第143話 策謀の晩餐会①
さて、ジェラルド王との会談を終えた俺たちはしばらく自由時間となった。
あの後再び部屋に戻ってきたシュルトから、晩餐会の始まる18時までは自由にしていいと言われている。
城内の散策も指定の範囲までなら可能とのことで、せっかくなので俺はミユキと共に城の中を見て回ることにした。
ティアとレオナは貴賓室でお茶でも飲んでると言って一緒には来なかった。
二人も行こうよと声をかけたのだが。
「二人で行ってきなよ」とレオナから生暖かい笑顔で送り出され、「ちょっと謁見の内容整理したいから二人に任せる」とティアには断られた。
変な気の使われ方をしているような気がしないでもない。
なので、ミユキと二人で行くことになったのだ。
「それじゃ、適当に歩いてみようか」
時刻は現在17時過ぎ。
30分ほど時間があるので、ミユキと共に青いフカフカのカーペットが敷き詰められた2階の廊下を歩いていく。
ところどころに黒い騎士服を着た衛兵が立っているが、俺達は客人扱いされているようで特に何かを言われることも無い。
2階と1階は自由に見て回れるとのことなので、特にあては無いが歩いて見学しよう。
「そうですね。あ、もしよければ、中庭に行ってみませんか? 綺麗そうでしたし」
ミユキの提案で、窓から階下に広がる中庭を見下ろす。
白いベンチが置かれた庭園には、色とりどりの花と、水が流れる小さな水路が張られている。
散歩にはうってつけの長閑で美しい光景が広がっていた。
サラサラと水が流れる音や、窓から吹き抜ける心地よい風と仄かな花の香りが、ゆったりとした時間を演出している。
いかにもお城の庭といった様相が、ミユキの目に留まったようだ。
「いいよ、行ってみよう」
というわけで、俺たちは城内デートを楽しむ運びとなった。
ミユキと二人での散策は、各街や施設での恒例のイベントだ。
別に変な意味は無く、のんびり見て回れるので俺としても嬉しい限りだった。
「ミユキさん、こうして見ると本当に貴族のお嬢様みたいだね」
俺は黒いドレスを着て歩くミユキに、改めて賞賛の言葉を投げかける。
シュルト邸を出たときはどもって上手く伝えられなかったので、少し見慣れて来たこのタイミングでちゃんと褒めておこうと思った。
俺の言葉に、ミユキも照れたような笑みを浮かべる。
「大げさですよ。こういう服は着慣れないので、正直気恥ずかしいですね」
はにかむミユキだが、こうした華やかな衣装も本当によく似合うと思った。
城内の廊下で何人かの貴族風の男女とすれ違うが、皆一様にミユキにチラリと視線を送っていた。
「かなり目立ってたし、みんなそう思ってるんじゃない?」
「私が大きいからですよ。ヒールはちょっと、ってディアナさんに言ったんですけどね」
ミユキは苦笑する。
高身長な上にヒールの高い靴を履いているので俺は見上げる形になっており、その存在感は見事なものだった。
確かに、横にいる俺が男としては比較的小柄なので、余計大きく見えるというのもあるかもしれないが。
「スラッとして素敵だと思うけどなー」
「もう、フガクくんはすぐそんな調子で女性を褒めるんですから。アギトさんのこと言えませんからね」
ミユキが冗談めかしてそう言う。
女の子大好き軽薄ナンパ野郎のアギトと同じと思われるのは心外だ。
まああの息をするように女性に声をかける軽さと度胸は、見習うべき点も多いと思うが。
とはいえ、俺がこれだけ褒めまくるのはミユキと、せいぜいティアくらいのものだ。
「そりゃ気をつけないと。誰にでも言ってると思われるのは困るよね」
「そうですよ。女性は”私だけ特別”って思われたいものなのです」
「ミユキさんもそう思ってるの?」
俺の問いかけに、ミユキは慈しむような笑みを浮かべる。
てっきり照れてどぎまぎすると思っていただけに、俺はその表情にドキリとなった。
「もちろんです。忘れないでくださいね」
こういう時折見せるいかにも乙女な仕草や表情も、彼女の魅力だと思った。
特に中身の無い世間話でも、一緒にいるだけで穏やかで優しい気分にさせられるのだから、結局のところ彼女には敵わないのだろうなと思った。
まあ俺達のこの手の会話は、ちょっとしたドキドキを楽しむ寸劇のようなものだ。
お互い悪い気分にもならず、非日常を互いに演出しているに過ぎない。
「にしても、綺麗なお城だよね。いかにもファンタジーのお城って感じで」
ちょっとしたキワドイ会話を楽しんだところで、俺は1階に続く階段を降りて中庭に出ながらそう言った。
「フガクくんのいた世界には、こうしたお城は無かったんですか?」
「日本風の……えっと、もうちょっと変わった感じのお城なら観光地にはあるけどね。お城に住んでる人っていうのは、少なくとも僕の国には無かったかな」
海外ならあるのかもしれないが、日本で城に住んでいる人はいないだろう、多分。
「いつか……一緒に行ってみたいですね、フガクくんの世界にも」
俺の言葉に、ミユキは少し遠い目をした。
前に、「元の世界に戻りたいですか?」と聞かれたことを思い出す。
全くそのつもりは無いが、彼女と一緒に行けるならそれはそれで楽しそうだ。
今のところその方法など検討もつかないのだが。
そういえば、『ミユキ』という名前はかなり日本風だなと、ふと思った。
レオナやリュウドウなんかも日本人名として全然あるが。
などと考えつつ、俺たちは中庭の石畳の上を歩く。
ミユキが慣れないヒールで少し歩きにくそうだったので、俺は彼女に腕を差し出すと、彼女も無言で手を添えてくれた。
「ミユキさんの名前ってさ……」
「おーい! そこの君!」
俺がある疑問を思い浮かべ、彼女に何気なく訊いてみようとしたところで、前方からスーツ姿の男性が俺に声をかけてきた。
恰幅の良い50代くらいの、貴族風の男だ。
オールバックに撫でつけた明るいブラウンの髪と、口元の髭がいかにも紳士といった装いだった。
後ろにはお付きのメイドが2名控えている。
「僕ですか?」
「そうだ君だとも。フガク君という名前ではないかね?」
俺は会ったことはおろか、見かけたことすら無い男性からそのように言われた。
何で俺の名前を知っているのだろうと、腕を組むミユキと視線をかわし、やや警戒する。
「えーと……そうですが、あなたは?」
「おお失礼。私はボナパルト=ベルダイン。息子のユリウスが君に世話になったと聞いてね」
「えっ! あ……ああ! ユリウスくんの!」
ユリウスの父ということは、彼がベルダイン侯爵か。
言われてみれば、目元なんかは似ているような気がしないでもない。
髪色も一緒だし、いかにも貴族といった雰囲気は親子と言われれば確かにそうだ。
俺が驚くと、ベルダイン侯爵は気を良くしたように笑った。
「いや息子が世話になったようだね。陛下主催の晩餐会に君が訪れると聞いて、一言礼を言っておかねばならないと思ったんだよ。はっは、その髪ですぐに君だと分かった」
気のいいおっちゃんという感じで、俺の肩をバンバンと叩き高笑いを挙げている。
「ど、どうも。あ、こちらは学院で教員をしていたミユキさんです」
俺は未だ俺の二の腕に手を添えていたミユキを紹介しておく。
彼女はさっと手を離し、ペコリと頭を下げた。
「これは麗しいお嬢さん。出来の悪い息子にものを教えるのは大変だったろう」
「いえそんな! とても聡明なご子息だったかと!」
ミユキは慌てて手を振る。
その仕草に、ベルダイン侯爵は愉快そうに頷いた。
「はっは! まあ晩餐会が始まる前に会えてよかった。君たちを一目見たいという連中がわんさか訪れるだろうからね。声をかける暇もないかもしれない」
「えっ」
「ではまた後程。何か困ったことがあればいつでも言いなさい」
そう言って、機嫌良さそうにベルダイン侯爵は城内へと戻っていった。
その背中を見送りながら、俺はミユキと視線を合わせて微妙な表情をする。
「わんさか訪れるの……?」
「……気が重くなりますね」
俺達が学院の危機を救ったというのは、思った以上にこの国では大ごとになっているのかもしれない。
「……戻る?」
「そうですね、ティアちゃんの耳にも入れておきましょう」
間もなく始まる晩餐会で、一体何を言われるのだろうか。
俺とミユキは冷や汗を垂らしながら、この事実をティアたちに伝えようと踵を返して貴賓室に戻るのだった。
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