第141話 ジェラルド王の謁見②
馬車に乗ること10分ほどで、王が住まう城の前庭、城壁に囲まれた馬車の乗り降り場となっている広場に到着した。
俺たちは先に王との謁見を行うので、晩餐会の参列者よりもかなり早く城に到着したはずだが、既に何台かの馬車が停まっている。
黒い威容の戦闘要塞だったヴァンディミオン城とは違い、ロングフェローの王城は白壁と青い尖塔が眩しい、いかにもファンタジー世界のお城と言った様相だ。
俺は馬車から降り、再びミユキたちの手を取る。
全員降り立ったのを見計らって、シュルトは俺たちを先導した。
「では行きますよ、準備はいいですね?」
彼の背中を追い、城の中へと歩みを進める。
そういえばシュルトは、俺の付け焼刃のようなエスコートにも意外と何も言わないなと思った。
興味が無いだけなのだろうが、お得意の嫌みも飛んでこないのは意外だ。
「シュルト……さんは騎士学校の講師ですよね」
「……それが何か?」
青いベルベットのカーペットが敷かれた城内を歩きながら、俺はシュルトに問いかけた。
「いや、騎士としてお城に勤務することもあるのかなーって」
「そもそも講師として勤務していたのは、例の事件の捜査のためです。君たちが解決したので、今後は別の者に引き継ぐことになるでしょう。ヴァルターさんは別ですが」
思いのほかちゃんと答えてくれた。
要は彼もアルカンフェルも、講師がメインの仕事ではないということだろう。
「ヴァルターさんは普段は学院に?」
俺に続いてミユキが慣れない高いヒールで床を滑るように歩きつつ、言葉を続けた。
「ええ、あの人は学院の責任者の一人でもありますからね。だからまあ……あなた方には借りができたと思っています」
シュルトはこちらを見ず、背中越しに言い淀みつつもそう告げた。
俺はティアと顔を見合わせる。
「私たちは何故王様から呼ばれたんですか?」
今さらながら、ティアは俺たちがわざわざ王様に呼ばれた理由を尋ねた。
ヴァルターの口ぶりではもちろん悪い話ではないのだろう。
それにしたって一冒険者に過ぎない俺たちを呼びつけるほど、学院での事件は大ごとだったのだろうか。
「おお勇敢な冒険者たちよ! 事態の解決大義であった!」みたいなことを言うためだけというのも、若干大げさな気はする。
「さて、そこは私にも分かりませんね。ただ、ジェラルド王は末端の兵士まで顔を突き合わせて話される方ではあります。君たちに興味を持たれたのは事実でしょう」
「アタシらに王宮の兵士になれとか言われたりして」
「……」
レオナの冗談にシュルトが押し黙る。
無くはないと思っているのだろうか、だとしても断る他ないのだが。
「玉座の間ではなく貴賓室に通すよう仰せつかっています。ただの謁見ではないかもしれませんね」
シュルトの言葉に不穏な気配が漂ってきた。
まあその目的地に辿りついてしまったので、考えても仕方ないのだが。
俺たちは城内の2階、いくつか衛兵のいる扉をくぐって、金の装飾が施された豪奢な扉の前に辿りついた。
シュルトは重厚な木製のドアを開き、中へと俺たちを促す。
「私は王をお呼びします。あなた方はそちらの椅子に座って待っていてください。真ん中の席は王の椅子なので座らないように」
言われつつ、俺たちは貴賓室の中へと入った。
金の刺繍の施された黒いソファが向かい合わせに置かれており、お誕生日席にはひと際豪奢な椅子が置かれている。
王が客人を迎える部屋なのかもしれない。
室内には煌びやかな調度品が飾られ、窓の外には前庭の様子が見えた。
謁見というよりは、本当に顔を突き合わせて話しをするといった雰囲気だ。
「何言われんだろうねー」
俺はティアの隣に、真正面にはミユキとレオナがそれぞれ座る。
パーティのリーダーということになっているミユキと、実質リーダーのティアがそれぞれ王に近い場所に座る形だ。
レオナが切り出した話題に、ティアも首を傾げる。
「さあね。できるだけ無難にやり過ごしたいところではあるけど」
「実際、君達を取り立ててやろう、みたいな話だったらどうするの?」
「断るに決まってるでしょ。フガクがロングフェローで立身出世したいなら止めないけど?」
「止めてよそこは」
「ふふ、それでお別れは少し寂しいですね」
冗談を交わし合う程度には緊張もほぐれてきた俺たち。
ほどなくして、貴賓室の扉をノックする音が聞こえた。
俺たちは立ち上がり、扉から入ってくる王を待つ。
そして。
「――待たせたな、冒険者たちよ。余がジェラルド=フィン=ロングフェローだ」
入ってくるなり、深く響くような声で告げたのが、この国の王ジェラルドだ。
ダークブラウンの長い髪、口元の髭は綺麗に整えられており、想像通り若い王だ。
とはいえ40代後半、いや50代には差し掛かっているだろうか。
率直な感想を言うなら、ダンディな”イケオジ”といった印象だ。
この国共通の意匠なのだろうか、黒地に銀の刺繍が施されたマントに、同色のスーツ姿で、どこかドラキュラ伯爵を彷彿とさせるような雰囲気だった。
何より圧がある――威圧感とは少し違うが。
堂々と立つその姿から漂うのは、長くこの国を背負ってきた者だけが持つ、揺るぎない自信と風格だ。
わずかに皺の見える鋭い瞳は柔和に細められ、接しやすく聡明な人柄が貌にも現れていた。
この人がジェラルド王か。想像していた「王様」の型にはまらない相手だ。
まるで、こちらを値踏みする商人が笑みを見せる瞬間のようで、単なる威厳とは違う、計算された人心掌握のうまさを感じさせた。
俺たちは、ティアに倣っててその場に跪こうとすると、王は右手を挙げてそれを制する。
「畏まらずともよい。かけたまえ」
王の後ろからはヴァルターとシュルトが入ってきた。
ヴァルターは王の後ろに、シュルトは扉の横に控えた。
ヴァルターはわずかに俺たちに目配せで挨拶をしてくれたが、さすがにこの場で話せないので軽く頷く程度で返す。
ちなみに、ヴァルターもいつもの教師の装いではなく、騎士服を身にまとい普段以上に静かな威圧感を漂わせていた。
「失礼いたします」
王が椅子に腰かけたので、ティアの合図と共に俺たちも座る。
今回はSランク冒険者一行という体で呼ばれているので、ミユキが俺たちを代表して喋ることになる。
「ジェラルド陛下におかれましては御健勝にてあらせられますこと、心よりお慶び申し上げます。
我ら一行、かの学院における一件の折、身に余るお召しを賜り、畏れ多くも御前に参上仕りました。
本日は陛下の御威光を拝し、謹んで御礼申し上げます」
ミユキは丁寧な口上と挨拶を述べたが、俺はそれを馬車の中で何度も練習していたのを知っている。
ティアから教えてもらいつつ、時々舌を噛みながら何とか覚えられたことにほっとしていた。
無事言えてよかったね。
「うむ。其方がクリシュマルド嬢か。我が友ヴァルターからも聞いているとも。その武勇は大陸全土に渡り、ついには我が国の危機を救ってくれたのだと」
「身に余るお言葉でございます。仲間の力があってこそです。何より、元凶の息の根を止めたのはこちらのレオナです」
「ほう、そうか。まだ少女だというのに、将来が楽しみだな」
「はい、天才をやってますのでー」
レオナは自信満々と言った具合に、冗談めかしてその小さな胸に手を当てて言った。
その言葉に、ジェラルド王も哄笑する。
「はっは! これは頼もしい仲間だなクリシュマルド嬢。だが其方の力量は余の耳にも入っているとも。何せ敵の手に落ちた我が友を拳で撃破した猛者だとか。その細腕で見事と言わざるを得んな」
「それは……その、ありがとうございます」
どう答えたものかとしどろもどろになったミユキが、曖昧に礼を言っていた。
後ろではヴァルターが苦笑いをしている。
「陛下、発言をしてもよろしいでしょうか」
ミユキがややテンパってきたので、ティアが穏やかな微笑を浮かべて小さく挙手する。
それを見たジェラルドは首肯した。
「もちろんだとも。其方は……」
「ティア=アルヘイムと申します」
こういう時に頼れるのはティアだ。
なんせウィルブロードで王族と一緒に仕事をしていたのだから、王様との謁見でも俺たち比べれば緊張は薄いのだろう。
「あ、ティアちゃ……ティアは私たちのパーティの実質リーダーと言いますかその」
ティアが話しやすいようにと思ってのことだろうか、ミユキはフォローを付け加える。
「ありがとうミユキさん。陛下、この度は拝謁の栄を賜り改めて感謝申し上げます。率直に申し上げますが……」
「ああ、いいとも」
「本来の謁見の間ではなく、貴賓室にお招きいただいたのは、何か陛下のお考えがあってのことなのでしょうか。何か至らぬことでもあったのかと、不安になってしまって」
うまいと思った。
何故ここに呼ばれたのかを訊きつつも、角が立たないよう弱さを演じている。
騎士学校の入学前にヴァルターに使ったのと同じ手だった。
可憐かつ嫋やかな装いで、普段にも増して美貌全開という今のティアなら、男性ならイチコロで優しくしたくなるだろう。
「成程、確かに配慮が足りなかったかもしれんな、許せアルヘイム嬢。実は其方らに折り入って話があってのことだ」
特に表情を変えることは無く、余裕の笑みを口許に称えたジェラルド王が、ティアや俺たちに視線を移しながらそう言った。
その瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。
外から届いていた前庭のざわめきも、今は妙に遠く感じる。
何も変わっていないはずの王の笑みが、なぜかこちらの心臓をひとつ強く打たせた。
「話……とは?」
そらきたと、ティアの頬を一筋の汗がゆっくり伝うのが横目に見えた。
俺も無意識に背筋を伸ばし、喉が渇くのを感じた。
歓迎か、それとも別の何かか――その答えは、この男の口の中にある。
ジェラルド王はすぐには答えず、俺たち一人ひとりの顔を静かに、値踏みするように見渡した。
その視線は熱くも冷たくもない。ただ、相手の奥底を測ろうとする探針のようだった。
「うむ、実はな……――」
そして、低く深い声で言った。
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