第131話 孵化型分身体
ヴァルターとアルカンフェルが地上に戻ったのを見送り、俺たちは地下倉庫で昏睡状態となっている生徒たちの安否確認を行った。
部屋の奥の天井にある繭は動く気配が無いため、上階の戦いが終われば彼らと協力して破壊する手段を考えることになるだろう。
アギトが繭から救助した約20名の生徒・教員は現在、隣の倉庫に寝かされているがみんな息がある。
ただ、室内には繭が30個ほどあるため、10名程度は既に亡くなっている計算だ。
安否確認を終えた俺たちは、救助し忘れが無いか、もう一度室内の繭を見て回っていた。
「こっちは大丈夫そうだよ」
「……フガクくん。こちらに来てください」
繭の中には特に何も残っていないことを確認すると、一番奥の端にある繭を見ていたミユキが俺を呼んだ。
「どうしたのミユキさん?」
俺は近づき、彼女が見ていた繭の中を見る。
そこには、一体の女性の遺体があった。
腐敗などはなく、皮膚が少し赤くただれてはいるものの、ある一点を除けば外傷もない。
「……腕が、ない?」
「ええ」
40代前半くらいの女性教員だろうか。
彼女の右腕が肘から斬り取られている。
苦悶の表情を浮かべているわけではないため、死後に斬り取られた可能性が高そうだ。
ミューズに斬られたか、あるいは戦いのさ中などで失ったのか。
アギトも既に彼女が死亡していることに気付き、他の救出作業を優先したため残されたのだろう。
「ミューズが人を食べることはあるんでしょうか?」
「にしては断面が鋭利過ぎるね」
嚙みちぎられたとかではなく、明らかに切断されたあとがある。
ミューズは人を食糧として食べるわけではない。
生きるためではなく、殺すために襲ってくるのが恐ろしいのだ。
そのため、これまで俺が関わった3体のミューズの話ではあるが、ミューズが餌として捕食した可能性は低いと思った。
「何故こんなことを……」
ミユキはわずかに顔をこわばらせた。
彼女の呟きを聞きながら、俺は一人の人物を思い浮かべていた。
「アストラル……」
「私も思いました。アストラル先生のものと思われる腕も、確か右腕でしたし」
俺は頷く。
今日の昼間、時計塔に遺されていたという腕は、ネイルの色やアクセサリーからアストラルのものだと予想した。
だが、本当にそうだったのか?
この女性教諭の腕だった可能性は?
「この女性にネイルはありません。肌の色は……先生と似ているような気がしなくもないですが」
薄暗がりでよくわからない。
ただ気になるのは、時計塔に落ちていた腕がアストラルではなくこの女性教諭のものだったとして、何故偽装したのかだ。
「もしくは、右腕だけを切り落とす猟奇的な理由でもあるのかもしれないけど……」
ただそんな死体がミューズの繭から出てくるのはどういうわけだろうか?
「アストラルが死んだと思わせる必要があった……とか」
「何のためにでしょう?」
「……さあ?」
俺たちは二人で唸り声をあげて考えあぐねてしまった。
そのときだった。
ビシッ。
何かにヒビが入るかのような音が木霊した。
真っ先に思い浮かんだのは、あの巨大な繭だ。
「繭から何かが孵ったのかもしれません」
「行ってみよう!」
慌てて俺たちは繭のあった部屋の隅へと駆けていく。
「……繭が空になってる?」
繭は確かにひび割れている。
それどころか、大きく開いて中は空っぽの状態になっていた。
「何かが外に出たんでしょうか?」
暗いので、ミユキはライトで繭を照らしている。
俺は周囲、特に天井付近にライトをゆっくり動かしていったそのとき。
「ミューズ……!?」
そこには先ほど、蜘蛛の巣を通って外に出ていったはずのミューズがいた。
外でティアと戦っているものとは別個体なのだろう。
俺が驚きを口するのと同時に、真上からミューズは俺に糸を放ってくる。
「オマエヲ最初ノ眷属トシテヤロウ……」
人語を離すミューズは、不気味な声で俺に語りかけ、俺の首筋にチクりと何かが刺さる痛みがあった。
「フガクくん!」
「うっ……!」
ミユキの声を聞きながら俺は顔をしかめ、咄嗟に首筋に手を当てる。
「……手ハジメニソノ女ヲコロセ」
ミューズは淡々と俺にそう告げる。
ミユキがハッとなって背後に跳び、俺から距離を取る。
しかし、俺は特に何も変わらなかった。
「大丈夫だよミユキさん。何ともない」
「……え? そ、そうなんですか?」
ミユキは不思議そうな顔をしている。
俺だって驚いているくらいだ。
何かをされたことは明確なのに、身体も頭もなんともないのだから。
逆に不自然で不安にさえなってくる。
「ナニ……?」
俺は首筋をさすりながら、ミユキに笑みを返し、天井で逆さになってこちらを見下ろすミューズを睨みつけた。
「お前……今何かした?」
「……何故ダ。何故眷属ニナラナイ」
俺は首筋に触れた指先に、細い釣り糸のような感触を得た。
これがミューズの『神経糸』とかいうスキルだろう。
こいつでヴァルター達も操っていたのだと予測できた。
なるほど、『孵化型分身体』とはつまり、あのミューズと同じ個体を繭から孵化させるスキルなのだろう。
俺は糸を握り込み、思い切り力を込めて首から引きちぎる。
「フザケルナ……! ドウナッテイル!」
ミューズの貌に焦りが浮かんだ。
ぶっちゃけ俺にも奴のスキルが効かなかった理由はさっぱり分からない。
だが、一つの可能性として俺のスキル『精神力 SS』が脳裏を掠める。
もしかすると……――。
「ナラバ貴様ハドウダ……!」
そんなことを考えていると、ミューズは天井を飛び、今度はミユキの方に糸を放つ。
「やけになりましたか? 無意味です」
当然のように剣で薙ぎ払われてしまった。
「クッ!」
防御を固め、拠点から多くの眷属を操って戦うタイプのミューズだ。
こうなってはもう打つ手がないらしい。
俺は銀鈴を握り締め、天井を仰ぎミューズに明確な殺意を向ける。
「何だかよく分からないけど。それよりお前、僕に”ミユキさんを殺せ”って言ったか?」
俺は、自分の中に沸々と言い知れぬ怒りが沸いてくるのを感じていた。
奴が発した言葉は、俺の中で絶対的禁忌の言葉だ。
分かりやすくいえば、”逆鱗に触れた”というやつだ。
「貴様……何者ダ……」
バヂッと、スイッチを入れるように足元で雷鳴が爆ぜる。
そんなこと、俺が訊きたいくらいだね。
「フガクくん……いけますか?」
「問題ないよ、少し下がってて」
俺は足先に雷を宿しながら、膝を屈めてミューズを真っすぐに仰ぐ。
「僕はミユキさんを殺さないために、こんなとこまで来てるんだ……」
「何ヲ……言ッテイル……」
産まれたてのミューズには、眷属もいないのだろう。
ここで待っていて、どうやら俺たちは正解だったようだ。
奴の攻撃手段は、恐らく糸とその肉体しかない。
「……そんな僕に向かって、よくも”ミユキさんを殺せ”と言ったな」
「フガクくん……」
ミユキが息を呑むのが雰囲気で分かる。
今の俺は、怒り狂っていると言っていい。
「お前を殺す……――」
そして俺は、薄暗い地下倉庫を雷の光で青白く染め上げた。
それはまるで、俺の脳天から噴き出す憤怒の炎のように。
大地から天井へ、白銀の雷が昇っていく。
「――『神罰の雷』ッッ!!!!」
俺が抜いた銀鈴の刃は、かろうじて防御体勢を取ったミューズの腕に食い込み、そのまま天井へと叩きつける。
そして俺の激怒に呼応するかのように、『神罰の雷』の勢いは止まらない。
やがて天を穿ち、地上から空へと向かって降る流星のように、俺は校舎を1階2階3階と貫き屋上までミューズに刃を喰い込ませながら打ち上げ――
「ォォォォォオオオオオオオ……! オノレ……! オノレェェェェェ!!!!」
――最後には胴体も首も、縦に真っ二つに切り裂いた。
遮るものの無い眼前に、時計塔が見える。
そこから出てくるティア達の姿を見つけたのと、ミューズが絶命したのは丁度同じ瞬間だった。
ミューズの身体が裂け、零れ堕ちた赤光石が、俺の視界の中で踊る。
そっと手を伸ばし、石を握りしめたところで、ようやくこの学院における俺たちの戦いが勝利に終わったことを実感したのだった。
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