第145話 策謀の晩餐会③
俺たちは今、煌びやかな宴席の中央で、二十名以上の来賓客たちに取り囲まれ、質問と勧誘の嵐に晒されていた。
頭上のシャンデリアが眩しく輝き、香水の匂いが鼻を刺す。
笑顔の貴族たちの言葉は、もはや矢のように飛び交ってくる。
「君、どうかね我が家専属の冒険者になるというのは。もちろん支援は惜しまないとも」
「ありがとうございます。ただ僕はティア、あ、いやクリシュマルドのパーティなので」
「では4人とも抱えようじゃないか」
「待て待て、うちは伯爵家だ。我が家に来た方が好待遇を約束するぞ」
「それより、我が娘と見合いはどうかね? 君も身を固めたい年ごろだろう」
「貴方可愛い顏しているわね、うちの騎士にならなくって?」
まるで前世で見た囲み取材の記者会見だ。
四方八方から伸びる言葉と視線に押し潰されそうで、背中に汗がにじむ。
俺たち四人はそれぞれ数人ずつに包囲され、逃げ場はない。
生まれて初めての状況に、心臓が忙しなく脈打っていた。
ふと隣に目をやれば、ティアも同じく人垣の中だ。
「麗しいお嬢さん、我が息子の嫁に来ないか」
「いえ、ありがたい申し出ですが、旅を続けたいので」
「すぐにとは言わないとも。どうだろう、一度我が家に招待したいのだが」
「いや、それより君たちの旅を支援しようじゃないか」
「私は既にウィルブロードの王家より支援を受けておりますので」
「なんと! では一度ご挨拶をさせていただけないだろうか」
ティアはうまいことかわしているが、何せ人数が多く捌ききれていないようだ。
とは常に淑女の微笑を口元に称えており、経験を感じさせる対応だった。
数の暴力を前にしても表情を崩さないあたり、さすがの場慣れだ。
続いてレオナの方を見ると――
「こんなに若いのに立派だこと。ノルドヴァルトにうちの娘も通っているのだけど、家庭教師をやっていただけないかしら」
「いやーアタシ天才なんでー、真似できないと思いますよー……ムグムグ」
「うちの息子と一度会ってみないかね?」
「アタシそこのフガクの女なんでー、浮気はできないんですー……ムグムグ」
手に持った肉の串を頬張りながら、口いっぱいのまま適当なことを言って煙に巻いている。
おい、面倒だからって毎回俺の女ってことにして乗り切るのはやめろ。
とりあえずレオナは放っておいても大丈夫そうだ。
そして一番心配なミユキは……
「実に美しいお嬢さん。どうかな、今度食事でも。私は王都にいくつもレストランを持っているんだが」
「い、いえ結構です……」
「恋人でもいらっしゃるのか?」
「いえ……そういった相手は……」
「待て待て、失礼じゃないか。クリシュマルド殿、貴殿の武勇は聞き及んでいる。どうだろう、我が家の武芸指南役として雇いたいのだが」
「私にそう言ったことは向いていないと思いますので……」
視線が泳ぎ、声が上ずっていた。
グラスの中のジュースが揺れており、指に入る力も強くなっているのか、その怪力スキルで今にも砕け散りそうだ。
さすがに助けに入るかと、俺は「ちょっと失礼」と言いつつ、ミユキの方へと歩み寄っていく。
すると。
「楽しんでいるようだな」
その低く響く声とともに、周囲の笑顔がぴたりと固まる。
「へ、陛下!!?」
俺達の元へ、ジェラルドがシャンパングラス片手に姿を現した。
突如現れた王に、周囲の貴族たちも一斉に居住まいを正して頭を垂れる。
囲み取材があっと言う間に解き放たれ、皆一様に俺たちを差し出すかのように背後へと歩み去っていった。
「おかげさまで。楽しい時間を過ごしております、陛下」
ティアは完璧なレディの笑顔で、ハッキリと皮肉を飛ばした。
誰のせいでこうなっていると思っているのだと、言外に仄めかしている。
もしかして結構キレてる?
「ふ、まあ許せ。事実其方らはノルドヴァルトを救った英雄だ。皆其方らに興味を持っているし、感謝もしておるのだからな」
先ほどまで俺たちを囲んでいた野次馬もとい貴族たちも、蜘蛛の子を散らすようにどこかに行ってしまった。
王との歓談を邪魔はするまいと、忖度が働いているのだろう。
「理解しております。少し驚いてしまっただけです」
「ときにアルヘイム嬢、其方はウィルブロードを後ろ盾としていると先ほど申していたな」
本当に耳聡い王様だと思った。
先ほどティアが一言、他の貴族と交わしていた会話内容を覚えているのだから。
「はい陛下。シグフリード第一王子殿下にご支援いただいております」
「アルヘイムと聞いてまさかと思ったが、なるほど、其方は王族なのか?」
ティアの後ろ盾であるシグフリード王子。
俺たちも会ったことはないが、ティアが「シグ」と呼ぶくらいだ。
幼馴染のようなものだと聞いている。
ジェラルド王も王族の繋がりで、ウィルブロード王家のことは知っているのだろうか。
「いえ、私はカリン=アルヘイムの養女です。以前は聖庁にて護衛騎士をしておりました」
「……そうか、アリギエリの巫女の」
カリン=アルヘイム。
俺にとっては初めて聞く名前だ。
ミクローシュという義姉がいることは知っていたが、ティアがウィルブロードに渡ってからの保護者ということだろう。
そういえば、そもそもティアがフランシスカ研究所からウィルブロードに渡ってからの話はあまり聞いたことがなかった。
しかし、その名前を出した瞬間、ティアの表情はわずかに曇った。
口元には笑みが張り付いてこそいるが、明らかにその話をしたくないという雰囲気だ。
「……まあゆるりと楽しむがいい。この夜会に他意は無い。其方らへのせめてもの労いと受け取ってもらえれば幸いだ」
「お心遣い感謝します」
さすがは細かいことを見逃さないジェラルド王といった具合に、ティアの気配を敏感に察してそれ以上は踏みこまなかった。
俺としても気になるところではある。
ただ、ティアがこれまで俺達に話さなかったということは、話したくないか、今は話す必要が無いと思っているということだろう。
俺も彼女から話の続きが聞けるまで、そのことは忘れようと思った。
「クリシュマルド嬢、事件のことはさておき、ノルドヴァルトにおける白兵の授業の様子について聞かせてもらいたい。ヴァルター、こちらへ」
「はっ」
「わ、私ですか。お役に立てるか……」
そう言って、ジェラルドがヴァルターを呼び、ミユキと3人で話を始めた。
耳をそばだてていると、もう一人の護衛であるサリー=カフカが俺の元へ近づいてくる。
「や、フガク君。決勝戦以来ね」
会話などほとんどかわしていないが、その見た目からクールなイメージがあった。
しかし、案外気さくに話しかけてくる。
パンツスタイルのスタイリッシュな騎士服が、彼女の長い黒髪によく似合っていた。
「まさかこんなところで会うなんて、君はどうして陛下と? 学院は?」
「私は親衛隊の見習いだから。警備の研修みたいなものね。学院はしばらく休校だから、隊に戻されたの」
経験として、ヴァルターに随伴しているといったところだろうか。
親衛隊としての仕事を学ぶ機会になっているのかもしれない。
「……私、君と戦って自分の弱さを思い知らされたわ。ヴァルター先生の剣帝流に土を付けてしまった」
サリーは複雑な表情で俺を見ていた。
そういえば、決勝戦では「ヴァルターの強さを私が証明する」みたいなことを言っていた気がする。
彼女はヴァルターの弟子だそうだし、憧れの先生の流派が最強だと周囲に知らしめたかったのだろう。
「えっと……ごめん?」
「ふふ、何で謝るの。ごめんごめん、私が変なことを言った所為ね。君の方が強かった、それだけでしょ」
俺は騎士学校の剣闘大会決勝で、アルカンフェルと共に完成させた『神罰の迅雷
』の試作品のような技で、サリーを一撃で完封した。
そのことが、サリーの中では大きな敗北となって心に残っているらしい。
「……ねえ、いつまで王都にいるの?」
「今のところ分からないけど、そう長くはいないと思うよ?」
え、早いとこ出てけって言われてる?と一瞬思ったが、どうやらそうではないらしい。
サリーは、宙に視線を彷徨わせた。
「そう。じゃあ……また手合わせしてくれる? あんなに完膚なきまでにやられっぱなしじゃ、さすがに気が収まらないし」
「うん、僕でよければ」
なるほど、そういうことだったか。
俺の返答にサリーは薄く微笑んだ。
「サリー、行くよ」
やがて、ジェラルドやミユキの会話が終わったらしく、ヴァルターがサリーに声をかける。
「はい先生! じゃあまたね、フガク君」
「うん、また」
小さく手を振って、サリーはパタパタとヴァルターの元へ駆けて行った。
その背中を見送る俺の隣に、ミユキが立つ。
「何のお話をしてたんですか?」
「えっ!? い、いやまた手合わせしてほしいって言われて……」
何となく気まずくなる俺。
別に何も気まずい要素なんか無いのだが、何となく見られてはいけないところを見られたような気がしたのだ。
「そうですか、フガクくんに負けたのが悔しかったのかもしれませんね」
ミユキは微笑み、何でもなさそうにそう言った。
「修羅場かしら」
「修羅場でしょ」
ティアとレオナから聞こえてくる妄言は無視しておいた。
王が去ったことで、俺達を遠巻きに見ていた来賓客たちの人垣が、またこちらへにじり寄ってくる気配を感じる。
すると、すぐさま一人の人影が俺達の前に立った。
五十代後半から六十代ほど、眼鏡の奥の鋭い眼光に、口ひげを湛えた壮年の男。
大柄な体を包むブラウンの三つ揃えは、仕立ての良さだけでなく、地位の高さを雄弁に物語っている。
立ち止まった彼は、無言のまま俺たちを順に値踏みするように見渡した。
視線が一人ひとりの顔を見据えるたび、空気がひやりと冷たくなる。
そして、わずかに口元を歪め――
「貴様ら、調子に乗るなよ」
低く湿った声が、まるで足元から這い上がってくるように響いた。
男はそれだけでは終わらず、さらに一歩近づき、鋭い光を宿した瞳で俺たちを射抜く。
俺たちは驚き、ああ、こういうパターンもあるのかと、この晩餐会の面倒くささを骨身に染みて知ることになった。
<TIPS>
お読みいただき、ありがとうございます。
モチベーションにもつながりますので、もしよろしければぜひ評価や感想などいただけると幸いです。
評価は下の「★★★★★」から行えますので、よろしくお願いたします。




