第109話 時計塔の怪⑤
アギトと共同戦線を取ることになったレオナは、警戒は解かないようにしながらも一先ずは時計塔へとたどり着いた。
ユラユラと夢遊病者のように歩くモルガナが、聳え立つ不気味な威容にも怯むことなくその入口へと向かっていく。
「……やっぱり時計塔には何かあるな……」
レオナは物陰に隠れながら、ヒソヒソと囁くように言った。
「やっぱりって?」
「……」
アギトの問いには答えない。
昨日も同じ現象が起こっていたことを、言うか言うまいか迷ったためだ。
このままモルガナに着いて時計塔に入るか迷うレオナ。
確かこの辺りにはミユキが隠れ潜んでいる手筈となっている。
現行犯として押さえてくれればいいのだが。
と思っていた矢先。
「モルガナ=エバンスさんですね、こんな時間に何をされているんですか?」
時計塔の陰から、予定通り潜んでいたミユキが姿を現した。
モルガナはピタリと足を止め、ミユキの方を見ている。
「ミユキちゃん……? なんで? どういうこと?」
「いいから黙って……!」
レオナとアギトはその様子を見守る。
モルガナがどういう反応をするかによって、自分たちの出方も変わってくる。
素直に応えるか、しらばっくれるか、あるいは強行突破するか……。
「私は……」
モルガナが口を開いた。
レオナもアギトも、息を飲んで彼女の回答に聞き入る。
「私は……報告を。あの……見たことを……でも……あれ? 何を見たんだっけ……あの子……蜘蛛?」
モルガナの様子がおかしい。
ゼンマイの切れかけた人形のような、たどたどしく要領を得ない言葉が紡がれていく。
「……? モルガナさん、落ち着いてください。どうしました?」
ミユキは優しくモルガナの肩に手を添え、彼女の顔を覗き込んでいる。
レオナの位置からだと暗くて表情はよく見えないが、ミユキの表情からはただごとではないことが伺えた。
「クリシュマルド先生……え? なんで……先生が…? あの、光る糸が……うるさい、うるさい、うるさい……もう行かなきゃ……ああ、でも私は…………?」
モルガナは頭を抑えてその場に膝から崩れ落ちた。
ミユキは慌てて彼女の身体を抱き止めている。
「ちっ! ミユキ……!」
「待てレオナちゃん……! 誰か来る……!」
「っ……!?」
レオナは緊急事態だと思い、慌てて飛び出して彼女の元へ駆け出そうとする。
しかし、その腕をアギトが掴んですぐに物陰へと引きずり戻した。
彼の視線の先を見ると、スーツ姿の細身のシルエットが、時計塔へと近づいてくるのが見えた。
「クリシュマルド先生、何事ですか?」
シュルトが、メガネの中指でブリッジを抑えながら悠然と歩み寄ってくる。
冷徹なその視線が、ミユキとモルガナを交互に行き来する。
「シュルト先生……見回りの途中彼女を見つけたので、声をかけたところ倒れてしまい」
「貴女は今日夜警の担当ではないはずですが?」
「す、すみません……その、日にちを間違えてしまいまして……」
「ほう……」
ミユキの苦しい言い訳に、シュルトはじっと彼女を見据える。
そしてその視線は、ミユキの腕に抱かれ意識を失っているモルガナへと移った。
「……モルガナ=エバンスですか。大人しい彼女にしては珍しい行動です。何か事情があるかもしれません、私が預かりましょう」
シュルトの申し出は意外なものだった。
性格上すぐにでも断罪しそうな雰囲気だったが、まずは事情を聞こうとしているらしい。
レオナは思わずアギトと驚きの視線を交わした。
「ですが女生徒です。同じ女性の私が付き添った方が……」
「貴女は今日夜警の担当ではないはずですが?」
先ほどと全く同じ台詞でミユキの言葉を遮るシュルト。
フガクが”陰険クソ眼鏡”と言っていたのを思い出し、レオナも「わかる」と思った。
ちなみに、ティアとフガクも部屋を抜け出せていればこの光景をどこかで見ているはずだ。
「しかし……」
「ご安心を。保険教諭のアストラル先生をたたき起こしますので。それとも、あなた”方”は何か彼女から問い質したいことでもあるんですか?」
顎をクイッと上げ、見下すようにシュルトがそう言う。
「いえ……では、お願いします」
「ええ、お任せを」
シュルトはミユキからモルガナを受け取り、ひょいと担ぎ上げると校舎の方へと向かっていった。
最後に一度だけ振り返り、ミユキに向けて告げる。
「上手く潜入したと思っているのでしょうが、あまり余計なことはしない方がよろしい」
冷徹なその瞳からは、有無を言わさぬ威圧感を放っている。
もしかすると、時計塔を監視していたのは自分たちだけではないのかもしれないとレオナは思った。
シュルトが何者なのかは分からないが、ミユキや自分たちのことを怪しんでいるのは間違いないようだ。
その背中を見送り、レオナはミユキの元へ向かう。
「ミユキ、大丈夫?」
「レオナ……と、アギトさん?」
「ようミユキちゃん。俺らも失踪事件のこと調べててさ、レオナちゃんとの臨時のチームって感じ? よろしくね」
アギトが差し出した握手を、ミユキがおずおずと手を握ろうとすると、レオナがナイフを取り出し再びアギトに突き付ける。
「おいおい……」
「気安く触んないでくれる? ミユキ、ティアたちは?」
「レオナと別れてから決まったんですが、今日は0時から3時まで交替で時計塔を見張ることになってるんです」
何それ聞いてないと思ったが、レオナは放課後からカーラたちに捕まって思うように動けなかった。
夕食でかろうじてモルガナの情報共有だけはできたものの、その後に監視のことが決まったのであれば致し方ない。
「なるほどね。ただ、もう誰も来ないかもね……」
「はい、私もそんな気がしています」
レオナの言葉にミユキも頷く。
この時計塔へ向かう生徒の件は、シュルトも知っているような気がした。
そしてレオナは悪い予感がしている。
この失踪事件に、シュルトが関わっているのではないかという予感が。
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