第130話 閃紅鮮花
レオナはナイフを投げながら、時計塔の最上部でこちらを嘲笑うように見下ろすミューズを忌々しげに睨みつけた。
一心不乱に塔を駆けあがってくる約20人の暴徒たち。
レオナを引きずり降ろそうと手を伸ばしてくるので、それをかわしながら攻撃を仕掛けるのは至難の業だった。
(どうする……? このままじゃアタシのナイフが先に尽きる。決定打を与えるにはもう少し数を減らすしかないか)
レオナはここにきてようやく気付く。
このミューズは攻撃手段の乏しい防御型の魔獣だと思っていた。
だがそれは違う。
こいつの武器は、この溢れかえる暴徒たちそのものなのだ。
神経に直接作用する糸を使い、彼らを手足と化して獲物を捕食する。
まさに蜘蛛のごとき狡猾な化け物。
それが"ミューズ/アルケニー"だ。
相手の武器は人間。
心理的にも殺すのをためらう者が多いだろうことも、ミューズには分かっているのだろう。
このときレオナは気づいていないが、ミューズ/アルケニーが一度に操り眷属にできるのは30名程度が限界だ。
ヴァルターやアルカンフェル、ジェフリーにモルガナなど、一部の眷属は既に支配を解かれている。
また、もう一つのスキルに『コロニーリンク』がある。
これは、繭にした者が持つ情報を取得して学習する能力だ。
そのため、眷属を”眼”として情報を集め、繭にすることで学院内の情報を得ていた。
レオナの能力や、仲間の能力、さらにヴァルターたちの能力も『コロニーリンク』によって解析されている。
つまり、レオナの身体能力などもある程度はミューズにバレている状態なのだ。
「降りてこいバカヤロー!!」
レオナは叫ぶが、もちろんミューズが応えるはずもない。
「愚カナ……ソコデ押シブツサレルガイイ」
ミューズの呟きが時計塔内に木霊する。
レオナは近づいてくる生徒たちを蹴り飛ばし、足払いをしかけて塔の階段から転げ落としながらどうにか耐えている状態だった。
時間が経てば経つほどこちらが不利になる。
何か打開する手立てはないかと思ったそのときだった。
「レオナ!! 大丈夫!?」
扉の中から、ティアとエフレムが駆け込んできた。
何故エフレムがいるのかは分からないが、ティアが一緒にいるなら味方と思ってよいのだろう。
レオナはわずかに口元に笑みを滲ませた。
「ティア助かった! ちょっとこの鬱陶しいの引き受けてくんない!?」
そう言って、レオナは1人の教師の脚を払い、腕を掴んで背負い投げで吹き抜けの空中に放り投げた。
物言わぬ暴徒は、自らが落下していることも分かっていないのか、必死にレオナに手を伸ばしながら落ちていく。
当たり所が悪くなければ死ぬまいと思いつつ、レオナは数名を階下へ突き落としていく。
「めちゃくちゃですねあの少女は……」
エフレムは呆れたような声をあげながら、槍で相手の首の裏にある眷属の証を切り裂く。
糸を斬られた人形のように一人は動かなくなるが、いかんせん的が小さく頭の後ろが狙うべき場所だ。
「レオナ! こいつらは首の後ろにミューズの糸を撃ち込まれて操られてる! 首を狙って!」
「今はちょっと難しいかなー!」
さすがにこちらに真っすぐ向かってくる相手の背後をつくのは簡単ではない。
1人2人は何とかなっても、狭い通路に15人以上ひしめいているので無茶だ。
次から次に正気に戻せるとはいかなかった。
「何か策は!?」
階下から飛んでくるティアの言葉に、レオナは言葉に詰まった。
実は、あるにはある。
だが、この技は一回限りしか撃てない奥の手だ。
現状邪魔者が多すぎて使いようがない。
それに、これは自分のポリシーに反する技でもあったから。
「……ティア! こいつらを10秒引き受けてくれる!?」
レオナは一瞬迷う素振りを見せつつも、状況を打破するためにポリシーを捨てることを決意してティアに問いを投げかけた。
そしてティアは
「いいよ! レオナ! ”石”を投げて!」
レオナは、目を丸くして驚いた。
何の疑いもない、二つ返事での了承。
ティアは、どんな策を講じているのか聞きもしなかった。
「アタシが失敗したらとか思わないわけ!?」
「思わない!」
レオナは言葉を失った。
ああ、まったく。
レオナは急におかしくなって歯を見せて笑った。
普段やりすぎくらいに慎重派なのに、妙なところだけ危険な賭けを平気でやる。
ティアと一緒にいると、自分が無敵にでもなった気分になるようだ。
「んじゃお願い!!」
レオナは腰のバッグから、『赤光石』が入った袋を取り出した。そして、ティアに向かってそれを思いきり投げつける。
袋の中からでも分かる禍々しい赤い輝きに、ミューズも暴徒も反応した。
「骸ダ! ソレヲウバエ……!!!」
宙を舞う袋に飛びつくように、暴徒たちは階段から飛び降りていく。
群がる暴徒が宙を舞ったその瞬間、扉と窓からは新たな影が飛び込んできた。
ヴァルターと、アルカンフェルだ。
「待たせてすまない! 加勢する! やれるか!?」
一瞬まずいと思ったが、どうやら既に正気に戻っている様子。
彼らは飛びつく生徒や教師を一撃で吹き飛ばした。
ヴァルターの問いかけに、レオナは力強く応える。
「やれるに決まってんだろ!」
レオナはそれを見て時計塔を駆けあがる。
もう自分を止められる者はいない。
焦りを表情の無い貌に浮かべた白き怪物が、こちらに向かって糸を吐きつけてきた。
レオナはそれをかわし、細い金属の手すりの上を疾走する。
「見せてやるよ……アタシが超天才だってところッ!」
暗殺者は、一撃必殺。
それがレオナのポリシーだった。
レオナは生来の赤い髪が人目を引き、およそ暗殺者らしくない見た目をしていることにも自覚がある。
こんな見た目だからこそ、相手は「まさかこいつが暗殺者だなんて」と思うのだ。
アサシンに派手な技などいらない。
標的に近づき、その首元に刃を撫でつけて引くだけだ。
逆に言えば、多対一に持ち込まれた時点で暗殺者としては十中八九負けている。
だから、この技はその恥さらしもいいところな状況を打破するための奥の手。
「何ヲスルツモリダ!」
吐かれる糸をかわしつつ、ただ真っすぐにミューズへと飛び込んでいく。
がむしゃらな特攻か、あるいはヤケクソの吶喊だとでも思っているのか。
そんなわけがない。
心は冷徹に、ただ標的を殺すことだけに意識を研ぎ澄ませる。
「いくぞ……蜘蛛女……―――!」
レオナは宙を舞い、時計塔の吹き抜けの空へと身を投げ出した。
これは、戦闘中ただ一度限りの大技。
レオナの視界に映るもの全てが、赤い華となって散る。
ただの投げナイフが、死の花弁と化して空を裂くのだ。
ナイフ投擲の天才であるレオナが、その技術と残弾の全てを解放する最終奥義。
腰のバッグに入った残り30本ほどの投げナイフと、腰にぶら下げたダガーナイフ。
それらを、一度に投げ抜く絶技を発動する。
「―――全部持ってけ! 『閃紅鮮華』ッッ!!!!」
レオナは自らを”天才”とうそぶくが、それは紛れもない真実だ。
一本一本のナイフはただ真っすぐ宙に線を引くように放たれていく。
『赤光石』へと群がり、アルカンフェルやティア、エフレムたちに吹き飛ばされていく暴徒たち、15名の首筋へ。
そして、ミューズの顏、喉、首、心臓、あらゆる急所に向けて。
上下双方に向けて放たれる刃の流星が、一片の慈悲も無く突き立てられていく。
重量あるダガーナイフが回転しながら宙を走り、ミューズの首を一撃で断った。
そして『トロイメライ』最強のアサシン、レオナ=メビウスの刃は一つとして外れることなく標的を貫いていく。
「バ……カナ……」
ミューズの首が宙を舞い――命の繭は、静かに断たれた。
暴徒たちの眷属の糸は全てが切り裂かれ、意思無き人形のように倒れていく。
断末魔の声と共に、ミューズ首が落ちていくのを横目に見ながら、レオナもまた時計塔の中を真っすぐに頭から落ちていった。
「レオナ……!」
ティアの叫ぶ声が聞こえた。
体勢を立て直さなければならない。
間に合うか? そう思っていると。
階段を駆け上がったヴァルターが、ふわりとレオナの身体を抱き留め地上に舞い降りた。
「レオナ=メビウス。とんでもないな君は」
「……はっ」
そう言って、生徒を褒めるヴァルターに、レオナはたまらなくおかしくなった。
こんな殺しの技で、しかも大量殺りく用の技で褒められるなんてと、笑いが込み上げてきたのだ。
「レオナ、ありがとう。本当にすごかったよ」
ティアの手には、『赤光石』が入った袋が握られていた。
彼女の満面の笑みと労いの言葉に、大地に降り立ったレオナはウインクを返す。
「超絶天才って呼んで」
そうしていつも通り、暗殺者は少女のように微笑んだ。
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