第107話 時計塔の怪③
あれから俺は、寮2階の窓から部屋へと戻った。
俺が飛び出たきり窓の鍵は開いていたため、木から三角跳びの要領で中に戻れたのだ。
ちなみにティアは外出禁止時刻前から校舎内に身を潜めており、他の見回り教師から身を隠すために少し時間に遅れたと言っていた。
彼女は部屋に戻る手段が無かったため、こっそりミユキの教員宿舎に泊めてもらったとのこと。
そして三日目の朝。
俺たちは早朝6時半、情報整理のため食堂が開くと同時に集まった。
そこにはレオナも顔を出す。
やはり昨日は外出ができなかったようだ。
「ごめん、カーラとクラリスに捕まってた。やっぱり夜彼氏と逢引はやめて自分を大事にした方が良いって言われちゃって」
……それ俺がどんどん悪者になってませんかね?
俺がまるでレオナを夜中に呼び出しているかのような。
「大丈夫。付き合ってることにする意味無いし、もう別れたことにしといたから」
「まじかよ……」
俺はどうやら知らないところで彼女ができて、知らないところでフラれたらしい。
「レオナ、フガクくんに迷惑がかかります。そういうのは今後やめてください」
ミユキが真面目なトーンでレオナに諭すように告げる。
レオナは特に気にした様子もなく頷いた。
「はーい。まあミユキにはもうちょっと早くバラすつもりだったんだけどね。気が気じゃなかったでしょ」
「べ、別にそんなことは……」
頭を抱える俺と焦るミユキを他所に、ティアは朝食を食べつつ、みんなで昨日見た内容を共有していく。
「時計塔と生徒の失踪について、もう少し生徒や教員から情報を集める必要があるね」
「とりあえずアタシは夜間調査するときは、ティアみたいに始めから学校の中にいるか、夜中寝静まってからじゃないと難しそう」
「無理しないで。代わりと言っては何だけど、今日から姿を見かけなくなった女性徒がいないか調べてみてくれない?」
ジェフリーは今日の出席状況を確認するとして、問題はミユキ最初に見かけたのが誰だったのかという話だ。
「了解。探ってみるよ。特徴は?」
「ブラウンのショートカットヘアで、小柄でスレンダーな方でした。あと、校内なので当然といえば当然なのですが、制服を着ていました」
学院は放課後は私服の着用が認められる。
シャワー後や鍛錬などで着替える者も多いためだ。
つまり、そんな時間まで制服を着ているということはそこそこ目立つはずなのだ。
「おっけー」
レオナは軽い調子で了承し、授業の合間や放課後などに調査を行うと言う。
その後は、引き続き夜間の調査や学内調査を進めるということで決着した。
「あ、そういえば僕、アルカンフェル先生の勧めで週末に剣闘大会に出ることになったよ」
伝え忘れていたので、ついでに俺は昨日の昼間あったことをみんなに共有しておく。
「推薦ですか。すごいですね」
ミユキが感心したように言ってくれる。
アルカンフェルも優勝自体は難しくないと言ってくれたが、俺にはハンデが付けられている。
通常の剣術と『神罰の雷』の使用禁止。
必ず稲妻のような軌道で相手を圧倒することが条件として言い渡された。
今日も放課後、アルカンフェルの元でその練習をすることになっている。
「大きなイベントがあるなら、その分裏でこそこそやっていても気づかれにくいね」
レオナがパンをかじりながら言った。
剣闘大会は2日後、訓練場で行われる。
参加者は希望者のみで、対象は1年生と2年生だ。
アルカンフェルの話によれば例年30名前後が参加するとのこと。
「フガクは放課後その特訓があるから調査は難しいってことね」
「ごめん、なんか成り行きで……」
ティアに一応謝罪しておく。
どの程度練習するのかは分からないが、実際に動けるとすれば夕方から夜までだろう。
「いいよ。今は慎重に動いた方がいいと思うし、実際あのアルカンフェルって教師には気を付けた方がいいとも思う」
「確かに、ヴァルターさんが推薦されて講師になられているくらいですから、相当な実力者とはお見受けしました」
まあ俺の『神罰の雷』を一発で看破して破った男だ。
俺が全力でやっても勝てるかどうかは分からない。
彼が敵に回るという事態は避けなければならないとは思った。
「とりあえず一回整理しとこうか。まずレオナは学内で行方不明になっている女生徒がいないかを調査」
「あーい」
「ミユキさんは夜間を中心に学校内の調査と、教師に怪しい人がいないかを確認」
「分かりました」
「私とフガクは生徒の様子見と、ジェフリーの出席状況を確認ね」
「分かったよ」
ティアが俺達の今後の行動指針をまとめてくれ、全員で内容を共有する。
時計塔については今日も調べることになり、一先ず朝の報告会は終了になった。
生徒たちの姿もまばらに見られるようになったので、俺たちは朝食を済ませて各自の部屋に戻ることにしたのだった。
―――
「いるじゃん……ジェフリー」
俺は午前の2クラス合同による剣術の授業で、ヴァルターから指導を受けているジェフリー=ギブズを見つけて思わず呟いた。
かり上げた髪をオールバックに撫でつけた、軍人然とした男で、特に変わったところもなく熱心に訓練に取り組んでいる。
「ジェフリー君がどうかしたかい?」
隣に座っているユリウスが俺に問いかける。
「ユリウス君、昨日22時ごろなんだけど、ジェフリー君って部屋にいた?」
訊くかどうか一瞬迷ったが、たまたま外で見かけたと言えば言い訳もたつ。
俺の質問に、ユリウスは不思議そうな顔をした。
「いやあ、昨日もその時間はまだバロック君たちの部屋にいたからね。23時ごろ戻ったけど、その時は部屋で寝ていたよ。ついでに言うと、ラルゴ君も寝ていたな」
俺が部屋に戻ったのも大体それくらいの時間だ。
部屋ではアギトが大いびきをかいていた。
ジェフリーが時計塔からすぐに部屋に戻ったのだとすれば、さほど不自然な証言でもないが……。
「彼が何か?」
「あ、ううん。何でもないんだ。鍛錬するって言ってたなら、何時くらいまでやってたのかなって思っただけ」
そう言って俺はその話を終わらせておいた。
彼の動向をもう少し探る必要がありそうだ。
すると。
「フガク君、次は君だ!」
「あ、はいっ!」
訓練場のフィールド内から、ヴァルターが俺を呼んでいる。
俺は立ち上がり歩いていくと、ジェフリーがこちらに戻ってきたので、すれ違い様に質問してみた。
「ジェフリー君」
「……ん? 俺か? なんだ」
話したこともない白黒頭から唐突に声をかけられ、戸惑っている様子だった。
彼自身には、一見するとおかしなところはない。
「君、昨日22時ごろ外に出た?」
「……どういう意味だ? 外出禁止時刻以降外には……」
すると、ジェフリーは言葉に詰まった。
「……? いや、違うな。なんでだろ……昨日って、俺……訓練して、部屋に……あれ……?」
ジェフリーはブツブツと言葉を吐きながら、頭を押さえて固まってしまう。
「ど、どうしたの?」
「あ、い、いや……なんでもないんだ。昨日は21時前には訓練場から戻った。それ以降は出てない……」
「そっか……ありがとう」
「ああ……」
ジェフリーはそう言って、フラフラと訓練場の壁際へと戻っていく。
俺の背中に汗が一筋流れた。
ユリウスはその時間部屋にはいなかったから、ジェフリーが嘘をついていない可能性もある。
あるいは、ユリウスが嘘をついている? 何のために?
一体俺たちが22時過ぎに時計塔で見たジェフリーは何だったのだろう。
「フガク君、どうかしたかい?」
立ち止まってしまった俺に、ヴァルターが声をかけてくる。
俺は慌ててフィールド内でヴァルターと対峙した。
「さて、実技試験で見た君の技は私としても気になるところだが、とりあえず基礎からだ。まずは剣を構えて打ち込んでみよう」
ジェフリーの件が頭をチラつきながら、俺はヴァルターに言われるまま剣を構える。
大体剣を腰の辺りの高さに持ち、肩幅くらいに足を開く。
「……えっと、君は剣術の経験は?」
俺の構えを見て、ヴァルターは少し困ったようなトーンで問いを投げかけた。
もちろん俺に剣術の経験なんてあるわけない。
一応剣術のスキルはC+だが、多分どう見ても変な構えをしているのだろう。
周りの生徒からもざわざわとした声が聞こえた。
「一切ありません」
「そうか。じゃあちょっと失礼」
そう言ってヴァルターは、俺のデタラメな構えを手や肩に手を添えながら修正してくれる。
もちろん魔法使い系の生徒もいるので、みんなが剣術を学んでいる前提ではない。
ただ、俺は実技試験で派手に活躍したので、ヴァルターも俺の意外なほどの素人っぷりに面食らったのだろう。
「なんだあいつ……あれで剣闘大会出るつもりなのかよ……」
「あれで強ぇんだから逆にすげーよ」
フィールドの脇からは、大柄の生徒ラルゴから呆れたような呟きが聞こえてくる。
アギトも、笑いをこらえているようだった。
え、そんなに俺の構え変だったの?
「気にしなくていいよ。経験がないなら型など分からなくて当然だ。流派にもよるが、まずはその基本姿勢を忘れないようにしよう」
ヴァルターに優しく教えてもらい、初心者剣術教室のような有様になっていた。
その後は何度か打ち込みの仕方を見てもらい、俺は生まれて初めて剣の使い方というものを教わった。
これが多少なりとも俺の実力アップにつながればいいのだが。
「お前、そのザマで剣闘大会に出る気か?」
指導が終わり、俺がフィールドから出ると、ラルゴが俺に突っかかってきた。
「駄目かな?」
「ハッ! 好きにすりゃいいが、怪我するだけだぜ。なんせ俺も出るんだからな」
粗暴な態度だが、露骨に馬鹿にしてくるというほどでもなかった。
ティアにボコボコにされて少し態度を改めたのかもしれない。
俺は剣闘大会に出る前に、アルカンフェルからの特訓でボコられるんだろうなと小さくため息をつくのだった。
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