第140話 ジェラルド王の謁見①
時刻は16時過ぎ。
なんやかんやで、俺たちはほとんど息つく暇もなくジェラルド王との謁見へ向かう時間になった。
現在、俺はディアナに仕立ててもらったスーツを着て屋敷のエントランスにいる。
女性陣の支度が終わるのを一人待っているところだ。
「お待たせフガク」
「フガクくん、すみません」
「お、フガクいいじゃん」
ティアを先頭に、2階から降りてくる3人。
その後ろからはディアナも着いてくる。
俺はいつもと違う華やかな装いの彼女たちを見て、思わずドキリと胸を高鳴らせた。
「ふふ、どう?」
君たちはどうして着替える度に俺に感想を求めるのだろうね。
ティアは少し頬を赤く染めて、上目遣いにこちらを見てくる。
ただでさえ整った顔立ちと肉体美の、あまりの美しさに息を呑んだ。
ティアのドレスは黒に近い濃紺で、銀の刺繡が施されたオフショルダータイプのドレスだ。
オフホワイトのショールを羽織り、いつもよりしっかりとメイクが施されている。
彼女の華やかな装いは、どこか王族のお姫様のような品格と華麗さを漂わせていた。
「うん……すごくいいね。ただその、目のやり場が……」
動揺を隠しきれず、ぎこちない返事をする。
美しさに目を奪われるだけでなく、胸元の開いたデザインが気になり、思わず目を逸らした。
普段の彼女には見られない大胆な姿に、心臓が高鳴っていくのを感じる。
自分でも驚くほどドキドキしていることに気づき、どうしていいか分からなくなった。
「あー……やっぱりちょっと開きすぎだよね。ほらディアナさん、言ったじゃないですか、胸こぼれませんこれ?」
「だめよ、せっかくティアちゃんスタイル良いんだから、見せていかないと。こぼれないから大丈夫」
そう言って片手を腰に手を当て、どや顔で語りかけるディアナ。
確かに、濃い色のドレスとティアの白い肌のコントラストは艶めかしく、思わず目を奪われるような色気がある。
かなりセクシーではあるが、ショールでうまく露出を抑えており、品の良さも損なわない実に華やかな装いだった。
「どうよフガク、どこからどう見ても良いとこのお嬢さんでしょ?」
そう言いながら、手を広げて自らの衣装をお披露目してくるレオナ。
黒いブラウスにベージュのワンピースは、普段の活発な印象とのギャップが魅力だ。
トレードマークのツインテールも、現在は緩く巻いた髪をサイドテールにまとめて黒いリボンが引き締めている。
普段は元気で明るい印象が強いレオナだが、今はどこか上品でしっとりとした美しさを放っている。
そのギャップに心の中で何かが揺さぶられるのを感じた。
「レオナはやればできるよね」
思わずその言葉が口をついて出る。
レオナの普段の無邪気な笑顔とは違う一面に、不覚にもドキリとした。
「まあ誉め言葉と受け取ってあげるよ」
「いや誉め言葉だよ」
照れ隠しに”馬子にも衣装”とか言いたいところだが、実際レオナは黙っていれば美少女なのでここは素直な感想を口にする。
普段より大人っぽく見えるせいか、レオナの口調や挙措にもお嬢さんぽさが見え隠れしていた。
「……おお」
そして、無言で二人の後ろに隠れるように立っていたミユキに、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「あの……あまり見ないでください」
恥ずかしそうに、腕を抱えて視線を泳がせるミユキ。
肩も胸元もしっかりと開いた黒いドレスに、シースルーのショールが妖艶な魅力を引き出している。
ティア以上のワガママボディの彼女だが、身体のラインを強調しすぎないシルエットが、スラリと清楚な印象を与えてくる。
いつものポニーテールも低い位置で結ばれ、細いリボンやネックレスなどで、全体をまとめあげたその姿は見とれるほどに美しかった。
「その……綺麗だよ」
思わず素直に口に出してしまう。
ミユキの綺麗な横顔も、恥ずかしそうな顔も何度も目の当たりにしているはずなのに、俺はどうしようもないほど心臓が速く脈動していることに気づく。
「……ありがとうございます」
ヴァンディミオン大帝との謁見時や、騎士学校の制服を試着した時とはまるで違う。
冗談を飛ばす余裕すらどこかに吹き飛ばすような、麗しくも清らかなドレス姿だった。
自分でも不思議なくらい、彼女の姿に心が引き寄せられていくのを感じた。
「ディアナさん、私いやらしい格好じゃないですか………? 本当に大丈夫ですか……?」
胸元を押さえながら、ミユキがディアナに確認している。
正直制服姿や女教師姿の方が何倍もエロかったので問題は無いと思う。
どちらかといえば、かなり様になっていて普通にドキドキして困るといった感じだろうか。
「大丈夫よ、自信持ちなさい。ほらフガク君の反応見たらわかるでしょう? 」
ディアナが後ろからミユキの肩にポンと手を添えの前まで足を踏み出す。
「あ……」
「い、行こうか」
俺もどうすればいいか分からず、思わずミユキに手を差し出してしまう。
驚いたように目を見開いたミユキは隣でニヤニヤしているレオナと、肩をすくめるティアに視線を送ると、やがておずおずと俺の手を取った。
「フガク、エスコートしっかりね」
ティアからのエールのような言葉が飛んでくる。
そのままミユキは俺の腕に手を添えてきたので、エスコートをする形となる。
彼女の体温を感じながらも、俺も彼女も胸の高鳴りで何もしゃべることができなくなった。
「よし、みんな行ってらっしゃい。楽しんでおいで」
ディアナの言葉に俺たちは礼を伝え、玄関扉をくぐって前庭に出ると、そこでは馬車の前にシュルトがいる。
俺たちを城まで案内してくれるのは彼のようだった。
「ほう、さすがに服装が変われば粗野な冒険者には見えませんね」
彼もスーツ姿ではなく、銀色の意匠が施された黒いコート、おそらくロングフェロー軍の騎士服という出で立ちだ。
相変わらず嫌みは飛ばしてくれたが、彼なりの誉め言葉なのかもしれない。
「ヨハン、そんなこと言わないの。大丈夫よみんな、これ結構褒めてるから」
「素直に褒めりゃいいのに」
「何か言いましたか?」
「いや何も」
レオナのツッコミにジロリと彼女を見据えるシュルト。
ミューズの洗脳が解けても、シュルトはシュルトのようだった。
「ご苦労でしたね、ディアナ。では、行きますよ」
優しく相手を労うなんてことがこの男にもできたのだと、俺も他の3人も驚いていた。
案外奥さんにはデレデレなのかも。
「先生、よろしくお願いします」
俺がそう言うと、シュルトは眼鏡に触れながらフウと息を吐く。
「私はもう君たちの先生ではありません。Sランク冒険者クリシュマルドとその一行として城に赴きますので、そのつもりで」
言いつつ、馬車の扉を開けてくれる。
彼が御者として俺たちを城まで連れて行ってくれるようだ。
まあ馬車は4人乗りなので仕方ないが、夫婦揃って馬車を自ら操縦してくれるのか。
「はい、ミユキさん」
「あ……ありがとうございますっ。なんだか本当にエスコートされているようで、少し照れますね」
「本当にエスコートしてるんだよ」
「ええ、嬉しいです」
俺は先に馬車に乗り込み、ミユキの手を取って彼女を引き上げてやる。
ミユキは仄かな微笑を浮かべて、席につく。
「どうぞ、ティア」
「ありがと。何フガク、急に紳士的になっちゃって」
「たまにはいいでしょ……いや、恥ずかしいからその辺は何も言わないでくれると嬉しいけど」
「ふふ、悪い気分はしないよ」
ティアにも同じようにしてやると、ティアは悪戯っぽい笑みを浮かべている。
ミユキだけやって他の2人にしない方が変だろう。
俺は顔が熱くなるのを感じながらティアを中へと入れる。
「ほらレオナ、お前も」
「ありゃ、アタシも? へぇ」
「なんだよ」
「べっつにー」
レオナもいつものメスガキスマイルを浮かべて馬車に乗り込む。
後ろでディアナがうんうんと頷いているのが見えた。
この辺りの紳士的な作法も、3人の支度を待っている間にメイドさんから聞いていたのだ。
「では行きますよ。城には陛下はもとより、多くの貴族、王族の方がいらっしゃいます。くれぐれも失礼の無いように」
シュルトの号令と共に、馬車が走り出した。
手を振ってくれるディアナと、恭しく頭を下げるメイドたちを見ながら、俺たちは王城に向かう。
俺にとっては初めての貴族社会との交わりだ。
ジェラルド王との謁見、陰謀と策謀渦巻く王の晩餐会へ、俺たちは胸の高鳴りと共に赴くことになった。
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