第105話 時計塔の怪②
「あの……ミユキさん」
「はいっ、なんでしょうティアちゃん」
俺は時計塔の上階へと続く階段を上っている。
前を歩くティアの腕に、ミユキがしがみついているのを見て苦笑する。
こんなミユキ見たことない。
本当にお化けの類が怖いのだなと感じた。
おっかなびっくり歩いているというほどではないが、ティアはやや歩きにくそうで、言うか言うまいか迷っているような様子だ。
「ちょっと歩きにくいかな……なんて」
普段魔獣に先頭きって斬り込んでいくミユキだけに、ティアもこういう時があってもいいかとは思っているのだろう。
煩わしそうにはしておらず、なだめるようにそう言った。
しかし、ただでさえ狭くすれ違うのがやっとの幅の階段を、二人並んで歩いていくのはやや無理がある。
ティアの腕にミユキの胸がギュッと押し付けられて形が変わっているのを、いいなあと思いつつ、俺は背後に警戒しながら着いて行く。
「すみません……では離れますので……」
かなり離れたくなさそうだが、仕方なく腕から身体を離すミユキ。
その泣きそうな顔にティアは小さくため息をつき、ミユキの手を取って繋いでやっていた。
「これでいいでしょ」
「はいっ……! ありがとうございます!」
ティアが微笑みかけると、パァッと明るく笑みを返したミユキ。
手を繋ぐまでの動作、手を引きながら先導する様子など、男の俺よりスマートだ。
見習うべき点だと思いつつ、俺たちはついに時計塔の上部に辿り着く。
「先ほどのジェフリーさんは、この扉から入られました」
さび付いた鉄の扉には、古びた名札が貼られていたが、文字はかすれて読めない。
その向こうは、恐らく時計の裏側で、整備などを行うための部屋なのだろう。
俺たちは扉の前で3人並び、どうするかを囁き合う。
「中から声は聞こえないね」
俺は扉に耳を寄せてみても、中から物音などは無く、人気も感じられない。
ただ、ずっと誰かに見られているような違和感だけはあった。
「ティア、開ける?」
「ええ。ただ、これはミユキさんにやってもらう」
「ですよね……」
中に誰かいても、生徒の俺たちでは何をやっているのか問い詰められない。
教員であるミユキなら、見回りという理由で確認ができるだろう。
ただ、問題はミユキがものすごく不安そうな顔をしていることだ。
「大丈夫」
ティアは何も言わず、そっとミユキの手を取る。
ミユキはティアと片手を繋いだまま、冷や汗を流しながらゆっくりと頷いた。
できればその役目をティアと代わりたいと思いつつ、俺は腰の銀鈴に手をかける。
さすがに無いと思いたいが、中にいる人間か、あるいは化け物か何かが襲ってきたらすぐさま戦闘だ。
俺たちの間に、緊張した空気が流れる。
そして、ミユキはゆっくりとドアノブを握り扉を引いた――。
「……」
中をそっと覗きこむミユキ。
強くティアの手を握り、その怪力に彼女がわずかに顔をしかめたが、ミユキを不安にさせないようこらえているようだった。
「どう?」
「……誰もいません」
俺は、サッと血の気が引いた。
誰もいない? 嘘だろ? そっちの方が怖いんだが。
俺たちはこの階段を上っていくジェフリーを確かに見た。
俺もティアも、慌てて中を覗く。
「本当だ……どういうことかしら」
3畳ほどの室内には、時計を操作する操作盤があるだけだ。
俺は持ってきた懐中電灯を使い、室内を照らした。
「すごい蜘蛛の巣だな」
清掃などは特にされていないのだろう、時計の操作のために人が歩いた形跡のある箇所以外は埃まみれで、部屋の隅は白く見えるほど積もっていた。
普段使われることもあるからか操作盤は綺麗だが、尖塔にあたる天井部分には巨大な蜘蛛の巣がいくつも張られており、俺は嫌悪感をもよおした。
掃除くらいすればいいのに。
「確かに生徒はここに来たのよね」
「はい、私とフガクくんでジェフリー=ギブズさんを見ました。ほかにもフガクくんが来る前にもう一人女生徒が入っているはずです」
ミユキは言いつつ、顔を青ざめさせていく。
出口は俺たちが入ってきたあれ一つだ。
壁を見ても、外に出るドアらしきものはない。
じゃあ、俺たちがさっき見たジェフリーはどこに行ったのだ?
あごに手を当て考えるティア。
俺たちの中に流れる沈黙は、本当に幽霊でも見たのではないかという疑問を表してる。
「ゆ、幽霊なのでしょうか」
「まさか。ジェフリーは実際目撃したし、ミユキさんも見たでしょ? ちゃんと足音立てながら昇って行ったよ」
不安げなミユキのために、少しわざとらしく笑いながらそう言ってやる。
ミユキが見たというもう一人の女生徒は知らないが、ジェフリーは間違いなくクラスメイトだ。
幽霊という説はあまりに荒唐無稽だろう。
「では、どこに消えたのでしょうか……」
「さあ……」
俺とミユキは顔を見合わせて首を傾げる。
変な沈黙が流れると、俺まで背筋が寒くなってきた。
「やっぱり……この塔、ただの構造物じゃなさそうだね」
ティアはそう呟きながら、蜘蛛の巣の張る天井をじっと見上げていた。
確かにここには誰もいない。
しかし逆に考えれば、この時計塔には生徒失踪事件の鍵となる何かがあることも、俺たちの中で確信へと変わるのだった。
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