第108話 時計塔の怪④
レオナは、昨夜ミユキが見たという女生徒の特定に成功した。
ブラウンのショートカットヘアで、外出禁止時刻までに部屋に戻ってこなかった女生徒。
モルガナ=エバンス。
2年生の女子で、昨夜外出禁止時刻になっても戻って来ず2年の間で少し話題になったらしい。
しかし、寮内を女子たちが探しているといつの間にかベッドに戻っていたという話だ。
寮内には使われていない倉庫や空き部屋も無くはないが、そう言ったところも探したのにと、話を聞いた女子生徒は言っていた。
そのモルガナも、昨夜の記憶が一部抜け落ちているところがあるらしく、クラスメイトの問いにも要領を得ない回答しかしないらしい。
(……昼間フガクが言っていたジェフリーの違和感と似てる。絶対何かある)
時刻は夜中12時。生徒たちももう大半が寝静まった時刻だ。
レオナは同室のカーラ、クラリスが熟睡していることを確認し、そっと部屋を出た。
本日もモルガナという女生徒は部屋に戻っていないと小さな騒ぎになっていたが、それ自体は他の生徒でもたまにあることのようだ。
多くは街に繰り出して夜遊びしていたり、恋人の家に行っていたりするとのこと。
そのため、それほど大きな騒ぎにはならない。
ただ、レオナは今晩もきっと何かが起こると思っていた。
ティア達にも共有し、今夜はモルガナの捜索をしてみようということになった。
そして。
(いた……!)
モルガナはまるで意識が無いかのようにフラフラと、おぼつかない足取りで校舎の陰を歩いている。
月明かりに照らされたその横顔は、どこか虚ろで――まるで、生気が抜け落ちた人形のようだった。
まるで人目を避けるように、彼女は時計塔の方へと向かっている。
レオナはその後をゆっくりと追っていった。
するとそこで、まさかの人物に出会った。
「あれ、レオナちゃん?」
校舎の隙間を縫うようにして潜んでいたレオナは、曲がり角でアギトと鉢合わせしてしまった。
「アンタ……なんで?」
時刻は0時過ぎ。
生徒が出歩いていい時間帯じゃないし、こんな物陰で出会うなんて普通じゃない。
レオナは腰のバッグに忍ばせたナイフに手をかけながら、アギトを睨みつける。
「こっちの台詞だって。よい子は寝る時間だぜ?」
見たところアギトは獲物を持ってはいない。
だが、フガクの話では白兵能力はかなりのものと聞いている。
間合いを測りながら、その奥にいるモルガナの行方も気になるところだ。
まさか、こいつはモルガナを逃がそうとしているのではないだろうかとレオナは一瞬思った。
「……アタシをガキ扱いするなら今すぐ殺してやるけど?」
「へっ、やってみるかい?」
そう言ってアギトが両手を挙げようとした瞬間、レオナは一歩踏み込みアギトの首筋にナイフを押し当てた。
右手に持った刃渡り10cm程度の小さなナイフだが、喉笛をかき斬るには十分なサイズだ。
さらに反撃に備えて左手を腰のナイフに添える。
アギトは顎をあげて顔を引きつらせながら、そのまま両手を真上に挙げた。
「おいおい……早すぎだろ……勘弁してくれよ、俺は平和主義者だ、今も白旗上げようとしただけだっつの」
冷や汗を流すアギト。
「もう一度聞くけど、アンタここで何してるの? 女子更衣室でも忍びこもうって?」
「それもいいけど……実は……」
「……実は?」
「―――君を愛してる」
「!」
真剣な眼差しで告げたアギトの言葉に、一瞬虚を突かれた。
その空隙に、アギトは宙返りでレオナのナイフを弾き飛ばして間合いを開く。
「……なんてな、冗談にしては命がけだっただろ?」
「くそっ! もうちょっとマシな言い方なかった!?」
レオナはその瞬間、腰からナイフを引き抜きアギトに投げつける。
アギトは奥歯を噛みながら、何とかそれをかわすが、ナタのようなナイフを抜いたレオナは次の瞬間アギトの首をかき斬るべく肉薄した。
「ストップ降参!!」
レオナのナイフはアギトの首筋に既に食い込んでいた。
2mm程度だが皮膚を裂き、血が滴り落ちている。
「じゃあ観念して首置いていきなよ」
「ちょちょちょ待って待って!! 冗談だよ!」
アギトは焦りつつ、あまり大きな声も出せないので囁くようにそう言ってきた。
レオナは相手の交渉に乗ってブチのめされた痛い経験を、ティアの時にしているのでかなり慎重に耳を傾ける。
ここで殺してしまうのが面倒なのは確かにそうだ。
だが、時間稼ぎしている間に背後から仲間のバロックあたりが来るのではと警戒する。
「お、俺一人だって!」
「アンタの目的は?」
「命を助けてくれたら答える!」
アギトは軽薄な調子を崩さないが、その青い瞳でレオナを見つめている。
レオナは急がないとモルガナを見失うかもしれないと、判断を迫られた。
そして―――
「分かった。アンタは何でここにいんの?」
レオナがナイフを首から離したところで、アギトはふぅと深く息を吐き、頭をかきながら告げる。
「俺たちも生徒の失踪事件を追ってるんだよ」
あまりにも軽い調子で告げられた事実だが、レオナはあまり面食らわなかった。
というか、そりゃこんな時間に同じターゲットを追っているのだ。
もはや目的が同じ以外には考えられない。
「なんで?」
「君らと一緒じゃない?」
アギトはどこまで知っているのか、レオナの様子を見て察したのかもしれないが、どうやら生徒の失踪事件を追っているようだ。
「ここはひとつ、共同戦線といかね? 俺らもこの学校で何が起こってるのか知りたいしさ」
「……アタシの邪魔をしたら次はナイフ止めないからね」
軽薄にウインクしたアギトにレオナは冷たい視線を浴びせかけ、慌ててモルガナを追う。
今は信用できるかどうかは二の次だ。
見失う前に追いかけなくてはならない。
どうやらそれはアギトも同じだったようで、二人は無言で校舎の陰から飛び出して時計塔へと走り抜けた。
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