは、俺の背中に手を添え、他の面々にも目配せをしながらフロアの端の方へと誘導していく。
「やれやれ、災難だったね」
フロアの端に移動し、ロレンツは先ほどまでとは打って変わって、少年のような顔で苦笑した。
彼は手近の給仕から水の入ったコップを受け取り、俺に手渡す。
「君、とりあえずこれを飲んで落ち着こう。気にしなくていいよ、よくあることさ」
「フガクくん、大丈夫ですか?」
「ああうん。全然平気だよ」
これまで散々敵から悪意と殺意を向けられてきた俺からすれば別に何てことはなかったが、その気遣いはありがたく受け取っておく。
「あのカスティロ侯爵というのは?」
俺の代わりに、ティアが尋ねる。
「彼はロングフェロー国内で大規模な倉庫業を営む、カスティロ商会の会長、ヒューバート=カスティロ侯爵だよ。ジェラルド王の有力な支援者でもあってね、少しでも素性が分からない相手が王に近づくとああやって怒鳴りつけるのさ」
何て迷惑な男だと思ったが、一応王を想っての行動なのだろうか。
まあ怒鳴りつけられた方はたまったもんではないが。
俺は水を飲みながら、ロレンツをまじまじと見る。
シュッとした貴族の御曹司といった感じだ。
物腰がスマートで、さぞ女性にモテるに違いない。
「ん? どうかしたかい?」
「あ、い、いえ。ありがとうございます助けていただいて」
俺は慌てて取り繕う。
彼のおかげであの場をくぐり抜けられたのだ。
感謝の言葉は伝えておこう。
「どういたしまして。まあ彼も王を心配するあまりの言動だ、ここは私に免じて悪く思わないでほしい」
よく出来た人だなと思いながら、俺は頷く。
「危なかったねフガク。アタシもう少しでナイフ投げるところだったよ」
レオナ、お前はもう少し出来た人になってくれ。
「ただカスティロ侯爵には……」
すると、ロレンツの顔が一瞬曇る。
イケメンは曇ってもイケメンだなと思いながらも、俺は首を傾げた。
「どうかしました?」
「ああいや、君達に話すようなことでもないんだが。最近は彼も黒い噂が絶えなくてね……あまり関わらない方が良いよ」
これは内緒だけどね、とロレンツは俺たちに小さな声で告げた。
こういう噂話みたいなのが、貴族のパーティなんかではそこら中で出回ってるんだろうなと、俺は苦笑いして首肯した。
「えっと……エンディミオン伯爵でしたか。パーティを代表して改めて感謝申し上げます」
ミユキは、一応一行の代表者ということになっているので、ペコリと頭を下げてお礼を伝えた。
俺たちもそれに倣い、頭を下げる。
貴族の夜会では、とにかく礼に始まり礼に終わるとここに来る前にティアから言われていた。
ロクに晩餐にもありつけていないので、そろそろ腹が鳴るのを我慢できなくなりそうだ。
「申し遅れてすまない、美しい冒険者のお嬢さん方。私はロレンツ=エンディミオン。伯爵位を賜っている。ロレンツと呼んでもらって構わないよ」
片手を胸の前に当て、ロレンツは優雅にお辞儀をした。
絵になる男だなと思いつつ、「これ俺も女と間違えられてるな」とようやく気づいたのだった。
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