第117話 剣闘大会③
俺は剣闘大会の2回戦、3回戦と順当に勝ち進んだ。
ただ、正直戦果としては芳しくない。
1回戦でエイドリックに使った”仮称・絶脈斬”によりとりあえずは勝ち進めているが、2回戦からアルカンフェルにも「またそれか」と言われてしまった。
一応、もう開き直ってルキの技をパクったうえに下方から上空へ雷の軌道を作り、5方向のいずれかに駆けあがるというアレンジも加えているのに。
「ぶっちゃけ僕の技どう? 避けやすい?」
俺は間もなく準々決勝を迎えるにあたり、実際に『神罰の雷』を受けたユリウスとエイドリックに尋ねてみた。
二人とも微妙な顔をし、特にエイドリックは口元を引きつらせていた。
「今さっき君に負けたばかりの僕にそれを聞くのか」
「嫌みでも皮肉でもないよ。アルカンフェル先生に”軌道が単調過ぎる”って課題を出されてて」
「あれを単調と呼ぶ先生の方がどうかしているんじゃないかな」
ユリウスも呆れた声でそう言った。
俺もまったくその通りだと思うが、実際アルカンフェルには捌かれてしまうのだから事実なのだろう。
まだ絶脈斬をアルカンフェルには撃ってないが、先ほどは「結局直線的な動きだから同じだ」と言われてしまった。
「……正直、今の僕では止めることは無理だ。ただ、確かに直線でしか来ないことが分かっているなら、止められる相手がいることも不自然じゃない」
エイドリックはメガネのブリッジに触れながらそう言った。
やはりそうなのだろうか。
アルカンフェルに限らず、ミユキなどの化け物じみた強さを持つ相手には通用しないのかもしれない。
「しかし、直線以外の軌道とはアルカンフェル先生も無茶を言うね。だったらいっそ適当に放ってしまえば課題には応えられるんじゃないか?」
「確かにな。屁理屈だが、明後日の方に奔ってもかく乱くらいにはなるだろう」
ユリウスの言葉が、一瞬俺の中で引っ掛かった。
”適当に放つ”か。
何かヒントになりそうな気はするのだが、まだうまく言語化できない。
「続いて準決勝を行う! フガクとラルゴ=ローガン、前へ!」
「行かないと。二人ともありがとう!」
「いいとも。ここで応援させてもらうよ。」
「ふん、僕に勝ったんだ、優勝してもらわなくては困る」
俺は二人に礼を言って背を向ける。
胸の奥に何かが突っかかっているような気持ち悪さを感じながら、俺はフィールドへと歩み出た。
遠くで女生徒たちに囲まれているミユキと視線を交わす。
見ると、すでにティアとレオナはいなくなっていた。
打ち合わせ通り時計塔の調査に向かったのだろう。
「おうフガク。容赦しねえぜ」」
ラルゴと対峙し、俺は考える。
雷を適当に放つ。適当……か。
いや待てよ。
ふと俺は思った。
「そうか……帯電と放電……雷はむしろ自由に走らせるのがいいのか?」
「あン? 何ブツブツ言ってやがる」
俺は思考の海へと沈んでいく。
そもそも俺が雷を複数の方向に放つよう課題を与えられた目的は、相手に攻撃の軌道を読ませないためだ。
手段は何も雷を複数放つことだけではないはず。
俺は前提として、雷の軌道を”敷く”という行為に捕らわれ過ぎているのではないだろうか。
「はじめ!!」
審判の声を遠く聞きながら、俺は前方からラルゴが俺の突撃を警戒して身構えたのを見た。
ちょうどいい、試してみよう。
「テメェ舐めてんのか!?」
俺が何も仕掛けないのを不審に思ったのか、ラルゴが木製の槍で俺を薙ぐ。
俺はそれをかわし、ラルゴに肉薄して彼の腕を掴んだ。
「何のつもりだ……!?」
ラルゴが掴まれた腕を振り払おうとしたそのとき。
「ごめんラルゴ! ちょっと試す!」
「あ……?」
俺は腕に雷を纏わせた。
腕が弾け跳び、鋭いナイフで何百回も突き刺されているような痛みが走る。
だが、それはほんの一瞬だ。
俺が顔をしかめた瞬間には、バヂィッ!!という放電される音がフィールド内に響いた。
周囲に雷が乱れ飛ぶ。
「ぁあぁぁあああああ!!!!!!!」
ラルゴは絶叫を上げながら、プスプスと煙を上げてその場に倒れ伏した。
腕には皮膚が焼けこげる痛みは残っているが、”雷霆”のように全身を常に雷に晒しているわけではないので耐えられないレベルではない。
周囲に奔った雷が、訓練場のフィールドの一部をわずかに焦がした。
再び会場は何が起こったのか理解できないという空気になっている。
「勝者……フガク!!!」
審判は俺の曲芸じみた戦いに少し慣れてきたのか、勝利のコールをしてくれた。
「「「ぉぉぉおおおお!!!!」
会場からもどよめきが広がっていく。
ミユキを見ると、彼女はこれまで同様拍手を俺に送ってくれていた。
「一歩進んだようだな」
俺がラルゴの無事を確認してフィールドを出ると、アルカンフェルが歩いてきた。
相変わらず表情は変わらないが、今回は3回戦までとは全く別ベクトルの戦いだった点は評価してくれたようだ。
剣術や直線軌道も使わないという制限にも則っている。
「だが、もう分かっているな」
俺を見下ろすアルカンフェルに、頷いて答える。
彼の言いたいことは分かる。
あれはラルゴの虚を突けたから成立した技だ。
相手の身体をいつでも掴めるほど、敵は悠長に待っていちゃくれない。
当然アルカンフェルが相手だった場合は通用しない。
しかし、俺にはもうその課題を克服するための手段もある。
「……次の決勝で僕の答えを見せます」
「楽しみにしている」
ほんのごくわずか、ミリ単位でアルカンフェルの口角が上がった気がした。
この人も笑うのかとギョッとなる俺。
過去の戦いや、アルカンフェルたちのアドバイスを元に、俺の中では『神罰の雷』の次のレベルが具体的なものになろうとしていた。
直線軌道からの脱却と、相手を翻弄する立体で捉えた戦い方。
この剣闘大会は、確かに意味のあるものになりそうな気がする。
だからこそ、その結果を決勝で証明してみせることを俺は心の中で誓うのだった。
―――
「つまり、お仲間が消えたと思ったら翌日おかしな様子で戻ってきたってことね」
ティアは時計塔へ向かって歩く道すがら、アギトから事情を聴いた。
時計塔の調査でバロックが失踪し、先ほど明らかに普通ではない状態だったことを聞き、モルガナと同じ原因があるのだと確信する。
「バロックは元に戻るのかな?」
レオナの問いに、アギトは目を伏せた。
「分かんねえ……ただ一応俺のことは認識してたし、話もできたっちゃできたからな」
敵からの精神干渉や催眠といった類の攻撃を受けた可能性が高いと感じた。
相手もほぼ確実にミューズ。
ならばあり得ないことではない。
「とりあえず調査に同行するのはいいけど、あなたたちは何者なの? 本当に学院に入学しに来たってわけじゃないみたいだけど」
ティアの問いに、答えるかを一瞬迷う素振りを見せるアギト。
だが、一度奥歯を噛み、言葉を発した。
「俺たちは、『レッドフォート』の諜報員だ」
『レッドフォート』は、大陸の東岸にあるバルタザルの、海を挟んだ向こう側にある大国だ。
科学技術が発達し、空を飛ぶ船なんかもあると聞く。
ティアはさして驚かなかったが、諜報員であればこれまでの彼らの言動はある程度頷ける。
フガクがスキルを確認したとき、工兵や諜報関係のスキルがあったことも腑に落ちた。
「なんでこんな大陸の反対側まで? 貴族の子供でも失踪した?」
「まじ? ティアちゃんよく分かるね」
「アタシたちもギルドでそんな感じの依頼受けて来たしねー」
要するに、この学院で起こっている問題は、もう隠しきれないレベルまで来ているということだ。
早々に明るみにして、国を巻き込む大事件にしてしまった方がむしろ解決は早い。
「まあ、あなた達のことは少し分かりやすくなったよ。共闘ってことでいいのね?」
「すげー助かるよ。一人で心細くってさー!」
「どこがだよ」
ヘラヘラと笑っているのでどこまで本心かは分からない。
ティアは警戒は解かないまでも、同行すること自体は許諾した。
学院内にはフガクとミユキも健在で、レオナもここにいる。
彼が裏切り者であっても十分に対処できるだろう。
「さて、そうなってくるとコレがダンジョンに見えてくるわね」
ティアは辿り着いた時計塔を見上げながらそう言った。
そこだけまるで異世界に切り取られたかのような、夜とはまた違った存在感を示している。
昼でも不気味なその威容は、侵入者を呑み込むのを待っているかのように見えた。
「レオナ、いける?」
「あいあーい」
案の定かかっていた黒い鉄の鍵に触れて眺める。
腰のバッグから細長い金属の棒を2本取り出し、何やらカチャカチャと鍵穴を弄っている。
「んー……難しくはないけど硬いな……折れるか?」
ティアはアギトと共に周囲の様子を探る。
敷地の端にあるため、特別用が無ければここには人は近づかないはずだ。
逆に言うと、ここでよく出くわすシュルトなどはかなり怪しい。
ミユキが押さえていてくれればいいのだがと思った。
「大丈夫か? 代わろうかレオナちゃん」
「舐めんなっつの。つーか、自分でできるなら何で鍵くすねに行ったわけ?」
「合鍵作ろうと思ってな」
悪どいが、考え方は似ているなとティアは思った。
呆れてため息をつきながらも、本当に戦力として当てにできるならありがたい。
何せ、この中は敵の領域だとほぼ証明されているようなものなのだから。
「ほい開いた!」
ガコッ!という音と共に、黒い鍵が開く。
「おおーすっげ! 俺より早いかも」
「超絶天才と呼んで」
軽口を飛ばし合う二人にティアは、さすがに二人分のツッコミや皮肉を飛ばしていくのは疲れそうだと少しげんなりした。
早速レオナが扉を開こうとしたその時だ。
近くの物陰からアギトは木製の脚立を持ってきた。
「何それ」
「尖塔の上まで調べたくてな。朝のうちに隠しといたんだ」
ティアも尖塔の上部については気になっていた。、
自分のパーティメンバーたちなら、道具は無くてもその化け物じみた身体能力で何とかするだろうとも思っていた。
アギトの用意の良さは素直に賞賛する。
「準備いいね」
「でしょ? 俺ってばデキる男だから」
そう言って軽薄にウインクを投げてくるアギトを無視する。
「よし、んじゃ行こうぜ」
「あ、ちょっと待ってくれる?」
意気揚々と時計塔へ潜入しようとする二人を、ティアは引き留めた。
「どうしたのティア?」
「何か忘れ物かい?」
生徒の引率みたいだなと思いながら、ティアは”念のため”の対策を行うことにする。
ここから先は敵の腹の中。
用心に用心を重ねるに越したことはないと、二人に向かって仮面の微笑みを浮かべた。
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