第126話 魔女と聖女の共謀
エフレムがシュルトと対峙したのを、ティアはどう判断すればよいのか一瞬迷った。
エフレムがこの混沌の中、明らかに元凶と思われるミューズが時計塔の頂上に座しているのを見て加勢してくれたのは分かる。
だが、エフレムの実力は正直なところ未知数なのだ。
シュルトは学院の教員を務め、剣術の授業などをヴァルターに代わって指導することもあるという。
それなりの強者ではあるはずだが、エフレムはゴルドール帝都に向かう際に少し剣を交えた程度だ。
デュランという使い魔のマンティコアに騎乗している状態ならまだしも、現在の彼女はどこまで戦力として期待できるのかが分からなかった。
「不愉快な視線を感じます。ティア=アルヘイム、よもやあなたは私が”弱いかもしれない”などと思っていないでしょうね?」
月明りのような色をした瞳でジッとこちらを見据えてくるエフレム。
ティアはギクリとなった。
さすがに弱いとまでは思っていないが、シュルトに勝てるのかは分からないからだ。
「そこまでは思ってないよ。ただ……」
「エフレム=メハシェファー、余所見とは君こそ舐めているのではないですか?」
ティアとのやり取りを待つわけもなく、シュルトは細い剣を振りかぶりながら、エフレムに接近する。
エフレムはそれを、手にした模擬戦用の剣で受け止める。
ガギンッという高い音を立てながら、エフレムも駆け出し、先ほど投げ付けた金槍『ブリューナク』を拾い上げる。
「なるほど私とやり合える程度の力はあるようですね」
シュルトは冷徹な声でそう言いながら、エフレムを睨みつけ、彼女を剣の切っ先で貫こうとグンッと加速した。
顔目掛けて疾走する剣の先端をかわし、エフレムは槍を奮う。
「アースグレイヴ……!」
同時に、シュルトの足元から石畳が隆起して足場を崩す。
なるほどとティアは思った。
エフレムは『金槍の魔女』と呼ばれる、魔女として名の知られた人物だ。
確かに、シュルトの相手は十分に務まるらしい。
「こざかしい真似を!」
シュルトは跳躍し、跳ね上がる大地よりも早くエフレムに肉薄する。
その瞬間。
「ウィンドカッター……!!」
エフレムは跳ねるように後退しながら、風魔法の詠唱を高らかに告げた。
シュルトの視線が一瞬、エフレムの掲げた手へと向かう。
「魔法ごときでは私は破れんぞ!」
次の瞬間、風の刃が襲いかかる――そう錯覚させるだけで、魔法は放たれなかった。
風刃を警戒して防御姿勢を取ったシュルトに、エフレムは手にしたブリューナクを迷いなく投擲する。
魔法を警戒したがゆえの、わずかな動きの硬直。その刹那が命取りだった。
「愚かな」
放たれた金槍は、鋭く唸りを上げながら宙を裂き、シュルトの脇腹を掠めて肉を裂く。
詠唱があれば、魔法が来る。
そんな先入観を逆手にとった、『金槍の魔女』エフレムの狩猟術だった。
「なっ……!」
さすがのシュルトの顔にも一瞬の焦りが浮かぶ。
ティアは、槍と魔法のどちらも熟達したエフレムだからこその戦術だと感心した。
詠唱を囮にしたのではない。
詠唱すらも槍術の一部として練り込んだのだ。
単純ではあるが、本当に魔法が飛んでくる可能性もある以上相手にとっては無視できない脅威だろう。
さらに追撃は終わらない。
「ギガントブラスト!」
先ほど破壊された大地の破片が、岩石が、意思を持ったようにシュルトに四方八方から襲い掛かった。
「ぐっ……!」
背中を痛打し、顔を歪めながらも剣で岩石の弾丸を薙ぎ払っていくシュルト。
さらに、飛び交う岩石に紛れてブリューナクが宙を舞う。
エフレムは戦場を駆けながらそれを回収。
体をグラつかせたシュルトの太ももに、槍の穂先を突き刺した。
「ぬぅ……!」
シュルトの顔に苦悶が浮かぶ。
「覚えておきなさい。私は、エリエゼルお姉さまと模擬戦ができる程度には強い」
そしてエフレムは、両手で槍を持ち、シュルトの首を断とうとそれを振り下ろした。
その人形のような顔に感情はなく、ただ淡々と獲物を狩る機械的な動作だった。
「舐めるなよ! 剣帝流<鎬崩し>……――!」
シュルトは剣を襲い来る刃に対して水平にし、槍の穂先を逸らせた。
そのまま一歩前進し、流れるようにエフレムの胸元を切り裂いていく。
「っ……!」
エフレムが痛みと滴る血に口元を歪ませる。
ヴァルターは冷たい目をしたまま、さらに返す刀でエフレムに二の撃を打ち込んでいく。
エフレムは槍で受けるも、絶え間ない執拗な追撃に防戦を強いられる。
表情に焦りはないが、一進一退の攻防。
両者の実力が拮抗していることが見て取れた。
「……ん?」
そのとき、ティアは背中を向けたシュルトの首元に、赤い小さな紋様の輝きを見つける。
黒いジャケットとシャツの襟元からわずかに覗く程度ではあるが、明らかに異質だった。
瞬間、そこに活路があると思った。
そしてティアは駆け出す。
「エフレム! そんなんじゃお姉さんに叱られるんじゃない!?」
エフレムを挑発するように声をあげると、彼女はギリリッと歯噛みした。
彼女と目が合った。
「あなたがお姉さまを語らないで!」
「どういうつもりだティア=アルヘイム……!」
シュルトの背後から襲いかかるティア。
イラッとしたエフレムは、先ほどよりもより重く鋭い突きをシュルトに見舞い、シュルトはティアが来ると分かっていながら受けるしかない。
「いいでしょう……乗ってさしあげます。サンドストーム!!」
何かを察したエフレムが魔法の詠唱を行うと、風が砂塵と小石を巻き上げて視界を覆い尽くす。
一瞬シュルトの視界からエフレムとティアが消えた。
同時に、エフレムが再び真正面から槍でシュルトを貫こうと突き出した。
そして。
「ありがとうエフレム!!」
ティアの剣が、シュルト首筋の赤い紋様を切り裂いた。
「うぐっ……!」
2対1で相手を追い込むなど、騎士にあるまじき行いだろうか。
だが卑怯とは言うまい。
確かにティアは、かつてウィルブロードの聖庁を守護する騎士だった。
今は違う。
誇りも矜持も、騎士や聖女として清らかに在るために持ち合わせているわけではない。
シュルトは血があふれ出る首の後ろを押さえ、苦悶の表情を浮かべた。
その眼が、一瞬だけ、正気を取り戻したように揺らぐ。
「お……のれ、私は……」
そしてそのまま、ドサリと崩れるように倒れていった。
「私、見てるだけなんてごめんだから」
それはシュルトやエフレムに向けただけの言葉ではない。
ティアの在り方そのものだった。
自ら身体を張り、最前線で手を血で汚す覚悟もとうの昔にできている。
ティアは剣についた血を払い、ゆっくりと鞘に納めていく。
「……何かするつもりだったなら最初から言っていただけますか」
呆れたように言うエフレムに、ティアは微笑み返す。
「咄嗟に思いついただけだから。改めて感謝してるよエフレム。おかげで」
「待って、何か来ます」
実際エフレムがいなかったらシュルトに勝てるかは微妙だった。
お礼を言おうとしたティアの言葉を遮り、エフレムが校舎の方向を見る。
つられてそちらを見ると、武器を持った多くの生徒や教員たちがこちらに疾走してきた。
先ほどまで学院の敷地内に地獄を作り上げていた、ミューズの眷属と化していた者たちだ。
「さすがに骨が折れますが、まだ余力はあります。言っておきますが、あなたを守って戦うつもりはありませんので」
「ご心配ありがとう」
「腹の立つこと」
言いつつティアは腰の剣を引き抜く。
人数は20人といったところか。
厳しくはあるが、シュルト一人を相手にする方が厄介だ。
もう一戦やるしかないかと思っていると、何やら彼らの様子がおかしいことに気づく。
彼らは、"こちらを見ていない"。
一心不乱に迫っていた彼らは、迎え撃つ気であったティアやエフレムの横を素通りし、そのまま時計塔の扉や窓に取り付き中へと入っていく。
扉の鍵は斧を持っていた生徒によって破壊されてしまった。
「まずい! 行くよエフレム!」
彼らは錯乱しているのではない。明らかにレオナを狙っている。
このままでは、中にいるレオナがミューズと挟み撃ちに遭ってしまう。
ティアは当たり前のようにエフレムに声をかける。
「何故私が……」
「このまま学院が崩壊して、お姉さんの母校が不名誉を被ってもいいの!?」
「あなたお姉さまの名前を出せば何でも通ると思ってませんか? ……まあ行きますが」
エフレムはため息をついてティアをジロリと睨んだ。
わざとらしいのは重々承知のうえだが、彼女がそう言われれば断りづらいのも知っている。
ティアは破壊音が聞こえてくる時計塔を見上げ、自らも暴徒たちに紛れて壊れた扉へと駆けていくのだった。
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