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第12話 聖女の紛い物

 森の奥――。


 ティアたちが静かに祈りを捧げ、ノエルの墓標に背を向けて帰路につく。

 その一部始終を、木陰から見つめる影があった。


 白い遺骸の傍へと歩み寄るミランダが、首のないミューズの死体を見下ろす。


「はー、やるもんだね。まさかこいつを倒しちまうなんてさ」


 見事に一撃で断たれた首の断面を見ながら、ミランダは感嘆の声をあげる。

 彼女の後ろから、3人の男達が現れる。


「ばっか感心してる場合かよ! 早くしねぇとギルドの連中が確認作業やら後始末やらに来るぜ」


 そう言って腰元から巨大なナイフを取り出したのは、ミランダのパーティメンバーであるマルクだ。


 刈り上げヘアに髪を逆立てたその若い男は、ミラと同じくダークグレーの外套を羽織っている。


「確かにな。彼女らが戻ってこないとも限らない。マルク、作業を早く終わらせるのだ」


 そう言ったのは、長い杖を持ち魔術師風のローブに身を包んだ長身の男ドロッセル。

 ローブの色はミランダやマルクと同じダークグレーを基調としていた。


 黒い髪にオレンジ色のメッシュが入っており、飄々とした雰囲気を漂わせている。


「テメェもやれやドロッセル! おいリュウドウテメェもだぞ!」


「……いいからさっさとしろ」


 緑の髪で赤い片目を隠した仏頂面の男の名はリュウドウという。

 この中では最も若く、3人からは少し離れたところで辺りを警戒していた。


「ったく、どいつもこいつも。お前らちゃんと見張っとけよ!」


 マルクはミューズの胸元に空いた傷をナイフで広げ、おもむろに指を差し込んだ。

 絶えず流れる血液と、まだ体温の残る体内を指でかき分けていく。


「お、あったあった。やっぱ心臓付近にあるんだな」


 そう言ってマルクがミューズの体内から取り出したのは一つの赤く輝く石だった。


赤光石(しゃっこうせき)が壊れてたら無駄足だからね。無事で何よりだよ」


 ミランダはそれを見て満足げに頷く。


「おいドロッセル。こいつちょっと拭いてくれや。血生臭くてかなわねえ」


「久しぶりに見るが、美しいものだな」


 ドロッセルはマルクから血まみれの赤光石(しゃっこうせき)を受け取ると、懐から取り出した布で拭きながら感心する。

 木々の隙間から差し込む木漏れ日を反射し、赤く透き通った石は吸い込まれそうなほどの奥深い輝きを放っている。


「こんなもんどうすんだかな。命令とはいえゴルドールの田舎まで来させやがってよ」


 マルクは手を布で拭いつつ悪態をつく。


「まああたしらは労せずそいつを手に入れられたんだ。文句言うんじゃないよ。せっかくだし、帝都でも観光して帰ろうかね」


「見つかったのならさっさと行くぞ。長居は無用だ」


 リュウドウは言葉少なくそう告げると、一人踵を返してキャンプの方へ戻っていく。


「わあってるよ。任務も終わったし、キャンプに戻って酒でも飲むべ」


「そうだね。後であのお嬢ちゃん達を労ってやろうかね」


 ミランダたちは軽口を交わしながら森を後にした。

 彼女らがどこから来たのか、その目的は何か。

 フガク達はまだ知る由もない。


ーーー


 俺たちは3人とも満身創痍の身体を引きずるようにしてキャンプに戻ってきた。

 ギルドの管理テントに詳細を報告すると、到着してわずか半日の俺たちが依頼を解決したことに驚かれた。


メガネの生真面目そうな受付嬢が、「え、もう終わったんですか?」と訝しげにしていたのが印象的だ。


 眼鏡の奥の目が訝しげに揺れている。無理もない。到着してわずか半日だ。


 ドレンの報告と、ティアが回収していたミューズの指が無ければ、誰も信じなかっただろう。

 血まみれの俺たちを見た受付嬢は、冒険者慣れしているのか動じずに治療班を手配してくれた。


 今は管理テントの近くにある救護テントのベッドで、3人並んで寝かされている。

 ちなみに、今晩の夕食になる予定のブラッドボアの肉は、ギルドに預けて保存してもらっている。

 回収してから数時間経っているので、悪くなっていなければいいが。


「僕ら今晩はここで夜を明かすのかな?」


 治療といっても魔法でちゃちゃっと治すのではなく、普通に医療的処置を施された。


「ギルドはそこまで親切じゃないよ。小一時間なんともなければ戻っていいって」


 救護テントは大きいが、それでもベッドを6台置くのが限界だ。

 元気な患者、しかも怪我も病気も状態異常も自己責任の冒険者をいつまでも置いてはくれないだろう。


 なお、俺達の治療をしてくれた救護班の医師や看護師が確かにそんなことを言っていたような気がするが、全く頭に入っていなかった。


 仕方ないだろ?

 仕切りも無いのに、下着姿にさせられて治療されているティアとミユキがすぐ隣にいたんだから。

 そちらを見ないようにするのに必死だった。

 チラチラと視界に入ってくる二人の素肌が艶かしく、見てはいけないと思っていても視線が行ってしまう悲しき男のSAGAだ。


 二人ともさすがに恥ずかしそうだったが、そもそも救護班がいるクエスト自体が珍しいのだから贅沢は言えない。

 治療してもらえるだけありがたいというものだ。


 今は新しい服に着替えてベッドの上で二人とも暇そうに座っている。

 ほっとしたような残念なような。

 ただギルドの支給品である白いシャツの胸元が、二人ともサイズが合わずパッツパツになっているのが非常に気になるが。

 看護師のお姉さんが苦笑いしていたのを思い出す。


 それからしばらく沈黙が流れるが、ポツリとティアが口を開いて話し始めた。


「……ノエル=フランシスカは、私と同じレッドフォートにある施設で一緒に育ったの」


 ノエルは先ほど倒して弔ったミューズのことだ。

 ティアはベッドの上で、両手の指を弄びながら思い出すように言葉を続ける。


「レッドフォートって?」

「大陸の東岸から、海を挟んだ向こう側にある大国のことですよ。ティアちゃん、先ほどのミューズ……ええと、ノエルさんはご姉妹(きょうだい)の方ですか?」


ミユキは努めて平静なトーンで訊き返す。

ティアはかぶりを振った。


「最初はね、“選ばれた子”だって言われてたのよ。私たちは特別な存在なんだって……そう信じてた」


 微かな笑みが浮かぶが、それは哀しみに満ちた微笑だった。


「孤児院ってこと?」


 俺の質問に、ティアは一瞬沈黙し、唇を噛んだ。


「少し違うわ。私たちがいたのはフランシスカ研究所という施設。まあ後から知ったんだけどね。ノエルは年が近くて、仲の良い子だった」


 ティアの声は静かに、けれど次第に底冷えするような怒気を孕んでいく。

 なるほど、研究施設か。

 そこにいた子どもは皆「フランシスカ」のファミリーネームを与えられるらしい。

 しかも研究所ということは、何かを研究する場所なのだろう。

 俺は何だかきな臭い気配を感じていた。


「そこで研究されていたのは『聖女』。人工的に聖女を作り出してその権能を再現することが目的だったの。私たちはそこで聖女の力を再現するために、身体を『検査』と称して好き放題に弄られていた」


 ティアの言葉の奥には、確かな憎悪が見え隠れしていた。

 ティアが俺に二度と言うなと告げた「聖女」という言葉には、辛い記憶があったようだ。


「では、ティアちゃんのヒーリングやその他の力も、その研究に由来するということですか?」


 ミユキの問いに、ティアは首肯する。


「そう。でも私の力は聖女の紛い物。本物の足元にも及ばないわ。ヒーリングも擦り傷を塞ぐ程度だし、ポーションだって市販されているような物を1日5本分程度作るのが関の山だもの」


 同じ施設で同じような研究対象となっていたから、ノエルもヒーリングが使えたのか。

 しかしティアの口ぶりは、まるで本物の聖女を見たことがあるかのようだった。


「でも、ノエルさんはその……何故あのようなお姿に?」


 言い淀むミユキ。

 確かに、あのミューズはかろうじて女性の上半身が生えていたので人間っぽさが残ってた。

 だが、あの不気味な姿を見て元人間だと言う者はいないだろう。

 ミユキの問いに、ティアはベッドのシーツを強く掴んで言葉を続ける。


「さあね。ただ、聖女を作る過程で生まれた副産物であることはわかってる。

 聖女はそもそも、神の権能の一端を与えられた人間のこと。神の端末である天使のような姿だったのは、そのせいだと思う」


 急に神だの天使だのと宗教的な話になったが、ティアのトーンは大真面目だ。

 天使と言われれば、確かに全身青白い体と翼があったためイメージは合致する。

 人間のようでありながら、非人間的な見た目をしているのもそれっぽかった。


「ノエルだけじゃなく他の子も、私が施設から出る頃にはいなくなっていた。最後に残ったのは、私を含めて3人だけ。あとはみんなミューズになってしまったと思う」

「ティアちゃんはどうして大丈夫だったんですか?」


 意外と踏み込むなと俺は思った。

 ミユキは素直な疑問をティアにぶつけている。

 彼女もティアの身の上が気になっていたのだろう。


「適性があったみたいでね。他の二人が今どうなっているのかは分からないけど、どんな実験にも耐えて生き残った私たちは、最後には『災厄の三姉妹』と呼ばれて忌避されるまでになった。」


 成功作のはずなのに災厄とはこれいかに。

 そう呼ばれる出来事でもあったのだろうか。


「結局、表向きは慈善活動だった児童養護施設の裏で、違法そのものの研究をしていたフランシスカ研究所は解体し、所長のヴェロニカ=フランシスカも死刑になったわ。これが私の12歳までの記憶」


 壮絶という他ない、過酷過ぎる幼少期だ。

 俺はかける言葉を見つけられず、ただティアの言葉の続きを待つことしかできない。


「でも、私たちの身体をこんなにして、ノエルのような施設の子達をミューズにした男はまだ生きている」


 寒気がするほどに、冷たく殺意のこもった声だった。


「フガク、言ったよね私の目的。覚えてる?」


「二人の人間を殺すことと、ミューズを討伐すること?」


 昨日ティアから聞いた言葉を思い返す。

 そうか。

 二つの目的が、今俺の中で一つに繋がった。

 ティアは頷き、俺とミユキを交互に見やる。


「ミューズになったらもう元には戻れない。魔獣になってしまった彼女達をちゃんと死なせてあげること。

 そして、実際の研究の提唱者であるあの男を――『ガウディス』を、この手で地獄に突き落とすこと」


 ティアが常に浮かべている微笑みは、彼女の心の奥深くに刻まれた憎悪を覆い隠すための仮面なのだろう。

 一皮剥けば、彼女の胸の奥には憎しみと怒りが渦巻いているのが分かった。


 ガウディスとやらが、ティアの仇敵のうちの一人ということが判明した。

 では、ティアが殺したいと言うもう一人の人物は?


「失礼しまーす。体調どうですかー?」


 続きが気になるところで、看護師が俺たちの様子を見にテント内に入ってきた。

 現代風のナースウェアではないが、白くて一目で看護師だとわかる服装だ。


「お気分悪いとかは無いですか?」

「大丈夫です。もうテントに戻っても?」


 丁寧にティアが応対し、看護師もにこやかに答えている。

 今の今まで物騒な話をしていたとは思えない。


「はい、大丈夫ですよー。傷が開くので、しばらくは安静にしてくださいね」


 看護師の言葉に、俺たちは各々帰り支度を始める。

 テントを出る前に、ティアは背中を向けたまま俺とミユキに告げた。


「この話には続きがあるけど、とりあえずここまでにしておくね。私がミューズを討伐したい理由はわかったでしょう?」


 まだ気になる点はある。

 ティアが12歳から何をしていたのか、ガウディスという男はどこにいるのか。

 そもそも「聖女の権能」とは何なのか。


 そう言えば俺も、この世界に来る際に女神から「権能の一端を与える」とか言われたな。

 俺のステータス確認の能力や、魔獣と戦える力がそれなのだろうか。

 懸念事項は尽きない。


「はい。辛いお話ですが……話してくれてありがとうございます。でもティアちゃん。あなたは、紛い物なんかじゃありません。私たちにとっては」

「そうだよティア。必ずミューズを倒そう」

「うん、ありがとう。当面はミューズ討伐の旅を続けるから、よろしくね」


 だが、ティアも少し苦しそうに見えたので、それ以上は訊けなかった。

 ミューズは確かにティアの身内であったようだが、倒さなければならない理由は腑に落ちた。

 ティアは、弔いと復讐の旅をしていたのだ。


 ティアの身内を殺した罪悪感は確かにあるが、化け物に成り果ててしまった者たちを討つことに一定の理があることも確かだ。


 そして、ティアが聖女という言葉を憎む意味も理解できる。

 俺の中にまだ迷いはあるが、ティアの望みを叶えようと決意を新たにした。


 しかし一つだけ、ティアには言えないことがある。

 俺には、亡くなったノエルの墓標に祈りを捧げるティアの姿は、やはり聖女と呼ばれるに相応しいと思うのだ。


<TIPS>

挿絵(By みてみん)

読んでいただき、ありがとうございます。

モチベーションにもつながりますので、もしよろしければぜひ評価や感想などいただけると幸いです。

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