第137話 爆炎の魔女
女は一人、ロングフェロー王都にある高級宿の一室で、光信機を使い通信を行っていた。
夜の王都の煌めきが見える暗い部屋で、ワイングラスを傾けながらザラザラと流れてくる音声に耳を傾ける。
「やあお疲れ様ゼファー。もう王都には着いたのかい? ボクはようやくゴルドールに入ったところだよ。いやあ、さすがに遠いねロングフェローは。まだ数日かかると思うと気が重いよー」
「るっさいな。アンタ四六時中その調子でよく疲れないわね」
ゼファーと呼ばれた女は、煙草を咥えてマッチで火を着けた。
ミルクティーブラウンの髪の毛先は鮮やかなピンク色で、露出の多い胸元の開いた服を着こんでいる。
面倒くさそうな表情で、煙草の煙を天井に向かって吐いた。
「いや一人だと寂しくってさー。誰か一緒に来てくんないかなってリュウドウくん誘ってみたんだけど断られちゃって。ひどいよね」
「あたしでも死んでもごめんだし、誘う奴どう考えても間違ってるけどね、エレナ」
通話の相手は、エレナ=ドラクロワ。
彼女はドラクロワと同様にガウディスの直属の部下であり、ミューズの調整と試験のためにロングフェローを訪れていた。
「相変わらずきっついなー。ミューズはどう? うまくいきそう?」
「情報リンクはある程度は機能しているみたいだったけど、正直まだ使い物になるレベルじゃない。情報を整理して与えてやったら、ようやく言語を習得したから、”次”はもう少し人に近づくかもってところか」
ゼファーはワインに口をつけ、光信機に向けて語りかける。
ミューズには、いや正しくはミューズの中にある『赤光石』には膨大なエネルギーが宿っているが、それは生命のエネルギーを蓄える性質によるものだ。
そのエネルギーを、情報と置き換えてもいい。
「まあ最後はややこしい連中のおかげで急ぎ足になったからね。あのままミューズに皆殺しになってりゃいいけど」
このとき知る由もないが、ゼファーの目論見をティアはほぼ完璧に見抜いていた。
ノルドヴァルト騎士学院とセーヴェンを繋ぐ橋を破壊したのは、このゼファーだ。
既に多くの眷属を獲得していたミューズ/アルケニーが、ヴァルターという最強の駒を獲得し、逃げ場を失った生徒や教職員たちが彼によって全滅させられるというシナリオを描いた。
それが失敗に終わったことをゼファーはまだ知らない。
しかし、結果はどちらでもいいと思っていた。
既に取るべきデータは取り、次のプロセスへと移る準備ができたからこそ、ゼファーはこうして一足先に学院を去ったのだから。
「”災厄”ちゃんはどうかな?」
「知らないわよ。まああたしが残した資料を見つけてたら、アホ面下げて追ってくるかもね」
ティア達が保健室で見つけた実験の報告書。
核心に至る一部の情報はあえて秘匿されているが、そこに書いてある情報は基本的には正しい。
それはゼファーが餌として放っておいたものだった。
定時連絡により、”災厄の三姉妹”の一人『セレスティア=フランシスカ』がロングフェロー方面へ移動していることを知らされ、殺すか捕らえるかという指示を下されている。
ゼファーは、迷わず前者を選んだ。
理由は簡単、捕らえるのは面倒だからだ。
そこからバルタザルまで連れて行くのも困難だし、ゼファーはとにかく面倒ごとが嫌いな性格だった。
「大丈夫? リュウドウくんもこっぴどくやられたみたいだし、護衛は結構やるみたいだけど」
「はっ!」
ドラクロワの言葉を、ゼファーは鼻で笑った。
リュウドウたち『赤光石』の回収組が、セレスティアと会敵したときの報告は共有されている。
『災厄の三姉妹』の一人である彼女は、ミューズ研究の関係者に対して憎悪の炎を燃やしていると。
つまり、食いつきそうな餌を与えておけば、こちらから出向かずとも向こうからのこのこやって来てくれるというわけだ。
だからゼファーは、わざとらしく報告書も残したし、死体から切り取った腕も残して死を偽装した。
自分の目的を果たす"ついで"に、セレスティアも始末できるように。
「確かに一人巨女がいてそいつはヤバそうだったけど、この広い王都であたしを見つけられるかしら」
「ゼファー、油断と慢心は君の良くない癖だよ。ほら思い出して、君が調子に乗って飲み過ぎた挙句ラボで盛大に吐き散らかした日のことを。あれを片付けたのが誰だったかを。そうボク」
「わーってるっつの」
たしなめるようなドラクロワの言葉。
相手を煽り、必要以上に追い込んだり攻撃したりするのはゼファーの悪癖だった。
ドラクロワの反応に、ゼファーはチッと舌打ちをして2本目の煙草に火を着ける。
「まああたしは災厄女に構ってる暇なんかない。さっさと”例のアレ”を完成させなきゃなんないからね」
「焦らない方がいいと思うけど、王都の辺りでも試してるんだっけ?」
「ええ、とりあえず他の買い手も探す」
ゼファーは足を組み、王都の光を眺めながらそう言った。
彼女は今、ある兵器を開発している最中だった。
こうしてロングフェローの王都まで来たのは、ミューズの実験を踏まえたうえで作り上げた試作品を、試せる相手を探すためだ。
「局長も気を付けろって言ってたよ」
「エレナ、アンタはミューズが何故人を殺すか知ってる?」
「……そういう”役割”だから?」
ドラクロワの言葉に、ゼファーは頷く。
「そうだよ。ミューズは天使だ。天使は人の命を神に捧げるために殺す。それは本能よりももっと根深い”システム”によるものなんだよ」
「だから?」
「あたしの理論は間違ってない。ガウディスに言っといて、”聖獣”を手懐けられるまであと少しだって」
ゼファーは世界をあざ笑うように告げた。
彼女の研究内容、それはガウディスのものとは少し異なっていた。
だが、ミューズや赤光石が関わっている点で共通しており、それゆえにガウディスの共同研究者となっている。
「焦らない方がいいと思うよ、せめてボクが行くまでは」
「わかったわかった、せいぜい目立たないようにはしておくわよ。ストレス溜まってるから暴れたい気分だけど」
ゼファーはグラスのワインを飲み干しながら、機械越しのエレナに向かって獰猛な笑みを浮かべた。
顔は見えないが、ゼファーがどんな顔をしているのか分かっているエレナは、彼にしては珍しくやれやれと苦笑気味にため息をついている。
「”爆炎の魔女”が王都に出たなんて知れたら、大騒ぎになるよ」
「冗談よ。ロングフェローは魔女の領域だ。あたしでも下手な動きをする気は無い。ただ……」
ゼファーは、傍らにあったワインボトルに直接口をつけ、まるでビールでも呷るような勢いで喉を鳴らして呑んでゆく。
「ただ何?」
「……フランシスカの災厄女からあたしのとこに来るってんなら、話は別だけどね」
飲み干したワインボトルがゼファーの手の中で爆発して破片が四散した。
ゼファー=アストラル。
ガウディス機関の研究員にして、『爆炎の魔女』の異名を持つ女。
ロングフェロー王都にて、彼女の暗躍が始まろうとしていた。
―騎士学校編 了―
<TIPS>
お読みいただき、ありがとうございます。
これにて第四章『騎士学校編』は終幕となります。
次章『ロングフェロー王都編』は明後日からスタートします。
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