第111話 夜の帳の中で①
夜23時過ぎ。
人気のない校舎裏、俺はミユキと時計塔までの道をゆっくりと歩いていた。
朝にみんなで共有した通り、時計塔最上階の調査のためだ。
夜間の徘徊も4日目になるとさすがに慣れたもので、物陰から物陰へと渡る速度もかなり早くなっている。
俺は、ミユキから昼間アストラルという保険教諭と揉めたことを聞かされ、珍しいこともあるものだと感心した。
「まあミユキさんの気持ちはわかるけど」
話を聞く限りでは、アストラルという先生が何かしたわけではないが、かなり態度は悪いなと感じる。
少なくとも、傍から見ていて良い気分はしないだろう。
ただ、ミユキは穏やかそうに見えるが、結構言うことはちゃんと言うなとも思った。
過去にはドレンに絡まれたとき、リリアナから妙に当たりが強かったとき、そして俺が彼女の乙女心を踏みにじったとき。
最後のは正直あまり自覚はないが、いずれにせよミユキは気が弱いわけではない。
物腰は穏やかで丁寧だが、言うべきことはかなりはっきり言うタイプではある。
「すみません私……本当に短慮だったと思います……」
ただ今回は彼女もかなり反省している様子だった。
イラッときたから文句を言ってしまったと、恥ずべきことだと思っているらしい。
ティアにどう言おうと悩んでいるとのことで、道すがら俺に相談してくれたのだ。
「ティアだったら、”もっと言っといた方がいいんじゃない?”とか言いそうだけど」
まあ俺は全面的にミユキ寄りなので、相談してくれても参考にはならないと思う。
彼女を”ぬり壁”だの”デカ女”だの言ったことは、彼女が気にしていなくても俺は絶対に許さないし。
こんな可愛いぬり壁がいるか。
「……とにかく、明日アストラル先生にも謝ってきます」
「いや、謝んなくていいと思うよ。向こうも大概だし、モルガナの親御さんだったらブチキレ案件じゃない?」
そんな奴ほっとけと思うが、ミユキの気が治まらないなら好きにすればいいと思う。
彼女は背中を押してもらいたがっているような気もするので、その心労を俺が少しでも支えてやればいい。
「……ありがとうございます。フガクくんに話すと、少し気持ちが楽になりますね」
「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」
眉間に酔っていた皺が消え、少し顔に微笑みが見られたころ、俺たちは時計塔に着いた。
早速中に入ろうと二人で周囲を警戒しつつ扉に近づく。
すると。
「……あれ、鍵がかかってる」
時計塔の鉄の扉には、禍々しいほどに黒光りする錠前が、まるで拒絶するように打ち付けられていた。
ミユキが昨日モルガナを見かけたときには無かったと言っていたはずだが。
今日付けられてしまったようだ。
「モルガナさんがここに近づいたので、教員のどなたかが付けたのかもしれませんね……」
「……もしくは、僕たちが入れないようにかもね」
ただ、時計塔自体には鍵が元々着いているのが普通なのかもしれない。
先日俺たちが入ったときに、カギが開いていたことの方が不自然だったという見方もできる。
しかし、このままでは中の調査ができない。
「……どうしましょうか」
「レオナがいればピッキングとかできるかもだけど……さすがに窓を割って入るのは音が出るし……」
ミユキの怪力で鍵を破壊することもできなくは無さそうだが、翌日面倒なことになる可能性がある。
一度持ち帰ってティアと相談するのがよさそうだ。
「一旦今日は戻ろうか。これなら徘徊してきた生徒も入れないだろうしね」
「ですね。またシュルト先生が来ないとも限りません。とりあえず離れましょうか」
あまり時計塔の周囲に長居するのも危険かと思い、俺たちはそそくさと寮へと戻る。
ミユキは今日も見回りは無いので、俺と一緒に男子寮の横を通って帰るようだ。
連日寝不足も続いているし、俺は明日剣闘大会がある。
アルカンフェルとの放課後課外授業の成果も芳しくないので、今日は早めに休んで明日に備えたいところだ。
「『神罰の雷』は、うまく改良できそうですか?」
「いやこれがなかなか難しくて……直線を描くことはできるんだけど、ジグザグの軌道はなかなか……」
『神罰の雷』の弱点克服のため、複数の雷の軌道をジグザグに敷きたい俺だが、アルカンフェルに言われてもなかなかできずにいた。
彼の言わんとすることも分かるのだが、何せ俺には雷を一本出すだけでも精一杯なのだから。
「なるほど……あ、ではこういうのはどうでしょう?」
「何々?」
ミユキは何か思いついたようで、空中に何やら線を書くように指を彷徨わせる。
「ジグザグの線を描くのではなく、直線を何本もその延長に描くんです」
確かに一度にジグザグの線を描こうとしていたなとは思った。
実際2本雷を出せれば苦労はないという話だが、明日の本番で試してみる価値はあるだろう。
「やってみるよ、ありがとう」
言っている間に、男子寮に到着する。
「それでは、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
ミユキは俺が木に登って2階の窓から帰るのを見届けようとしている。
俺は2階の窓枠を掴んで壁に張り付き、窓を開けようとすると、鍵がかけられていた。
誰かが開いているのを見つけて閉めてしまったのだろう。
「……ヤバい。鍵閉まってる」
「ええ? それは困りましたね」
とりあえず目立つので一旦地上に降り、ミユキに報告すると、彼女も口元に手を当て困ったように眉尻を下げた。
「仕方ない、どこか物陰で一夜を明かすよ」
「……でも、明日は剣闘大会なのでは? 連日遅くまで調査してますし、今日くらいはちゃんと寝ないと……」
「うーん、そう言われてもな……」
とは言うものの、さすがに草むらとかで寝てたら巡回の警備なんかにバレそうだ。
どうしたものかと唸る俺。
「では……」
ミユキが一瞬迷ったような素振りを見せたが、意を決したように口を開いた。
「……私の部屋に来ませんか?」
夜の帳が降りた、静けさの中で俺を見つめるミユキの瞳が揺れていた。
「……え?」
俺は彼女の決意に満ちたような声に、ただ茫然と呆けた声で問い返すことしかできなかった。
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