第144話 策謀の晩餐会②
時刻は間もなく18時。
俺たちは係の案内により貴賓室から城の3階にあるダンスホールへ移動し、晩餐会へと赴く。
今回は立食形式のパーティのようで、比較的カジュアルな夜会のようだ。
「うわっすごいね」
「なんだこりゃ……」
俺とレオナはほぼ同時に感嘆の声をあげた。
立食なので格調高くないかと言うと、まったくそんなことはなかった。
煌びやかなシャンデリアが何十もの灯りを降らせ、磨き抜かれた大理石の床を金色に染め上げている。
天井近くには絹のカーテンが波のように垂れ、壁際には色鮮やかな生花の装飾。
奥には楽団が陣取り、弦楽器の音色が波紋のようにホール全体へと広がっていた。
これが、ロングフェロー王国社交界の中心──王城での豪奢な晩餐会。
既に多くの貴族や来賓が集まっており、華やかな恰好に身を包んで談笑しているのが見て取れる。
壁面に並べられた数々の料理は、食欲をそそる香りを放っていた。
給仕のスタッフたちは、ドリンクの入ったグラスが乗った盆を片手にゆったりとした足取りで場内を歩いている。
「目が回りそうですね……」
「とりあえず何か食べよー」
俺たちはできるだけ衆目を浴びないよう、そっと壁沿いを歩いて部屋の中まで進んでいく。
約一名の美少女天才アサシンだけは、早々に皿を手に取ってローストビーフやらサンドイッチやらを確保し始めていた。
レオナの図太さが少し羨ましいと思いつつ、俺は室内の様子に視線を巡らせる。
「ドリンクはいかがですか? シャンパン、ワイン、お子様にはジュースもご用意しております」
にこやかに、蝶ネクタイを締めた男性の給仕が手ぶらな俺たちを見つけ、ドリンクを勧めてくる。
「ありがとうございます。どうするティア? お酒飲む?」
「ちょっとくらいいいんじゃない? 何も持ってないのも不自然だし」
「私はジュースにしておきますね」
俺とティアはシャンパンを、ミユキはオレンジジュースをそれぞれ受けとった。
「アタシもアタシもー」
そう言ってシャンパングラスに手を伸ばそうとしたお子様に、俺はさっとジュースの入ったコップを取って手渡す。
「お前はこっち」
「ちっ」
すごすごと受け取り、レオナは手近の立食用の小さな丸テーブルの上に皿とコップを置いた。
俺達も一旦そのテーブルを拠点とする。
だだっ広いダンスホール内には、100名は下らないだろう人々がいた。
年齢層も男女もバラバラだが、俺たちはこの中でもかなり若い方だ。
さすがに王宮の晩餐会に呼ばれるレベルの人物となると、それなりに格の高い貴族なのだろう。
落ち着いた雰囲気の大人たちが、上品な仕草で挨拶を交わしている。
「やあフガク君。君はどこに居ても分かりやすくて実に素晴らしいね」
ここからどうするかと思っていると、先ほど会ったベルダイン侯爵が、タプタプと恰幅の良いお腹を揺らしながら近づいてきた。
俺の目立つ頭を見ながら上機嫌そうに声をかけてくれた。
ユリウスのような人の好さが見え隠れしている。
「どうも。あ、こちら同じパーティメンバーのティアとレオナです。ユリウスくんとも同級生でした。二人とも、こちらは先ほど話したベルダイン侯爵だ。ユリウスくんのお父さんの」
とりあえず俺は侯爵にティアとレオナも紹介しておく。
二人は既に俺からベルダイン侯爵のことは聞かされていたので、にこやかに挨拶をした。
「初めまして、ティア=アルヘイムです」
「ちわー、レオナでーす」
侯爵は二人それぞれと握手を交わした。
「やあ、お嬢さん方。愚息が世話になったようで、すまないね」
「いえ、先日もご子息には助けられました。私たちも感謝しています」
ティアの楚々としたお嬢さんムーブは、相変わらず見事なものだと感心する。
おそらくこういった場の場数が違うのだろうなと思った。
「フガク君、先ほど言い忘れていたんだが、今度うちのレストランかホテルで食事でもどうかね? もちろんお嬢さん方と一緒に。息子が世話になった礼をさせてもらいたくてね」
俺はユリウスから、父が王都で経営する店に行くといいと言っていたことを思い出す。
自分の名前を出せばサービスしてもらえるからと。
機会があれば顔を出してみてもいいかと思っていたが、向こうから言ってくれるのは正直ありがたい。
何せ高い店だと聞かされていたので、多少クエストの報酬で懐が潤っているとはいえ、庶民の俺達が行っていいものか少し迷っていたのだ。
「いいんですか? うわ、ぜひ行ってみたいです」
ここは素直に喜んでおく。
悪い人じゃなさそうだし、ユリウスとの約束も果たせる。
他のみんなも特に問題なさそうな素振りだった。
「よろしい。おい、アレを」
「はい、旦那様」
後ろに控えていたお付きのメイドさんが、俺達に1冊のパンフレットのような紙を差し出した。
そこには、複数のホテルやレストランの情報が載せられている。
「好きな店を選ぶといい。このクローネンブルクでも有数の店ばかりだ、味は保証するとも」
自信満々と言った具合にそう言ってくれる。
「私たちまで、ありがとうございます」
「素晴らしいお店ばかりで、どれにするか迷ってしまいますね」
ミユキとティアも、黄色い声を咲かせている。
若くて綺麗な女子二人の喜ぶ様に、機嫌を良くしたのか侯爵は高笑いを挙げた。
「何、君たちのような美しく著名な冒険者が訪れるとなれば、うちの店にも箔が付くというものだよ。遠慮せずに選びなさい。何なら2、3店舗行っとくかね?」
ワッハッハッハ!と豪快に笑うベルダイン侯爵。
気前の良さと人の好さはまさにユリウスの親父といった感じだ。
と、その時会場内を波のようにどよめきが駆け抜けていくのが聞こえた。
「おっと、陛下のお成りだ。では考えておいてくれたまえ、連絡は直接店にしてくれればいい。では失礼」
そう言うと、足早にベルダイン侯爵は声がした方へと歩いていく。
そちらを見れば、ダンスホールの壁際上部にせり出た通路に、ジェラルド王が立っていた。
後ろにはヴァルターの姿があり、彼が静粛を促すまでもなく先ほどまで喧騒の中にあったダンスホールは瞬く間に静けさに満ちていく。
「――尊き友、ロングフェローの盟友たちよ。今宵、我がクローネンブルクの都に集いしこと、王として、また一人の同胞として深く感謝の意を表す」
ジェラルド王の声は、深く低く、ホールの隅々まで響き渡るような重厚さがあった。
鋭い眼光と柔和な表情、聞き入る者を包み込むような声は、まさにカリスマといった感じだ。
王の厳かな挨拶は続いていく。
しかし俺には王の背後に控える影。ヴァルターの隣にいる人影に視線が吸い寄せられた。
「ねえミユキさん、あれサリーじゃない?」
サラリと流れる長い黒髪。
漆黒の騎士服に身を包んだ女性は、学院にいたサリー=カフカだった。
制服姿じゃないので一瞬分からなかったが、王の後ろにいるということは、王の護衛として参加しているということだ。
ただの学生だと思っていたが、実は正規の軍人だったのかもしれない。
「え? あ、本当ですね」
「誰だっけ?」
「フガクが剣闘大会の決勝で戦った相手よ」
俺たちがヒソヒソ声で話していると、彼女と視線が合う。
サリーは俺の姿を見つけると、ほんのわずかに微笑を浮かべた。
少し釣り目気味の端正な顔立ちに、俺はドキリとなる。
「フガクの女子を見つける目は一級品ね」
「女ばっか追いかけてるからだよ」
「フガクくん……」
とんだ濡れ衣だが、女性陣からは冷たい視線が飛んできた。
ちょっと目が合っただけで酷い言われようだと思いつつ、一先ず俺は王の話に耳を戻す。
すると、ジェラルドもまた俺達に視線を向けていた。
迫力あるイケオジの目線に、俺は別の意味でドキリとなる。
「さて、今宵はただの饗宴ではないのは知っての通り。諸君もすでに耳にしているだろう、ノルドヴァルトにおける一連の騒乱を終息へと導いた者たちが、この場にいる」
王の挨拶の矛先が、ちょうど俺達の方を向いたようだ。
会場の視線が、チラホラと俺達へと向けられていくのを感じる。
「勇敢なる剣を掲げ、知恵を尽くし、我らの未来の礎とも呼べる学院を護った勇ましき冒険者達――クリシュマルド一行である。
会場の視線のほぼ全てが、俺達へと注目する。
これはかなり恥ずかしい。
俺は顔が熱くなるのを感じつつ、愛想笑いを浮かべてどうもどうもと周囲に頭を下げた。
ティアとミユキもややたじろいだが、ふと隣を見るとお構いなしに飯を貪っているレオナを見て「お前すごいな」と小声で言っておいた。
「彼らの武勇と献身に、我らの敬意を注ごう。友よ、杯を掲げよ――英雄たちに!」
そして王の号令と共に、頭上へとグラスが掲げられる。
ジェラルドは挨拶を終え、割れんばかりの拍手の中黒い豪奢なマントを翻し、通路の奥へと引っ込んでいく。
そのまま降りてくるのだろうか、奥の入口らしき扉の前に、会場の半数近くの貴族たちが向かっていった。
ただ、残りの半数のうちの何割かは、俺達の方へと近づいてくる。
いよいよ社交のお時間かと、俺はティアに助けを求めるような視線を向けると、ティアは肩をすくめた。
どうやら、質問責めにされる覚悟を決めねばならないようだった。
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