第14話 人喰い
俺はそのままドレンを探すべく再びキャンプ内を歩き始める。
すると、すぐに彼のテントは見つかった。
ドレンは焚き火の前で一人酒を飲んでいる。
「ドレンさん」
「ん? おう、例の魔獣を倒したらしいな。やるじゃねえか」
ドレンは木製のコップを掲げて挨拶を返してくれた。
「まあみんな怪我したけどね」
「それくらいはな。生きてるだけマシだ。……で、どうした?」
「ああこれ。昼間ブラッドボアを狩ったのでお裾分け」
「お、そうか悪いな」
ドレンは受け取り、手づかみで一つ口に入れる。
美味いと言いながら、酒を飲んで力無く笑った。
「……仲間をみんな失っちまった。冒険者は廃業だ。俺は明日国に帰るよ」
言葉は淡々としていたが、その背中は重く沈んでいた。
仲間三人は、ノエルの矢に貫かれて命を落としたのだ。
冒険者をしていると仲間を失うこともあるだろうが、さすがに全員一気にいなくなるのはきついだろう。
「お前らはこれからどうすんだ?」
「さあ? 旅の行き先を決めるのは、ティアだから」
旅の方針を決めるのはティアだ。
俺には分からないことだらけなので、むしろ決めろと言われても困るし。
「まあ助けてくれたお前らには感謝してる。昼間は悪かったな。おかげであいつらの遺品も故郷に送り届けてやれるぜ」
肉を食べながら、ドレンが言う。
昼間の威勢が嘘のようなしおらしさだ。
仲間を失っているのだから無理もないが。
俺はどう返せばいいか分からず曖昧に頷くことしかできなかった。
「ただ、別に悪く言う気はねえが、クリシュマルドには気をつけろよ」
ドレンは真剣な顔で告げた。
昼間ミユキのことを『人喰い』と呼んでいた件だろうか。
「俺は数年前あの女を、ゴルドールとハルナックの国境付近の戦場で見たことがある。
当時前線に物資を届ける依頼だとか、戦場までの街道に出てくる魔獣退治の依頼が多くてな」
ハルナックというと、確かゴルドールの南東の国とミユキが言っていた。
ミユキは傭兵のようなことをしていたらしいから、参戦していたということだろうか。。
「あの女は戦場のど真ん中を剣一本で駆け抜けて総大将の首を獲り、8000人の敵兵を退却させた」
「英雄的な活躍だね。めちゃくちゃ強いのは分かったけど、別に気をつけるようなこと?」
ミユキの身体能力と人間離れした力は確かに尋常じゃないが、俺が知っている彼女はいたって温厚で優しい女性だ。
おまけに美人で背が高くいい匂いがしてスラッとしているのに胸が大きくて色々と教えてくれる知識もあって、俺のことも褒めてくれるし可愛いし……と取り乱したが、俺の中では若干どころではない評価の高さとなっている。
『人喰い』という恐ろしいあだ名とはどうにも結びつかない。
「最後まで聞け。ゴルドール軍が追撃戦に移行する中、あの女は退却するハルナック兵を無視して退却先の砦に先回りした」
退却しているとは言え、相手にはまだ数千の敵兵が残っている。
砦には後方支援を含めてさらに多くの敵が残っているだろう。
普通ならその状況で砦に行く意味は無い。
―――だがミユキは行った。
俺はその光景を想像し、背筋が少しぞわりとした。
「あの女は砦の城主や将兵を殺して城壁に晒し、戻って来たハルナック兵の戦意を削いだんだ。
そこから先は俺も人づてに聞いた話だが、砦内部は一部の民間人を除き大半が殺害されてるか重傷を負った凄惨な状況で、ハルナック軍はそこで白旗をあげたらしい」
確かに、ミユキならできるかも知れないと思った。
森を駆け抜けて行ったときの速度、息一つ乱れない体力、複数の敵を前にして何の恐れも躊躇いもなく的確に始末していく戦闘力。
ドレンの言う通り、そういった点ではまともじゃないことは間違いないだろう。
「血塗れのまま城壁に悠々と死体を並べるあの女に、そりゃハルナック兵は震え上がっただろうぜ。
自分たちの大将を殺した奴が、逃げ帰るはずだった砦に先回りしてて、しかも壊滅させてたんだからな。
どこまでも追いかけてきて人間を殺しまくるその姿を見て、誰かが『人喰い』と呼んだんだ」
前線にいた兵や冒険者の間ではしばらく語り草になっていたと付け加えられた。
確かにミユキの強さを示す鮮烈なエピソードではある。
しばらく火のパチパチと爆ぜる音だけが続いた。
「まあ忠告は受け取っておくけど、僕はミユキさんを信じてるよ」
ミユキはノエルとの戦いで身を挺して俺を庇ってくれているし、ティアに敵と疑われたときもできるだけ取り成そうとしてくれた。
戦いでの苛烈さは語るまでもないが、基本的には理性的で話の通じる人だ。
それに、逆に考えると、彼女は砦で籠城戦が始まる前に戦闘を終わらせているということだ。
敵味方の損耗を極力抑えて終戦に導いたとも言えるだろう。
無闇矢鱈に怖がる必要は無い。
俺の言葉に、ドレンは「だと思った」とでも言いたげに鼻で笑った。
「好きにしろよ。俺にはもう関係ねえ。感謝してるってのも本当だし、当時前線にいたやつは人喰いを英雄視してそう呼ぶやつもいる」
お前みたいにな、とドレンは付け足した。
悪く言うつもりはないというのも本当だったようだ。
俺はドレンの語った内容を頭の片隅に置き、別れを告げてその場を後にした。
少し長居してしまったが、ティア達の元へ戻るとしよう。
―――
「あ、おかえりなさいフガクくん」
辺りがすっかり暗くなり、テントの前に戻るとミユキが笑顔で出迎えてくれた。
すでにミラは帰ったようで、その場にはいなかった。
ただワインボトルが2本とも空けられており、結局全部飲んだようだ。
ティアは水の入ったコップを片手に何だかぐったりしている。
「ミラさんとワインを飲んで、酔ってしまわれたようです」
一部始終を見ていたミユキは苦笑いした。
ティアはコップの水を飲み干して、フラフラと立ち上がった。
酒のせいか白い肌が紅潮していた。。
「ミユキさん、フガクごめん、私先に寝るね。片付け任せてもいい?」
「構いませんよ。大丈夫ですか?」
ティアは頭に手を当てながら「平気平気」と言ってテントの中に消えていく。
その後しばらく着替えや歯磨きなどで出入りをしていたが、やがて眠りについたのか出てこなくなった。
「ミユキさんはお酒は?」
俺はミユキと後片付けをしながら訪ねてみる。
ティアは酔って辛そうだったが、ミユキは何ともなさそうだ。
「恥ずかしながら私はお酒が全く飲めないので、いただいてません」
別に恥ずかしくはないと思うが、意外な弱点だ。
飲んだらどうなるのか気になるところではあるけれど。
「ふぅん。あ、そう言えばドレンさんが二人にも感謝してたよ。故郷に仲間の遺品を届けてやれるって」
残った肉は干し肉として旅の携行食にするようで、ミユキは作業を進めながら頷いた。
「そうですか……あの、フガクくん」
少し安堵したようにミユキが息をついたが、すぐに彼女はわずかに声を落とした。
言いにくそうだったので、俺も手を止めて彼女の方を向く。
「どうしたの?」
「ドレンさん、私のこと何か言ってましたか……? その、化け物とか妖怪とか……」
「ああ……うん、まあでもそこまで悪くは言ってなかったよ」
人喰いと呼ばれるに至った話を聞いたことを、伝えるかどうか一瞬迷った。
だが、もしミユキがそのことを気にしているなら、それは杞憂だと伝えたかった。
俺にとって彼女は命の恩人であり、もう共に死線をくぐった仲間だと思っている。
「フガクくんは、私が怖いですか……?」
「ううん、全然。むしろ可愛いって思ってるくらいだよ」
「……もう」
ミユキは頬を赤くしながら肉をスライスしていく。
手が早すぎてまな板にヒビが入って削れてるくらいだ。
からかうのは怖いのでこれくらいにしておこう。
「……フガクくんごめんなさい」
「え、何突然」
急に謝られた。
俺は片付けを一通り終えたので、ミユキの隣の石に座る。
「私がミューズに対して正面突破と言ったことです。私は、フガクくんやティアちゃんが傷つくかもしれないと思いながら提案しました。私はお二人が怪我する可能性があると分かっていたのに、敵を倒すことを優先したんです」
ああなんだ。
一瞬先ほどの「可愛い」を告白だと思われたうえに普通にフラれたのかと思った。
俺はほっと胸を撫でおろす。
「じゃあ次は怪我せず上手くいくように、僕も強くならないとね」
「え……?」
「ミユキさんがそうやって謝るのは僕が弱かったせいだ。君に謝らせてしまってごめん。次は、ほら楽勝だったでしょ?って言わせてみせるよ」
実際問題、あの場でのミユキの判断に間違いがあったとは思わない。
俺もティアも多少怪我をしたが、大したことは無かった。
むしろ、一番先頭に立って俺をかばって全身に傷まで負ったのはミユキだ。
最も身体を張ったのは彼女なのに、それを俺たちがどうして責められよう。
俺は努めて平静に、そして少しわざとらしく彼女に笑顔を向けた。
「フガクくん……」
「大丈夫。僕はミユキさんほど強くはないけど、ミユキさんが思うほど弱くもないみたいだから」
ミューズとの戦いでは、驚くほど体が軽くなった。
まるで自分が強くなったのではと錯覚するほどにだ。
「わ、私はフガクくんのこと弱いなんて……!」
「そう? じゃあ気にしなくていいよ。むしろ感謝してるんだ。ミユキさんのおかげで、こうして3人無事で夕食にありつけたわけだしね」
「……わかりました。ありがとうございます」
俺の言葉に、ミユキは微笑んでくれた。
冒険者をやっていれば怪我くらいするだろう。
こんなことで毎回謝られるのも気が引ける。
それに、ミユキにはああ言ったが、俺は彼女と肩を並べられるほど強くはない。
結局のところ、俺の中途半端な実力が彼女の足を引っ張ったのだ。
もっと強くならなければ、彼女にまた気を使わせてしまうかもしれない。
「ねえお二人さーん」
声がしたのでそちらを見ると、テントの中からティアが顔を覗かせてジト目で俺たちを見ていた。
「良い雰囲気のとこ悪いんだけど、お花を摘みに出てもよろしいかしら?」
ティアはトイレに起きたようだった。
若干もじもじしているので限界が近いのかもしれない。
「テ、ティアちゃん……! ちちち違いますそういうのじゃないですっっ……!」
そこまで全力で否定されると少し辛いが、まあ本当に「そういうの」じゃないので俺も黙って頷く。
「あっそ? じゃあ失礼。ああ、お邪魔虫だったらしばらく帰ってこないけどー?」
「いいから早くトイレ行きなよ」
「へいへい」
「あ、わ、私もご一緒します! お一人では危ないので!」
ヒラヒラと手を振りながら去っていくティアを、ミユキが慌てて追いかける。
俺は二人の背中を見送りながら、やれやれと息をつく。
何となくだが、この調子なら二人とはうまくやっていけそうだ。
こうして、俺の異世界転移後初めての冒険者クエストは終わりを迎える。
明日にはエルルの街に戻り、ティアの目的達成に向けた新たな旅が始まるのだろう。
俺は今日になってようやく、二人と正しく仲間になれた気がした。
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