第138話 クローネンブルクにようこそ①
ノルドヴァルト騎士学院でのお別れパーティが行われた翌日昼、俺たちは光導列車に乗り込みセーヴェンの街を出た。
アギトやクラリス、カーラなど何人かの生徒はわざわざ見送りに来てくれて、再会を約束し合う。
特にアギトとバロックは近々学院を去るようで、ウィルブロード方面に北上するとのこと。
また会うこともありそうだ。
そして俺たちは列車の中で一晩を明かし、翌日の午前中にいよいよロングフェロー王都に到着した。
「ここが王都か、ゴルドールの帝都ともまた違った雰囲気だね」
ロングフェロー王都『クローネンブルク』は、ゴルドールの帝都とはまた異なる雰囲気を持つ首都だ。
最奥部の高い場所に城があったゴルドールとは違い、街の中心に壮大な王宮がそびえ建っており、その周囲には歴史を感じさせる大聖堂や広場が広がっている。
王国の威厳を象徴するかのように重厚な石造りで建てられており、街全体に歴史の深さを感じさせた。
中でも王宮の尖塔は特に目を引き、その威容はどこか静かな威圧感を漂わせている。
「ゴルドールよりも歴史の長い国だしね、古い建造物なんかもたくさんあるよ」
駅舎を一歩出ると、ティアがそう解説してくれる。
そのまま商業地区に足を踏み入れると、活気に満ちた露店や店が並び、歩行者や商人たちが行き交っている。
しかし、ゴルドール帝都のほどの喧騒はなく、どこか落ち着いた雰囲気が漂っていた。
人々の話し声や笑い声が静かに広がる通りでは商人たちが上品に品物を並べている。
歩道を行き交う市民たちも落ち着いた様子で、王都ならではの品格を感じさせた。
「落ち着いた雰囲気で、私は帝都よりもこちらの方が好みかもしれません」
そう言ってミユキは辺りを見まわしている。
王都では広場や公園が多く見られ、四季折々の花々が咲き誇り、都市の喧騒から少し離れて静かな時間を楽しむことができる場所が多い。
ロングフェロー王都は、重厚感と品格を兼ね備え、都市の活気がありながらも静けさと調和を保った、どこか品の良さを感じる街だった。
「でもやっぱ、金持ちそうな連中も多いね」
レオナがそう言って、辺りを行き交う馬車や身なりの良い貴族風の人々を見やる。
彼らは身なりだけでなく、しばしば専用の護衛を伴って歩いているため貴族だと一目に分かった。
貴族たちの住む区域は厳格に区切られており、商業地区や市民が集う広場とは異なる、特別なエリアを形成しているとのこと。
俺たちの目的地も、その貴族たちの居住区の端にあるようだ。
「ティアちゃん、待ち合わせはこの辺りでいいんでしょうか?」
駅舎を出て歩くこと2分ほど。
馬車が数多く停留しているロータリーのような場所に辿りついた。
御者が馬車を磨いたり馬に水を飲ませたりと、馬車の待合所となっているようだった。
「そのはずだけど……」
待ち合わせの場所には、待っているはずの人物がいない。
少し遅れているのだろうか。
俺は懐から銀時計を取り出し時間を確認すると、現在午前10時を回ったところだった。
待ち合わせは「10時ごろ」と言われていたので、まあ待っていれば来てくれるだろう。
「晩餐会って何時に行けばいいんだっけ?」
「16時に迎えを寄越すって言われているけど、ちょっとタイトだよね」
俺の質問にティアが答えた。
俺たちは今晩、ロングフェロー王との謁見と、晩餐会に招待されている。
王宮からも近いシュルトの屋敷で身支度などの準備を整えることになっていた。
ヴァルターとシュルトが一通りの手配は行ってくれており、俺たちは一先ず言われるがまま待ち合わせ場所に到着したわけである。
「フガクくんは緊張されてますか?」
「うーん、どうだろう。ヴァンディミオン大帝でちょっと慣れた気もするし。レオナとか初めてだろ。平気なの?」
「アタシあんまり緊張とかそういうの無いんだよね。それよか料理の方が楽しみ」
「それは分かる」
ミユキやレオナと世間話をかわしながら、道の傍で手持無沙汰に佇む。
しばらく待つことになるのだろうか。
俺たちはトランクを地面に置き、一息つこうとしたその時だった。
「ねえ、あれじゃない?」
レオナに言われた方向を見ると、2頭の馬が引く深緑のコーチタイプの馬車が、こちらに向かって爆走してくるところだった。
御者台では、馬車と同じ深緑のドレスを着た、30代前半くらいの女性が盛大に手綱を振っている。
「え……あれ?」
俺は唖然となった。
ガラガラと音を立てて猛スピードで走ってくる馬車に、周囲からも何事かという視線が集まっている。
あれだったらちょっと嫌だなと思っていると、残念ながら御者台の女性は俺たちの前で手綱を思いっきり引いて馬を止めた。
その女性は馬車の急停車にもバランスを崩すことなく、俺たちを御者台から見下ろした。
「君たちがノルドヴァルトから来た子たち? ごめんねー遅れて! 準備がバタバタしててねー!」
そう言ってドレスの裾を翻しながら馬車を飛び降りてきた快活そうな女性は、ウインクをして片手を顔の前に出して拝むような仕草をした。
ゆるく巻いた栗色のセミロングヘアーに灰色の瞳が美しい女性だった。
俺たちよりは確実に年上だろうが、どこか少女のような雰囲気も感じさせる、人好きのするような笑顔が眩しい人だ。
「いえ……えーと、シュルト先生のお屋敷の方でしょうか?」
「うん、そうだよ。ようこそクローネンブルクへ。あ、荷物入れちゃうね」
そう言ってティアのトランクをひょいと持ち上げ、馬車の後ろに積もうとする。
女性で、しかもドレス姿の御者とは随分攻めているなと思ったが、この街ではそう珍しくないのだろうか?
「あのー、使用人の方……ですよね?」
振る舞いはともかく、見た目だけなら麗しい貴族の令嬢とも言えなくもない。
不思議に思ったらしいミユキが、次々荷物を放り込んでいくその女性に尋ねた。
「え? あー、違う違う! 私はディアナ=シュルト。ヨハン=シュルトの奥さんでーす」
そう言って花が咲くような明るい笑顔で答えてくれた。
俺たちは、彼女の告げた事実に、4人ともポカンと口を開けて作業を見守ることしかできなくなったのだった。
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