第122話 混沌の騎士学院①
飛び掛かってきたアルカンフェルの拳を、俺はすんでのところでかわして後ろに跳ぶ。
視界の端では、ミユキとヴァルターが人間業とは思えない攻防を繰り広げているのが見える。
おまけに数メートル上の天井にはミューズが張り付いているのだ。
どちらも気になるが、アルカンフェルは俺が今まで戦ってきた相手の中でも最も隙が無い。
俺には余所見をしている余裕などまるで無かった。
「先生! 何があったんですか!?」
何故アルカンフェルとヴァルターが俺たちを襲うのか、理由はまるで見当もつかない。
だが、可能性としては2つだ。
1つはもともと彼らは学園の生徒失踪事件の黒幕であったという線。
もう1つが、ミューズのスキルで操られているというケースだ。
ただ、前者だとするとさすがに不自然過ぎる。
俺は後者だと思っているし、そうであってほしかった。
「この場所を見られた以上、生かして帰すわけにはいかないのでな」
淡々とそう告げるアルカンフェル。
彼は身をよじりながら俺に肉薄し、そのまま俺の腹に硬い靴底で蹴りを叩きこんできた。
「がぁっ……!!」
重すぎる一撃。
あまりにも早いモーション。
俺は防御すらままならず、そのまま数メートル吹き飛んだ。
「……来いフガク。俺を倒してみせろ」
口調は淡々としていたが、その声にはかすかに熱があった
俺は口から流れる血を拭いながら、アルカンフェルを見据える。
その言葉は、挑発ではない。
アルカンフェルもまた、この状況が不本意なのかもしれないと思った。
つまり、ミューズによってコントロールされている自分を止めろと言ってるのだ。
確証などないし、俺の都合の良い解釈かもしれないが、きっとそうだと信じたかった。
「先生……すみません」
バヂッ!という、『神罰の雷』を発動する音がフロアに響く。
ミユキが一瞬こちらをチラリと見たが、すぐにヴァルターとの剣戟音が聞こえて来た。
やるしかない。
だが、俺はアルカンフェルを殺したくはなかった。
しかし、それくらいの気で行かなければ勝てる相手ではないことも知っている。
「それでいい。お前の本気を見せてみろ」
ほとんど調子が変わらないので、本当に操られているんだろうかと若干不安になったが、どのみちやることは変わらない。
俺たちは、ミューズを倒すという目的がある。
それを阻むなら、誰であろうと俺たちの敵だ。
「―――征きます、先生……!!」
雷が音を置き去りにしながら、俺はアルカンフェルに向けて駆けだした。
ならば見せてやろう。
俺がアルカンフェルと共に完成させた、新しい『神罰の雷』の姿を。
それが果たしてどこまで通用するのかは分からないが、少なくとも俺の中にあるのは高揚だった。
―――
ミユキは、ヴァルターの剣戟の鋭さに驚きを隠しきれなかった。
「どうしたクリシュマルド先生、精彩を欠いているぞ?」
ヴァルターは訓練などで使用する真剣のロングソードを使用しており、ミユキも同様だ。
何の変哲もない一般的な剣を使いながらも、その佇まいには一部の隙も無かった。
相手は大陸最強クラスの騎士、三極将『ミハエル=ヴァルター』だ。
その真の実力は分からないが、ミユキは何度か剣を合わせただけでその強さの一端を感じ取ることができた。
一度間を取り、ミユキは軽く足を開いて剣を腰の高さで構える。
重さを感じさせない構え。
だがその刃は、雷鳴のように一瞬で閃く。
――ミユキの足元の砂粒が、ひとつ、転がった。
次の瞬間、世界が跳ね上がった。
「はッ!」
ミユキが先に踏み込んだ。
目にも留まらぬ踏み込み。雷撃のごとく突き出された剣は、ヴァルターの喉元を正確に狙っていた。
が――
「見事だ」
カン、と高く澄んだ金属音。ヴァルターは一歩も動かず、刃の軌道を読み切って鍔で受けた。
同時に足が動き、回転。袈裟に斬り下ろす。
「……っ!」
ミユキは紙一重でかわし、舞うような動作で背後に飛ぶ。
後退ではない、再構築のための舞い。
そして――二人の剣が、音を立てず交錯した。
一合、また一合。
剣が交わるたびに、空気が震えた。
音が遅れて耳に届くほどに――速く、鋭い。
激突の連続。だが火花は少ない。
どの攻防も、ぎりぎりの間合いで届かず、かわし、ずらし、寸止めされている。
(……今の、わざと外した……?)
ヴァルターの眼が笑っていた。
戦いながら、試している。見ている。
ミユキの才能、資質、それらすべてを受け止めようとしている眼差しだった。
「なぜ斬らないのですか……!」
ミユキが言うと、ヴァルターは笑った。
「――ならば、斬るとしよう」
その瞬間、世界が変わった。
次の一撃は、まさに"剣の帝王"の斬撃だった。
空間を断つような威圧感。
風が止まり、周囲の音が消える。
一足飛びに踏み込んでくるその速度は、ミユキの認識すらも凌駕する。
その一撃が直撃すれば、常人なら胴体が真っ二つに割れて即死だろう。
だが、ミユキは踏み込む。
受けるのではない、かわすのでもない。
――ただその向こうに駆け抜ける。
その斬撃の芯に、逆らうように飛び込むのだ。
「甘いです!」
斬撃を肩にかするだけで肉の一部が持って行かれる。
だが、ミユキは怯むことなく、死角からヴァルターの脇腹へ蹴りを叩きこむ。
さらに、そのまま飛び上がって回転。
刃はヴァルターの肩を鋭く切り裂いた。
「見事だ……! 斬られるなど10年以上ない!」
普段温厚なヴァルターだが、やはり彼も一介の騎士であり、大陸に名を轟かせるだけはある。
斬り合いに躊躇いも恐れもあるはずもなく、ミユキの斬撃を受けてなお口元に笑みが浮かんでいた。
「それは恐縮です……!」
手を止めれば一発で形成を逆転されかねない雰囲気がある。
ミユキはさらにヴァルターに向けて剣を薙ぐが、ヴァルターは剣を持ち変えそれをいなした。
キンッという高い音をフロアに木霊させながら、何度も何度も斬り込むミユキの斬撃の全てを弾き、さらに返す刀でミユキの肌を薄く刻んでいく。
一撃かわされ一撃返される。
こちらも見事と言わざるを得ないカウンターに、ミユキは驚きを隠せなかった。
(――たしかに達人です。一切の無駄がない)
基礎ができているというレベルではない。
やっていることは至極シンプルな型なのに、最高効率の距離で刃の切っ先が身体を切り裂いてくる。
並外れた修練と経験の果てにある、究極に研ぎ澄まされた剣術の帝王。
それがミハエル=ヴァルターという男の力の真髄なのだろう。
ミユキは、勇者の武技はあるものの、本質的には”力”で戦う自分とは真逆の存在なのだと理解した。
視界の端で戦うフガク、背後で何かをしているティアたち。
ミユキには、彼らに視線を移す余裕すらなかった。
確かに大陸最強と呼ばれるに相応しい人物だと思った。
「ですが――」
ミユキは太ももに力を入れ、身を屈める。
次の瞬間、地下倉庫の床を蹴り砕く勢いでミユキはヴァルターに突進を繰り出した。
「むっ……!」
斬撃は甘んじて受ける。
だが、その代わりにと言わんばかりに、ミユキは全身の力を込めてヴァルターに回し蹴りを繰り出した。
普通の相手ならこれで沈む。
だが相手は"剣帝"ヴァルターだ。
すぐに体勢を立て直し、ミユキの脚に剣を突き刺そうと刃を立てた。
「そうくると思いました……」
剣の切っ先がわずかにミユキの白い足に突き立てられる瞬間だった。
ミユキはその化け物じみた身体能力を最大限に発揮し、逆回転で身をよじり。
ヴァルターが剣を向けたのとは逆の肩から刃を突き刺した。
「ぬぅっ……!」
さらに勢いのままもう一回転。
さすがに顔をしかめたヴァルターの側頭部に、ミユキの靴底が強烈な勢いでたたきつけられた。
ドガァァアアアアアンンッッ!!!
と、倉庫に置かれた荷物やミューズの繭を吹き飛ばしてヴァルターは数mも吹き飛んだ。
「剣術では勝てそうにありませんので、”暴力”で行かせていただきます」
その膂力と、身体能力は恐らくヴァルターの想像をも超えていた。
自らの身体を”力”で制御する。
技術では及ばなくても、強引にねじ込んだ。
ミユキはとんでもない強敵を相手にしていることは自覚している。
だが、別に自分も怖気づいてはいないと、ティアやフガクに誇示するようにそう告げる。
「安心してください、ティアちゃん。あなたの元へは、一太刀も届きません」
ティアたちがミューズとの戦いに安心して集中できるように。
ミユキはたとえ相手が大陸最強であっても、決して負ける気は無いのだと高らかに宣言した。
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