第118話 剣闘大会④
いよいよ後は決勝を待つばかりとなった俺は、フィールドを囲む熱狂に紛れて最後の試合相手候補をチェックし終えたところだった。
準々決勝の勝者はサリー=カフカという、2年生の女生徒だ。
準決勝の様子を見たところ、流れるような剣捌きが美しく、基本に忠実といった感じだった。
黒髪でクールな佇まいが、学院内に信奉者も多いようで勝ったときには歓声が上がっていた。
「フガク君。君が決勝まで残るとは、正直驚いた」
まあ俺は剣術に関しては初心者で、ヴァルターにも基礎の基礎から教えてもらっているような状態だ。
ついこの前入学したばかりだし、さすがに決勝まで残るとまでは思っていなかったのだろう。
驚きと賞賛どちらも滲ませながら素直な感想を口にした。
「アルカンフェル先生に色々と教えてもらっているおかげですよ」
「謙虚だな君は。次はサリーとの決勝とは、私も感慨深いよ」
「どういう意味ですか?」
俺はあのサリーという女生徒と特に因縁は無いが、ヴァルターはどことなく嬉しそうだった。
特別な思い入れでもあるのだろうか。
「彼女は私の弟子のひとりだ。アルカンフェルの弟子とも呼べる君との対決は、正直楽しみなんだ」
「教員がこんなこと言うのよくないんだけどね」と、ヴァルターは苦笑いをしている。
俺も奇妙な感覚だ。
アルカンフェルの弟子と呼ばれるほど多くを教わったわけではないが、『神罰の雷』の弱点を一撃で看破し、その改善策を試す場も与えてくれたことには感謝している。
「全力でやります」
「ああ、そうしてくれ。アルカンフェルとのいい酒の肴になるよ」
ヴァルターの冗談めかした言葉に、俺も笑みを返した。
そして、いよいよ決勝のフィールドに赴くことになる。
「決勝戦を始める! フガク、サリー=カフカは前へ!」
審判の呼び出しに、俺はサリーとフィールドの中央で対峙した。
「はじめましてフガク君。2年のサリー=カフカ。よろしくね」
やや釣り目気味の瞳もあって冷たい雰囲気を放っていたが、喋ってみればどちらかといえば几帳面な委員長気質といううイメージだ。
どこかアポロニアにも雰囲気が似ており、ヴァルターから教えを受けたという共通点も頷けた。
「はい、お願いします」
この学院は同学年でも年齢がバラバラなので、先輩後輩関係がどの程度あるのか分からないが、多分俺の方が年上だろう。
が、やはり上級生にはつい敬語が出てしまうのが元日本人の悲しい性だ。
俺はサリーと握手をし、少しを間合いを取って剣を構える。
「ヴァルター先生が最強だってこと、私が証明してみせる……!」
どうやら彼女なりに何かを背負っているらしい。
ヴァルターの実力の底は俺はまるで知らないが、大陸に名を轟かせている騎士だ。
恐らくアルカンフェルと同等以上に強いのだろう。
そのヴァルターが太鼓判を押す弟子に、油断などできない。
俺はスッと目を閉じ、イメージの深みへと潜っていく。
そして。
「はじめっっ!!!」
審判の高らかな宣言と共に、俺は目を見開き、雷の弾ける音を響かせる。
決着は、瞬き一つの間だった。
審判の合図と同時に閃いた光。
サリーの髪がふわりと舞い、彼女は静かに膝をついた。
観客も審判も、一瞬言葉を失ったまま――。
次の瞬間には、静まり返ったフィールドに、ひとつの剣がカランと転がる音だけが響いた。
その瞬間、俺の剣闘大会での優勝が決まった。
―――
ティアはレオナ、アギトと共に薄暗い時計塔の階段を上った。
ところどころ設置されている窓から光が差し込んでいるため、夜に比べれば格段に歩きやすいが、それでも不気味なことには変わりない。
ティアはどこから敵に仕掛けられるか分からないと、警戒しながら最上階へとたどり着く。
「じゃあ、開けるぞ……」
「はいよー。援護するから安心して死んでおいで」
「ひでーな」
扉を開ける役目はアギトが買って出てくれたので、ティアとレオナは武器に手を添え不測の事態に備える。
持って上がってきた脚立は一端壁際に置き、アギトはドアノブを掴む。
ギギギ……という引っかかりのある重苦しい音を立てながら、扉がゆっくりと開かれていった。
「……やっぱり何も無いね」
中には誰もいないことを確認して足を踏み入れる。
アギト、ティア、レオナという順番だ。
念のためレオナは扉の外を警戒している。
部屋に入ってよく見ると、時計の操作盤の下に以前まで無かった何かが落ちていた。
「これは……」
ティアはその”落とし物”の前まで歩み寄ると、思わずドキリ心臓が跳ね上がった。
そこに落ちていた物体。それは……
「テ、ティアちゃんそれ……」
「……ええ、人の腕ね」
ティアも思わず息を飲む。
肘から下がスッパリと斬り落とされた人間の右腕が転がっていた。
血溜まりを作るわけでもなく、そこにただ無機物のように放置されている。
「誰の腕か分かるか?」
アギトの問いに、ティアは首を横に振る。
だが、特徴的な腕ではある。
金色の腕輪、派手なピンク色のマニキュア。
その細さから華奢で小柄な女性のものに見えた。
「……分からないけど、どこかで……」
アクセサリーとネイルの派手さから、学院内で見たことがある気もするが、思い出せない。
アギトもようやく見慣れたらしく、膝をついてマジマジと腕を観察していた。
「ん? これ、アストラルちゃんじゃね? ブレスがそんなのだったような」
「アストラル……ああ、そうか」
そこでティアはようやく合点がいった。
保健教諭のアストラルは、ミユキから話を聞いていただけで実際に会ったことがあるわけではない。
入学式のときは教師陣に混ざって見かけた記憶があるが、確かにピンク色の毛先の髪や胸元の開いた服などかなり派手な見た目だった。
学院内でも一際浮いているほどに。
ミユキと一瞬口論になりかけたと今朝報告を受けており、彼女にしては珍しいこともあるものだと思ったのが記憶に新しい。
「……でも、どうして彼女の腕が」
「本物かコレ?」
「さあ……」
大量の血痕がないことから、一見するとマネキンの腕が落ちていたかのような印象を受ける。
ただ、冷たくなっている腕からは血が滴っているため、本物には見えるが、ここで腕を斬り落とされたというわけではないのだろうか?
あるいは、血痕ごと敵に”呑み込まれた”か。
「―――君達、そこで何をしているのですか?」
聞き覚えのある声に、ティアは小さく舌打ちをした。
もう振り返らなくても分かる。
「剣闘大会のどさくさに紛れてコソコソと、ここは立ち入り禁止のはずですよ。ティア=アルヘイム、アギト=グラスランド」
ティアとアギトが振り向いた先には、こちらに冷徹な視線を向けているシュルトがいた。
そしてティアは、そこでようやく気付く。
「……レオナ?」
「あ、あれ! レオナちゃん!? シュルト先生! 外にレオナいなかった!?」
アギトの驚く声に、シュルトが怪訝そうに首を傾げる。
「何を言っているんですか。なるほど、レオナ=メビウスもここに潜入したというわけですか?」
「あっ……やべっ。じゃなくてー! 時計塔の外にいなかったスかね?」
取り繕っても遅いと思いながら、ティアは何が起こっているのかをもう一度頭の中で整理する。
室内に落ちていたアストラルのものらしき腕。
突如消えたレオナ。
この部屋にはアギト、自分、レオナの順番で入っており、アギトがおかしな動きをする素振りがなかった。
シロだとは断定できないが、考えられるのは部屋に入る瞬間、あるいは腕に気を取られたほんの一瞬で何かを仕掛けられた。
たとえば、このシュルトがどこかに隠れていて、一番後ろにいたレオナをどこかに隠しているとか。
(……でも扉の外は吹き抜け。シュルトが隠れられる場所なんてない……)
「君達は校則違反により罰則を受けるでしょう。まずはここから出なさい」
「い、いや……そこをなんとか。実は俺のツレが……」
「……何度も言わせるなよ。さっさと出ろ」
言い訳を並べて時間を稼ごうとするアギトにシュルトの目が鋭く細められた。
渋々外に出されるアギトの後を追っていると、ティアは入り口の埃を被った床に、1本長く赤い髪の毛が落ちているのを見つけた。
(……赤髪……レオナの?)
鮮やかで明るく長い髪を、ティアは拾い上げる。
血のような色は一度見たら忘れられないほど綺麗で、学校内を探してもここまでビビッドな赤い髪の人はいなかった。
上を見上げる。
数メートル宙には、相変わらず巨大な蜘蛛の巣が張られているだけだ。
だが、そこでティアは気付いた。
(……埃をかぶってない?)
少し違和感があった。
時計塔の部屋は人が踏みつける場所以外は埃まみれ。
清掃された形跡などまるで無いのに、蜘蛛の巣だけは綺麗だ。
モルガナが「蜘蛛」と言っていたようなので、せっかく脚立もあるので調査したかったがもう無理だろう。
「早く出ろ」
「あ、それより先生! あそこに人の腕みたいなモノがあるんスけど」
「……何?」
鬼気迫るシュルトに追い出されて言いそびれたが、アストラルらしき腕のことは報告すべきだろう。
アギトの言葉に、シュルトは腕の前でしゃがみこんでマジマジと見ている。
眉一つ動かさないのはさすがだが、自分たちが犯人だと疑われないだろうかとティアは一瞬思った。
「君たちはこれに触れましたか?」
「いいえ。それ、アストラル先生の腕じゃないでしょうか? 」
振り返り、こちらに視線を向けたシュルトに、ティアは正直に答えた。
「……君たちは寮に戻りなさい。謹慎を命じる。以降処罰が下るまで外出している姿を見かけたら退学です、いいですね?」
シュルトの視線はNOという言葉を許さない。
ティアもアギトも頷く他無かった。
「……分かりました」
退学自体はどうでもいいが、調査をしにくくなるなと歯噛みする。
だが、まだフガクとミユキがいる。
それに、核心はもうすぐそこまで迫っているように思えた。
学校側で調査を行うと告げたシュルトに促され、ティアはアギトと共に時計塔を出る。
レオナはどこへ消えたのか。
だがティアには、彼女が消えた場所こそが、今回のミューズがいる場所なのではないかと思った。
そして、最後の夜がやってくる―――。
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