第132話 激闘の果てに①
「フガク! 今地下から打ち上げたのってミューズ!?」
俺は地上に降り立ち、地下から上がってきたミユキと合流したところで、ティアが駆け寄ってきた。
「ああ、ティアちゃん。無事でよかったです」
ミユキがにこやかにティアを出迎える。
その後ろから、レオナもゆっくりと歩いてきた。
「私は大丈夫だよ。というか、二人の方がボロボロだね」
「分身体がもう1体繭から出てきてね。ほら、赤光石も回収できたよ」
俺は手に持っていた『赤光石』をティアに手渡す。
「なるほどね、通りで死体から赤光石が出てこなかったわけだ。っていうかフガクとミユキ大丈夫? かなりこっぴどくやられない?」
レオナがティアの横から赤光石を覗き込みつつ、驚いたようにそう言った。
まあ無理もない。
俺もミユキも、アルカンフェルとヴァルターという達人二人と戦っていたのだ。
かろうじて勝ちはしたが、さすがに無事とはいかない。
今回はミユキもダメージが大きく、ヴァルターのヤバさがそれを見れば如実に伝わっていた。
そして俺たちは、地上と地下それぞれで起こった事の顛末を共有し合う。
学院はミューズに操られた生徒たちとそれ以外でかなり混沌としていたこと。
ティアがエフレムや他のクラスメイト達の助力を得ながらシュルトを下したこと。
そして、レオナが奥義を使ってミューズを倒したことを知る。
「レオナそんな技あったのか。もっと使えばいいのに」
「は? 得物が無かったらアタシはただのか弱い美少女だよ? 全弾ブチ撒ける技なんてリスキー過ぎて使えるわけないじゃん」
ごもっとも。俺をアホを見る目で見ながら、レオナはそう言った。
他にも、アルカンフェルやヴァルターは避難した生徒や教師たちと連携して事後処理を行っているらしい。
改めて俺達4人とは話させてほしいとのことだった。
「それからティア。さっきミューズの死体にスキルを使ってみたけど、名前は『イライザ』ってなっていたよ」
ティアたちが来るまでにチェックを終えておいた。
ティアは名前を聞いてもピンとは来ていない様子だ。
「イライザ、交流はほとんどなかったけど、確かに研究所にいた人だね。ありがとう、後で弔う」
そう言ってティアは薄く笑った。
「にしても腕の無い死体か……」
ティアには、地下で繭の中から出てきた腕の無い遺体のことも伝えている。
腕だけが残されていたアストラルとの関連性が気になるところで、ティアも考えているようだ。
「アストラル先生が生きている可能性があるということでしょうか?」
「そこまでは分からないけど、一度調べてみてもいいかもね」
「調べるって?」
「保健室。アストラルが一番長くいた場所だろうし、何か痕跡があるかも」
アストラルの根城とも呼べる保健室、確かに何か手掛かりがあるかもしれない。
ただ、いずれにせよ俺たちの体力も限界だ。
少し休みたいところではある。
「ごめん、とりあえず二人の治療が先だね。ミユキさんの顔に傷が残るといけないし、先にやろう。いいよねフガク」
「もちろん」
「すみません、お願いします」
ティアも気になってはいるだろうが、一先ずヒーリングでの応急処置を開始する。
保険医だったアストラルもおらず、教員たちがセーヴェンの街から医師を手配してくれることになっているらしい。
「ようフガク、ティアちゃんたちも。無事だったみたいだな」
ティアが俺とミユキの治療を開始すると、アギトがバロックを伴って歩いてきた。
彼らもそれなりに傷を負っており、激闘のさ中にあったことが伺えた。
「アギト、あの繭の中にあった女性の遺体だけど……」
俺の問いかけに、アギトは思い出したように「あっ」と言って神妙な顔つきになった。
「あれな。腕が無かったから、時計塔で見つけたアストラルちゃんの腕と関係ありそうだよな」
やはりアギトも俺たちと同じことを考えたらしい。
騎士学校に巣食うミューズを撃破したというのに、最後にモヤッとした謎が残って微妙な気分になった。
「待てアギト。みんな悪かったな。俺が敵に操られて、迷惑かけたみたいだ」
そう言ってバロックは俺たちに頭を下げた。
特に謝ってもらう必要はないので、すぐに俺はそれを制する。
「気にすることないよ。ヴァルター先生やアルカンフェル先生でも直撃したら操られるレベルの攻撃だ。暗闇の中だったし、無理もないんじゃない?」
「そーそー。つーか、アンタじゃアタシらの邪魔にもならないんだから、謝るだけ無駄だからやめときなー」
レオナなりの辛辣な励ましや俺の言葉に、バロックはまだ少し納得はしていないようだったが、最後には礼を言ってその場は収まった。
「ただあれはねーぞバロックー。セーヴェンまでの石橋まで壊しやがって。あれじゃ医者とか王国軍が来るのにもだいぶ時間かかるってよ」
「……石橋が壊れた?」
ティアが訊き返すと、アギトは頷いた。
「ああ、今セーヴェン側から大急ぎで仮設の端を作ってるとこだ。別の端まで何キロも歩かないとダメだしな」
言われてみれば正門の方が騒がしいなと思っていた。
これは俺たちの治療は明日になるかもしれない。
今晩はさっさと寝てしまったほうがいいだろう。
と思っていると、バロックが不思議そうな顔をした。
「ま、待てよアギト。俺は橋なんか壊しちゃいないぞ」
「……あん? え、いやお前敵に操られてたんだし、覚えてないだけなんじゃねーの?」
「いや、確かに朧げなとこもあるけど……ただ俺の持ってる爆弾や火薬の量じゃ、さすがにあの橋は壊せないよ」
バロックの言葉に、俺たちも顔を見合わせた。
誰かがセーヴェンに続く石橋を壊した?
何のために。
いや、理由は何となく想像がつく。
「……私たちを学院に閉じ込めるため、といったところでしょうか」
「そうだね。そして、操っていた眷属に、学院内の人間を皆殺しにさせよう、くらいには思っていたかも」
「確かに今回のミューズって喋ってたよね。知能が高かったのかな」
俺は素直な疑問を口にする。
つまり、橋の破壊はミューズが眷属にやらせたということだろうか。
「どうなんだろう。ただ……ミューズがやらせたのと、もう一つ可能性はあるかな」
「何可能性って?」
レオナの問いかけに、俺もうんうんと頷く。
「ミューズと協力していた黒幕がいるかもってこと」
「ミューズと協力ぅ? いや、実際に戦ったアタシからすると、どう見てもそんな感じじゃなかったけどな……」
レオナの意見には俺も賛同した。
ミューズは確かに喋ってはいたが、赤光石を奪うことに執着しており、知能が高いと言っても他の個体と比べればという印象だ。
人間と共謀して学院を戦略的に破壊できるほどでは無かったように見えた。
「うーん、どっちかというと、ミューズを操っていたって言った方がいいかもね」
「そんなことできるんですか?」
ミューズは元は人間で、人工の聖女を創る実験の副産物ということなので、確かに人間の手が入って生み出されたものだ。
なので、人が操作できる可能性自体は否定できないと俺も思った。
「さあね。ま、考えても仕方ないよ。私も何となくで喋ってるだけだし」
「何か小難しい話になってんのな。なあフガク、お前らはこれでクエスト達成だろ? 学院を去るのか?」
そういえば、アギトにはもう俺たちがギルドの秘匿クエストで学院の生徒となっていることは明かしているのだった。
どうするんだろうと、ミユキのヒーリングを終えて俺の方に寄ってきたティアをチラリを見る。
「……あなたたちこそどうなの? レッドフォートの諜報員なんでしょ?」
ティアは質問には答えず、アギトに訊き返した。
なるほど、こいつらはこいつらで潜入任務で来たというわけだ。
ティアの質問に、アギトは慌てて指を口元に当てた。
「ティアちゃんしー! それ内緒だから!」
「バラしたのかアギト……」
「仕方ねえだろ! お前も様子おかしいし、任務続行のためだよ!」
「まあ俺は文句言える立場にはないのはわかってるよ」
バロックに言い訳をしているところを見ると、正体を明かすのは本当に苦肉の策だったようだ。
「俺らは任務終了だ。お偉いさんの娘さんも、さっき地下で見つけて無事だった。お前らのおかげだよ、ありがとな」
そう言って、アギトは俺に右手を差し出してきた。
一夜限りの共闘ではあったが、アギトがティアやレオナのサポートをしてくれたことも聞いている。
俺はその手を強く握り返した。
「うん、こちらこそ」
「まあすぐに帰国命令は出ないだろうし、ちょっと王都観光でもしていくさ」
バロックもやや自嘲気味に笑っている。
レッドフォート共和国。
東の大陸にある大国とのことだが、そんなところにまでミューズの影響が及んでいるようだ。
俺は何気なく思っていると、アギトは再び険しい顔つきとなった。
「『ミューズ』だっけか。アレがレッドフォートにある『ヴェロニカ=フランシスカ』の研究所で作られたもんだってことは、知ってるか?」
その言葉に、ティアの表情がこわばり、場にピリッとした緊張が流れた。
『ヴェロニカ=フランシスカ』は、ティアの復讐対象であるガウディスの共同研究者だったと聞いている。
既に死刑になったらしいが、確かその研究所はレッドフォートにあったはずだ。
軍属のアギトたちならば、その情報を持っていてもおかしくはない
「……そう。で、それが何?」
ティアは探るような視線を向けている。
その声は冷静を装っていたが、明らかに怒気を含んでいた。
彼らはまだ、ティアがそのフランシスカ研究所で生まれた人工聖女だということも、ミューズを狩りつつガウディスへの復讐を果たそうとしていることも知らないはずだ。
ここは慎重に言葉を選ばなければならない。
さもないと、彼らの任務如何によっては敵対するおそれがあった。
「『赤光石』って赤い石がミューズの中から出てきたろ。それの回収も任務の一つなんだが……」
「へえ、それで?」
俺だけでなく、ミユキやレオナも分からないように戦闘態勢に入っている。
アギトの次の言葉次第では、俺たちは彼らと戦わなければならない。
頼むから、どこぞのリュウドウみたく「持ってるなら寄越せ」とは言ってくれるなよ。
「……ま、それだけだ。今回の任務にミューズが関わってるなんて思ってもなかったしな」
「え……」
俺は思わず呆けた声を出した。ティアも同じだ。
アギトはいつもの調子で軽薄な笑みを浮かべた。
その後ろでバロックは微妙な表情をしているが、操られた手前何も言えないようだった。
「その様子じゃお前らも相当な事情を抱えてんだろ。俺は恩人に刃を向けるほど、薄情じゃないつもりだぜ? いくぞバロック」
アギトはウインクをして踵を返し、バロックを伴って校舎の方へと戻っていった。
俺は、彼なりの礼なのかもしれないと思った。
ミューズを追う俺たちの様子から、ただならぬ事情を察したのだろう。
明かせる情報として、レッドフォートの軍もまた『赤光石』を追っていることを知らせたのだろう。
「十分注意しろよ」というメッセージと受け取ることにした。
「少しヒヤッとしましたね」
「アタシもさすがに連戦は勘弁してほしかったし、焦ったよ」
ミユキとレオナもほっとしている様子だった。
ティアは彼らの背中をしばらく見送り、ふぅとため息をつく。
俺の治療も終わったので、今日は解散して寮に戻るのかと思っていると、ティアは俺たちに向かって告げた。
「疲れてたら別にいいけど、行けるならみんな付き合ってくれる?」
「行くってどこに?」
まあ何となく察しはつく。
どうせ医者もしばらく来ないのだ、今のうちにやることを済ませておこうということだろう。
「さっきも言ったでしょ保健室だよ。……アストラルが何かを遺していないか、早めに確認しておきたいんだ」
戦闘の興奮も冷めやらぬ状態だ。
時計を取り出すとまもなく日付が変わる頃だが、問題ない。
俺は、もう時計を失ってしまった時計台をチラリと一瞥し、ティアたちと共に校舎内へと足を踏み入れていくのだった。
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