第133話 激闘の果てに②
俺たちは戦いの事後処理で紛糾している敷地内を通り、校舎の中へと入った。
目的地であるアストラルの保健室に行くまでには、特に誰とも出会っていない。
これから王国軍の調査が入るとのことで、生徒たちは一旦寮へと戻されることになったらしく、そのどさくさに紛れて校舎内には簡単に入ることができた。
「さて、何が出てくることやら」
ティアは保健室の扉を開け、俺達もそれに続く。
相変わらず煙草くさい室内だが、机や棚自体は意外にも整頓されている。
ミューズとの決戦前には特に内部を探らなかったが、一見するとおかしなところはなかった。
「ミユキさん、アストラルはどんな先生なのか知ってる?」
ティアがアストラルが座っていた木製の事務机の引き出しを開けていくのを見ながら、俺はミユキに問いかけてみる。
モルガナの処遇を巡って言い合いになったと言うのは聞いたが、俺も特にこの部屋に世話になっていないのでアストラルとは喋っていないのだ。
入学式のときに見た、派手な女と言う印象以外は特にない。
「そうですね……マイペースというか、見た目通りの方というか……」
あまり悪く言いたくはないのだろうが、ミユキのその態度から良い印象は無いようだ。
まあ保健室内に匂いが充満するほど煙草を吸ったり、マニキュアを塗ったりしているくらいだ。
勤務態度はまじめとは言い難かったのだろう。
とはいえ、室内が汚れ切っているということもないので、淡々と自分の仕事だけやっていたタイプかもしれない。
「すみません。正直私も会話はほとんどかわしていないので、どんな方までかは……」
「ミユキはその女と殴り合ったんだっけ? よく相手生きてたね」
「殴り合ってません! ちょっと言い合いになっただけです……あ、そういえばモルガナさんを病院に移送したと言っていたのに、地下で見つかったのも不思議ですね」
レオナの言葉を慌てて否定するミユキ。
その中で、モルガナがなぜか地下倉庫の繭の中から見つかったことを思い出したようだ。
「ミューズに操られてたんなら、モルガナが自分で途中で抜け出してきたんじゃないの?」
「もしくは、アストラルが嘘をついていたか」
レオナの疑問にかぶせるように、ティアは俺達に一枚の紙束を見せてきた。
アストラルの机の引き出しから出て来たらしいそれは、10枚程度の紙をクリップで止めた計画書のようなものだ。
その表紙にはこう書かれている。
「”赤光石による情報リンクと神骸との関連性について”ですか」
「『赤光石』についての報告書がアストラルの机から出てくるって……どういうこと?」
俺はその紙束をパラパラとめくっていく。
アストラルがただの保険室の先生ではないことが、この時点で確定したようなものだ。
しかもそこには、『赤光石』の名前がある。
それを知っているということは、ミューズのことを知っていたのと同義だ。
俺の両脇から、ミユキとレオナも紙束を覗き込んできた。
「そこに書いてあるのは、『赤光石』が互いに得た情報を蓄積して伝達し合う機能があるということみたい。そして、『赤光石』は殺した生命のエネルギーを吸い取る」
「情報を伝達し合うというのは……どういうことでしょう」
「分からないけど、たとえば私たちとの戦ったことなんかを学習しているとか」
俺はティアの言葉に、唾をゴクリと飲み込んだ。
つまり、俺たちがミューズと戦うたび、奴らは学習を繰り返して強くなるとでもいうのだろうか。
さらに、殺した人間のエネルギーを吸い取るというのも気になる。
殺せば殺すほど、ミューズのエネルギーになると言っているようなものなのだから。
「ミユキさんと戦ったドミニア。彼女はこれまでのミューズと比べても別格に強かった。赤光石を飲み込んだことだけでなく、殺した人間の数が段違いに多かったからなのかも」
ミユキが『聖餐の血宴』を使って倒したミューズ/ライカンスロープ。
確かに、彼女はゴルドール帝国が国家レベルで対応しなければならない災害のような敵だった。
犠牲者も多く、ミユキがいなければどうなっていたか分からないレベルの相手だったことは確かだ。
ミューズの強さの肝に、『赤光石』が大きく関連しているということだろう。
「『赤光石』って何なんだろう。”神骸”ってあるけど……」
俺の問いにティアもかぶりを振る。
その報告書には、あくまで『赤光石』の機能について簡単に書かれているだけだ。
それが本当にアストラルの持ち物なのかも、果たして分からないままだが。
「そういやアタシが戦ったミューズ。イライザだっけ? ”骸”がどうとか言ってたね」
確かに地下でも「骸を奪え」言っていた。
”骸”は『赤光石』を指しているようだが、どういう意味なのだろう。
ただの石でないことは間違いないが。
「”神の骸”か……とりあえずシグやシゼルさんにも知らせて探ってもらうよ」
ティアも現時点ではここまでしか分からないと、お手上げのポーズを取った。
とはいえ、アストラルがミューズ研究の関係者という線が濃厚になった点は進歩と言えるだろう。
「どうだろうね」
俺の心を読んだかのように、ティアは報告書を俺からそっと取って表紙を眺めた。
「どうって?」
「……アストラルが、あえてこれを残した可能性も考えておいた方がいい」
「何故ですか?」
俺とミユキは同時に首を傾げる。
レオナは考えるのがもう面倒になってきたのか、他の引き出しを物色し始めていた。
「私を誘ってる、とかね」
「……」
俺もミユキも、ティアを真っすぐに見つめる。
可能性は、ある。
ミューズ研究の関係者が、フランシスカ研究所の生き残りであり、『災厄の三姉妹』とよばれる人工聖女の成功作であるティアを狙っているのは不自然ではない。
ティアを殺そうとしているのか、あるいは他の目的かは定かではないし、これが本当にアストラルのものなのかもまだ確証がない点は押さえておかなければならないが。
「ティア、これ」
レオナは引き出しの中にあった、首からぶら下げるストラップつきのネームプレートをティアに投げて寄越した。
そこには、こう書いてある。
「”バルタザル国立研究所研究員 ゼファー=アストラル”」
ティアが読み上げながら、ネームプレートを握る親指が白くなるほど強く握るのが見えた。
その顔から表情が消え、殺気立つ。
「バルタザル国立研究所。つまり、レオナにティアちゃんの殺害依頼を行った依頼主ですね」
ガウディスという男がいる可能性が限りなく高く、ティアが目下調査を進めている相手だ。
そこの研究員ということは、つまり。
「宣戦布告と受け取るわ」
ティアはポツリと呟く。
その顔には、背筋が凍るほどの凄絶な微笑みが浮かんでいる。
笑顔の仮面の奥に見え隠れする、どうしようもないほどの怨嗟と憎悪に、俺はかける言葉を失った。
明らかな挑発行動だと俺にも分かった。
ゼファー=アストラルという女は、これをティアが見つけたとき、どういう行動に出るかを分かっているのだろう。
「私に”来いと”言っているんだよ。仮に私がこれを見つけられなくても、死んだはずのアストラルの身元調査が学院側でこれ以上進められることもないしね」
ティアにだけ分かる手がかりを残し、来ても来なくても”どっちでもいい”。
そんな嘲笑のような意味が、この報告書とネームプレートには込められている。
「ティアちゃん。それでは……」
「ええ……―――」
ミユキの問いに、ティアは頷いた。
「―――確実にゼファー=アストラルは生きている」
このノルドヴァルト騎士学院でアストラルは何をやっていたのか。
ただ、ティアが来ることを予測してアストラルは手がかりを残してどこかへと消えたのだろう。
今、見えなかったはずの敵の姿が、俺たちの前に鮮明に浮かび上がった。
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