第115話 剣闘大会①
学園入学から5日目、俺は朝から剣闘大会に参加するべく訓練場を訪れていた。
ティアにミユキ、レオナの3人も応援に駆けつけてくれているが、この後様子を見て各自調査を継続する予定だ。
壁際で3人固まり、俺に手を振ってくれている。
全校生徒約200人のうち8割以上が集まっており、広い訓練場でもさすがに人で溢れている。
あくまで校内レクリエーションという名目であるが、優秀な成績を残せば当然評価にもつながるのだ。
名門騎士学校における剣闘大会で優勝したとなれば、それだけでも箔がつくだろう。
特に騎士として大成したいという夢や野望を持っている生徒は、目をギラつかせて気合が入っているのが見てとれた。
俺のクラスからは、ラルゴにエイドリック、ユリウスが参加している。
編入生の入学から1週間もしないうちに開催されるので、上級生が有利ではあるのだが。
「忘れるな、直線軌道と剣術の使用は禁止だ」
俺は訓練場の端で、アルカンフェルから淡々と制約を言い渡された。
普通にやれば優勝の可能性は高いというお墨付きをもらってはいるものの、それはあくまで”普通に戦えれば”の話だ。
俺は『神罰の雷』の軌道を自由に操るための訓練を行うためにここにいる。
つまりどういうことかと言えば、俺は技を成功させるまでひたすら相手にボコられなければならないということだ。
「分かりました。でも今のところ1回も成功してないんですけど……」
「できなければ死ぬだけだ」
戦場だったらね。
さすがに試合は木剣などで行われるので、よっぽど当たり所が悪いとかでなければ死ぬことは無いとは思う。
しかし、アルカンフェルは想像以上にスパルタだった。
あれから2日ほどアルカンフェルと模擬戦を行っているものの、『神罰の雷』でジグザグ軌道や曲線を描くことはできていない。
彼も俺の動きに慣れたようで、『神罰の雷』をほぼ無傷で破られるようにまでなっている。
俺がアルカンフェルを強くしてどうするんだか。
「まあがんばります」
「まずは2本から3本の軌道を同時に扱えるようにしろ。それだけで汎用性は格段に上がる」
アルカンフェルの助言は実に的確だが、それができないから苦労しているわけで。
とはいえ、期待には応えたいしミユキからのアドバイスもある。
練習だと思って当たって砕けようと決意した。
今日の夜の調査はさすがに勘弁してもらおうと思いつつ、俺はフィールドへと向かう。
「フガクー! やったれー!」
レオナからの声援が飛んでくる。
しかし、仲間たち以外からの会場の視線が何か厳しい気がする俺。
「おらぁ白黒頭ぁ! お前クリシュマルド先生と一緒に登校ってどういうことだコラァ!」
「そうだそうだー! レオちゃんと別れたばっかでしょー!」
「クリシュマルド先生はあんただけのものじゃないからねー!!」
そんな野次が飛んでくる。
昨夜ミユキの部屋に泊まった俺は、朝一緒に食堂まで行ったわけだが、その際に何人かの生徒に目撃されてしまったようだ。
ミユキ先生は美人で優しいうえに実力もあるため、俺が目の敵にされてしまっている。
しかも野次の中にはクラスメイトのクラリスやカーラの姿もある。
ミユキの件はともかく、レオナのことは完全に誤解なのだが。
チラリとティアたちに助けを求める視線を送ると、肩をすくめて返された。
「フガクくーん! がんばってくださーい!」
ミユキはそんな噂をまるで気に留めていないのか、よく知らないのか、元気よく俺に声援を送ってくれていた。
大変ありがたいし普段だったら飛び跳ねて喜ぶところだが、今は火に油を注ぐだけだ。
ほら、周囲からは殺すぞと言わんばかりの視線が送られてきている。
俺は曖昧に笑って返し、対戦相手と対峙する。
「まったく君は。どこでも騒ぎばかり起こしているな」
エイドリックが俺の初戦の相手らしい。
今はメガネを外し、片手に木剣を携えている。
「そりゃ心外だ。勝手に騒ぎが起こってるだけだよ」
「ふんっ」
もはやこいつのトレードマークともいえる嫌みも軽く受け流し、俺はヴァルターに教えてもらった構えを取る。
木剣はウィルとの決闘で止められた経緯もあるが、さすがに無抵抗でボコられるわけにもいかないので、今回は持たせてもらう。
「では、はじめ!!!」
審判を務める大柄な男性教員のかけ声と共に、エイドリックは一歩前に踏み出て剣の切っ先で貫こうと突進してくる。
その突きをかわすこと自体は訳ない。
だが、俺はその勢いのまま木剣でエイドリックの死角を襲撃しようとするが、アルカンフェルから出された課題を思い出し咄嗟に手を止める。
「何のつもりだ……!」
エイドリックは俺が手を抜いたと思ったのか、激昂して足で俺の腹に蹴りを入れる。
「っ……!」
威力としては決して弱くはないが、ここ二日間アルカンフェルにどつきまわされている俺からすれば耐えられないほどではない。
蹴られた勢いのまま、足元に雷を換ぶ。
このまま奔ればエイドリックは吹き飛ぶが、俺はさらにそこからもう一段階深くイメージの中に潜る。
敷かれた雷のレールの先に、ミユキのアドバイス通りもう一本の軌道を描く。
「遅いっ!!」
だが、待機時間が長すぎた。
俺のこめかみにエイドリックの木剣が直撃する。
「フガクくん!」
ミユキの声が届き、観客の生徒たちからは歓声があがった。
これが真剣だったら俺は死んでいる。
『神罰の雷』も解除され、俺は額から流れる血を抑えながら一度距離を取る。
「こら! 背を向けて逃げるのは騎士道に背く行為だとみなすぞ!」
審判の教員からそんなことを言われる。
いや、戦略的後退だと言ってほしい。
攻撃もできないのに神風精神で特攻なんて冗談じゃないぞ。
「臆病者め! 終わらせてやる!」
さてどうする。
エイドリックは剣を構え、俺を目がけて駆けてくる。
こいつは先日見た剣だこからも、剣術の腕にそれなりの自負があり、事実十分なスキルを持っている。
このまま無抵抗に嬲られれば、斬られたり殴られたりに慣れている俺でもさすがにヤバい。
生徒たちの向こうに、ミユキやティアの心配そうな表情が見えた。
訓練のためとはいえ、あまり弱いところは見せたくない。
そのとき何気なく、胸元に手を置いているティアが目に入った。
「……手、放射……?」
しなやかで繊細な五指が、自然な形で開かれている。
それを見て俺は、何故かルキとの戦いを思い出した。
「……そうか! これなら!」
完全な思い付き。しかも多分正解じゃない。
だが、やられる前にやらねばならない―――。
「仕留めるっ」
飛び掛かってくるエイドリック。
動きはかなりスローに見えるので問題ない。
俺は、地面にピタリと指を開いた手の平をつけ、バヂッ……!という
音と共に雷を放った。
五指の方向に放射する。
指先の焼け付くような痛みと共に、一筋の雷が先端で5方向に分かれた。
雷光は五つの蛇のように地を這い、鋭く空間を分断していく。
ルキの『鉄葬拳<絶脈斬>』。
五指の指が放射状に襲い掛かる技をイメージしたのだ。
――そして俺は駆け抜ける。
五方向に逸らした雷の影に紛れ、俺は地を蹴った。
5つに分かれたルートを選んでいる暇など無い。
ただ、身体の流れと視線の方向だけで俺の行方を操る。
ゴッ……!という音と共に、俺は脛でエイドリックの脇腹を蹴り上げながら宙を舞った。
木剣では彼が死ぬかもしれないので、攻撃は肉体で行くしかない。
「ガハァッ……!!」
胃液を吐き、数メートル吹き飛んだエイドリックは腹を抑えてうずくまったまま動けなくなった。
俺ですら俺の動きを制御するのが難しいのだ。
ズシャァァアアアア!!!!とフィールドの床で靴底を削りながら、俺は気が付くと端で見ていたアルカンフェルの傍まで辿り着いていた。
「……先生、これはナシですか」
俺は倒れ伏すエイドリックから目を逸らさず、片膝をついたままアルカンフェルに問いかける。
「……まあ、有りだ。だがあの程度では駄目だ。平面ではなく立体で捉えろ」
ダメ出しはあるものの、一応の及第点ではあったようだ。
フィールドは静まり帰っている。
半分冗談半分本気で俺の敗北を願っていた一部のギャラリーたちも、開いた口が塞がらないといった様子だった。
そして、沈黙するフィールドに、ミユキとティアの拍手が木霊した。
二人と目が合い、俺は思わず笑みがこぼれた。
静まり返った訓練場に、誰からともなく拍手が起こり、それが次第に大きくなっていった。
「……し、勝者フガク!」
思い出したかのような審判の声を聞きながら、俺はフィールドの中央に戻る。
「大丈夫か、エイドリック」
俺はもぞもぞと起き上がろうとするエイドリックに手を差し出す。
「触るな立てる……!」
俺の手を払い、エイドリックは起き上がった。
俺を見下ろし、チッと舌打ちをして目を逸らした。
「確かに、ただの曲芸ではないようだな……」
そう言ってエイドリックは、俺の肩をポンと叩いてフィールドの外へと歩いて行った。
「すごかったぞー!!」
「次も見せてくれー!!」
そんな声が聞こえてくる。
最初は奇異の視線ばかりだったが、少しは見直してもらえたらしい。
俺はつま先の焼け焦げた手を見る。
まさかルキの技からヒントを得るとは思わなかった。
だが、これではまだ未完成だ。
あくまでも一本の直線から5つの方向に雷が放射されるようになっただけだ。
俺とアルカンフェルが思い描く方法とは少し違う。
勝ち続けていけばまだ色々と試せる。
俺は一先ずティアたちの待つ観客席の中に、痛みをこらえながら戻ることにした。
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